扉を開くとそこは応接間だった。
しかし部屋の中央に位置していたと思われる長テーブルや椅子はすみにどけられていて、部屋の広さを強調していた。
その部屋の奥、一つだけ動かされていない椅子にそいつは座っていた。
ピクシス家の紋章が刻まれた鎧を纏い、不敵に笑うその男は俺を見るなり、立ちあがった。
「アルバート=ピクシスだな?」
俺は言った。
言ってからアルバートの後ろの柱に縛り付けられたプリシラの姿に気付く。
「女王を縛るとは、騎士精神までドブに捨てたか?」
「ふ…2年前のあの日より、ずっと俺は今日という日の為に生き恥をさらしてきた」
「生き恥?」
俺はアルバートのその一言に気持ちを引かれた。
お前は国取りをしていたのではないか。
そしてそれはもうすぐ達成されようとしているはずだ。
それが生き恥なのか?
「そうだよ。生き恥だ。子に先立たれた親はみな、生き恥をさらしているようなものだろう?」
「セーラ嬢の事か?」
アルバートは続ける。
「セーラか…違うよ。お前は聞き覚えがあるはずだ。…カルノーという名に!」
アルバートはそう言いながら椅子に立てかけてあった剣を取った。
形は一般の騎士が持つような何の変哲もない剣のようだった。
だが俺はそれがただの剣ではないことに気付いた。
刃の部分が長い。普通の剣の倍はある。
「答えろ!まさか忘れたとは言わんだろうな!」
ヴォン!
アルバートの一振りが、緊張を高める。
俺はプリシラを見た。
プリシラは声を立てず、心配そうに俺を見つめていた。
「覚えているさ。カルノー、確か2年前にプリシラを誘拐して、俺にのされた男の名だ」
「そうだ!あれ以来カルノーの消息は知れない。セーラも失った。俺は何のために生きているのだ!」
「それが理由で俺を恨むか。非はカルノーにあるのに」
「黙れ!…まあいい、これ以上話をしたところで意味はないな」
「ああ、やることは変わらない」
アルバートが長剣を構えた。
両手で剣を持ち、正面に構える型。
ある意味あの剣の持ち味を生かせる構えかも知れない。
俺も構える。
まず天光を右手、順手に、そして天影を左手、逆手に。
「エイジ=アヤクラ、お前を討つ」
「アルバート=ピクシス、我が主、スィーズ王の命によりその命、貰いうける」
先に動いたのは向こうだった。
しかしそれを確認した次の瞬間には、アルバートの刃が迫っていた。
ガキィン!
俺は右手の天光で刃を受け止めた。
「よく受けたな。だがこの魔剣『ヴァルティアニス』の斬撃をいつまでも止められると思うな!」
「止められないならかわすだけ!お前にだけは負けられない!」
互いが互いを突き飛ばし、再び間合いをとった。
俺は汗ですべりそうな手の内を握りなおすと次の一撃に備えた。
アルバートはヴァルティアニスを振り上げた。
ヴァルティアニスが光を放ち始める。
「フィアー・ザ・ライトニング!」
気合と共に真っ直ぐに振り下ろされた。
剣から放たれた質量を持った光が俺を包み込む。
「ぐ、うわあああぁあ!」
光が収まった頃には俺は部屋の壁に叩きつけられていた。
「剣圧に魔力を乗せるとは…考えたな…くっ」
おれは天の二刀を杖にして立ちあがった。
アルバートは再び剣をかかげた。
俺は天の二刀を構えた。
自然と顔が緩んでいく。
リラックスしたわけではない。
久しぶりだった。自分と同等以上の剣士との手合わせは。
「フィアー・ザ・ライトニング!」
光が俺を襲う。
俺は天影を閃かせた。
黒い刃が軌跡を残しながら光を切り裂く。
「なめるな。二度も効くかよ」
ネタの割れた技など無いに等しい。
だから剣士の技は一撃必殺でなければならない。
まあ、ネタが割れてもヴァルティアニスの技を防ぐことは魔剣を持たない者には不可能かもしれないが。
「くっ!お前が初めてだよ。この技を破ったのは」
「それはお前が井の中の蛙だったという証拠だな」
俺の挑発にアルバートは顔を険しくする。
一瞬の沈黙の後、俺は攻撃を再開した。
順手に持った天光と逆手に持った天影、その構えを保ったままアルバートの懐へ飛びこむ。
そして火花が散った。天影とヴァルティアニスの衝突によって。
左手の握力を抜いてヴァルティアニスを横へ流し、天光を振り下ろす。
上から下へと走った天光の刃は何も切らず、床をかすめた。
アルバートはヴァルティアニスが流された方向へ自分の身体を同じように流し、バランスが崩れるのを防いだのだ。
一流の体術の一つだ。
俺が天光を立て直す前にアルバートの足払いが放たれる。
足払いをかわすため軽く跳ぶ。
それを待ってたとばかりにヴァルティアニスが浮いている俺に襲いかかった。
「くそっ!」
天影で受け止めた。
しかし踏ん張れない俺はそのまま身体を運ばれてしまう。
