第五章「決別」


スィーズランドにある、小さな公園。

いろんな人が、春近づく陽気に誘われ、散歩―――は、やはり北の地方だから、している人は少ないが、まぁ日もあたり、思ったほどに寒くない。

そこのベンチで。

1人の青年が、分厚い難しそうな本を読んでいる。

青紫色の長い髪に、ともすれば女性に間違われそうな、整った容姿。

その青年は、とくに表情を変えず、ただ普通より少し早いぐらいのスピードで読書を続けている。

―――――と、そこに、1つの影が降りる。

「…読書中悪いな」

その声に、青年はゆっくりと顔を上げる。

どこか物憂げな表情で、目の前の影を見上げる。

黒髪の、黒を貴重とした服を着た少年。

「…ラングか。オマエもこの国に来てたのか」

少し低い声で、青年が言う。

ラングと呼ばれた男は、肩をすくめながら、

「今回の雇い主が随分勝手なだけだ。

…まったく、おかげでこちとら新しい仕事探しに大変だぜ」

と、疲れたような口調で言う。

「…ついでに言うと、定住する場所も、じゃないのか?未亡人といい仲なんだって?」

青年が、からかうような口調で言う。

「…てめぇ…」

「ハハハ…悪い悪い」

青年は、本にしおりをはさみながら、

「…で。どうした?何かトラブルでもあったのか?」

と、少しマジメに問い掛ける。

「…ま、ちょっと世話焼きだ」

「ハ?」

ラングの答えに、少し眉をひそめる。

「…実は人を探してる。1人よりは2人のほうがいいからな、手伝ってくれないか?」

その言葉に。青年は、スィ…と目を細めて。

「…誰を探してるんだ?」

「そうだなぁ…」

質問に、ラングは空を見上げながら、

「…俺がちょっと前まで雇われてた国で、聖騎士の称号をさずかるほどの功績を残した男、かな?」

とぼけるような口調に、

「…それって、カミルのことか?」

青年は、あっさりと言う。

「……ま、まぁ…平たく言うとそうだな…。って、なんで分かるんだ?」

少し焦りながら問うラング。

「俺の仕事は、師匠から命令された、『各国の情勢を見て回る』ことだ。そんなことぐらいは調べておかないといけないことだ。…それに、一応友達の評判だしな」

青年の静かな答えに、ラングは、

「…なんだ、オマエ観光でここまできたわけじゃないんだ?」

「いや、俺の仕事は半分観光で成り立ってるけど…」

「うらやましい身分だな…」

そこで、2人は軽く苦笑を浮かべ、

「…じゃ、頼むぜ、イズオカ」

「分かった…このスィーズランド内にいるんなら、探しておく」

ラングの言葉に、イズオカと呼ばれた青年は、本を手のひらの上に乗せ―――その瞬間、本をボゥッと、一瞬にして灰にしながら、応えた。
 

 
びゅうぅぅぅぅ…

冷たい潮風が吹く。

その風は、対峙している2人の間を通り抜けていく。

日本刀を腰に下げた傭兵…カミル=ニールと、道化師の格好という奇抜な人物…カルノー=ピクシスの間を。

「ほう…僕のことを覚えていくれたのか…」

カミルの前に立っている道化師は、欠片も感情のこもらない声でそう言った。

「…そんな格好してれば、誰だって覚えるさ…」

「フッ…それもそうだな」

カミルの答えに、カルノーは、笑みの気配を交じらせて言う。

「…で、今日はなんでまた俺を付回したんだ?出来れば、理由をお聞かせ願いたいんだが?」

静かに相手を見据えながら、カミルが言う。目を見れば分かる。今の彼は戦闘体勢に入っている。

「知りたいか…なら」

向こうの彼も似たような目をし、懐からダガーを取り出すと、

「この僕を倒せたら教えてやろう!」

案の定、朗々と言いながら、地をけり、一気に間合いを詰めてきた。

 

ざんっっ!!!
 

カルノーが一閃したダガーが、空気を薙ぐ。

一撃を後ろに退いて避けたカミルは、そのまま流れるような動作で得物を鞘から抜き放つ。

そして、カルノーの振り下ろしのニ撃目を、その刃で受け止める。

 

きぃぃんっ!
 

澄んだ音が響き、両者は一瞬だけ、その刃をかみ合わせたままにらみ合い、すばやく間合いを取る。

カミルは、相手を睨んだまま、刃をかえし、少なくとも殺すことはないようにする。

−倒したらいいだけだしな…

そんな、甘いことを考えながら、続く動作で、その刃を正眼に構える。

対するカルノーは、くるりと宙で一回転して着地すると、間をおかずにカミルに突っ込む!

