第九話「君は…」


 

 シュン・カタギリは、ゆっくりとクローゼットを引き開けた。

 この中には、シュンがドルファンやスィーズランドで買い求めた服や、戦場に着ていく羽織などが入っている。

 しかしシュンはそれらの服を押しのけると、さらに奥へ手を伸ばす。そして一番奥から細長い包みを引っ張り出した。

「…………」

 シュンは無言のまま、その包みを眺める。

 その包みを持つ手は小刻みに震え、まるで何かを恐れているかのようだ。

 シュンはゆっくりと、その包みを縛っている紐に手を伸ばす。その目はどこか虚ろで、焦点が合っていない。まるで何かに憑かれているかのようだ。

 小刻みに震えた手が今にも紐に掛かろうとする。

 その時、

『シュン!!』

「!?」

 背後から咎めるような声がして、シュンは我に返った。

 そんなシュンの視界に、ピコが飛び込んできた。その顔は、いたずらをした弟を叱る姉のような表情をしている。

『それは封印しておくって言う約束でしょ!!』

 ピコはそう言って、シュンを叱る。

「……うん……そうだったね」

 シュン頷くと、包みをクローゼットに戻す。しかしそこで手を止めて、もう一度包みを眺める。

 この中には、シュンにとって忌むべき存在が入っているのだ。

「僕がこれを使ったのは、今まで一回だけ」

 そう、シュンが倭国史上最悪と言われる罪を犯したあの日だけ。

「でも……」

 シュンは、言葉を続ける。

「これからの戦いは、きっと僕たちが考えている以上に激しい物になるかもしれない。倭国からの刺客だって、沢山来るかもしれない……」

『シュン……』

「その時、これが必要になるかもしれない」

 そう言うと、シュンは再び包みをクローゼットの奥に戻した。

 そんなシュンに、ピコは優しく言い聞かせる。

『大丈夫だよ。君は前よりも強くなっているんだから。どんな奴が来たって負けるはずないよ』

「…………うん」

 シュンは力無く笑いながら頷くと、クローゼットを閉じた。

 そこでピコはふと、机の上に置いてある包みに気付いた。

 それは、何となく平べったい印象で、中央が盛り上がってる感じから、何かしら柔らかい物が入っている事が想像できた。また、包装は、水色の紙に、ピンクのリボンで奇麗にラッピングされている。

『何、これ?』

 ピコはその包みを差して、シュンに尋ねた。

 それに対して、シュンはほんのり頬を赤くする。

「うんとさ…………」

『?』

 シュンの妙にモジモジした態度に、ピコは不審な顔を向ける。

「…………実はさ」

『何?』

 ピコは焦れたように、シュンの先を促す。

 しかし実際の話ピコには、シュンが言わんとしている事が分かっていた。分かっていて、からかっているのだ。その証拠に、その顔には悪戯っぽい笑みを浮かべている。

「今日……ライズさんの、誕生日なんだ」

『ほ〜』

 シュンの「自白」に、ピコの顔には満面の笑みが浮かぶ。

「だから、プレゼントを買ったんだ」

『ヘエ〜』

 ピコは笑顔のまま頷くと、シュンの視線の高さまで上がる。シュンはこれまでにも、何人かの友達にプレゼントを贈ったのだ。

『ハンナの時はスポーツシューズ、ソフィアにはオルゴール。で、ライズには何を送るの?』

「秘密」

 そう言うと、シュンはニッコリ微笑む。

『ああ、何それ!教えなさいよ!!』

「だ〜め」

 そう言うとシュンは、狭い部屋の中を逃げ回る。

「さて」

 シュンはベットの横に立て掛けた刀を取ると、腰のベルトに差し込む。

『行くの?』

「うん。ハンナさんが、今日はライズさんは国立公園に行くって言ってたから」

『そう、じゃ、行ってらっしゃい』

「うん。行ってきま〜す!!」

 そう言うとシュンは、机の上の包みを持って部屋を出て行った。

 その後ろ姿を見送りながら、ピコは柔らかい微笑を浮かべる。

『あの子も、ドルファンに来てから少しは女の子に興味を持つようになってようだね。感心感心』

 そこまで言ってピコはふと、思い至る事があって考え込む。

『それにしても…………ライズにハンナ…………あの二人が仲良くしてる所なんて…………ちょっと想像できないよね』


 

