第三話


 ピクシス家の屋敷はマリーゴールド地区のほぼ中心にある。

 俺はその屋敷から少し離れた丘にいる。

 ここからなら屋敷が見下ろせるからだ。

 屋敷に入る入り口は正面玄関と裏口が三つ。

 庭から玄関までは五十メートルほど、見張りは二十人程か。

 庭にプリシラ女王の近衛兵はいない。中の護衛についているのだろう。

『エイジー』

 屋敷の方から何かが飛んでくる。

 ピコだ。彼女は妖精のようなナリをしていて、俺以外の人間には見えない。そんな訳で彼女に偵察に行ってもらっていたのだ。

「どうだった?」

 手に入れておいた屋敷の見取り図を開く。

 ピコはまず一階の玄関を指差した。

『まわりの警戒は厳しいけどこの正面玄関の警備が比較的薄いかな。ここに入れれば…』

 ピコが屋敷のホールを指差す。

『後はこのホールを抜ければ、このアルバートとプリシラ様がいる部屋に入れるわ』

「ライズは?」

『プリシラ様の所』

「よし」

『どうするの?』

「入れてもらおう」

『なるほど』

 

 

 俺はピクシス家の玄関を見上げた。

 近くで見るとマジででかい。

 俺は周辺警備の責任者らしき男にここまで悠々と案内してもらった。

 顔が利くって便利だなぁ。

『チョット!なんのために私頑張ったのよ!?』

 ピコが叫んでる。だが返事はしない。したら変な目で見られるからな。

「エイジさん、今、当主に知らせてまいりますので…」

「あ、ちょっと!」

 男がドアに手をかけようとしたので俺は慌てて止めた。

 怪訝な顔をする男を尻目に、警備兵が遠くにいることを確認する。

「どうかしましたか?」

 

 ヒュッ…ドサ!

 

 首に俺の手刀を食らい男は倒れた。

「ここから先は一人で行くから…って聞こえないか」

 俺は屋敷の扉を見上げた。

 でかい。多分大砲でもなきゃ壊せないだろう。

「ま、壊す必要なんかないけど…」

 ゆっくりと重い扉を開く。少しずつ…

 素早く中に入り扉にかんぬきをする。これで外の警備は裏口から入るしかない。

 ふと俺はあることに気づく。ホールに警備の姿が見えない。

(どういうことだ…?)

 おかしい。いくら耳をすましても、声、足音、何も聞こえない。

 誰もいない。

 俺の経験からいうとこういう静かな時こそ、神経を集中させなければならない。

 ここを空にしている理由が必ずある。

 俺は天光を抜き、ゆっくり部屋の中央に向かった。

「!!」

 俺は右手の中の天光を見た。

 

 きぃぃぃぃ…

 

「共鳴しているのか?」

 静かに震える天光を二度振り、真っ直ぐ奥にある扉に向けた。

 何故このホールが空なのか、わかった。

「お前のせいか……天光」

 

 ギィィ…

 

 重い音を立てて目の前の扉、アルバート達がいる部屋に続く扉が開いた。

 真っ赤な鎧に身を包み、抜き身の天影を右手に構えたライズが姿をあらわす。

「…ライズ」

 俺はかすかに笑顔を浮かべ、ライズを見据える。

「…どういうこと?あなたはこの国を救うために来たといっていたのに。することはまるで国崩しね」

 天光と同じように共鳴する天影を俺に向け、ライズは言った。

「残念だがそれに答える時間がない。どけ」

「どくと思っているの?」

 静かな拒否の言葉を聞いて、俺は天光を握りなおした。

 共鳴が激しさを増す。

「共鳴が激しくなったな。お前が天影の主と認められている証拠だ」

「何が言いたいの?」

 ライズが苛立ち気味に問う。

 俺はかまわず言葉を続ける。

「これで天の二刀は二人の主を得たことになる。それは…許されない」

 俺の言いたいことがわかったのか、それとも天影が教えたのか、ライズは落ち着いてきていた。

「だから俺達は今、敵として向き合っている。天の二刀の主を一人に定めるために」

 ガシャっ…

 俺は両腕の篭手をはずし、無造作に床に放った。

「…行くぞ」

 開始の合図をしたのは俺だったが、先に動いたのはライズだった。

「プレシズ・キル!」

 彼女が得意とする神速の突きが、俺に迫る。

 俺は彼女の右に回りこむ形でそれをかわした。

 そして横薙ぎの第2撃をかわすために後ろにステップする。

「さすがにあの時より速いな」

「それでもかすりもしないと言うの?」

 本気の攻撃をかわされ、顔をしかめるライズ。

 まだ俺が本気ではない事に気付いたらしい。

 不意にライズが含みのある笑みを見せた。

「エイジ、これならどうかしら?」

 天影を鞘に納め、腰を低くした。

 その構えは…

「居合…か」

 俺は前に、2年以上前に刀について話したことがあるのを思い出した。

 刀の特徴は、刃の部分と柄の部分が違う材質であることだ。

 それらを巧くつなげることで、結合部に絶妙な“遊び”ができる。

 それが剣は突くもの、刀は斬るもの、という違いを生んでいる。

 そして俺はライズに言ったのだ。

 刀の真髄は抜刀術、すなわち居合にあると。

「見事な構えだな、誰かに教わったのか?」

「少し考えればわかることよ」

 このとき俺に少しのいたずら心が生まれた。

 一歩、また一歩とライズに近づく。

 さすがにこれにはライズも驚いたらしい。

「…馬鹿にしているの?」

 全く警戒もしないで間合いに入られる事。それは屈辱と、普通の騎士は考える。

「来い。見定めてやろうじゃないか」

 