「はあっ!!」

「…っ!」

裂帛の気合とともに、お互いの一撃がぶつかり合う。

そして、そのまま。

カルノーが圧される。

「?!」

純粋な力勝負で負けたのである。

驚きの表情を浮かべた時には、数歩分後ろに下がっていた。

彼が、ハッと意識をカミルに戻した時には。

「…クロスフォード流・風裂」

間合いを詰められ、カミルの伸び上がるような一撃を、その腹にくらっていた。
 

 

「…見事だね〜」

その一撃を上空から見ていた妖精―ピコは、素直に賞賛の拍手を送った。

 

 

「…強いんですね」

「何を今更…」

同様に、倉庫の屋根の上から見ていた少女2人―ライズとライア―は、静かにそう言葉を交わした。

 

 

「……で。これで教えてもらえるのかな?」

あおむけに倒れたカルノーを見下ろしながら、カミルは静かに問いかける。

ちなみに、さきほどの3名の傍観者達も、その場に降りてきている。

ライズは冷めた目でカルノーを見下ろし、ピコはカミルの肩であくびをかみ殺し、ライアはカルノーを枝でつついていたりする。

「お〜い…まさか死んでないよね?」

「うぅ…死んでないから、つつくのをやめてくれ……」

呻きとも抗議ともとれる声を上げながら、カルノーは上半身を起こす。

それだけで、腹を抑えてうつむく。

「…モロに入ったからな…喋るのには支障がないくらいに手加減はしたが、動くのはまだ辛いかもしれんな」

「うわヒドッ!」

「……」

ピコの発言を無視し、カルノーの動きを見つめるカミル。

「…で、痛みがひいたら、質問に答えてもらえるか?」

「鞭打つようなマネね…」

「……」

ライズの発言をさらに無視し、答えを待つ。

 

 

……5分経過

「わかった…教えよう」

ようやく復活したカルノーは、やや足元がおぼつかないまま立ち上がり、そう言った。

で、言ってから目を丸くして、

「って、ライズ嬢!いらしたのなら、貴方が言えばいいものを…!」

「気づいてなかったんかい」

「いや、僕はてっきりお前しかいないものかと…」

ライアの突っ込みに、カルノーは苦い顔をしながら言う。

「あ〜…ちょっといいか、カルノー」

カミルが言葉をはさむ。

ピコが、びくっと震え、彼から離れる。

「お前、コイツと知り合いなのか?」

言いながら、ライズを指さす。

「コイツって…。それに、人を指差すのは失礼ですよ」

「黙ってろ!」

チャチャを入れたライアに、殺気のこもった怒声をあげる。

肩をすくめて沈黙するライアに、カミルはカルノーの、道化師の仮面の下にある『目』を見るようにしながら、

「…どうなんだ?」

明らかに怒っている彼に、道化師はチラリとライズを見る。

彼女は、カミルの様子に途惑っているようである。

──はぁ…なんか、今回は貧乏くじをひいてばかりだな…

内心で涙しながら、静かに、

「ああ。彼女は、僕と同じ、スィーズランドの特務部隊に身を寄せている、仲間だ」

そう、言った。

 

 

スィーズランドの政府機関の建物の、とある一室

「……」

その部屋で、カミルは明らかに不機嫌そうに、イスに座っていた。

広めの、作戦会議などにつかわれそうな、大きな机といくつもの椅子があるその部屋の雰囲気はあきらかに彼が発するオーラのせいで気まずかった……とはいえ、ライズとライア、カミルの3人しかいないのだが。

なぜこんな部屋にいるかというと、カルノーが詳しい事情を話すために場所を変えようと、ココに連れてこられ、この部屋に3人で待たされているのである。

…ちなみに。ライズは、なぜカミルがそこまで怒っているのかは分からないが、原因が自分にあるということは悟っているため、その雰囲気におされうつむいたまま、カミルの向かいの席に座っている。

一方のライアは、その雰囲気を気にせずに、ライズの隣に座って、テーブルの真ん中にあった地球儀を引き寄せてくるくると回している。
 

そんな、数分が永遠とも取れるような時間が過ぎ去ったころ。

 

