ダナンに残留したヴァルファ第四連隊は、ドルファン軍が正面から攻撃して来ることを予想して、正面にもっとも厚い防御陣を敷いていた。
これは山の街道上にあるダナンの左右には、大部隊を展開する事は難しく、また高い城壁が囲んでいる上に、門は前後に一つずつしかないので、側面からの攻勢は非常に難しい物となっているからである。その為ボランキオとしても、側面には万が一の見張り要員のみを置き、正面に戦力を集中したのだ。
しかし夕刻も過ぎ夜の帳が下りるころになると、さすがに見張り要員達も退屈になってきていた。
見張り要員の一人が、大きくあくびをする。
「おい、たるんでいるぞ!」
それを見咎めた同僚が、注意の声を発する。
それに対してその兵士は、だるそうな目を向けた。
「だってよ、退屈だぜ。こんな所に敵なんか来るはずないしよ」
そう言ってから、大きく溜め息を付く。
「あ〜あ、こんな事なら俺も弓隊に配属されたかったぜ。そうすれば今頃、ドルファン兵の十人や二十人、なぎ倒してやっているのによ」
「そう焦るなよ。明日には出番があるさ。ボランキオ将軍だって、いつまでも消極的な戦いはしていないだろうさ」
「それもそうか…………仕方ない。今夜は月でも見てゆっくりと……」
そう言ってヴァルファ兵は、頭上の月を見上げた。
そして、絶句する。
上空には見事な満月が上っている。
その満月を背景にしながら、城壁の物見の上に人影がある。長く伸ばして結い上げた髪と、少し大きめの羽織を風に揺られ、手には緩やかにカーブする曲刀が握られている。
それを見た瞬間、二人のヴァルファ兵は戦慄した。
「てっ、敵し」
「天破無神流、襲雷斬!!」
シュンは一瞬でヴァルファ兵達の眼前に来ると、両者を一刀の下に斬り倒した。
しかし、その事によって、他にも数人にいる見張り員に気付かれる。
「てっ、敵だァ!!」
シュンの存在に気付いたヴァルファ兵は、声の限りに叫ぶ。
その間にシュンは刀を鞘に納めると、気合いを込めて抜き放った。
「天破無神流抜刀術、襲鳴斬!!」
凄まじいまでの突風が起こり、離れた所に立っていた見張り要員を一撃でなぎ倒した。
それを確認したシュンは、近くに落ちていた松明を拾い上げた、大きく宙に円を描く。
それは、森の中に潜んでいるヒーツ達への合図となった。
「シュンからの合図だ。野郎供行くぞ!!」
「「「「「おう!!」」」」
森の中に潜んでいたドルファン軍傭兵部隊、歩兵隊約一〇〇〇名が、一斉に駆け出した。
しかし、一部の者は、何か巨大な物を押している。
それは、櫓だった。主に攻城戦の時に、攻め手が城壁を乗り越える時に使う足場の事である。今回は工兵を総動員して朝から作っていたが、それでも急ごしらえの感は否めず、その為にたくさん用意していたのだ。
それらが、一斉にダナンの城壁に掛けられた。
「やらせるかよ!!」
数人のヴァルファ兵が事態に気付き、城門の上に上がって来て櫓を壊そうとする。
しかし、そんな彼等の背後に、風のようにシュンが現われ、瞬く間に斬り伏せていく。
シュンの援護を受けながら、歩兵部隊は次々と櫓を上がってくる。
しかしヴァルファの対応も早かった。城壁の下に待機していた、百人ほどの部隊が、次々と城壁の上へ上がってくる。
「クッ!!」
シュンは刀を構え直す。
「襲雷斬!!」
上ってきたヴァルファ兵達を、次々と血祭りに上げていく。
しかし、襲雷斬を打ち切った直後、シュンの動きが一瞬止まった。
そこへ、バスターソードを構えたヴァルファ兵が背後から忍び寄る。
「もらったあ!!」
「!?」
振り下ろされたバスターソードを、シュンはとっさに刀で防ぎとめる。しかし、腕力はヴァルファ兵の方がある為、徐々に押されてくる。
