最終話「after mission」


ドルファン港から二週間の船旅を経てスイーズランドにたどり着いた一行にもたらされた最初の報告。

それは、プロキア軍によってドルファン首都城塞が陥落した、というものであった。

近衛騎士団を含むドルファン正規軍が必死に防戦したものの、やはりシンラギククルフォンの力を得たプロキアの前には、敗北は必定だった。

これによりドルファン議会はプロキアに対し無条件降伏をする。ここにおいて、トルキア地方の版図から、ドルファン王国という存在は消滅した。

しかし抵抗のかすかな灯火は、まだ完全にはついえてはいなかった。

スイーズランドに亡命した、旧ドルファン女王プリシラ・ドルファンによる亡命政府の樹立である。

このおそらくは名目に過ぎない亡命政府に、プロキアの拡大を懸念するハンガリア、ゲルタニア両国はいち早く支持を表明。

さらには永世中立という立場上表立ってはいないものの、スイーズランド政府も水面下で様々な支援を行っていた。

しかしドルファンを占領するプロキアは、この事態に対してもなんら関心を示さなかった。

それもまあ当然ではある。いくら正当性を叫ぼうが、ドルファンの地を実質的に支配しているのはプロキアである。

手出しをできない以上亡命政府に何ら意味はない……プロキアは既成事実を重ねることによって、プリシラの亡命政府の存在を黙殺しようとした。

当初彼らの思惑はすんなり進むものと思われていた。しかしながら、プロキアはすぐに方針の転換を迫られることになる。

亡命政府に呼応して、旧ドルファン国内でレジスタンス組織『ドルファン解放戦線(FLD)』が結成されたのである。

これを指揮するは、裁判にかけられプリシラの身代わりとして拘束されており、処刑直前に脱走した旧女王付き近衛隊長、ミラカリオ・メッセニ。

彼らはテロなどはあまり行わず、むしろ反占領軍のプロパガンダに力を入れていた。

このため占領軍自体には大したダメージとはなり得なかったが、その活動はさながらボディーブローのようにじわりじわりと占領軍の士気を削っていった。

さらには市民を弾圧する占領軍兵士を誅する活動で、首都城塞住民を中心に、FLDは絶大な信頼を得ることに成功する。

こうして一般市民に大いに支持を広げることに成功した裏には、三年前にリョウ・アサクラと関わった女たちの静かなる戦いがあったのだが……これはまあ余談である。

とまあこうして亡命政府とつながりのある、しかもある程度まとまった組織を占領下に抱えたことにより、プロキアは亡命政府の存在を無視するわけにはいかなくなった。

一方スイーズランドの亡命政府はというと、こちらはこちらで問題を抱えていた。

トップに立つプリシラ・ドルファンは、旧女王という看板と若さ、さらにはその美貌をもってのカリスマ性は目を見張るものがあった。

しかしながら当然のように組織のトップはそれだけで務まるようなものではない。若さゆえにその外交能力は未知数であり、彼女の指導力を疑問視する声もあった。

亡命政府も、完璧な一枚岩とはいえなかったのである。

しかしそれでも何とかやっていけたのは、スイーズランド政府による水面下での人的支援と、信頼する仲間たちの献身的な働きによるところが大きかっただろう。

さらに、問題はこれだけにとどまらなかった。これこそが目下最大の懸念材料であったが、それはヴァン・トルキア政府の支持をいまだ取り付けていない、ということであった。

国力的には衰退の一途を辿っているが、かつて大トルキアを支配したヘレニガム王家は、それでも自身に対しかなりの誇りを持っていた。

故にプロキアがドルファンを併合しようが、ヴァン・トルキアが困ることなど有り得ない、と彼らは考えていたのだ。

さらには、この国はドルファンと国境を接していないということもある。

かつてドルファンで外国人排斥法と共にあふれた数多くの難民、そのしわ寄せをほとんどと言っていいほど喰らっていないこの国は、およそ危機感というものに希薄であった。

つまりは、どう転ぼうが関係ないと、静観を決め込んでいたのである。

プロキアと国境を接する国のうち、ヴァン・トルキアが亡命政府を支持しない限り、プロキアに対する包囲網は完成を見ることはない。

そして包囲網が完成しなければ、亡命政府はプロキアに対し何の行動も起こすことはできない。

絶対的な力で劣る亡命政府にとって、武器になるのは諸外国の支持、あるいは協力である。

故にこの二つの陣営は、どちらかが何か行動を起こすこともなく、ただ相手の出方を待つという、奇妙な膠着状態に陥っていた。

しかし数ヵ月後、この睨み合いの状態は、意外なカタチで崩壊することになる。

暦がそろそろ秋に向かおうかという頃、スイーズランドにおいてひとつの傭兵団が産声を上げた。

かつてドルファンで聖騎士とよばれ、その後もスイーズランドで数々の武勲を立てた若き天才司令官、リョウ・アサクラを頭に頂くその軍団は、

構成員こそ多くはないものの、最新式の装備、有能な指揮官、そしてなにより、三年間アサクラと共に戦場を駆け巡った、

今ではこの新しい傭兵団の団員となっていた者たちの、アサクラへの絶対的な忠誠と信頼を誇る、スイーズランド期待の新星であった。

名を『アカい月』

伝説に残る最古にして最強の吸血鬼の名を冠した、この若き軍団の初めての任務は、驚くべきことに「旧ドルファンの解放」であった。

さらにこれと時を同じくして、プリシラ・ドルファンがヴァン・トルキア首脳との直接会談により、亡命政府への支持を取り付けたというニュースが飛び込んでくる。

この裏には朱い月とスイーズランドが動いたことがあったとされているが、ともかくここにおいてプロキア包囲網は確立され、さらに会談の成功によりプリシラ自身にも箔が付き、亡命政府は急激にその存在感を増す。