ちゃっ
 

ドアが開き、この国の軍服に、いくつもの勲章をつけた、30〜40歳ぐらいの、髭を生やした男が入って来た。その後ろには、カルノーもいる。

「どうもお待たせしました。私はスィーズランド公国特別攻撃部隊の隊長、ジェノス=バラギアです。どうぞよろしく、カミル殿」

そういって、にこやかな笑みを浮かべ、席につく彼に、カミルは不機嫌な表情のまま、

「…で?そのお偉いさんが、そこの道化師の話を聞くためにココにいる俺に、なにか用か?」

一応、目上の人には敬語を使う彼だが、不機嫌状態の彼は、たとえ相手が誰であろうとタメ口である。

「ええ、もちろん。彼は形式上は私の部下…彼に所属してもらっている特務部隊は、特別攻撃部隊の一端なんですよ…」

その言葉に、カミルはさらに顔を険悪にする。

ジェノスはそれに構わず、

「そういうわけで、話は私がします。よろしいですか?」

「……好きにしてくれ」

その言葉を確認すると、ジェノスはうなずきながら、

「さて、カミル殿。単刀直入に言わせていただければ、我々は、あのヴォルフガリオ殿さえ討った、貴方の力をお借りしたい」

………

「断る」

しばらくの沈黙の後、カミルは言った。

だが、ジェノスはまったく慌てずに、

「まぁ、理由を聞いてください。返事は、その後にもう一度いただきます」

そういい、一息つくと、

「このスィーズランドは、前回のドルファンの戦では、傭兵徴募に協力しました。無論、同盟などを全く結ばない我が国では、交換条件、というものを提示させていただきました。このことは、ご存知ですか?」

「…いや」

観念して話を聞くことにしたのか、ため息交じりに答えるカミル。

「結構。その交換条件というものは…まぁ、簡単に言えば、多額の礼金と、旧軍事地区のイリハの譲渡、です」

「イリハを?」

「ハイ」

事実上ドルファンでのカミルの初陣である、イリハ会戦が脳裏をよぎる。

「…なんでまた?あそこは単なる荒地だが…?」

「さぁ?総司令官が考えたことですから、私は知りません。まぁ、無駄なことはしない人ですから、なにかに利用しようとしていたのでしょう」

カミルがその言葉にスィ…目を細めたのを見ると、不機嫌なのは抜けないが、話を本気で聞く気にはなっているようである。

「さて、問題はココからです。ドルファンはこの戦争で勝てば、その条件を払うということで、傭兵徴募を引き受けました。ですが…」

「勝っても、ドルファンはその条件を払わなかった…」

その言葉に、ジェノスはうなずきながら、

「そうです。あまつさえ、ドルファンは事実上の鎖国を行い、他国との干渉を半ば断ちました」

「…まぁ、貿易に近いことは行っているようだがな」

カルノーが付け足す。

「それでも、向こうが約束を護らなかったのは事実です」

「それで、ドルファンを攻め落とす…か?」

「はい。最初はそういう方針でした」

「…最初は?」

まゆをひそめるカミル。

「ええ。現在の方針は、ドルファンの政治体制を変えること…」

「すなわち、旧家の両翼の壊滅」

ライズが、静かに言葉を紡ぐ。

カミルはチラ、とそちらを見るが、すぐにジェノスに視線を戻す。

「そうです。実際、ドルファンという国は、王国とは名ばかりの、その旧家の両翼に支配された国と言っても過言ではありませんでした。なら、無意味に有事にするよりも、その両翼をもげばいい。それで、ドルファンは変われる」

「…ドルファンを…変える?」

言葉を聞きとがめたのか、カミルがつぶやくように言う。

「そうです。もともと、例の交換条件などは重要視されてないのですよ。それよりは、すこしでも貿易相手国を増やすことのほうが、利益になる可能性は大きい。まぁ、一種の賭けをしてみよう、ということです。無論、我々の勝ちしかない賭けを」

…………

カミルは、しばらく沈黙していた。

やがて、口を開くと、

「それで…俺に何をしろと?」

「実働、です。貴方には、ドルファンに侵入し、実際に旧家の両翼を壊滅させる部隊に参加していただきたい」

問いを予想していたかのように、ジェノスは答える。

そして、またしばらくカミルは沈黙する。

しばらく、カミルは考えていたが、

「もう少し、1人で考えてみたい」

「残念ですが、ここまで話した以上…」

「だから、人払いをして欲しいと言っているんだ。この部屋を、俺一人にしてくれ。…安心しろ、返事もなしに逃げるようなマネはしない」

「了解しました」

そう言って、彼は席を立つ。

「では、カルノー殿、ライズ殿、ライア殿」

その言葉に、3人は彼とともに、部屋から退室していく。

いや、しようとしたとき。

「ライズ」

その背にかけられた声に、彼女は半ばびくっと震えながら、振り返る。

「…お前も、協力しているのか?」

「……ええ」

短く答える。

「なるほど…な」

考え込むような態度をとるカミル。

しばらく、ライズはそれを見ていたが、やがて意を決したかのように、

「これは…もう、言い訳のようにしか聞こえないけど」

「…?」

カミルは、突然口を開いたライズのほうをむく。

「私は、本当に『普通の女』というものが分からなかった。だけど…あの国で過ごすうちに、少しずつ…わかっていたような気がするの。それは、自分から学び取ったりしたものより、むしろソフィアや、皆に教えてもらっていたものだけど…。だから…」