「クッ……」
シュンが唇を噛むのを見て、ヴァルファ兵はニヤリと笑う。
次の瞬間そのヴァルファ兵は、背中から血飛沫を上げて倒れ伏した。
「よう!待たせたな!!」
シュンが見上げると、そこにはバスターソードを肩に担いだヒーツが立っていた。更にヒーツの背後では、櫓を上り切った傭兵達が、一斉にヴァルファ兵に襲い掛かっていた。
「さあ、討ち入りと行こうぜ、シュン!!」
「はい!!」
「申し上げます!!」
ボランキオの司令部に、息を切らした兵士が駆け込んだ。
「側面の城壁を越え、ドルファン軍が進入してきました!!既に待機していた一個小隊は壊滅!!敵はこの司令部目指して、真っ直ぐ向かってきます!!」
その報告は、ヴァルファ第四連隊の司令部を揺るがした。
幕僚達の間で、ざわめきが起こる。
そんな中唯一人、ボランキオのみは「不動」の名が示す通り、微動だにしていない。
「…………してやられたな」
やがてボランキオは低い声で呟くと、ゆっくりと立ち上がった。
「全面に展開していた部隊を、すぐに呼び戻せ。防衛線を縮めて反撃密度を上げる」
「しかし」
幕僚の一人が立ち上がる。
「それでは正門からドルファンの大軍が流れ込んでくる事になります!」
「仕方ないだろう」
それに対し、ボランキオはゆっくりと首を振る。
「敵にここを壊滅させられれば、いかに前線を保持していたとしてもこちらは負ける。そうなる前に少しでも反撃密度を上げる事が先決だ」
ボランキオのその命令を受けて、ヴァルファは陣形改変の為に動き出した。
城壁を突破したシュン達は、途中遭遇した部隊を退けつつ、ヴァルファの司令部を目指していた。
シュンはヒーツ達より先行し、民家の屋根の上に居る弓兵を片っ端から打ち倒して行く。
「たあァ!!」
裂帛した気合と共に、シュンは急降下しながら弓兵を斬り捨てる。それを見たほかのヴァルファ兵は、シュンに対し一斉に弓を射掛けてくる。放たれた矢は、次々とシュンの体に命中していった。
「やったか!!」
皆、一斉にガッツポーズを取る。
しかし、矢が貫いたシュンは、煙のように消え去る。
次の瞬間、シュンは彼等の目の前に現われた。
「天破無神流、襲影斬!!」
叫ぶと同時に、シュンは弓兵を一人残らず斬り捨てる。
そんなシュンの眼下では、ヒーツ率いる歩兵部隊が突撃を掛けている。
シュンはさらに、回りに目を走らせた。
と、視界の端に、変化が起こった。正門が、重々しく開かれているのだ。
「ヒーツさん!!」
シュンは、眼下でヴァルファ兵をなぎ倒しているヒーツに呼びかけた。
「正門が開かれました!!味方が来ます!!」
「おう!!」
返事をしながらも、ヒーツはヴァルファ兵を斬り倒す。
「だが油断するなよ、シュン!!正門が開いたってことは、敵は防衛線を放棄してでも反撃密度を上げる作戦に出たって事だ!!」
「はい!!」
ヒーツの言葉に返事をすると、シュンは再び屋根の上を駆け出した。
正門が開いたのを確認したドルファン騎士団は、一斉にダナン市内に突入してくる。その先陣を切るのは、リヒャルトとエミールに率いられた傭兵部隊だ。
「エミール!!」
リヒャルトは、馬上からエミールに呼びかける。
「お前は迂回してシュン達と合流しろ!!ヴァルファの側面にまわり込んで、横から突き崩すんだ!!」
「分かった!!」
リヒャルトの命令を受けて、エミールは自分の隊を率いて陣列から離れる。
その間にも、ドルファン騎士団はダナンのメインストリートを突撃する。
「ドルファン軍傭兵部隊隊長リヒャルト・ハルテナス見参!!勇ある者は前に出よ!!」
