D29年1月25日。
この日、シンの一日は驚きから始まった。
「爆弾…テロ…?」
一通の密告状がシンに届けられた。差出人はSという名をかたっていた。
「本日午後0時に爆弾テロが実行されます。場所は以下の通りです」
シンは静かに続きを読み上げた。
「シアター/教会/国立公園」
さらにこう続いていた。
「区警や衛兵にも情報は伝えましたが、おそらく動かないでしょう。未然に防がれることを期待させていただきます」
シンは時計を見た。
「今…午前7時…あと5時間か…」
(一番危ないのはシアターだな…この3つの中で人が一番多く集まる…)
そして、部屋を出た。カタギリに無理はさせられない。まだケガの直りは完全じゃないからだ。レンもまだだ。思ったより傷が深かったらしい。完治してるのはシンだけだ。
シアターの方向に走った。
D29年1月25日。
この日、カタギリの一日は期待感から始まった。
「ねえねえ、ソフィアから手紙だよ」
ピコに「読んでみて」、と促されてカタギリは手紙を読んだ。
「今日、シアターで役を務めることになりました。脇役ですが、来ていただけたら、と思います」
カタギリは時計を見た。午前8時。
手紙には、午後0時から上演する劇に出演する、とあった。
「ソフィアにとっては、脇役でも始めての出演なんだから…行って応援してあげれば?」
「ああ。そのつもりだよ」
カタギリは0時になるのを待った。
「この4つだけみたいだな…」
午前8時30分。シンは、爆弾をシアターの周りを1時間ちょっとかけて探した。
「さて…解体技術なんて持ってないからな…外に運び出すか…」
衝撃を与えないようにゆっくりと、20分ほどかけて、爆発しても被害のでないような所に持っていった。
「次は…ここからなら、国立公園の方が近いか…」
国立公園に向かって走った。
「ソフィア、そろそろリハーサルやるよ」
「あ、はい」
シアターでは、9時30分から始まった短い劇が終わって、午後からやる劇のリハーサルが始まろうとしていた。
11時から30分間は楽器の演奏。その後に劇をやることになっている。
「初めてだからって、手を抜いたら承知しないからね」
「ええ。わかってます」
まだ楽器の演奏者がシアターに着いていないので、劇のリハーサルを先にやることになった。
5分前、決まったことだ。
「手なんか抜きませんよ」
「ははっ、それもそうだね」
冗談交じりの会話をソフィアも含めた役者達は楽しんでいた。
午前10時。
「ここは、この1つだけみたいだな…」
シンは国立公園にいた。ここも1時間ほどかけて調べた。
「これも、爆発しても安全なところに運ぶか…」
5分かけて爆弾を安全なところに運んだ。
「最後に教会だ…!」
午前10時20分。
「あとちょっと…だね」
「ああ。そうだな」
ピコとカタギリの会話。
午前11時20分。
「ちゃんとソフィアを喜ばせてあげるんだよ?キミ」
「わかってるって…」
「本当かな〜?」
他愛もない会話が続く。
「ここも、この1つだけか…」
11時45分、シンが教会周辺を探して見つかった爆弾は1つだった。
「これも同じように、っと…」
11時50分、シンは3ヶ所、合計6つの爆弾を処理し終えた。
「ふう…」
「ありがとうございます」
シスターがお礼を言った。
「後は、誰かが万が一に爆弾に近付かないよう、祈るだけですね…」
「そうですね…」
シンとシスターは祈った。
「東洋人…事件のことを知らんのか…?」
カタギリはシアターの前でメッセニ中佐に、爆弾テロが起こったことを聞いた。
「舞台の真上の天井裏に仕掛けられていたらしい。大量の瓦礫が舞台周辺に落ちたんだ。劇の役者達や最前列の客は全員病院に運ばれたぞ」
カタギリは中佐に一礼すると病院の方へ走っていった。
「よくも邪魔をしてくれましたね…」
「ゼールビス神父!?」
シスターの表情が驚きに変わった。
「邪魔って…なんのことなんですか?」
