第一章『招待状、行き先テロ現場』


「密告状が届いてるよ!」

相棒の声で安眠が妨げられるのはいつものことだ。

ベッドで寝返りを打った【カズマ・ホウジョウ】は、何かをぼやきながら体を起こした。

 

午前8:00

 

「まだ朝じゃないか…。」

まだ半開きの瞼を擦りながら、カズマは寝なおすように体を倒す。

「こら、とりあえず手紙を読みなさい!」

相棒のピコはきぃーきぃー耳元で喚くと、片耳を引っ張ってカズマに追撃する。

「だーうるせぇ!ハエ叩きで撃墜されたくなければその手を離せ!」

「じゃあホラ、とっとと読んだ読んだ。」

手紙を渡されたカズマは、すでに開封されたそれを片手で開くと大きな欠伸をしながら目を落とす。

「……。」

爆弾テロ…?

カズマ宛ての手紙は簡潔で、これから起こるであろう事態、場所、時刻…それから…。

「近衛兵にも同文の手紙を出しましたが、おそらく彼らは動かないでしょう。貴方の迅速な行動に期待します…。」

ピコが文面の最後を音読し終わると、カズマは大きなため息をついた。

「なんて他力本願な……。」

呆れながらも服を着替え出すところは、人が良すぎるのと別に理由があった。

「このテロ決行場所の一つのシアターって…確か、ソフィアの舞台があるところじゃなかったっけ?」

「わかってるよ…ったく…ただでさえ壁の一歩向こうは最前線戦闘領域なのに、今度は内部で揉め事か。」

一体、ドルファンはどうなってんだ?

「この手紙、信憑性にかけるのは事実だね、テロなのに犯行声明が出てないし…仮に出ているなら近衛も動いているはずだしね。」

「あぁ、結局、暇人傭兵が動くしかないわけだ。さて…いくぞ。」

 

37年ぶりの雪が降ったとはいえ、東洋に比べるとやはり寒さはそれほどでもない王国。

カズマは上から羽織ったコートの上ボタンを外すと、改めて手紙を眺める。

シアター、教会、国立公園……。

「…あまり時間がなさそうだな。ソフィアたちの公演が昼過ぎだから、すでに爆弾が仕掛けられている可能も…。」

「そんな時の人脈でしょ!化学のプロフェッショナルに頼まなくちゃ!」

得意げにウインクしたピコは森林地区の方角へと飛んでいってしまった。

「…あぁ…あそこか…。」

森林内にひっそりと佇む家屋を思い出し、カズマは顔を青くしてテンションを落とす。

メネシスラボ、と呼ばれたソコには、薬局のバイトをしていた時に出向いたことがあった…危うく実験体になりかけたことがあった。ラボの主はとにかく不詳の部分が多く、ガリレア門下の秀才とか、自然破壊の重罪人とか……。

色々な角度での認知があるのは確かで、そのメネシスという人物を一目見ようとバイト先の店長のお使いを了解した。

それでいざ会ってみて…どんな偉人かと思えば、自分とほとんど年齢も変わらないような少女(?)であったが、いきなり変な薬を嗅がされて麻痺がはじまったところを拘束されたのだ。

幸い、外で待機していたバイト仲間の【アン】が異変に気づいて駆けつけてくれたから助かったものの、下手すりゃ今ごろホルマリン漬けとか……剥製になっていたんじゃないだろうか…と恐怖の旋律は増幅されて脳裏を駆け巡っている。