盛大に名乗りをあげるとリヒャルトは腰から剣を抜き放ち、近付いてきたヴァルファ騎馬兵を斬って捨てた。
シュン達の城壁突破から、三時間が過ぎ去った。
「正面のドルファン軍!!防衛線を突破されました!!」
「ドルファン軍の速攻です!!味方は体勢を立て直す暇がありません!!」
「側面の部隊、なおも進行中!!最終防衛線に取り付かれました!!」
「第二、第五騎馬大隊壊滅!!生存者無し!!」
「南側メインストリート、ほぼ制圧されました!!」
「ドルファン軍本隊、中央広場に到達!!防衛部隊と交戦中!!現在劣勢!!」
ボランキオの下に入ってくる報告は、何一つとして明るい物はなかった。分単位で自分の部隊が壊滅していく様が、リアルタイムで実況中継されていた。
「…………これまでだな」
ボランキオは、重々しく言い放った。その言葉に、幕僚達は無言のままボランキオを見る。
このダナンを失えば、ヴァルファは窮地に立たされる。
しかしまだ軍団長を始め多くの八騎将が健在であり、兵力も大半が残っている。ここでダナンと自分を失っても、充分に巻き返しは可能なはずだ。
そう考えてから、ボランキオはゆっくりと立ち上がった。
「出るぞ」
そう言うとボランキオは、彼の武器である長大なハルバードを取り出した。
「全員、俺に続け!!」
今、「不動」が動いた。
ドルファン軍第七連隊の騎馬隊は、ヴァルファ兵達の死体を乗り越えつつ、ヴァルファ本陣を目指した。
「進め!!今こそヴァルファをドルファンから追い出すのだ!!」
騎馬隊隊長が声の限りに叫ぶ。それに答えるように、騎馬隊は速度をあげた。
そんな彼等の前に、長大なハルバードを持った敵兵が姿を現した。
「敵だ!!なぎ倒せ!!」
隊長は声の限りに叫んだ。
しかし次の瞬間、その隊長を含む騎馬隊全員が、一斉に切り倒された。
「…………我が名は、ヴァルファ八騎将の一人、不動のボランキオ!!我が死戦に、花を添える者はおらぬか!?」
ボランキオは、大熊のように吼える。
既にこの時、ヴァルファ第四連隊は一〇〇〇以下にまで撃ち減らされていた。
しかし、ボランキオの出陣により、萎えかけていた士気が再び燃え上がった。
「ボランキオ将軍だ!!将軍が出てこられたぞ!!」
その声を聞いたヴァルファ兵達は、再びドルファン軍に突撃を開始した。
「ボランキオだ!!八騎将が出てきたぞ!!」
その声は、ヒーツの耳にも届いた。
「おい!!」
ヒーツはそれを聞いて、叫んでいるドルファン兵の胸座を掴み、自分の顔の前に引き寄せた。
「その話、本当か!?」
「はっ、はい……」
ヒーツの余りの迫力に、その兵士は縮み上がる。
そんな兵士に構わず、ヒーツはニヤリと笑った。
「面白え!一つ、俺が相手をしてやるか!!」
そう言うと、ヒーツは駆け出した。
戦場に出たボランキオは、部隊の先頭に立ち、次々とドルファン兵をなぎ倒していく。
彼の歩いた後には、血の川と屍の山が横たわるのみだった。
イリハ会戦の折り、疾風のネクセラリアはたった一人でドルファンの前線を破り司令部を壊滅させた。それと同様に、八騎将は一人で千人の敵と戦う事もできるのである。
ボランキオに追随していたヴァルファ兵は、既に大半が死に絶えている。それでも、ボランキオは前進を止めなかった。
向かって来たドルファン兵を倒した時、ボランキオはふと、空を眺めた。
「夜が、明けるか……」
確かに、徐々に空は白み始め、もうすぐ太陽が昇ってくるであろう事が分かった。
その時、五人の歩兵が突撃してくるのが見えた。
「不動のボランキオ、覚悟!!」
五人は一斉にボランキオに斬りかかる。しかし
「フンッ!!」