 ライズ・ハイマーはその日の昼過ぎから、国立公園のベンチに座って読書に勤しんでいた。

 読んでいる本は「ハンニバルの戦術」である。遥か昔、トルキア地方を席捲した古代アルビア王朝の王、ハンニバルの戦術を研究した本である。

 当時、欧州の大半を収めていたトルキア帝国に対し、奇襲戦術を中心にして挑んだハンニバル王は、トルキア帝国帝都アテナイまで後一歩と言う所まで追い詰めながら、物量の前に敗退した。

 しかし、ハンニバルがトルキア帝国と戦った歳月は十年にも達し、その間、僅かな兵力で帝国軍に勝利を収め続けたハンニバルの戦術と戦略には、学ぶべき所が多かった。

 友人の一人、ハンナ・ショースキーには買い物に付き合って欲しいと言われたが、今日は公園で本を読むと決めていたので、丁重に断った。

 寒空の公園内は人影が無く静かで、読書をするには最適な環境と言えた。もちろん寒気はライズの体にも容赦なく襲い掛かっているのだが、ライズ自身顔色一つ変えずに本を読みふけっていた。

 ページも中盤に差し掛かった頃だった。目の前で人一人分の質量が動いた感じがして、ライズは顔を上げた。

 ライズの視線の先には、彼女がよく知っている少年が立っていた。

「こんにちは、ライズさん」

 そう言うと、シュンはニッコリ微笑んだ。

 それに対してライズは、表情を変えずにシュンの顔を見据える。

「こんな寒い中、散歩かしら?」

「違います」

 シュンの即答に、ライズは怪訝そうな顔をする。

 対してシュンは、恥ずかしそうな笑みをライスに向けている。

「何が、可笑しいの?」

「いえ、そうじゃなくてですね」

 ライズのそっけない態度の、渡すタイミングを見出せず、シュンはしどろもどろになる。

 そんなシュンの態度に、ライズはますます不振顔になる。

「あのっ、えっと……だから……」

「…………用が無いなら、失礼するわ」

 このままでは読書に集中できないと思ったライズは、シュンに背を向けて立ち去ろうとする。

「待ってください!!」

 シュンは意を決して、ライズを引き止めた。

 それに対してライズは、無表情のまま振り返る。

 シュンはライズに駆け寄ると、ポケットの中に入れておいた包みを取り出しライズに差し出した。

「お誕生日おめでとうございますライズさん!!」

 言いきった後、シュンの顔は耳まで真っ赤になった。

 ソフィアやハンナの時もそうだったが、なぜ自分がこんなに緊張しているのか、シュン自身にも分からない。ただ友達にプレゼントをあげるだけの事が、こんなにも恥ずかしいとは思ってもいなかった。

 ややあって、ライズは口を開いた。

「どうして、今日が私の誕生日だと?」

「あ、それは、ハンナさんに…………」

「…………そう」

 自分の友人が情報の発生源と知り、ライズは嘆息すると同時に、これからは機密保持に細心の注意を払う必要がある事を感じていた。

「あの…………」

 シュンは上目使いに、ライズの顔を見る。その手には、所在無げにプレゼントの包みがある。

 ライズは小さく溜め息をつくと、その包みを受け取った。

「開けて良いかしら?」

「ええ、もちろん!!」

 シュンの了解を得て、ライズは慎重に包みを開けていく。そして中から出てきたのは、皮製の手袋だった。色は、ライズが今はめているのと同じ赤だが、材質はより高価な物になっている。