そして9月8日、ついに朱い月1万5千を擁する亡命政府は、プロキア国に対し宣戦を布告。後の世にドルファン解放戦争と呼ばれる戦いの火蓋が、ここに切って落とされた。

あらかじめ交渉してあったとおりヴァン・トルキア、ハンガリア領内を通過し、9月11日、部隊はハンガリア国境都市セントアークに到着する。

一方のプロキアもこの事態を重く見、旧ドルファン国境都市グラナダに、かつてのドルファン騎士団2万5千を含む、合計3万の部隊を展開してこれを待ち受けていた。

敵側にほぼ倍する兵力、さらにはかつてのドルファン軍を使うことにより、プロキア正規軍への負担はかなり少ない。

故にすでにシンラギククルフォンとの契約は切れていたプロキアであったが、この戦いに対しては、楽観論が多勢を占めていた。

だが、その期待は最悪の結果によって裏切られた。

後の世にセントアーク=グラナダ会戦と呼ばれるこの戦いは、最初の両軍の激突の時点ですでに結果は見えていた。

さすがに時代の流れか、ドルファン軍にも銃兵はそれなりの数が配備されてはいた。だが、質の点でそれは朱い月に比べて絶望的なまでに劣っていたのである。

スイーズランド製の最新式は、射程、信頼性などにおいて当時世界最高の水準に達していた。そんな連中の射撃を自軍の射程外から雨のように打ち込まれては、

さすがに倍ほどの兵力を持ってしても、戦列の崩壊は避けられなかった。このまま一気に朱い月の突撃を受け、無残な殺戮の場となるかと思われた戦場だが、

朱い月と共に戦いに出てきていたプリシラ・ドルファンの登場により、それは回避される。

しかしあくまでこれは無駄な血が流されることが少なくなったというだけだ。プロキアにとってみれば、これは悪夢としか言いようのない展開であった。

旧ドルファン軍が多勢を占めるグラナダの部隊は、プリシラの説得によりその大半が投降。さらに5千のプロキア正規軍も、反乱を起こした旧ドルファン軍によって、

そのほとんどが捕縛されるか、惨殺された。故にプロキア本営まで逃げ延びた兵士はわずか数百。文字通り完璧な敗北であった。

この勝利の後、制圧したグラナダにおいてプリシラ・ドルファンの演説が行われた。

この数ヶ月のうちに数々の修羅場を潜り抜け、王としても女としてもその魅力を一段と高めたプリシラの言葉は、どんな麻薬よりも人々の心に染み渡った。

むろんこれは悪い意味などでは断じてない。

さらにこの演説において、プリシラは亡命政府の名称を捨て、ドルファン軍の復活を宣言。

そしてこれをきっかけにして、旧ドルファン派の本格的な反撃は始まった。

最初は、首都城塞陥落前に逃げ出したプリシラをなじる声もあった。だが最前線で兵を鼓舞し、負傷兵に自らねぎらいの言葉をかけるべく走り回る彼女の姿を見て、

そんな声は次第に消えていった。そして忙しく走り回る彼女のそばには、常に一人の男の姿があった。

また、セントアーク=グラナダ会戦の亡命政府側の圧倒的勝利により、地下活動を続けていたFLDが各地で一斉に蜂起。

その対応に追われる中でプロキアは後手に回り、中部地域までのドルファン軍の破竹の進撃を許してしまった。

だが、ここに来てドルファン軍の進軍は突如として止まる。

戦いにおいて敗北を経験していないため、彼らに損害はほとんどと言っていいほど無い。

が、戦線は既に許容量一杯にまで広がっていた。

ハンガリアからの長く伸びた補給ラインは、降伏した部隊や志願兵の部隊だけでカバーできるものではない。

ここでアサクラは、朱い月を分割せざるを得なくなる。

