訓練の帰り、ゲイルは後ろから感じる殺意が気になっていた。
訓練中ずっとだ。気味が悪いほどに殺意を感じる。
「ゲイル」
「気づいているよ。訓練の時からね……」
しかし、相手の腕は相当立つようだ。気配の消し方である程度分かる。
「……どうして殺意を剥き出しに?」
「いつから気づいていた?」
「訓練が始まってからかな。でも、どうして――――」
振り返り、相手を見る。赤紫の鎧を纏った騎士。女性だ。
金髪は長く、緑の瞳がこちらを睨んでいる。
「女……?」
「“鬼神のオルティリウス”。こんな所で会えるなんて、運が良いわ」
「待て、人違いだ」
「嘘をつかないで! 姉さんの仇、ここで取る!」
女騎士が剣を引き抜き、襲い掛かってくる。
ゲイルは瞬時に避けたが、右頬にかすったのか、血がかすかに出ている。
動きが早い。
それに、彼女の持つ剣は見る限り厄介な代物だ。
「さすがね。でも、これで終わり!」
女騎士が剣を肩上に掲げる。やはりとゲイルは思った。
「雷よ!」
剣を振り落とし、地面に突き刺す。
剣から生じた雷が意思を持つかのようにゲイルを襲う。
ゲイルは背中の双剣を引き抜き、一本を地面に突き刺して雷を受ける。
「痛ッ……やっぱり電気が流れた……」
「直撃を防いだ……!?」
「おっと、ゲームセットだぜ?」
第三者参入。
ショウが女騎士の首に剣を向け、動きを止める。
女騎士は剣を腰に収めると、ゲイルの顔を見て驚いていた。
「“鬼神”にしては……殺気が全く感じられない……」
「そりゃそうだ。こいつ、今まで人を殺した事ねーんだぜ?」
女騎士は愕然としていた。やや顔を歪めたままゲイルは首を傾げる。
「ごめんなさい。どうやら人違いだったみたいね……」
「別に気にしていないさ。それより、“鬼神”って?」
「知らないのか? “鬼神のオルティリウス”って言えば有名だよ」
五年前、全欧最強の傭兵騎士団ヴァルファバラハリアンは、騎士団長デュノス・ヴォルフガリオの次に強く、命乞いをする人間すら容赦なく殺すほど残酷な男。それが“鬼神のオルティリウス”と呼ばれた元八騎将の男だ。
今は行方不明で、誰も彼の姿を見ていない。
「俺とは無関係だな。今まで、ろくな実績ないし」
「良く言うぜ、元ヴァルティス聖騎士団の副団長だろーが、お前は!」
「ヴァルティス……? じゃあ、あなたが最年少の聖騎士ゲイル=ラバーナ=ウィナー!?」
「俺って有名なんだ、意外と……」
どうやら、ゲイル本人はあまり自覚した事がないらしい。
「私の雷を防ぐだけの実力はあるわ」
「じゃあ、やっぱりその剣……」
「ええ。竜を狩る雷の剣ドラゴンスレイブよ」
予想的中。ゲイルは苦笑した。
ドラゴンスレイブは、幻の化け物・竜を狩る為に魔術師が生み出した剣だ。
雷の力を宿し、持つ者の魔力に反応さえすれば雷を放つ事も出来る。
「久々に見たよ、魔力を秘めた剣なんて」
「そりゃそうだ。んな貴重な剣、世界中探し回っても見つけるのは難しいからな」
そもそも、そういった剣自体、本当に存在するのかどうか疑わしいが。
そんな事を思いつつ、女騎士は自分の名を名乗った。
「私はミレア=シュティーヌ。お互い、この国の傭兵としてよろしく頼むわ」
「ああ。こちらこそ」
宿舎の自室に戻ると、ゲイルは自分の腰に提げている剣を見た。
大切だった人が亡くなる直前に渡した剣。
その人が言うには、伝説の剣らしい。
しかし、この剣で人を斬る事は絶対にしたくない。
「なあ、ピコ……」
「なに?」
「……この国で俺は騎士になれるのかな?」
そう言った瞬間、ピコが顔面に蹴りを入れる。
「何言ってるのよ! ヴァルティス聖騎士団の元副団長に一度なってるんだよ、君は!」
「いや、そうなんだけどさ……」
「大丈夫だよ。ゲイルは頑張り屋さんだし、そのうち女の子も放っておかないよっ」
「ちょっと待て。女の子ってお前な……」
「昨日から気になっているんでしょ、ソフィアって子の事が」
図星だったのか、ゲイルは一瞬固まる。
ピコが「このこの〜」と頬を突いていた。
「君の為に、ちゃんと彼女の事調べてあげたよ。感謝しておきなさい」
「…………」
ゲイルは無言のまま、ただピコを白い目で見るだけだった。
ピコは相変わらず頬を突いてくる。
そんな時、ゲイルは考えていた。
“鬼神”の事を。