「これは…………」

「お気に、召しませんか?」

 シュンは不安そうな顔を、ライズに向ける。

 それに対してライズは、フッと顔を上げてシュンを見た。

「ありがとう。大切にさせてもらうわ」

 それを聞いて、シュンはほっとしたに笑みを浮かべた。

「良かった」

 そう呟くシュンに対し、ライズは手袋をポケットに収めて、向き直った。

「そう言えば、あなたの誕生日はいつかしら?」

「え?」

 突然尋ねられて、シュンはキョトンとした目をライズに向ける。

「え?何ですか急に?」

「別に……」

 そう言うと、ライズはシュンから視線を逸らす。

「ただ、何か、お礼をしたほうが良いかと思っただけ」

「…………実は」

 シュンは少し困った笑みを浮かべて、ライズを見る。

「丁度……一ヶ月前なんです……」

「……え?」

 ライズも思わず、シュンの顔を見返す。

「十二月……二十八日……ライズさんの、一ヶ月前です」

「…………」

「…………」

 一瞬の沈黙の後、二人は同時に吹き出した。

「これも、一つの、奇遇かもしれないわね」

「そうですね」

 そう言って真顔に戻ったライズは、改めてシュンを見た。

「じゃあ、今から何か買いに行きましょう」

「え?」

 シュンは驚いて、ライズを見た。

「そんな、気を使ってもらわなくても…………」

「……そう、じゃあ、やめましょうか?」

 それを聞いて、シュンは考え込む。

『考えてみれば、ライズさんからプレゼントをもらえる機会なんて、そうはないかもしれないな』

 そう考えてから、顔を上げた。

「やっぱり、お願いします」

「そう、じゃあ、行きましょう」

 そう言うと、ライズとシュンは肩を並べて歩き出した。

 その瞬間だった。

 強烈な殺気を感じ、二人は同時に左右に分かれて飛んだ。

 一拍の間を置いて、二人がいた場所に数本の投げナイフ。倭国で言う所の手裏剣が突き立った。

「クッ!」

 シュンは地面を転がりながらも、自分の迂闊さを呪った。まさか、これほど早く次の刺客が現われるとは、思っても見なかったのだ。また、教われるその瞬間まで、殺気を感じる事ができなかった事も、悔やまれた。

 そんなシュンの視界の中で、地面に積もった雪が舞い上がり、それが晴れた瞬間、一人の男がシュンの前に立っていた。かなりの痩せ型の体型をしているが、どこか引き締まった印象を見る者に与えている。

「女連れとは良い御身分だな、片桐瞬!!」

「鬼道衆!!」

 シュンは立ち上がりながら、腰の刀を抜き放つ。

 それに対して男も、シュンに対して名乗りを上げる。

「いかにも!!我こそは鬼道衆、駿風の弦馬(しゅんぷうのげんば)!!」

 そう言うと弦馬は、腰から日本の小太刀を抜き放つ。

「逆賊片桐瞬!!その首、貰い受ける!!」

「クッ!!」

 弦馬が駆け出すと同時に、シュンも同時に動く。

 間合いに切り込みながら、シュンはチラッとライズの方に目を向けた。ライズは少し離れた場所で、二人の戦いを観察するようにたたずんでいる。取りあえず害が及ぶ事はなさそうだ。