「私はヴァルファバラハリアンの八騎将だ…といえば、わかるでしょう?」
「!!」
シスターは顔を少し青くして後ずさった。
「あんたが…爆弾テロの犯人だって…?しかも、『血煙のゼールビス』だったなんてな…」
シンがそう言うと、ゼールビスは少し微笑んだ。
「まあ、あの傭兵団とは縁を切らせてもらったのですが…そうそう、保険はかけておくものですね…シアターの爆弾は、4つだけじゃなかったんですよ」
「!?」
「万が一にと思って天井裏に1つ、仕掛けておいたんですよ…」
「くそっ…!」
「それでもやはり、4つ分の被害は出なかったみたいですが…」
「この野郎…」
ゼールビスの顔が途端に険しくなった。
「私の計画を邪魔した罪を、償ってもらいましょうか…」
ゼールビスは杖を取り出した。先端の十字架は、鋭い刃物だった。
ゼールビスはシンの顔をじっと見てきた。
「…ああ、確かあなたは…」
「…?」
「スィーズランドの前外交官の義子でしたね…」
「…そうだ」
では、とゼールビスは言った。
「冥土の土産というものです。教えてあげましょう…」
「なにを…?まさか…!」
「そう、あなた方の義両親を殺したのは…」
「…!」
「この、私ですよ…」
ゼールビスは平然と言ってのけた。
「貴様あぁっ!!」
「ふふっ…テロリストは、国に雇われることだってあるんですよ…?私は国が命ずるままにやっただけですがね…」
「そんなことはどうでもいい…」
「ほう?」
「国に雇われたとしても…実行犯はお前なんだ」
「…」
ゼールビスは不適な笑みを浮かべている。
「殺す事なんて…無かっただろうが…!」
(失脚させるだけでも良いはずだ…!)
殺気が教会の中に広がった。教会の庭にいた小鳥たちも、それを感じて飛び去っていくほどの深い殺気。
「俺はな…いや、俺達3人はな…」
シンは双刃槍をかまえ、ゼールビスに向かって走り出した。
「義両親の仇を討つためにっ!この国に来たんだよっ!」
ガキィッという音がした。双刃槍の刃はゼールビスの錫杖に止められていた。
「いけませんねえ…ここは教会ですよ…?この中で血を流すなんて、罰当たりな…」
シンは後ろに跳んで距離をとった。
「はっ!お前の口から、罰当たりなんて言葉が出るとはな…。ジョークとしては、結構笑えるぜ…。それに…お前も戦う気なんだろ?油断させようとでもしたのか?」
「ふふっ…」
ゼールビスが動き始めた。
「なっ…!?」
(速い…!)
「どうしました?」
ゼールビスが杖を振り下ろす。
「くそっ!」
再びガキィッと音がして、2つの武器が重なった。
(ネクセラリア…ぐらいか…!)
イリハ会戦の時の、シンとネクセラリアの差ほどのスピードの差が2人の間にあった。
(…だが、負けはしない!)
「はああっ!」
シンの双刃槍での連撃。左右だけではなく、斜めからも刃がミーヒルビスを襲うが、
「ほう…なかなか…」
全て止められてしまった。
「くっ…!」
「では、こちらも…」
ゼールビスは左に回り込んだ。
「っ!」
杖の攻撃をガードしようとしたが、
「ぐうっ!」
シンの膝下辺りから血が噴き出した。足の方までは双刃槍のガードが届かなかった。シンは膝を地につけた。
「足を負傷した状態で…勝てると思いますか…?」
ゼールビスは攻撃を1回で止めていた。余裕とやらを見せつけるためだろうか。微笑が浮かんでいる。
「あ…ぃな…」
「は?」
「甘いんだよっ!」
高速の斬り上げは、ゼールビスの鼻先をかすめて刃が弧をえがいた。風圧で、帽子がゼールビスの背後に飛んだ。威圧を狙ったシンの攻撃だった。
「ほう…戦る気ですか…」
「どっちにしろ逃げられないだろう?この足じゃ、な…」
双刃槍をかまえてシンが立ち上がった。
傷は血管までとどいているようで、血はまだ流れている。
(短期戦だな…)
「!?」
ゼールビスは一瞬たじろいだ。シンはゼールビスを睨みつけている。
(空気が変わった…?殺気とは違う…「覇気」…!?)