「……。」

だが恐怖に身を竦めている時間すら無いのは明らかなので、カズマは小走りに森林地区へ向かうことにした。
 

―メネシスラボ―

「やぁ久しぶりだねぇ?」

メガネが妖しく光るのを観て、カズマが一歩引く。

やっぱ怖いよ……。

『こらこら、びびってどうするの!』

相棒の無責任な叱咤激励を横目に、カズマは警戒しながら言葉を発す。

「こんな手紙が、届いてな。ぜ、是非とも化学の権威のメネシスさんにと…思いまして。」

「ふむ。見せて。」

手紙をふんだくるとメネシスは唸りながら手紙に目を通す。

これで俺は安全だな。

散らかった部屋を見ながら、ゆっくりと息をつく。

「これはいつ届いた?」

「今朝。」

「ふむふむ…時間はまだ大丈夫だと思うけど、一件一件回ればアウトだね。バラバラに動くよ、あんた、シアターに行きな。急がないと観客ごとドカンだよ。」

「おぉ、手伝ってくれるのか!い、いや…でもよ…もし爆弾があったらどうする!俺は解除なんてできないぜ?」

「ほら、こいつを持っていきな。」

メネシスは近くの本棚から厚さ4cm程の本を掴むと乱暴に放り投げる。

ズシッと重たく、背表紙に冷たい質感。

「本?それにすごく豪華な作りだな。」

鉄製の背表紙の本であった。

「あたしの読みが正しければ爆弾の解除方法がそれの最初に載ってるよ。」

キラリとメガネが光り、ニヤリと笑う。

「あ、あのな!いきなりやるのは流石に無理があるぞ!」

「それなら観客を引き離してくれればいいよ。」

簡単に言ってくれる、カズマが頭を抱えているうちにメネシスは準備を終えてドアに手をかける。

「ほらグズグズしない!」

「サー、イエッサー!」

本を胸元にしまうとつい返事をしてしまう。

なんだかやけに腰が低くなった気がしたが、カズマは諦めてシアターに向かった。

 

〜シアター前〜

喧騒が聞こえた。

思ったとおり、いや思った以上に人が集まっている。

舞台公演ってのは、いつもこうなのか。

以前、ソフィアと見に来た時もこうだったか?

記憶を辿りながらもカズマは列の先頭を目指す。

とりあえず警備員でもいれば話がつくはずだ。

カズマは石畳の階段を駆け上がると、そこで聞き覚えのある声に呼び止められた。

「おい、東洋人!」

「……?」

振り向くとそこには騎士っぽい男…がいた。

騎士っぽい男は金髪をオールバックにして後ろで留め、何故か薔薇を持っている。

「東洋人、お前のような一般民間人は貴族さまの列には入れんぞ?」

「……何者だ、お前?」

「ジョアンだ!ジョアン・エリータスだ!お前、今、本気で言ったな!?」

「……あ〜。」

ポンと手を打つ。

「波止場で俺がぶっ飛ばしたチンピラの大将だな。」

「そうそう、その大将だ。」

「急いでるから俺は行くぞ、あまり騒いで他人に迷惑をかけるなよ?」

「こ、こら!待て!」

まずいな、貴族殿も大勢居るってか?

ジョアンを放ってシアター内部に足を運んでいく。

途中、見知った顔、(どれもプリシラの誕生パーティで見た貴族)を見かけるたびに焦りは大きくなっていくのがわかる。

ますます迅速に対処しないと、ドルファンは諸外国の笑いものだな。

知ったことではないが、友人たちの国でもあるし…なんて考え出す自分、甘い男だ。

「君、ちゃんと列に並んでくれないと困るな。」

と正面のボーイさんが一言。

「軍の人間だ、ちょっとこっちへ…。」

「うわ、なにをする?」

無理やり隅へ引っ張っていくと、早速話を始める。

「ここに爆弾が仕掛けられているらしい、解除に来た。」

「な、なんだと!?……って嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ。」

てんで信じていない、無理も無いが…。

「証拠は無いが嘘じゃない!」

偉そうに言い張る。

「あのな、今は忙しいんだ、話なら後で聞く。帰ってくれ。」

「…………そうかよ、俺はカズマ、あんた名は?

