ヤング「てぇいやぁっ!」
セイル「遅いわぁ!」
白銀が交差する度、周りの空気が揺れ、乾いた音が日の傾いた訓練場に響いた。
二人の若い男が剣の稽古をしている。いや、稽古にしては激しすぎた…。
二人は本気だった。その太刀の一振り一振りに殺気がこもっている。
この二人はハンガリア陸軍の中でも、指折りの使い手だった。
彼等は軍の中でのよきライバルであった。しかし彼等にはまだ他にも因縁がある…。
ヤング「セイル!息があがってんじゃないのか?」
セイル「ふん!おまえこそ動きが鈍くなってきたぞ!」
二人は幾度も斬り合った後、後ろに飛び退き間合いを取った。
二人は睨み合ったまま、相手の隙をうかがっていた。
少しでも足を引いたら、少しでも息を乱したら、負ける…
そんな二人の均衡を破ったのは、一人の女の声だった。
クレア「セイル……」
二人の男は声の主に振り返った。そして、深いため息を付き、互いに剣を納めた。
辺りはもう暗闇に覆われていた……
街灯の照らす道を二人の男女が歩いていた。セイルとクレアである。二人は世間で言う恋人同士と言うやつである。
クレア「ねぇ、どうして、いつもヤングさんと喧嘩してるの?」
セイル「喧嘩じゃない、稽古だ」
クレア「だって、あんなにすごい顔して……」
セイル「それはおま……」
クレア「ん?何?」
セイル「いや、なんでもない……」
クレア「変なの…」
セイルは「お前のせい」と言いかけてやめた。
これがセイルとヤングのもう一つの因縁で、実はヤングもまた、このクレアという女に好意を抱いていたのである。
先にアタックしたのがセイルで、そのまま二人は付き合うことになったのだ。
ヤングにしてみれば、抜け駆けされたみたいなもので、その結果がさっきの稽古である。
クレア「ねぇ、ヤングさんとセイルってどっちが強いの?」
セイル「決まってるだろう、俺だ」
クレア「でも、さっきは圧されてたみたいだけど…」
セイル「なっ!そんなわけないだろう!?あのままやってれば俺が…。大体、俺は槍術が得意なんだ!!」
クレア「ふふふっ…」
セイルはクレアが笑っているのをみて、ちょっとムッとした。
セイル「何がおかしい……」
クレア「だって、ふふっ、子供みたいなんだもの……。くすっ」
セイル「悪かったな…」
クレア「ごめんごめん。怒らないで…」
セイル「別に怒ってない……」
クレア「そういうところも、子供っぽい…」
セイル「ふっ…そうかもな…。ふふっ…」
セイルはクレアの指摘に、苦笑した。
クレア「ここまででいいわ」
セイル「ああ…じゃあな…」
セイルはクレアの額にキスをすると、来た道を引き返していった。
セイルはクレアを家の近くまで送ってから、自分の家に帰るのだ。割と粋な男である。
クレアは幸せだった。額にキスは付き合ってから毎日してくれる恒例の行事だったが、毎日あるということが、
クレアにとって幸せで、安心できた。
クレアは、額をさすると、満面の笑みで家に入った。