第一話


月末に控えたドルファンとの外交折衝、それに伴う親睦を深める小規模なスポーツの祭典と特別貿易祭で街は賑わっていた。

相変わらず外国人排斥法は続いているようだが、外交を捨てるようなことはしていない。

スポーツの祭典にしても、特別貿易祭にしても、景気付けにはうってつけだ。外国人排斥法など、この景気付けで指摘する者はいない。

他国の政治がどうであれ、自分に影響がなければ、庶民は政治に口を出さないものだ。なまじ出せても…、出せたら、辛い報いを受けることもあるかもしれない。

そう思う人を微塵も感じさせないくらい、街は活気づいているのだ。

そして、注目の起爆剤はまだある。

 

【ドルファンの歌姫きたる】
 

今、ドルファンの歌姫と言えば知らぬ者はいない。

ドルファンの歌姫でそれが誰かわかるのだから。

 

歌が好きだった少女がいた。

先の戦争のテロで少女は喉に傷害を負う。

少女を救ったのはドルファンの聖騎士の愛の力。

その愛で少女は立ち直り、聖騎士と少女は愛し合うことになる。

平和への祈りを歌にこめ、少女は再び歌いはじめる。小さく、でも力強く。

聖騎士は少女を舞台に立たせた。

それが序章。

かすれる寸前の声、われる寸前の声、テロに傷つけられた歌声はか細く、シアター全体に声が渡らないと思われていた。

しかし、澄みきって通った少女の歌声は、ドルファンのシアターの中に響き渡った。傷ついた喉では長丁場の舞台にはならなかったが、少女は舞台の上で輝いていた。

少女の歌を聞いたものは、彼女の歌を心に響く歌と言う。

そして、こうも言われた。

「彼女の歌は、耳で聞くのではない、心で聞くものだ」───と…。

心に直接届く歌、魔法のような歌、それは大げさな誇張だとしても錯覚だとしても、戦後のドルファンでは大きな話題となった。

少女が歌えば、ドルファンのシアターはいつも満席になった。

少女の歌う聖騎士の歌は、そのまま聖騎士への愛の深さとドルファンの人々の心をうった。

少女の歌う平和への願いは、優しく、暖かく、そして悲しく。

外交折衝に大臣とともに来国した聖騎士が、少女に舞台を用意したことが諸外国に広まった始まり。

舞台で、少女は平和を願う歌を歌う。

いつしか、少女はドルファンの歌姫と呼ばれるようになっていた。

 

「懐かしいね」

複雑な気分だ。

「ドルファンを出てからもう3年たつんだねー」

彼女も20歳(はたち)を過ぎたか。

「あのおとなしいソフィアが今じゃ歌姫かー」

あれから立ち直ってくれたのなら、喜ばしいことだ。

あの波止場で別れた時、「幸せになれ」とは言えなかった。

隣にいた男とどうやって幸せになれると思うか。

彼女の顔がその先を物語っていた。

「大好きな歌をまた歌えるようになったんだから、良かったよね?」

俺は彼女を救えなかった。

過信とは思うが、ドルファンで、彼女を救う道がどこかにあったような気がしてならない。

その悔しさをかかえて生きている自分。苦笑いもこみ上げてくる。

やり直しがきくわけもない過ぎた過去のこと、それでも悔やまずにはいられない。かと言って、どうなっていれば彼女を救えていたことか。

彼女には大事な家族がある。

あの男と一緒になったのは、父親の借金の肩代わり、親同士が決めた婚約、この先の家族の路頭の確保…。

「ねえねえ、どう思う?」

───今日はお喋りだな、ピコ。

「そ、そう? 何だよ、どうせ今日もお喋りですよ、ふんっ」

わかってる、気を使ってもらっていることくらい。

不自然に明るい口調だが、ピコも複雑だろう。

あの波止場で別れて以来だ。

あまり、思い出したくない記憶。今でも、胸を締め付けてくれる。

あれほどまでに、彼女を想っていたと思い知らされたこと。

3年が過ぎた。その3年の時の間に、どれだけ想いは変わっただろうか?
 

【ドルファンの歌姫きたる】
 

号外の見出しが反芻される。

 

どくん。
 

会っても、いや、会うことが出来たとして…。

辛い想いをするだけだ。

今、これだけ動揺しているのだ。他人の妻になった女性に。

第一会うことなど出来ようはずもない。

「ソフィアの歌、聞いてみたいね。」

無邪気に言ってくれる。

だが…。

───そうだな。

 

どくん。
 

胸の奥の奥にしまい込んでいたと思っていた何かが、ゆっくりと動き出す。

「どうしたの、胸に手なんかあてて」

 

どくん。
 

苦笑いする。

これが、ドルファンの常勝不敗の姿か。

怖いとでも言うのか、何が怖いと言うのか。

深呼吸。

「大丈夫?」

ピコが心配そうにのぞき込む。

───正直に言うよ、ピコ。

今まで一緒にいてくれた心の相棒、ドルファンを後にした時、壊れそうにまでなった心をこいつがささえてくれたと言っても過言ではない。

「どしたの? なによ?」

───俺は、もう一度、彼女に逢いたい。


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