ボランキオがハルバードを一閃させると、その五人はただの肉塊に成り果て、地面に血飛沫をぶちまけた。
と、その時、ボランキオの視界に大柄の男が飛び込んできた。
その男はボランキオを認めてニヤリと笑うと、大降りのバスターソードを肩に担いで近付いて来る。
「……誰だ?」
ボランキオは低い声で、尋ねる。
それに対して男は、足を止めて答えた。
「ヒーツ・ノイサス。傭兵だ」
それを聞いて、ボランキオは「ほうっ」と呟いた。ヒーツの前進から流れ出る血生臭い匂いを、敏感に感じ取ったのだ。
「少しは、楽しませてくれそうだな」
「少しどころじゃねえさ」
そう言うと、ヒーツはバスターソードを構えた。
「面白い。我が斧の切れ味、受けてみろ!!」
次の瞬間、ボランキオはハルバードを振りかぶってヒーツに斬り掛かった。それと同時に、ヒーツもバスターソードで斬り掛かる。
両者の武器は、白み始めた夜を明るく染め上がる。
ヒーツはハルバードを薙ぎ払うと、ボランキオに斬りかかる。
「甘い!!」
ボランキオはハルバードの柄の部分でヒーツの剣を防ぎ、そのまま力任せに斬りかかる。
「クッ!!」
ヒーツはのけぞるようにして、ボランキオの斧をかわす。そして体勢を立て直すと、再び斬りかかる。
ボランキオは、その攻撃を横に移動してかわすとハルバードを大きく振りかぶった。
「うおォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」
地響きが起こるほどの雄叫びと共に、ボランキオはハルバードを振り下ろした。
ヒーツはとっさに地面を転がるようにして、ボランキオの攻撃をかわす。
ボランキオの斧はそのまま地面に突き刺さった。いや、突き刺さるだけでは威力が止まらず、そのまま地面に大きな亀裂を入れる。
「何っ!?」
その様に、さすがのヒーツも度肝を抜かれた。
「…………よけたか。良い勘をしているな。剣で防いでいたら、今頃は真っ二つだ」
「…………」
ボランキオの言葉に、ヒーツの額には冷や汗が流れる。
そんなヒーツに対して、ボランキオはハルバードを構え直す。
「次は、はずさん」
そう言うと、もう一度ハルバードを振り上げる。
「やらせるかよ!!」
叫びながらヒーツも、渾身の力を込めてバスターソードを斬り上げる。
両者の武器は。空中で交差する。
しかし、ヒーツのバスターソードはボランキオの攻撃に耐え切れず、払い落とされる。更にその衝撃は、ヒーツの巨体を倒れさせるほどの威力があった。
それを見て、ボランキオはフッと笑う。
「今ので剣を吹き飛ばされただけとは、思ったよりやるな。しかし、これで終わりだ!!」
そう言うと、三度ハルバードを振りかぶって、振り下ろした。
ヒーツは剣を吹き飛ばされた衝撃で、地面に腰を着いており、初動が一瞬遅れた。
「しまった!!」
ヒーツの顔面に、ハルバードが振り下ろされる。
その瞬間、ヒーツは死を覚悟した。しかし、戦場での習性か、刃が届く一瞬まで目をそらす事ができない。
その視界の中に、小さな影が踊り込んできた。
次の瞬間、耳障りな異音が辺りにこだました。
やがて、山の陰からゆっくりと太陽が昇ってくる。
その光に反射して、小さな体をした少年がボランキオのハルバードを防いでいた。
「シュン!!」
自分の救い主を見て、ヒーツは声を上げた。
「何とか、間に合いましたね」
シュンはそう言って、ヒーツに笑いかける。そして、ゆっくりとボランキオに振り向いた。
「僕は、ドルファン軍傭兵部隊隊長付き副官、シュン・カタギリ准尉。ノイサス少尉に成り代わり、ボランキオ将軍に一騎打ちを所望します」
「ほうっ」
それを聞いてボランキオは、口に端を釣り上げた。