床に天影を突き立て流される身体をとどめるが隙ができてしまった。
「もらった!」
ヴァルティアニスが俺の首に向かってくる。
スパッ…
首が熱い。
床を転がりながらそう感じた。
そう感じられるということは俺の首がまだつながっている証拠だ。
間一髪で回避に成功したのだ。
立ちあがり息を切らしながらアルバートを見据える。
向こうも息を切らしていた。
「仕留め損ねたか…」
悔しそうな呟きが聞こえた。
互いに限界が近いことはわかっている。
次で最後だ。
俺は天影を鞘に納め床に置いた。
そして天光を両手で持つ。
「いくぞ…アルバート」
アルバートは答えず、ヴァルティアニスを握りなおした。
部屋全体に気が満ちていく。
ヴァルティアニスと天光、互いの剣が光をまとう。
俺は低く詠唱を始める。
「我が願いは汝の力…汝が光纏いて全てを屠る事也」
天光の力が俺の身体へ流れ込み、そこから光を放ち始める。
俺の体が暖かい光に包まれた。
「ぉおおおおおお!!」
アルバートが床を蹴った。
「斬魔流奥義!!」
真っ向から俺も切りかかる。
「マックス・ディストラクション!!」
「破魔光刃!!」
互いの剣から出た光が激突し、弾けた。
部屋を光の白が支配する。
そんな視覚をさえぎられた一瞬に、天光とヴァルティアニスはぶつかった。
俺の手に鉄が砕ける感触、そして肉を切る感触、さらに骨を断つ感触が広がった。
「がふっ…見事だな」
笑いながらアルバートは言った。
砕けたヴァルティアニスの破片がまわりに散らばっていて、光を放っていた。
その輝きはまるで持ち主の敗北を憂いているかのようだった。
俺は割れたアルバートのわき腹を見ながら問いかけた。
「何故笑っている。これから死ぬのに…」
アルバートは俺に目を向けた。
その瞳にもう殺気は無かった。
「そうだな…何故だか…知らんが今は…悪い気はしない…むしろ…」
「むしろ?」
「俺は…死にたかったのかも知れん…」
俺は固まった。
人を殺すのは初めてではない。
しかし死にたがっていた奴など見たことが無かった。
みな一様に死に恐怖し、ひたすらに生きていた。
俺だってそうだ。死ぬのはごめんだ、絶対に。
「俺は…子供たちの元へ…行きたかったのだろう…か…」
俺の気持ちなど知る由も無く、アルバートは言葉を続ける。
その瞳はもう光を失っていた。
「セーラ…カルノー…」
ゆっくりと床に沈むアルバート。
そして、動かなくなった。
俺の2年越しの目的が完了したのだ。
しかし何故だか釈然としない。
「死にたかった…か」
アルバートがいった言葉を繰り返し、その願いがかなったアルバートを見る。
「むーー、むーーーー!!」
「あ?あ!忘れてた!!」
柱に縛り付けられたプリシラを視界の端に見つけ、慌てて近づく。
プリシラは自分が忘れられていたことに気付いていたらしい。
不自由なからだの中でかろうじて動く足で蹴りを放ってきた。
「あーあー、悪かったって!すぐほどくから勘弁してくれ」
「ぷはっ!!はーはー…まったくきつく縛り付けるなんて!!何考えてるのかしら!!もっとゆるく縛りなさいよ、ったく!!」
それでは縛る意味がないだろう…
苦笑いをしながら縄をほどいてやる。
「アルバート、死んじゃったんだ…」
「悲しいか?」
「目の前で死なれるのは良い気分じゃないわ」
元ピクシス家の人間であるプリシラ、含むところがあるのだろう。
「エイジ、ライズには会ったのでしょう?」
「うっ…」
突然のセリフと共に来た鋭い視線に思わずたじろぐ俺。
相変わらず何もかもお見通しのようだ。
「ああ、会ったよ」
「ちゃんと謝ったんでしょうね?」
「ああ!謝ったよ!」
恐ろしい女だ。
どうやら俺がライズを置き去りにしたことを根に持っているらしい。
ある意味ライズより厄介だ。
「とりあえず城へ帰りましょう。皆、心配しているでしょうからね」
俺はプリシラのその言葉に安堵の溜息をつき、助けたはずのプリシラに城へと連行されるのだった。
続く!
<あとがき>
はぁ…どうも…
受験生です、俺。
さしあたって暇な時間が無いです。
つまりパソコンなんぞやる時間は無いに等しいです。
そんな中で書いたこの話、自分的には満足なんですがそれは妥協かも知れないわけで、だからもう人に見てもらうしかないかな…と思いました。
友達に見てもらっても良いんですがまわりも受験生ですし、時期が時期なので(知ってるとは思いますが推薦入試の真っ最中、2001年11月25日現在)それは無理ときたもんだ。
まぁ書きたかったことはあらかた書いたんでいいかな、と…
長くなるんで簡単に今回の話しについて言うと、エイジが最後に放った奥義の名前はもちろん国会議員の「ハマコー」とは関係ナシです。以上。