「ヘンリーだ。」

「…………もしも爆発があって、多大な被害が出た場合、俺はあんたの名を報告するからな、身分を明かした俺に取り合ってくれなかった……と。」

低い声で告げる。

カズマの声にヘンリーが何?と勢いよく視線を戻す。

「お前、脅迫するつもりか?」

「金も何も要求してないだろうがよ、それに少し時間をくれればそれで事足りるんだ。ただそれだけで君の将来も安泰だが……どうする?開演までの時間をすこ〜しくれればいいんだけどなぁ?」

ニィと笑い、カズマが手を擦る。

「う…っく、開演までには済ませてくれよ?」

「了解。物分りがいいねあんた、出世するぜ。」

「茶化すな、ほら、行けよ。」

ヘンリーに背中を押され、カズマは正面ホールから劇場内に入っていった。

 

人の入らない劇場は閑散としていて、どこか異様な雰囲気を醸し出す。

異界だな、カズマは呟くと早速爆弾を探し出す。

「……くそっ。」

客席から調べようと踏んだが、席の数が多すぎる。

困難な状況に舌打ちしていると、今までどこに行っていたのか、相棒が大声を上げて飛んできた。

『カズマ、爆弾は舞台脇に設置されてるよ!こっちこっち!』

ナイスな相棒に感謝だった。

すぐさま舞台脇まで駆けつけると、あった…。

さほど大きくない木箱だ。

「おいカズマ…ってこ、これか!?」

「そのようだな。どれ……」

上蓋を開けてから内部を観察、多量の液体数種と紙……。

この液体…。

「ほ、ほほ、本物!?」

「らしいな。」

落ち着き払って蓋を閉めて、カズマは静かに頷いた。

「らしいなって、どうすんだ!?」

「まぁ待て…。」

本を取り出しパラパラと捲る……。

わけのわからん公式と文字、図面…あぁ眠くなってきた。

これを解読しなくちゃならないってことは…

慌てふためくヘンリーを手で制すると、振り向いて指示を出す。

「ヘンリー、爆弾の解除は無理だ。お前はまだ入場していない観客をここから引き離して欲しい。」

情けないが所詮は腕っ節の傭兵ということだった。

「わ、わかった。」

「あとな、ここの舞台、今朝は点検したのか?」

「今朝、掃除はしたさ。しかし、こんな木箱は無かったと思うんだが…。」

首を傾げるヘンリーを見て、カズマはまぁいいや、と声をかける。

「今は一刻も早く、民間人の非難を頼む。」

「了解した。」

全速力で舞台を出ていったヘンリーを見送ると、カズマは屈んでから再び中身を確認する。

「………。」

『とりあえずここから運び出そうよ。』

「あぁ、メネシスがこちらに回るまで間に合いそうにないからな。」

ゆっくりと木箱を持ち上げてから舞台を慎重に降りるとそこで客席に爆弾を下ろした。

『どうしたの?』

「ピコ、お前は公園に行って爆弾を探しておいてくれ…。」

『???』

「お客さんだ。」

腰に留めた刀の唾に指をかけると、いつからか入り口に立っている蝶ネクタイを締めた男を見据える。

「東洋人、その箱を置いていくなら見逃してやる。」

手に握り締めた拳銃を見て、カズマは言葉を繋げた。

「それは警告?脅迫?どっちだ?」

低い声で男と対峙する、その間にピコは国立公園へ向けて飛び立った。

一度だけ振り向いて、

─死なないでよ?─

と視線で訴えてきた。

無論、こんなところで死ぬつもりなんてない。

「どちらでも構わないだろう、どうする東洋人?」

男は撃鉄を起こしてから銃口を真っ直ぐに向ける。

照準は額、一撃で仕留めるつもりらしい。