「貴様が、ネクセラリアを討った『黒き流星』、シュン・カタギリか」
「黒き流星?」
聞き慣れない言葉に、シュンはキョトンとする。
それを見て、ボランキオは言葉を続ける。
「貴様の戦い振りを見た、うちの兵士達が、貴様の事をそう称しているのだ」
「…………」
ボランキオの言葉に対して、シュンは無言の回答を返す。それを見て、ボランキオはフッと笑った。
「そうだな。この場では、口ではなく手を動かすべきか」
そう言ってボランキオは、警戒しつつ距離を取る。
「待て!!」
そんなボランキオを、ヒーツが睨み付けた。
「まだ、勝負はついてねえぞ!!」
そう言って、バスターソードを構える。
しかし、そんなヒーツにボランキオは鼻で笑った。
「お前はさっきの一撃で死んでいた。それをこの小僧に助けられたのだ。拾った命は大事にしろ」
「クッ……」
確かにあの時シュンが割って入らなければ、ヒーツは今頃脳天から空だが真っ二つにされていただろう。そう言われては、ヒーツも下がらざるを得ない。
代わりにヒーツは、シュンに向き直った。
「シュン!!」
「?」
呼ばれてシュンは、振り返る。
「必ず、勝てよ!!」
親指を立てるヒーツに対して、シュンはニッコリ微笑んだ。そして、ボランキオに向き直る。
「行くぞ!!」
次の瞬間、ボランキオは動いた。
猛然と突撃して、ハルバードを振り下ろす。
しかしシュンは、ハルバードが振り下ろされる前にボランキオの懐に飛び込み、刀を振り下ろす。しかし、
「甘い!!」
ボランキオは信じられない腕力で、慣性の付いたハルバードを引き戻し、その勢いでシュンに斬り付ける。
シュンの体は、その一撃で真っ二つになった。
丁度そこへ、ヴァルファ兵を掃討したエミールが駆けつけた。
その視界に飛び込んできたのは、真っ二つになったシュンの体だった。
「シュン!!」
エミールは、その光景に絶句する。
しかしそんなエミールの前で、真っ二つになったシュンの体は掻き消えた。そしてそのまま本隊は、ボランキオの脇に現われる。
それを見て、エミールはホッと息を付いた。
「何だ、襲影斬かよ。脅かすな。心臓に悪ぃぞ」
そんなエミールのぼやきをよそに、シュンはフルスイングの要領でボランキオに斬りかかる。
しかし、ボランキオの胴にシュンの刀が届く前に、ボランキオの肘打ちがシュンの顔面を捉えた。
その威力は凄まじく、シュンの体は空中で三回転した後、民家の壁を突き破って内部に突っ込んだ。 それを追って、ボランキオも壁を壊しながらシュンを追撃する。
ボランキオが突入した時、家の中でシュンは既に刀を構えて戦闘態勢を整えていた。その右手には大刀が、左手には小太刀が握られている。
「天破無神流!!」
シュンは体を高速で回転させる。
「襲牙斬!!」
回転によって威力を高められた二本の刀が、ボランキオに向かう。
しかし、ボランキオはハルバードを縦に構えると、シュンの二刀をあっさりと受け止めてしまった。
「うおォォォォォォォォォ!!」
ボランキオはそのままの体勢から、気合と共にシュンの体を吹き飛ばす。
シュンの小さい体は、屋根を突き破って宙に投げ出される。
「クッ!!」
シュンはそれでも、空中で体勢を入れ替えて、二本の刀を鞘に戻すと、大刀の方に手を掛けた。
「天破無神流抜刀術!!襲鳴斬!!」
シュンの気合と共に撃ち放たれた風が、渦を巻いてボランキオに向かう。
風は廃虚と化した民家を吹き飛ばし、ボランキオを直撃する。しかし、
「効かんわ!!」
ボランキオは腕を一振りすると、風を薙ぎ払った。
その光景に、さすがのシュンも唖然とする。
シュンはゆっくりと屋根の上に着地した。
