「…」
レンは何かいやな予感がしていた。
「…2ヶ月ぶりに雪が降るかな…」
今日、2月8日、レンの元に手紙が届いた。
「今日、私的に茶会を催したいと思います。是非、出席を願います」
プリシラからの手紙だった。それで何が変かと言うと、
(命令口調じゃない…)
毎年の王女誕生日の、パーティーの参加を願う手紙は、
「今日は私の誕生日よ。死んでも来てね」
という、王女とは思えない手紙だった。
レンもそれに慣れていたので、こうかしこまれると変な気分なのであった。
(でもまあ、茶会って事は他の人〔貴族〕にもこの手紙を出すんであろうし、変でもないか…)
時間を見ると、今夕と書いてあったので、時間まで休むことにした。
時間になって、レンは城に向かった。
今気付いたのだが、手紙には隠し通路が示されていて、それを通って部屋の前に来るように、とのことだった。
(おいおい…非公認かよ…)
つまりである。
(見つかったら自分で何とかしろって事か!?)
著者の星輪はまだ確認していないが、ドルファンは極刑の多い国である。
(プリシラがどんな反応するか試して、「放火は極刑」と言われたことはある)
「城に忍び込んだ」というのはどんな刑にあたるのか…レンは考えないようにした。
「ま、まあなんとかなるか…」
思ったことを喋っている。レンは動揺しているのであった。
(ふう…)
何とかプリシラの部屋の前までたどり着いた。燐光石が発光していなかったので、部屋の前の廊下は暗闇だった。辺りに人は見えない。
「来たわね…さ、見つからないうちに入って…」
プリシラが部屋から顔を出して言った。レンはそれに従った。
(俺一人…か?)
予想していなかった。上にもあるとおり、手紙の文面があれだったからだ。
「さ、そこにかけて。メイドは呼べないから、お茶はセルフサービスね」
プリシラはレンがソファーに座ると、話を始めた。
「ね、聞いて。今日はお城にサーカスを呼んでね…」
プリシラの話はそこでとぎれた。部屋が真っ暗になったからだ。
「な、なに?」
レンは何かの薬品のにおいを感じた。と、何かが動く音がして、その「何か」はプリシラのほうに向かっていった。
「おとなしくしろ…そこの東洋人も…だ」
レンは隠し通路を通るときに暗闇に目が慣れていたので、その「何か」を識別する事ができた。
それは人のシルエットをしていた。さらによく見ると、ピエロの仮面を着けている。そして、手に持った大型のナイフはプリシラの喉元に添えられていた。
「くっ…」
レンは動けなかった。
「賢明な判断だ…東洋人」
そのピエロが部屋から去っていくと、部屋に明かりがついた。レンは急いで城の外に飛び出した。
(ピエロの仮面を着けていた…そして今日、城にサーカスが呼ばれた…賭けてみるしかないな…)
レンはフェンネル地区にあるサーカステントに向かった。
サーカステント周辺に明かりはなかった。
(くそっ!はずれか!?)