ゆっくりと箱を置いて両腕を上げる。

「参ったな、まさかシアターの関係者がテロリストとはね。」

「テロ行為とは政治的主張を言葉ではなく、暴力的、謀略的なモノで行うものだ。」

「どういうこった?」

今の言葉から察するに、今回の戦争で動いてる工作員ではなさそうだが…。

「…ふん、おしゃべりが過ぎたな。」

「そのようで。」

再度狙いをつけた瞬間、を逃すほどカズマも戦慣れしてないわけもなく、咄嗟に剣を引き抜くと客席に転がり込んで姿を隠す。

「ちっ、東洋人め、無駄な抵抗を!」

「…。」

危ない、危ない、リボルバーとはいえこの距離ではかわす自信はない。

剣を逆手に持ち変えると、客席を遮蔽にして四つんばいになって移動する。

薄暗いのが幸いだった。

シアターの構造上、舞台側が傾斜しているわけだ。

つまり、舞台側にいる自分はかなり狙われ易い位置にいる。

うまく奴より後ろを取らないと、あっという間に蜂の巣となるだろう。

だがしかし、それくらいのことはあちらのガンマンも承知らしく、ゆっくり後退しながら客席への照準は動かさない。

「くそ、どうするかな。」

手持ちの武器は一振りの剣とナイフ。

柄が皮製のナイフを取り出すと、小刀系の訓練をしていない自分を悔やむ。

小太刀ならまだしも、ナイフなんて使ったためしがない。

だがこの際、文句も言えない。

木箱を思い出す。

ここに留まっていたって命運は尽きる、時間制限ありのデスマッチなのだ。

これなら戦場での一騎打ちの方がずっと気が楽だった。

「──────っ!」

パンと乾いた音が響き、頭上の椅子が木片を撒き散らす。

正確な狙いだ。

苦笑いを浮かべると立ち上がって駆け出した。

「観念したか、東洋人!」

パン!

走り抜ける後ろの壁に弾丸が容赦なく突き刺さる、反撃する間も与えてくれそうにない。

「まだまだ!」

床を踏み鳴らし、壁際まで走りこむと距離を測ってナイフを構える。

約20メートル、遠い。

あちらも銃の性能に足を引っ張られる距離であるが、相当な熟練者なのか、狙いはおそろしく正確だった。

パン!パン!

連射性に欠けるリボルバー、飛び交う弾丸を潜りナイフを簡易モーションで振りかぶると相手の喉元を狙って投じた。

「無駄な足掻きを!」

男がさっと体を流してナイフを避ける。

すぐさま銃の撃鉄を起こして構えなおすが、一瞬遅い、カズマには十分すぎる時間だった。

カズマは座席を踏み台に加速、間合いを縮めて、逆手の剣を大きく振りかぶる。

「ちぃっ!?」

キィィン!

閃光が飛び込む、引き金より早く、カズマの剣が銃を弾き上げた。

更に強く一歩踏み込んで喉元に剣を突きつけると、ようやく一息つく。

カシャーンと通路に落ちた銃。

カズマは突きつけた腕を緩めぬままに鋭く言い放つ。

「俺の名は、カズマ。あんたは?」

「くっ…クランだ…。」

苦虫を潰したように表情を歪め、クランは名を名乗る。

「クラン、お前をテロ行為の重要参考人として連行する。」

「…くそっ。」

爆弾をここに放置して、クランを軍部に連行するか。

民間人の避難が気になったが開演時間ギリギリの状態で誰も入ってこないところを見ると上手くいったのだろう。

クランの腕を捻って連行、剣をかざしたまま背後を取ろうとしたときだ。

ホールのドアがゆっくり開く。

「!」

ヘンリーだった。

「民間人は遠ざけたぞ、カズマ。」

どこか先ほどとは違う声色、なんだこの違和感は?