しかし次の瞬間、轟音と共にその屋根が揺れた。
「うわっ!?」
そしてそのまま、その民家は崩壊する。
「くっ!?」
崩れ落ちる前に、シュンは屋根の上から飛び降りた。
それを待っていたかのように、壁を突き破ってボランキオが斬りかかってくる。
シュンその斬撃を辛うじてよけると、全速でボランキオに斬りかかった。
「天破無神流、襲雷斬!!」
高速で接近して、素早い速攻を繰り出す。
しかし、繰り出された斬撃は、ことごとくボランキオに弾かれる。
「ぬるい!!それがネクセラリアを倒した、黒き流星の剣か!!」
「っ!?」
ボランキオは叫ぶと同時に、ハルバードを振り下ろした。
地面に突き刺さったハルバードは、先程と同じように地面に亀裂を入れる。
「チッ!?」
シュンは地割れが自分の足元に来る前に、跳躍して逃れる。しかし、
「掛かったな!!」
ボランキオはもう一度振りかぶり、地面にハルバードを叩き付けた。しかし今度は亀裂は起こらず、衝撃で弾けた岩盤が巨大な砲弾となってシュンの体に飛んでいった。
「うわァァァァァァァァァァァ!!」
その岩盤に直撃されたシュンの体は、二転三転して地面に叩き付けられると、そのままうつ伏せに倒れた。
「…………」
ボランキオは、倒れたシュンの体を見据える。しかし、動き出す気配はない。
「勝負、あったな」
そう言うと、横たわるシュンに背を向けた。
しかし次の瞬間、強烈な殺気がボランキオを貫いた。それを追うように、刃が首に繰り出される。
ボランキオはその攻撃を、寸手の所で防いだ。
「…………まだ……やる気か?」
「…………当然です」
そう言うとシュンは、羽織の中に手を入れて、皮のブレストプレートを引き千切り投げ捨てた。これのお陰で、シュンは軽傷で済んだのだ。
「…………面白い」
ボランキオは、そう言ってシュンに向き直った。
「その闘志は、さすがと言うべきだな。……貴様に免じて、俺の取って置きを見せてやろう」
そう言うとボランキオはハルバードを頭上に構え、ゆっくりと旋回させる。
道に技が出る可能性がある為、シュンは取りあえずその光景を黙って見ている。
ボランキオはハルバードを徐々に加速させ始めた。
すると、周囲に風が起こり始める。
『これは!!』
シュンが技の正体に気付いた時、既に事態は手後れとなっていた。
やがて、ボランキオを中心に、竜巻が形成される。
突風へと進化した風は、シュンの体を縛りつけ自由を封じ、そのまま中心へと引き寄せていく。
ボランキオの体は既に、竜巻に取り囲まれて見えない。
「クッ!!」
シュンは必死に足に力を入れてふんばるが、徐々にボランキオに引き寄せられていく。
「必殺、破砕旋斧!!」
ボランキオが叫んだ瞬間、耐え兼ねたシュンの体は竜巻の中に吸い込まれた。
エミール達が見ている中で、シュンの体は風の中に消えていく。
やがて風が晴れた時そこにあったのは、勝者よろしく立ちはだかるボランキオと、その足元に倒れ伏すシュンの姿だった。
「シュン!!」
思わず声を上げるエミール。
しかしその声にも、シュンは反応を示さない。
「…………そんな……お前が……負けちまうなんて……」
そんなエミールの声に背を向けて、ボランキオは歩き出す。
彼にはまだ、やるべき事があるのだ。
しかし、
「待てよ!!」
そんなボランキオに、エミールが叫ぶ。
「今度は俺が相手だ!!」
それを聞いて、ボランキオは振り返る。
「…………ほう。良いだろう」
そう言うとボランキオは、エミールに向かい合う。
エミールも、愛用のロングソードを構える。しかし、その額からは止めど無く汗が滲み出ていた。
シュンですら勝てなかった相手に、果たして自分が勝てるのか?