 それを確認したシュンは、大きく刀を振りかぶって弦馬に斬りかかった。

 弦馬はシュンの斬撃を左手の小太刀で受け流すと、まったく同時に右の小太刀で切りかかる。

「クッ!!」

 シュンはバックステップで距離を取り、小太刀の間合いの外に逃れる。

 しかし、

「掛かったな!!」

 次の瞬間、弦馬は猛然とシュンの懐に飛び込んだ。

「!?」

 とっさの事で、シュンも防ぐ事ができない。

 一瞬の後に二つの影は交差した。

「…………」

「…………」

 二人はゆっくりと振り返る。

「……やるな」

 弦馬は振り返りながらシュンに言った。その体には、傷一つ付いていない。

 対してシュンの体には、胸の衣服が切り裂かれ、薄らと血が滲んでいる。

「完全に致命傷を与えたと思ったんだがな……まさかあそこで体を捻って、斬撃の威力を吸収するとはな」

「…………」

 弦馬の言葉に対し、シュンは無言のまま刀を構え直す。右手一本で大刀を持ち、それを胸の前で斜めに掲げている。

「行くぞ!!」

 弦馬は小太刀を両腰に溜めて構えると、シュンに向かって切りかかった。

 それに対してシュンも、大刀で斬りかかる。

 狙うのは、右手に構えた刀の対角線、すなわち、弦馬の右の小太刀である。

「ハッ!!」

 シュンは気合と共に、大刀を振るう。

 遠心力の付いた一撃は、強烈な威力を持って弦馬の小太刀を薙ぎ払う。

「天破無神流抜刀術!!」

 叫ぶと同時に、開いた左手を腰の小太刀に当て、逆手に握って鞘走らせる。

「襲爪斬!!」

 鞘走らせた小太刀は、狙い違わず弦馬の右脇腹に向かって伸びる。

 しかし刃が届く直前、弦馬は上空に飛びあがり、シュンの攻撃をかわした。

 すかさずシュンも、弦馬を追って跳び上がる。

 同高度まで上がったシュンは、そのまま弦馬に斬りかかる。それに対して弦馬も、空中でシュンの攻撃を防ぐ。

「食らえ!!」

 弦馬は空中で止まった瞬間、シュンの体を蹴り付けた。

「うわァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 シュンの体は、地面に向かって落下していく。

 しかしシュンは、中空で体勢を入れ替える。

『こうなったら、あの技で……』

 シュンは落下しながらも、下半身に力を込める。

 しかし次の瞬間、シュン目掛けて三本の手裏剣が飛んできた。

「!?」

 シュンはとっさに小太刀で手裏剣を払いのけた。

 しかし次の瞬間、右手に小太刀を構えた弦馬が急降下しながらシュンに襲い掛かった。

「もらったあ!!」

 シュンはとっさに大刀で弦馬の攻撃を防ごうとする。しかし弦馬は、シュンの大刀を払いのけると、そのまま地面に叩き落とし、その腹に膝蹴りを食らわした。
「グハッ!!」

 うめきと共に、シュンは胃の中の物を嘔吐する。

「これで、止めだ!!」

 弦馬はシュンに対し、小太刀を振りかざす。

「クッ!!」

 シュンは大刀を振り上げて弦馬に斬りかかるが、膝蹴りと嘔吐のダメージが残っており、その太刀筋には普段の鋭さがまったくない。

 弦馬はシュンの攻撃を、片手で簡単に薙ぎ払った。

 シュンの手から零れた大刀は空中で数回回転すると、雪の積もった地面に突き立った。

 それを見たシュンは、今度は左手に握った小太刀で斬り掛かろうとする。

「悪あがきを!!」

 しかしその腕は、弦馬の足に踏みつけられた。

 弦馬はそのままシュンの腕を地面に踏みにじり、力が弱まったところで小太刀を遠くへ蹴り飛ばす。

「さあ、そろそろ終わりにしようぜ」

 その言葉に、シュンは覚悟を決めて目を閉じた。

 弦馬は、シュンに対して下卑た笑いを向ける。そして、大きく小太刀を振り上げて、

「何の真似だ、小娘?」

「…………え?」

 弦馬の言葉に、シュンは目を開いた。シュンを見下ろしている弦馬の視線は、右の方に向けられている。

 そこには、それまで静観を決め込んでいたライズが、白雪を踏みしめて立っていた。

「何の真似だと聞いている」

 弦馬は焦れたように、ライズを睨む。

「…………別に。……ただ、人一人が目の前で殺される光景と言うのは、見ていて良い気がしないわ」

 そう言うとライズは、傍らに落ちていたシュンの大刀を拾い上げた。

 シュン自身にとっても、かなり不釣り合いな刀だが、少女の身であるライズが持てば、さらにアンバランス感は否めない。

 ライズは刀を、視線の高さに水平に構えた。

 それに対して弦馬も、小太刀を構える。

 次の瞬間、二人は動いた。

 目にも留まらぬ速さで間合いが詰まると、二本の刀は己の存在を主張するかのように火花を散らした。

 それを見ていたシュンは、思わず息を呑んだ。

 次の瞬間には、弦馬は全速で後退し距離を取ると、ライズに対して手裏剣を放って来る。

 しかし手裏剣が着弾する前にライズはその場から跳躍し、横にスライドしていた。

「チィ!!」

 弦馬はすかさずライズに対して第二撃を放ってくる。

 それに対してライズは、今度はよけずに叩き落としながら前進する。