茶色い髪を揺らしてヘンリーが笑う。

「あ、あぁ、助かる。こちらも犯人を捕まえたところで…。」

多少どもりながらもヘンリーに返す。

「捕まったか、役立たず。」

パン!という銃声。

なんてことはない、腰から引き抜いた銃の引き金を引くだけ…ただそれだけの単純作業。

弾の射線はクランの左胸。

ドンと体を揺らすクラン。

そのまま両足の力が抜けたかと思うと、胸から鮮血を噴出させ崩れ落ちる。

「────っ」

クランは絶命した。

まじかよ!?とカズマが顔を引きつらせて叫ぶ。

そんなカズマをヘンリーは冷たく見下ろすと、拳銃の撃鉄を起こした。

「俺たち実行部隊というのは実動と監視があってな。」

銃口をカズマの額に向けると変わらずに話す。

「任務達成までの監視と失敗した工作員、要因の削除、これが仕事だ。」

「なるほどな、今回ほどでかい任務になればより慎重に、確実に…か、ご苦労だな。」

ヘッ、と捨て笑う。まさかこいつが黒幕とはな…。

「最初にお前が来たとき、殺しておくべきだったよ。まさかクランを倒すとは思っていなかったものでね。」

「おいおい、外国人傭兵部隊を知らないのか?」

「ドルファンの主力となる輩だな、知っているさ。だからこうして戻ってきた。」

「あん?」

言葉の意を理解できずに眉をひそめる。

そんなカズマの表情を見て、ヘンリーは言葉を続けていく。

「ドルファンが外郭から崩せないことは、八騎将の敗退を見ていれば容易にわかるだろう?ならば…。」

「内部からか…。」

舌打ち、どうやら思っていた以上に頭の回る組織だったらしい。

「追い討ちとして、桁外れな戦績を残す傭兵部隊の一人に容疑を被せれば王家から軍部指揮系統まで大混乱、政府は傭兵部隊を扱いにくくなる。ただでさえ貴族からは良しとされていないのだ、排斥されるだろう。前線部隊が崩れたドルファンなど剣をもった素人の固まり、武力行使と政治的手段で確実に潰してやるさ。」

ヘンリーの瞳に業火が宿ったような気がした。

それは人を超えた意志の眼差し。

「行き過ぎた思念、思想をもつ軍人か…」

「故に俺は負けん!誰にも!どの国にも!」

握る拳を天にかざす。

どこの国にもいるんだな、とカズマは怒りとも悲しみとも言えぬ表情を浮かべると静かに言い放つ。

「思想、思念、理念に理想、大義名分、これだから軍人は!」

剣を上段に振りかざし、銃口にまん前から向きあった。

炎の構えと呼ばれる攻撃主体の形に、ヘンリーが目を細める。

「無謀だな、死ぬ気か?」

「死ぬ覚悟なんてものは剣を抜いた瞬間から済んでいる。」

一足で斬りかかれる距離だった。

それをわかってか、ヘンリーもリボルバーの照準を外すことなく構える。

だが引き金を引けなかった。

カズマが放つ攻めの気迫に完全に押されていたのだ。

威風堂々、敗北を恐れずに闘気をありったけ剣に込めて睨みつけている。

一撃、そう一撃で決める気だ。

全身全霊の一撃を唐竹に叩き込もうとしている。

ジリジリと威圧し合う。

首筋が熱い、神経が焼き切れそうになるほどに張り詰めていた。

互いに視線を外さず、呼吸を落ち着け、されど気迫だけは猛らせて。

スッと自然な動作でカズマの左足がわずかに動く。

「──────────っ!」

その挙動にヘンリーは緊張の糸を限界にした。

引き金を引くのと同じく蓮根上の弾倉が動く。

パン!

銃声が響くより、剣が風を裂く方がわずかに速かった。

射線から皮一枚分外し、カズマは弾をかわす。

ビッと左腕の上着が破れるが直撃には至らない。

「───らぁっ!」

左腕だけを使い、剣を雷の如き速さで打ち落とした。

「くっ!?」

バックステップで下がるヘンリー。

右ひざのズボンが軽く裂かれる。

あと一瞬遅ければ、膝が使えなくなっていた。

カズマの追撃がヘンリーに迫る。

剣を返し、足をいれかえて続く。

平突き!

