第四章「接触」


気がつくと、そこは闇の中だった。

すぐ前さえ…

自分の体さえ…

確認できないほどの…

深い…深い…闇

 

 

「…気がついたようだな」

「?!」

 『彼』はいきなりの声に、慌てて後ろを振り向く。

 だが…そこにはなにも…ない。

 声自体が、反響して聞こえてきていたのだ。後ろを振り向「たのは、単なる反射である。

「フム…どうやら…五感が完全にやられているようだな。

 …しかたないか…あれほどの『力』を、子供にぶつける事自体が間違っているんだからな…」

 声は、勝手に何かを納得し、一人でブツブツつぶやいている。

「……」

 『彼』は、ただ沈黙してしまっている。

 言うべき事が、聞くべきことが多すぎて言葉に詰まってしまっているのだ。

 それに元来『彼』は喋るのがニガテでもある。

「とりあえず、口は利けるか?」

「…えぇ」

 とりあえず、答える。声が反響して聞こえるせいか、相手がいったいどんな相手なのかまったくわからない。

「なら…とりあえず、お互いの自己紹介だけでもすませるとしようか」

「?」

 おそらく『彼』は、今心底不思議気な表情をしていただろう。

 それに気づいた声の主は、さも当然という風に、

「せっかく看病してやろうと言っているんだ。

 お互いに名前を知らんと不便だろう?」

「…看病…」

 なんとなく、自分はものすごい怪我か病気をしているんだな、と思うと、彼は、

「…なんで…ボクを…?」

「あん?

 …俺は、あーゆー非人道的な真似はキライでね。だから助けただけだ」

「…?」

 疑問の表情を浮かべたであろう彼に、声の主は、

「憶えてないのか…それとも、封じ込んだのか…とにかく、俺の言っていることは分かってないみたいだな」

「……」

 無言のまま、とりあえずコクリとうなずいておく。

「ま、お前は今とんでもなくヤバイ状態なんだよ。

 命があるのが奇跡なくらいだ…いや、喋れるんなら、あんまそーでもないか…。

 まぁいい。とにかく、俺はお人好しなヤツでね。身動きの取れないお前さんの看病をしてやろうと言っているんだ」

「…はぁ…」

 曖昧にうなずく。

「よし。じゃ、つーことで自己紹介な。

 俺はランドー=クロスフォード。世間じゃぁ『義賊』なんて呼ばれてるな…なんでか知らんが」

 言って、声の主…ランドーは苦笑の気配を見せ、

「…そいで、少年。お前さんの名は?」

 

 問われて。

 一瞬、答えるべきか途惑う。

 物心ついたときに親を失い、今まで、人というものを信じず、裏切り続けて生きてきたから。

 だが、答えなければ、いずれノタレ死ぬことは…明白だった。

 『彼』は、軽く息を吸い込み、言った。

「カミル。カミル=ニート」

 

 実に彼が、7歳のときのことで…。

 そして、ドルファンを訪れる13年前の出来事だった。

 

 

「起きろー!」

 ごすぅっ!

「ぐはぁっ?!」

 突然の鳩尾への衝撃に、カミルの意識はいきなり覚醒した。

 …あやうく、もういっぺん夢の世界にいくところだったが。

「っっっっ…。

 い、いきなりなにする、ピコっ?!」

 鳩尾をおさえたまま。

 ギロリ、といった感じで、宙…彼の目の前に浮かんでいる妖精らしき少女…ピコを睨む。目の端に涙が浮いていることから、そうとう痛かったのであろう。

 一方のピコは、負けじと怒り顔で、

「何回起こしても、起きないキミが悪いよ!今何時だと思ってるの?!もう昼なんだよ?!」

「だからって、人の愛刀の鞘で、思いっきり鳩尾やるなっ!死ぬかと思ったぞ!」

「えぐるようにするのがポイント」

「ふーざーけーんーなー!」

 父指をグッと立てて言うピコに、カミルはでこぴんをかまそうとするが、あっさりと逃げられる。

「コイツ…」

 憎らしげに目で後を追うが、これ以上は叫ばないし、動こうともしない。

 ピコは人に見えず、声も聞こえないため、傍からは1人で叫んだりどーこーしたりしているようにしか見えないのだ。

 …宿屋の一室なので、人の目を気にすることはないのかもしれないが、声は多分丸聞こえだろう。

「…はぁ…アホらしい…」

 情けなくつぶやいて、昨日のうちに買っておいた普段着に着替える。

 いつも、こういう時には、ピコはいつのまにかいなくなっているので、気兼ねなく着替えが出来る…。

 ──なんか違うかも…

 一瞬そう思うが、あえて深く考えずに着替えを済ませると、彼は部屋を出た。

 