しかし他にあてもなかったので、テントの中に入ることにした。
武器の「棒」は宿舎においてきてしまっているので、何本か落ちていた鉄パイプの中で長さ、太さなどの一番近い物を選んでテントに入った。すると、
「!!」
何者かの気配がテント中に広まった。
ヒュッ…
その風斬り音に対して、レンの体が反射した。飛んできた物をギリギリでかわすことができた。
カツーン…
ナイフの刃がさっきまでレンがいた空間を貫いて、地面に刺さった。
(ナイフの…刃…)
本で読んだことがあった。シベリア軍特殊部隊のスペツナズは、標準装備として刃の部分をスプリングで発射できる、「スペツナズナイフ」という物を持っているということを。
(これがスペツナズナイフって訳か…)
テント内に薄明かりがついた。刃が飛んできた方向を見ると、あの仮面の男が見えた。
「当たりだったみたいだな…」
「ほう、近衛兵にしては早いと思ったが…東洋の客人だったとはな…恐れ入るよ…」
「お前だったな…プリシラをさらったのは…」
「クックックッ…」
「…やめて!カルノー!」
プリシラの声がテントの中に響いた。
「フン、薬が切れたか…」
「貴方、カルノーでしょう?なんでこんな事をするの!?」
「フフ…やっと地が出たね…嬉しいよ、プリシラ…」
カルノーの声は怪しい笑いのピエロの仮面とよく合っていて、不気味な雰囲気を作り出している。
「まあいい。君とのつもる話は後だ…先に東洋の客人を始末しないとな…」
「お願い!やめて!カルノー!」
プリシラは珍しく涙声になっていた。
「優しいな…プリシラは…」
「違うわ…カルノー…同情なんかじゃない。私の大切な人に、手は出させない…だからよ」
「!!」
「恋人をほっぽって、何年もシベリアに逃げておいて…そんな男を、女が何年もしおらしく待つとでも思ってるの!?」
(こんな時でも…いつものプリシラ…か…)
とか、レンが思っていると、カルノーはプリシラを突き飛ばして、ナイフを構えた。
「果報者だな、東洋人!…その思いを抱いて、この世から消えてなくなれ!」
言葉が終わると同時に、カルノーは突進してきた。
(くっ!)
下から斬り上げてくるナイフをパイプで受け止めようとしたが、カルノーはナイフを素速く複雑に動かして、ガードをすり抜けさせた。
「っ!」
左脇腹から右胸にかけて斬られたが、レンはとっさに身を引いたため、傷は深くならなかった。
(相手は集団戦闘の訓練を捨てて、1対1の勝負だけを訓練している…長引けば、圧倒的に分が悪い…)
スペツナズはゲリラ戦を得意とする部隊。1対1の戦闘や、特殊状況下での戦いはお手の物だ。
(技術なら、相手のほうが断然上だな…さて、どうするか…)
カルノーは後ろに飛んで距離を広げた後、レンの様子を見ている。
(リーチは勝ってる…動きをトリッキーにして惑わすしかないか…)
剣や槍ではできない動きができるのが、棒の強みである。
「いくぞっ!」
「フフ…」
レンはカルノーに突進していき、地面を棒で打ち付けて自分の軌道を変えた。
「っ!?」
目の前で突進の勢いをそのままに、直角にレンが曲がったので、カルノーはたじろいだ。
「はっ!」
横の方向の力を生かすため、体を回転させて遠心力を付けた。
「ぐうっ!」
カルノーはナイフでガードしたが、思っていたより衝撃が強く、手が痺れて一瞬隙ができた。
「そこだっ!」
突きや打撃、体術を織りまぜたコンビネーション。しかし、3,4撃当たったところで、後ろに飛ばれ、あまりつながらなかった。
「なかなかやるな…」
「へへ…」
(本気だったんだがな…かわされるとは…)
「…容赦はしないことにするよ!」
カルノーの素早さが、最初の突進の時と比べて遙かにアップした。
「見切れるかな?」
カルノーは縦横無尽に動き回っている。その動きはの速さは残像すら見えそうだった。
「終わりだよ…」
薄明かりが消えた。ナイフの刃を飛ばして明かりの元を消したようだ。
「うっ!!」
レンは、カルノーの姿を一瞬、見逃してしまった。次に現れたときには、レンの懐に潜り込んでいた。