一直線で素直な軌道だ。

ヘンリーとて剣術ができないわけではないので、見切れていた。

首を捻って刃を避ける。

更に下がりながらも同時に銃を構えた、が瞬間に背景が歪む。

「ぐっ!?」

カズマの姿勢がやや斜めになっていたのがわかる。

腹に伝わる鈍い重みにヘンリーが呻く。

横蹴りだった。

蹴りはヘンリーの腹部にめり込むと、容赦なく衝撃を伝える。

カズマの横蹴りは突きを避けるのに取った視線では完全に死角となっていたのだ。

ヘンリーは軽々と浮き上がり、客席へと蹴り飛ばされた。

ドガッと派手に落ちたヘンリーは、すぐに体を起こそうとするがそれは叶わなかった。

冷たい感触が首元で光る。

カズマであった。

剣先を突きつけて獣のような目で睨んでいた。

「降伏しろ、お前では俺に勝てない。」

戦場でしか見せない眼光でヘンリーを射抜くと、彼は呆気ないまでに銃を投げ捨てた。

「はは、恐れ入ったね、東洋人傭兵カズマ。まさかこれほどとは…。」

「ここに居ては爆発に巻き込まれる、さっさと出るぞ。」

「あぁ、心配ない。あと10分は平気さ。」

「時限式だったな、この会場を吹き飛ばして治安不安定を諸外国に晒す…か。」

忌々しげに毒を吐く。

だがヘンリーは涼しげに淡々と返した。

「まさか、俺らは貴族一人をミンチにするのが目的さ、他はオマケ。」

「……。」

無言でヘンリーの胸倉を掴むと、カズマは片手で引き寄せる。

「他がオマケ?どういう……。」

ことだ?という言葉は出なかった。

ヘンリーの考えを見抜いたのとは違う、ただのテロリストとは違うカリスマ性を嗅ぎ分けたという方が正しい。

「お前、貴族一人を排除するために、無差別テロを…。」

「俺が企てたわけじゃない、そんな汚物を見るような目はするなよ。本国の命令さ。」

「…ちっ。」

胸倉を掴んでいた腕を緩めると、カズマは剣を収めた。

「追求しないのか?」

「俺は傭兵だ、雇われた国の情勢なんざ知ってても仕方ない。」

「確かにな、ならばいくらで寝返る?」

平然と聞く。

「契約期間のうちは寝返らん、くだらないこと言ってないでさっさと立て。」

「あまいな、本当にあまい。」

ガタンという扉が開く音と同時に、ヘンリーが不敵に笑う。

「もう一人!?」

今日はやけに横っ飛びの多い日だ。

銃を使ってくると思ったが違う。

「ヘンリー、遅いから手伝いにきたわよ。」

鈴の音を転がすような穏やかな声、赤色のロングヘアーの女だった。

メイド服を着ているのが気に掛かるが、どうやら仲間だということには違いなさそうだった。

「エリーシャか、撤退だ、それと他の爆弾は?」

「教会は解除された、国立公園も誰かに解除されたわよ。」

二人の会話を聞いていたカズマが安堵の息を漏らす。

どうやらメネシスはやってくれたようだ。

しかし、国立公園は誰が?

ピコがやったとは思えないし……。

そんなカズマの疑惑とはお構いなしにエリーシャはこちらを一瞥する。

「なにこの黄色人は?」

「せめて東洋人と呼べ!大衆のように!」

さすがに腹が立った。

カズマはいきり立つとエリーシャを睨みつける。

その視線を見るなり、彼女はへぇと頷いた。

「そういう目、できるやつがいたのね。」

余裕がある声、少しも臆していない。

それなりに威圧したつもりだっただけに、少し力が抜けてしまう。

「殺し甲斐がありそうな男ね。」

「生憎、サディスティックな女は間に合っている。他を当たれ。」

視線が正面からぶつかり合う。

濁りきったエリーシャの瞳は、カズマの眼光すら届かない。

互いに気当てしているが、無駄とわかったのかどちらからともなくやめた。

「いくぞエリーシャ。」

「はいはい、じゃあね東洋人。」

言い直した、だが逃がせない。

「行かせるかよ!」

鍔に指をかけて走り出す。

だが、エリーシャがそれより早くに動いていた。

「今度はゆっくり遊んであげるわよ。」

手にすっぽり隠れるほどのビンをエプロンから取り出すと、進路に投げつけた。

「くっ!」

ドン!とビンが炸裂した。

猛烈な光が起こり、視界が閉ざされる。

迂闊だった。

光が失せるが、視界が戻らない。

「焼きついたか…くそ。」

すでにそこにはヘンリーとエリーシャの姿は無い。

逃げたらしいが、厄介な相手になりそうな気がする。

 

気付けに頬を叩く、脱出が優先と目を擦りながらカズマはシアターを飛び出ていった。


序章へ戻る

 

目次へ戻る