 一階、食堂。

 適当なものをウェイトレスに注文して。

 彼は、生あくびをかみ殺しながら、テーブルについた。

 この宿は二階より上が客室で一階は食堂兼酒場という、ありきたりな、“彼みたいな人間”がよく使うタイプである。

 こういう宿は大抵、『ヤバイ』か『ウマイ』の2つに分けられる。

 前者は、アサシンやドラッグ売り、そのテの情報屋等カタギじゃない人間がたむろしている裏社会的な宿。

 後者は、料理がおいしかったり、サービスがよかったりのおかげで繁盛している宿である。

 この宿は、どちらかというと後者である。

「お待たせしました」

 ウェイトレスが料理を運んでくる。

「さて…と…どうしたもんかな」

 運ばれてきたサンドウィッチの詰め合わせとコーヒーに手を伸ばしながら、カミルはテーブルの上で彼の食事を見ているピコに話しかける。

「…なにが?」

 ピコは、グラスに注がれているオレンジジュースをストローで飲もうとするのを止め、彼の方を向く。

「なにがって…これから、だよ。

 いったい何やって暮らしてこうかなってこと」

「…傭兵稼業じゃないの?」

「…いや…そーなんだけど…でも、今んトコ戦争も起きそうに無いし…」

 ぽつり、とつぶやいたカミルに、ピコはジト目を向けて、

「キミってさぁ…やっぱりバカ?」

「バカとはなんだバカとは…」

「だって、キミがあのコ達の依頼を受ける受けないにしても、ドルファンに戦争持ちかけることに変わりないんじゃないの?」

………………ハァ。

 ため息をついて、カミルは食事に専念する。

「…考えないようにしてたワケね…」

 その様子を見たピコは、やれやれといった感じでつぶやくと、ふわりと宙に舞い上がる。

「ちょっと、外ぶらぶら飛んでくるよ」

 カミルは無言のままうなずき、それをみとめたピコは、窓から飛び出していった。

 そこそこにザワついている店内。

 それだけで、カミルの席だけは、まるで別次元かの様な感覚さえするほど…静かになった。

 それ以後は無言で食事を済ませると、彼もピコの後を追うかのように出かけた。

 

 ──やれやれ…。

 カミルは、内心ため息をつき、ショーウィンドウを眺める様にして立ち止まる。

 ドルファンのキャラウェイ通りと似たような、タイル敷の、そこそこに人通りのある通り。

 宿から散歩のつもりで出かけて数分、その場所に出た瞬間、いきなり誰かにどこかから見られている気配を感じたのだ。

 そして…気配から察するに、相手は、『彼女たち』でもない。

 ──と、すると…ヘタに声をかけるわけにはいかないな…。

「…さて…撒けるかな?」

 ぽつりとつぶやくと、彼はいきなり走り出した。

 ──!!

 横路地から彼を見ていた影は、いきなり走り出した彼を見て目を丸くした。

 ──気づかれた…でも、いきなり走り出すとは…?

 思わず首を傾げるが、すぐに思考を中断すると、彼の後を追った。

「…ん?」

 気配を感じて。

 彼女……ピコは目をあけた。

「……」

 しばらく沈黙して、状況を把握していたが、

「…カミル?」

 相棒の名前をぽつりとつぶやくと、やおらその羽をはばたかせ、空に舞った。

 ─ちっ…!

 カミルは内心舌打ちした。

 スタートダッシュで一気に撒けると思っていたのだが、相手はしつこくこちらを追ってきている。

 ─…判断ミス…ってやつかな…?

