あれは私がドルファンを後にする前日の朝だった。
出国の支度を進めていると、ソフィアが訪ねて来た。
あのジョアンとの決闘以降、もう会えないと思っていた彼女が。
「あ、あの……。今日、ホントはジョアンとの結婚式の日だったんです。でも……」
「でも?」
「彼、2日前にこの手紙を残して行方不明に……」
ソフィアへ
今まですまなかった。
悔しいが東洋人のおかげで、目が覚めたよ。
ボクはもう二度と、この国に戻るつもりはない。
婚約は解消だ。
私が顔を上げると、ソフィアが目を潤ませながら、
「これでようやく、あなたに本当の気持ちを伝えることができます。私、あなたのことが……」
私は彼女の告白を遮るように、彼女の体をきつく抱きしめた。
「まってくれ。そこから先は……」
「???」
「今は君の気持ちにこたえることはできない。外国人排斥法が可決されたのは知っているか?」
「あっ……」
「そう、私はこの国の人間ではない。明日中に出国しなければいけないんだ」
「そ、そんな……」
ソフィアは顔に手を当てて泣き始めた。
「泣かないでくれ、ソフィア。人生、出会いがあれば別れがあるものだ。でも、2人の想いが強ければ、必ずもう一度会える。お互いその日が来るのを信じて、前を向いて生きていこう」
「でも、でも……」
私は顔を上げようとしない彼女に語りつづけた。
「この国に来た当初は、金と名誉のためだけに戦っていた。でも君と出会っていつからか、君の笑顔と、君の舞台女優になるという夢を守るために戦うようになっていた。だからもう一度、舞台を目指してくれ。次に会う時はあのシアターの舞台で君の歌を聞かせて欲しい」
「…………」
ソフィアは顔を上げ、涙目のままで私をじっと見つめていた。
長い長い沈黙。まるで時間が止まっているようだ。
本当に時間が止まってしまえばいいのに………。
やがてソフィアが微笑みながら、口を開いた。
「分かりました。あなたが命を賭けて守ってくれた、私の夢を叶えてみせます。だから、あなたも1つ私に約束してください」
「もう一度君に会いに来ることを、だね」
「はい。じゃあ明日、波止場に見送りに行きます」
彼女は涙をこらえながら、精一杯の笑顔を見せて帰っていった。
そして……。
出国の時が迫る中、私たちは波止場で向き合っていた。
「ソフィア、君に渡したいものがある」
「これは?」
「昨日、叙勲式でもらった聖騎士の証だ」
「そんな大切なものを私に?」
「ああ。この国でしか通用しないものだから、君に預かっていて欲しい。それと……」
私はソフィアの左手をとり、その薬指に純銀のリングをはめた。
「こ、これ……」
彼女は顔を真っ赤にして、リングと私の顔とを交互に見つめた。
「私の気持ちだ。必ずこの国へ戻ってくる。それまで待っていて欲しい」
「はい。私、あなたの帰りをいつまでも待っています」