「いくぞっ!」
先ほどの連撃が再びゼールビスを襲った。
「!?」
(さっきとは違う…!)
始め遅く見える横なぎはらいは途中で速くなり、刃撃の間には蹴りも入っているという高度なコンビネーション。
ゼールビスの顔に、初めて焦りが浮かんだ。
「ふぐっ…!」
一度ガードを抜けた後は攻撃が全て入った。
ゼールビスが崩れ落ちたので、シンは攻撃を止めた。
「やったか…?」
ゼールビスはうめいていたが、杖を持って再び立ち上がった。
服はボロボロで、あちこちから流血している。
「こうなれば…道連れです!」
ゼールビスは突きをくり出してきた。今まで以上の速さの一撃。
(間に合わっ…)
双刃槍で軌道をずらそうとしたが、避けるには間に合わなかった。
「かふっ…」
心臓からはずらすことができたが、これも血管を、当然足のものより、当たり所が悪く、いっぺんに血が出た。それはまさに「噴き出す」という形容がふさわしかった。
「汝の罪業を血で贖わん!」
ゼールビスの必殺技「ブラッディー・スプラッシュ」だった。
「ふ…ふふ…」
ゼールビスはシンを殺ったと思っていたが、シンは崩れ落ちる体を何とか踏ん張らせた。
「なっ…?」
「悪いな…死出の旅路へは、あんた一人で出ろ…!」
シンは再び、ゼールビスを一度沈めたコンビネーションを出した。
「がはっ…」
ゼールビスは完全に地に伏した。
「これが…運命なのか…」
「…さあ、な…俺は自分の意志で動いたつもりだが、な…」
「見事です…一介のテロ屋から…八騎将にまで上り詰めた私を…」
ゼールビスは動かなくなった。シンも膝を地につけた。
「だ、大丈夫ですか!」
シスターがシンに近寄って声をかけた。
「ええ…一応…」
シスターはその言葉をあまり信じていないようだった。
(よっぽど辛そうに見えてるんだろうな…)
「それにしても…まさか神父様が…」
「そう、ですね…そうは見えなかった…」
シンはボロボロになった神父の服から、何か見えているのに気がついた。手にとって見てみると、それは手紙だった。
「それは…?」
シスターにもシンにも読めない字で書いてあった。が、シンはこの字を知っていた。
「義父の部屋で見たことがあります…ロシア語、ですね…」
「それで…なんと…?」
「さあ…ロシア語ということは知ってましたが、なんて書いてあるのかまでは…」
「そうですか…」
「…」
「どうしました…?手紙をじっと見て…?」
「あ、いや…ちょっと考え事を…」
「…?」
「…近衛に連絡しておいてくれませんか…病院…行きますんで…」
「は、はい…」
(仇討ちは終わったよ、義父…これから俺達は、守りたい人のために戦うことにするよ…)
結局、あの手紙がなんて書かれているのかは知ることができなかった。学者達が集まったのだが、暗号で書かれていて、解読できる者はいなかった。
シンはヤイバと病院で会った。ソフィアが入院したこと、舞台の上の天井裏に爆弾があったこと、そして、神父が犯人で、八騎将の「血煙のゼールビス」だったこと、天井裏の爆弾には気付かなかったこと、ゼールビスが義両親の仇で、シンが討ち取ったことなどを話した。しばらくしてレンも病院にかけつけた。
D29年1月25日、八騎将も残りはヴォルフガリオとサリシュアン2人になった。この日、3人の一つ目の目的「仇討ち」は達成された。
そして、それぞれの戦いが始まる…
あとがき
…終わりました…7話が…
追加エピソードなのに予想以上に長くなってしまいました…ヘトヘトです…
いよいよ最終話ですね…タイトルを変えさせてください。
次回、「それぞれの道」。
がんばらさせていただきます。
そして、今回の作品を最後まで読んでくれた人、ありがとうございます。