   でも、知らんぷりするのは性に合わないもんなぁ…。

「…ま、いずれにしても、相手がカタギじゃないのは分かるわな」

 裏路地、横道、大通り、果ては塀を飛び越えたりして逃げているのだが、向こうはそれをしっかりを追ってきている。それも、いまだにボロを出さずに。

 逃げながら相手の位置を探っていたのだが、これだけやって、一向に場所を特定できない。

 ──…としたら…状況から推測できるのは…相手が圧倒的に早いのか、それともこういう仕事のエキスパートで、実力が俺より単純に上なのか、あるいは……影、か。

 …3番目だったら、やっかいなことこのうえないぞ…今時流行らない“魔術師”ってことになるんだから…!

 ひたすら走りながら、なんとか相手を撒こうとする。

 正直言って、彼は刀を抜くのが好きではない。殺し合いなど、もってのほかである。

 しかし、彼はそういう方面に才能を示し…今、この仕事をしている。

 だから、戦場以外ではギリギリまで殺り合いたいなどと思わない。逃げれるならそれに越したことはないし、向こうから撤退してくれるなら、願ったり叶ったりである。

 …とはいえ、すぐに逃げ出すのもどうかと彼自身考えてはいるのだが。

 と、思考の途中で。

「!!」

 いきなり視界が開ける。

 海。

 気づけば、彼は港の方に走り続けていたらしい。

「…日ごろの行いかな」

 ぽつりとつぶやき、彼はそのまま海沿いに走る。

 当然、視線を陸の方に向けて。

 ──そのうち、こっちから止まって相手の姿を確認するか…逃げ切るのは無理っぽいし…。

   相手が影ならヤバイけど…そのときはそのときでなんとかするか…。

心の中でそう決定し、足を止め、後方を振り返り……

「…え?」

 いきなり、虚を突かれた表情になる。

 相手の姿に意表を突かれたわけではない。

 確かに、相手はいかにもサーカスにいそうな道化師の服装に仮面といういでたちではあるが。

 それより、彼はこの格好をした男を知っていた。

「…カ…ルノー…?」

 思わず、彼は相手の名をつぶやいていた。

 

続く……


インターミッション2

 

はい、というわけでkawabataこと、折沢崎 椎名です。

なんか、第四章です。待ってる人なんていないだろうけど、お待ちどうさまです。

前回のインターミッションで適当に説明しといたから、今回はいいかもなんて思ったけど…一応書きました、中書き(違う)。

 

前回で『答え』書く言っときながら、書いてません。すんません、ごめんなさい。

…許してくれるまであやまりますから、許してください(矛盾してねーか?)。

 

それさておき、今回ですが…。

「…っていうか…なんでカルノー?」

なんて考えてる、奇特にこの作品を読んでくれてる貴方。すんません。ネタが思いつかなかったんです。

あんまりライズやライア出すと、どんどんライズの性格壊れていって反感買いそーなんで、とりあえず彼に登場願いました。

彼が敵なのか味方なのかは次回でわかりますが…どーゆー風に今後活躍するかは俺にもわかりません。

つーか、この調子じゃ次回であっさり誰かにノされて退場って雰囲気が…。

「カルノーが活躍するのを見たい!」

って人がいれば…なんとかします。そういう方は一報よろしく。貴重な読者(笑)の意見はしっかり取り入れさせてもらいます。

 

ま、彼のことはともかく(オイ)、どんどん主人公は謎の人物になってますね。いや全く大笑い。いや、未熟なだけなんで笑えないけど。

この調子でどんどん彼の過去とか“彼女”との思い出とか書いてったら、主人公、第一章と別物になるかも…。

……そうならないよう努力します。
 

そういやこの話、当初は、次々回ぐらいで終わる予定だったんですけど…

1,2話ぐらい増えそうです。管理人さん、ごめんなさい。でも見捨てないでください、お願いします。

 

で、最後に次回予告ですが…。

「…キミが死ぬのはヤダだけどね」

「約束は…守るわ」

「ありがとうございます…」

「……そうだな…後始末は…必要だな!」

ってな感じです。どれが誰のセリフかは、モロバレですが、次回にて…。

「『答え』は…決まったかい?」

光舞う月明かりの下で、ただ涙を流し続ける少女に…手を…差し伸べるために……。

 

by.折沢崎 椎名


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