 

「何ですって?!」

 プリシラは長テーブルの向こうに座る男、アルバートの言葉に声をあげずにはいられなかった。

「もう一度言おう。私はこの国を乗っ取るつもりなどない」

「では今までのピクシス家の活動は何のためだというのです!」

 激しくテーブルに手を叩きつけるプリシラ。

 置かれていたグラスのワインがゆれた。

「全ては今日という日の為だ。ここにあの男を招くためのな。その手っ取り早い手段が外国人排斥法であり、国取りの真似事だった。それだけだ」

「何故そこまでしてエイジを…?王家を、ましてやスィーズランドを敵に回してまで…」

 呆れ半分でプリシラは言った。

 そんなプリシラの様子など意にも介さず、アルバートはグラスを口へと運んだ。

「エイジ=アヤクラはデュノスの無念を晴らしに来る。そして私は、憎しみをもってあの男を殺す」

 

 

「ライズ、もういいだろう」

 彼女の突きを払いながら俺は問い掛けた。

「まだ…まだよ……」

 俺はどうしてもライズを斬ることができなかった。

 例え、みね打ちでも…

 だからもうあきらめて欲しい。

 だが言えばライズはもっとやっきになるだろう。

「ライズ…」

 俺は彼女の後ろへ回った。

 もう息を切らしているライズは振りかえるのが精一杯だ。

 俺とライズの目が合った。

「もうよすんだ。天影を渡せ」

「嫌よ!」

 ライズは叫んだ。

 その瞳には光るものがあった。

「返せと言うくらいなら、何故私に渡したの?あなたに置いてけぼりにされた私を支えてくれていたのはこの天影なのに!」

 ライズが柄を握りなおした。

 あまりに強く握っていたためか擦れて血が出ている。

 俺は固まっていた。

 彼女の涙に、彼女の言葉に。

「あなたは私から何もかもを奪っていくのね。父も誇りも、そして…心も」

 もう何がなんだかわからなかった。

 気付いたら抱きしめていた。顔が近づくほど、きつく。

「な…」

「すまなかった」

 口を突いて出た謝罪の言葉。

 かすかにライズの身体が震えた。

 ライズは俺を身体を強張らせていたが拒まなかった。

 かわりに嗚咽が聞こえた。

「すまなかった」

「何よ…今更…」

 身体を俺に委ねながらライズは言った。

 その手からも力が抜け、天影が床に落ちた。

 俺は静かに話し始めた。

 もう隠すのは限界だった。

「俺がお前に天影をあずけたのはな、それが絆になると思ったから」

「きずな…?」

「全てが終わった後で、俺をお前のもとへ導いてくれると思ったからだ」

 そうして俺はライズのもとへたどり着いた。

 だがライズが天影を使っていたため敵としての再会だったが。

 だが問題はそこじゃない。

「何故連れてってくれなかったの?」

 ライズが聞いてきた。

 思えば、俺がデュノスの復讐のために2年を過ごしてきたように、ライズの2年はこの疑問との戦いだったのかも知れない。

 俺は答えることにした。

 内容は前とは違ったものになっていたが。

「俺はドルファンを出て、やることがあった。その内容が内容だけにお前を連れていくことは…」

「やることって?」

「…デュノスのことを調べるつもりだった」

「お父様のことを?なら私が行っても問題はないんじゃ…」

 俺は腕の力を抜いてライズを離した。

 ライズの視線が真っ直ぐに俺の瞳を貫いた。

「そして…俺はデュノスの過去の悲劇を知り、その黒幕を斬ることにした」

「アルバートが…父の仇」

 思った通りライズの瞳に殺意が宿った。

 ライズは落としたはずの天影を探そうとする。

 しかし天影は俺の手の中にあった。

「ほら、殺しに行こうとしただろ」

「何故止めるの。父の仇なのに」

 俺はライズの言葉に答えず、アルバートへと続く扉に近づいた。

 そこで振りかえりライズに言った。

「言ったろ?アイツは黒幕だと。デュノスの仇は…俺だろ」

「!」

 ライズの反応を見ずに俺は扉の奥へと進んでいった。

 この奥にアルバートがいる。

 つまり直接対峙することになったのだ。

 終わる。

 永かった2年越しの復讐が。

「フ…」

 どう終わるかはともかく、これで終わる…

 

 

続く……


<あとがき>

 

 永かった…

 はー、やっと3話目が書き終わった。やっぱり受験生は辛いです。パソコンにずっと向かってるわけにもいかず合間合間をぬってちょっとづつ書くしかなかったから…

 そんなわけで展開が強引になってしまったかも知れませんが直す気力などとうに尽きております。

 このあとがきだっていっぱいいっぱいだったりして…

 ま、人生の通過儀礼といったところでしょうかね?

 ではまた次回で。


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