 焦った弦馬はさらに第三撃を放つが、これもまたライズに叩き落とされる。

「クッ!!」

 溜まらず弦馬は、ライズに向かって斬り掛かる。

 それに対してライズは、刀を右肩に振りかぶり、袈裟懸けに振り下ろした。

 二人の太刀筋は中間でぶつかり合い、互いに火花を散らす。

 しかし弦馬は、ライズの剣の勢いを殺しきれず、肩口を切られる。

「クッ!?」

 弦馬は肩口を押さえて後退するが、ライズは素早く間合いを詰め、連撃を加える。

「このっ!!」

 弦馬はとっさに懐に手を入れると、中から手の平大の黒い玉を取り出し、地面に叩き付けた。

ライズの視界は、一瞬で真っ白に染め上げられる。

「…………」

 ライズはとっさに左手を顔に当てて、煙を遮る。

 その間に、弦馬は上空に跳躍してライズの間合いから逃れた。

 しかし次の瞬間、立ち込める煙を割ってライズが飛び出した。

 弦馬を空中で捕捉すると、ライズは勢いそのままに斬りかかった。

「クゥ!!」

 弦馬は何とかライズの斬撃を防ぐが、その拍子にバランスを崩し、地面に向かって落下した。そして、そのまま背中から叩き付けられた。
「クッ!?」

 なんとか痛みを堪えて、弦馬は立ち上がろうとする。

 しかしその喉元に、冷たい刃が突きつけられた。

「勝負……あったわね……」

 ライズは、冷たい声で言い放った。

 弦馬に突き付けられた刀は、あと数ミリ動かせば喉元に突き刺さる所で止められている。

「あなたがなぜ、シュンを狙ったかは聞かないわ。でも、これ以上やると言うのなら、容赦はしない」

ライズの瞳には明確な殺気が込められており、それは、見た者を萎縮させるには充分だった。

「ヒッ、ヒ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

 情けない悲鳴を上げて、弦馬は逃げ去っていった。

 それを見届けたライズは、フッと息を抜いて、シュンに向き直った。

 シュンはそんなライズに、呆然とした目を向けている。それを見てライスは、ハッとした。

 自分は重大な使命を帯びてドルファンに来ている。だと言うのに、このような大騒ぎを起こし、しかもそれを監視の対象人物に見られてしまった。重大な失態である。

「シッ、シュン、これは、その……子供の頃父から剣を習ったのよ…………それで…………」

 そう言ってからライズは、自分を呪いたくなった。いくらとっさに良い言い訳が思い付かなかったからって、これでは疑ってくれと言っているような物だ。

「だから……その……」

 言い訳すればするほど、しどろもどろになっていく自分に気付き、ライズは自己嫌悪に陥りかけた。

 しかし、

「凄いですライズさん!!」

 次の瞬間、シュンの口からは称賛の声が飛び出た。

「え?」

 今この場に鏡があったならライズは、自分がひどく間の抜けた顔をしている事に気付いた事だろう。

 それに構わず、シュンは続けた。

「僕、ライズさんの事、尊敬しちゃいますよ!!」

「そっ、そう?」

 答えながらもライズは、シュンのマイペース振りに心の底で安堵した。

「ほんと、凄いなあ。どうやったら、あんなに強くなれるんですか?」

 それを聞いて、ライズの表情が、微妙に変化した。

「それは…………違うわね…………」

「え?」

 ライズの言葉にシュンは、キョトンとする。

 ライズはしっかりと、シュンを見据える。

「恐いのね、あなた」

「え?」

 突然言われて、シュンはとっさに言葉が出てこない。

 それに構わず、ライズは続けた。

「あなたの剣には、迷いがあった。それが、何度も剣筋を鈍らせていたわ。それが、あなたの敗因よ」

「…………」

 図星を突かれ、シュンは言い返す事ができなかった。

 この間の獣使いの源蔵の死以来、シュンは人を傷付ける事を怖がっていた。これまで何人もの刺客を返り討ちにしてきたが、こんな事は始めてであり、その為、シュン自身も戸惑っていた。

「迷いがある者は、決して勝利する事ができない。それを、良く覚えておきなさい」

 そう言うとライズはシュンに刀を返し、背中を向けた。

 シュンはその背中を、ただ呆然と眺めていた。

 

 

第九話「君は……」  おわり


後書き

 

どうもこんにちは、ファルクラムです。

 

今回の話は、比較的スムーズに書けた気がします。しかしまあ、書き始めるまでに若干のタイムラグがあった為、プラスマイナスゼロなのは、否めませんがね。

さて、今回の話を読んでお気づきの方もいらっしゃるとは存じますが、ライズは今のシュンよりも強いです。今のシュンは、制約があったり心の迷いがあったりして、完全な力を出す事ができないでいます。ですから、ライズの方が強い訳です。まあ、彼もまだまだ若いですから、若いうちは苦労してもらいましょう。

 

と言う訳で、今回はこの辺で。

 

ファルクラム


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