そんな疑問が、エミールの中で駆け巡る。
その時、
「……ずるいな、エミールさん……まだ、終わってませんよ……」
その声に、エミールとボランキオは、ハッとして振り返った。
そこには、ボロボロになりながらも二本の足で立ったシュンの姿があった。
「シュン……お前……」
「貴様、どうやってあの技から生き残った?」
ボランキオの質問に、シュンはフッと笑う。
「あの時、回避できないと踏んだ僕は、将軍の斧の旋回に巻き込まれる直前、旋回する刃の部分に自分の刀を押し当てて、斬られるのを防いだんです」
状況的には、緩やかに回っている扇風機の羽に、薄い紙が一枚引っかかっている所を想像していただければ正解である。
「一種の賭けでした。うまく旋回に潜り込めるか自信がありませんでしたし、途中で刀が折れれば、旋回に巻き込まれて、僕の体の骨は粉々になっていたでしょうからね」
そう言うと、シュンは自分の大刀を掲げた。
大刀は、ボランキオの技を受け流した代償として、鍔元から拳一つ分ほどの長さを残して、へし折られていた。
「よく、持ってくれましたよ、実際」
そう言うとシュンは、亡き愛刀に敬意を込めるように額に掲げると、ゆっくりと地面に置いた。
「さあ、やりましょうか!!」
そう言うとシュンは、ボランキオに向き直る。
それに対してボランキオも、ハルバードを構え直す。
「俺は別に構わんのだが、そのショートソードで俺と戦う気か?」
ショートソードとは、小太刀の事を差しているようだ。
「やってみなくては、分からないでしょう」
そう言ってシュンは、ニッコリ微笑む。
「…………」
そんなシュンの笑顔が、ボランキオの胸に引っかかった。
しかし、それは一瞬の事で、すぐにボランキオはハルバードを構え直す。
「いいだろう。ならば、今一度この技を受けろ!!」
そう言うとボランキオは、再び頭上でハルバードを旋回させる。
旋回は次第に速くなり、それに伴い周囲に風が巻き起こり始める。
「…………」
シュンは無言のまま、腰の小太刀に手を掛ける。
やがて先程と同じように、ボランキオを中心に竜巻が起こり始める。
シュンは足に力を入れるが、抵抗虚しく徐々に引き寄せられる。
「必殺、破砕旋斧!!」
風が最高潮に達した。
次の瞬間、シュンは竜巻に向かって猛然と走り出した。
「シュン!!」
風に耐えながら、エミールが叫ぶ。
そのエミールの目の前で、シュンは竜巻の中に突っ込んだ。
「天破無神流抜刀術!!」
シュンは小太刀の鯉口を切る。
シュンの体は竜巻に巻き込まれながらも、刃の部分に触れる事無く勢いそのままに本体であるボランキオ自身に向かう。
「襲豹斬!!」
シュンはボランキオと交差する瞬間小太刀を鞘走らせ、風を突き破り、鎧を粉砕し、ボランキオの胴を斬り裂いた。
その瞬間、ボランキオの目は見開かれる。
「馬鹿……な……」
ボランキオは、次第に自分の腕から力が抜けていくのが分かった。
やがて、重さを支えきれなくなったハルバードは、ボランキオの手から零れ、地面に転がった。
襲豹斬とは、本来抜刀術において、自分の間合いに入った段階で抜き放つはずの刀を、体が交差する瞬間に抜き放つ事によって、体の移動スピードをそのまま斬撃の威力に変換する技である。その為、技の使用には、脚力に絶対の自信を必要とする技である。
しかも今回シュンは、ボランキオの破砕旋斧が生み出す、強烈な「吸い寄せる風」を交差方として利用した為、本来に数倍する威力を叩き出した為、ボランキオの風の力にも負けなかった訳である。
力を失ったボランキオの巨体は、そのまま後ろ向きに倒れ伏した。
「…………」
シュンは右手に小太刀を持ったまま、ゆっくりとボランキオの下に歩み寄る。