言葉を切り、真正面からカミルを見て、

「私は、お父様の遺言を守るためにも…今までの『普通の女』として生きるの。お父様や、貴方が言う『普通の女』として生きるために」

そう、言った。

…………………

「…嘘じゃ、ないな?」

しばらくライズの眼を見ていたカミルは、視線をそらさずに、そう問いかけた。

その言葉に答えるかのように、いや、実際答えるために、ライズはカミルの所へと近づいた。

そして傍まで来ると、懐から、鞘にはいった、見事な細工のされたダガーを取り出す。

「この…初めて、お父様がくれた、ダガーに誓うわ。…約束する。私は、お父様の遺言通り、『普通の女』として…貴方の言う『普通の女』として生きることを」

そう『約束』し、ダガーをカミルに握らせ、ライズは部屋を出て行った。

出て行き間際に、

「私は…約束は…守るわ。絶対に…」

そう、言い残して。

 

 

そして、彼は部屋に1人となった。

いや、実際は、彼と相棒の2人きりになった。

「…どうしたらいいと思う、ピコ?」

その言葉に、地球儀の頂点に立って、じっと天井を見上げていたピコは、ゆっくりと視線を彼へと向ける。そして、薄い笑顔を浮かべながら、

「あんな事言われたら…もう、考えるまでもないんじゃない?キミは、お人よしだからね。たとえ相手が誰であれ、前に進もうとしている人の手助けをせずには入られない人でしょう?」

そう言われ、カミルはただ苦笑を浮かべるしかない。

だが………。

彼は、今一歩を踏み出せないでいた。
 

そして。

その心理状態をよんだかのように、彼女はいつも口を開くのだ。

 

「ねぇ…もう一度言うけど、忘れなよ」

「?!」

バッ、とピコを見る。

「キミはさ…もう、歩いてもいいんだと思うよ。いつまでも、彼女がいたときのままで止まる必要はないよ。…髪だってそう。キミはさ、彼女が最後にあったときのままでいたいから、そうやって髪を伸ばしたまま、気づかないふりをして、手をつけようとしないんでしょ?」

ぎり…という、歯軋りの音がする。

「…もう…思い出にしよう?いつもみたいに…さ。それで、戦いに身をおいて…それで…キミが死ぬのはヤダだけどね…。でも、止まったままじゃ、一緒だもの。だから…請けよう、この依頼?全てのために。なにより、キミのために。決着をつける意味でも」

そう言って、ピコは微笑み、口を閉ざした。
 

…しばらく、カミルは微動だにしなかった。

そして、次に口をついて出た言葉は。

「そうだな…。そうだよな…後始末は…必要だな。決着は…つけなくちゃ…いけないんだよな!!」

そう言って、彼は、ピコに笑いかけた。

そして、彼女は悲しみを隠した笑顔で、それに返した。

 

 

不意に。

「『答え』は…みつかったか?」

声が、響いた…。

 

 

続く……


インターミッション

どうも皆様、ごぶさたでした。

kawabataこと、折沢崎椎名です。

 

今回は、とっても長いお話で、しかもラストがしり切れトンボです。

つまり、とことん『続く』なわけです。

 

さて、本来ならいろいろ語るべきところが多いのですが、今日は必要事項だけ。

まず、ジェノスが言っていた『スィーズランドはどことも同盟などを結ばない』ですが、スィーズランドは唯一の永世中立国である、ということが理由です。言わなくても分かる方のほうが多いでしょうが、念のため。

 

次ですが、謝らねばならぬことが。

いくつか前回の次回予告との食い違いが起こりました。

どうも申し訳ありません。これもひとえに、作者の力不足です。まことに申し訳ありませんでした(平謝り)。

 

では。

これ以上後味を悪くするのもアレなので、そろそろおいとまです。

感想や質問など、メールしていただけると、とても喜びます。

それでは…次回でお会いしましょう。

 

see you again!!


第四章へ戻る

目次へ戻る