「くそっ!」
レンはガードしようとしたが、遅かった。
「悪魔みたいだろ?」
「うぐっ!」
カルノーのナイフが深々と左脇腹から右肩にかけてレンの体を切り裂いた。カルノーは後ろに飛び、距離をとる。
「やはり、さすがだな…心臓からはずらしたか…左肩の方に抜けるはずだったが…」
「ああ…なんとかな…」
レンの体からボトボトと血が流れているが、心臓に傷はついていない。それだけは救いだった。
「だが…次で終わりだ!」
「…」
(…動く手間が省けたな…)
再び目の前に来たカルノーは、ナイフを動かそうとしたが、ナイフはいつのまにかレンの左腕に刺さっていて、すぐには動かなかった。
「なっ…!?貴様、わざと…」
「ご名答…顔ががら空きだよ!」
ナイフに両手を添えていたカルノーはガードもできず、蹴りをまともにくらった。
「ぐ…」
「まだまだあっ!」
レンが次に狙ったのは足だった。レンはよろけているカルノーの足を、パイプでおもいっきり叩いた。
「はあっ!」
レンはさらに顔を狙った。そして、渾身の力をこめた一撃がヒットした。
「悪魔…破れたり…か…」
レンはつぶやいた。
カルノーは膝をついた。ナイフは手から落ち、レンの足下に転がっている。仮面も半分、割れている。
「無様だな…まさに、道化だ…」
カルノーがそう言ったとき、遠くから爆音が響いてきた。
「この音は…ズィーガー砲!?」
プリシラはその音を大砲の発射音と気付いた。
「ま、まさか…船が見つかったのか?」
「…船?」
プリシラはカルノーに聞いた。
「シベリアに戻る船さ…どうやら、同胞は捕らえられてしまったみたいだな…」
カルノーはそう言うと、テントの出口に向かって素早く移動した。負傷した足を引きずるようにしながらだが、常人の徒歩より速く。
「僕は…ここで捕まるわけにはいかない…妹を、セーラを、悲しませたくないんでね…さらばだ、プリシラ…」
「ま、待って!」
カルノーがテントから姿を消すと、何かが燃えるにおいが立ちこめた。
プリシラを連れてテントの外に出ると、テントは炎に包まれた。そして、近衛兵達が向かってきた。
「姫様!よくご無事で!城を騒がせたテロリストは、全員逮捕しました。もう安全です」
兵の指揮をとっていたのはメッセニだった。
「救護班!早く姫を暖かいところへお連れしろ!」
プリシラは救護班達に連れられていった。
(もう安全だろう…)
「ふう…」
「認めたくはないが…貴様が一番手柄のようだな…よくやった…」
メッセニに礼を返すと、燃えさかるテントを見つめ、メッセニ中佐は静かにつぶやいた。
「人々を楽しませるサーカスが、フタをあけてみればテロリストの隠れみのとは…世も末だな…」
こうして、事件は解決した。
翌日
レンは体の半分以上を包帯でおおう羽目になった。
看護婦いわく、「入院せずにすむのは奇跡です」
だそうだ。レン自身もそう思っている。
そんなレンの部屋に、プリシラが訪ねてきた。
「昨日は、ありがとうね…あの時ゴタゴタしてて、ちゃんとお礼を言えなかったから、言いに来たの…」
「あ、ああ…」
「貴方がいなかったら、きっと私は今頃、シベリアだったわね」
「そう、だな…あいつは、どうなったんだろう…?」
「カルノーのことなら心配ないわ。あいつ、顔に似合わず結構しぶといから、きっと逃げのびてるわよ」
「…(苦笑)」
「あ、あの…もう一度、言っておくね…」
プリシラはあらためてレンに言った。
「ありがとう…貴方は…私の恩人…いいえ、最高の、ナイトよ…」
「え…」
「そ、それじゃ、また…」
そしてプリシラは去っていった。
2月9日、レンにとって大きな事件が終わった。
あとがき
レン編、ひとまず終わりです。
次回は「それぞれの道 VSヴォルフガリオ」です。
このままいくと、この「第8話」、5つに分かれますね…(長いので…)
「それぞれの道(1)レン編」
「それぞれの道(2)VSヴォルフガリオ」
「それぞれの道(3)シン編」
「それぞれの道(4)カタギリ編」
「それぞれの道(5)エピローグ」
ってとこでしょうか…
星輪