そんなシュンを、ボランキオは力無く見上げた。
「…………礼を言うぞ……カタギリ」
「…………え?」
ボランキオの意外な一言に、シュンは訳が分からず困惑する。
そんなシュンに構わず、ボランキオは先を続けた。
「これでやっと……妻と娘の下に、行ける…………」
ボランキオは傭兵になる前、友人数人で欧州を旅していた事がある。
その頃のボランキオは、普通に家庭を持ち、妻と、幼い娘と共に幸せな生活を営んでいた。
その旅は、もう何年も前から友人達と計画しており、若い頃から旅が好きだったボランキオが楽しみにしていた物だった。
出発当日、妻や娘は笑顔で送り出してくれた。ボランキオも、娘への土産を約束し、意気揚々と出発した。
そして三年ほど過ぎ、ボランキオはようやく故郷の村へと帰ってきた。
しかしそこでボランキオを待っていたのは、妻と娘の暖かい笑顔ではなく、絶望と言う名の死神だった。
村は、壊滅していた。伝染病が、原因だったらしい。
廃虚となった我が家。二度と見る事のできない愛しい者達。
ボランキオは泣き叫んだ。妻と娘を失った事は悲しかった。しかしそれ以上に、一緒に死んでやれなかった事が悔しかった。
しかしボランキオにとって不幸な事に、彼には自分で自分の命を絶つだけの勇気が無かった。
そこで、自分で死ぬ事はできなくとも、他人に殺してもらう事ならできる。
以来ボランキオは傭兵となり、来る日も来る日も戦い続けた。たとえ数万の軍勢相手に、自分一人に成り果てたとしても、ボランキオは退かなかった。
それが、「不動のボランキオ」の由来だった。
「…………ありがとう、カタギリ…………」
もう一度、ボランキオは言った。
その時、ボランキオの頬に滴が一粒付いた。
「?」
滴は更に降り注いでくる。
「…………どうして…………」
「何?」
シュンは小太刀を取り落とすと、その場にガックリと膝を突いた。
「どうしてですか……」
「何が……だ?」
次の瞬間、シュンは涙に濡れた顔を、キッと上げた。
「……死ぬほど愛していたなら……後を追って行きたいほど大好きだったなら……どうして『その人達の分まで生きよう』って思わなかったんですか!?」
激情のまま言い放つと、シュンは声を上げて泣いた。
まるで生まれたばかりの赤ん坊のように、シュンは両手で顔を覆って泣く。
そんなシュンに、ボランキオは震える手を差し伸べ、ゆっくりと涙を拭いてやる。
「……お前は……優しい……な……お前ともっと……早く…………出会えていたら……俺の人生……も…………変わ…………って…………」
そこまで言って、バルドー・ボランキオは事切れた。
八日未明から始まったドルファン軍によるダナン総攻撃は、一昼夜に及んだ激闘の結果、不動のボランキオは敗死、ダナン防衛に当たっていたヴァルファバラハリアン第四連隊は壊滅し、ドルファンは国境都市ダナン奪回を高らかに宣言した。
しかし、ダナンを領地に持つベルシス家は、ドルファン軍の武力進駐を拒絶、また、国境線の戦いで、プロキア軍とシンラギククルフォンの混成部隊を破ったヴァルファ本隊もプロキア領内に入った後、忽然と姿を消した。
ドルファン・プロキア戦争の行方がまだ霧中にある中、心優しい少年の泣き声が、戦場にこだましていた。
第十二話「ダナン攻防戦 後編『遅すぎた出会い』」 おわり
後書き
どうもこんにちは、ファルクラムです。
まさか、これほどの長丁場になるとは思ってもみませんでした。やはり私の性ですね。こういうシーンになると、つい燃えてしまいます。
さて、ボランキオの必殺技「破砕旋斧」の描写ですが、迷った末に結局ゲームの物をそのまま採用しました。その方が、今後、何かと都合が良いかと思いまして。
では、今回はこの辺で。
ファルクラム