まずは『聖騎士』アサクラ、そしてプリシラ・ドルファンが率いる本隊。次に旧ヴァルファ八騎将、『隠密のサリシュアン』率いる第0特殊部隊。

さらに『冷たき炎熱』カルノー、『金色の魔女』フィオナにそれぞれ第1、2番の分隊を任せ、各地の戦線の維持に当たらせた。

これにより補給路の分断による部隊の総崩れは避けられたが、両者は再び膠着状態に陥ることになる。

そしてこれは朱い月にとっては非常に拙い事態であった。

ハンガリアからの補給と、奪還した領地の住民の協力に頼るドルファン軍は、プロキアに対し地力で劣る。つまりは体力が無いのである。

おまけに暦は既に冬に向かおうとしている。このままではかのナポレオンのように、冬将軍の前に敗退することにもなりかねない。

この事態を見、朱い月司令官アサクラは最期の賭けに出る。

10月下旬、スイーズランドから朱い月に対する補充5千が到着。

これをもってアサクラは、朱い月2万、志願兵5千、旧ドルファン正規軍2万の計4万5千の大部隊を編成、一気に首都城塞に向けて進軍を開始する。

そして、この情報はすぐに、旧首都城塞に居を構える、占領軍司令部にも届けられた。

この事態に占領軍総司令官は、朱い月を抵抗運動もろとも押しつぶそうと、こちらも8万に届こうかという大部隊を編成、これをかつての戦場パーシルに展開する。

そして11月1日、遂に両者はパーシル平野において激突した。

数で押すプロキア。アサクラの巧みな戦略と、兵器の性能による圧倒的な機動力で翻弄するドルファン。

一進一退の攻防が続くが、装備の弱いドルファン側志願兵、旧正規軍を中心に犠牲が増え始め、次第に戦況はプロキアに傾きつつあった。

だが、ここで思ってもみない事態が起きた。

旧首都城塞方面から、小規模の部隊が到着したのである。

当初プロキアの増援かと思われたこの部隊だが、実は朱い月第0特殊部隊、およびFLD戦闘部隊であることが判明する。

そしてこれは、首都城塞が朱い月の手により陥落したことを意味していた。

実はアサクラはこのパーシルの戦いの前に、密かにライズ、フィオナ、カルノーに、プリシラを伴い占領軍司令部を制圧、もしくは殲滅するよう命じていた。

アサクラ本人は動かせる兵を全て投入し、できるだけ多くの敵軍をひきつける役割を負った。なんとも大規模な囮だが、彼はできることなら勝利したいとも考えていた。

さらに特殊部隊を通じ、首都城塞に潜伏するFLD司令ミラカリオ・メッセニとコンタクトを取る。

こうして全ての準備を終えたライズ率いる第0特殊部隊は、10月31日、夜陰に紛れて首都城塞に上陸。

途中FLDとも合流し、司令部に夜襲をかけたのである。

この作戦でドルファン側は、フィオナ、カルノーを含む多数の死傷者を出したが、何とか司令部を制圧、さらに占領軍総司令官を捕縛することに成功した。

こうして首都城塞を制圧した彼らは、すぐに生き残った兵士を再編成し一個小隊をつくる。

これを怪我の浅かったフィオナが率い、メッセニをプリシラの護衛として残し急ぎパーシルまで出発したのである。

ともかくこれで、プロキア軍の士気は地に落ちた。代わりにドルファン軍の士気は、その意気天を衝かんやとばかりに高まったのである。

こうなると後は圧倒的であった。息を吹き返したドルファン軍の猛攻によりプロキアの戦線は各地で崩壊、ついにはパーシルを捨て敗走した。

もっとも、帰るべき首都城塞はすでにドルファンの手に落ちている。よって大部分の兵は捕虜となるか、ダナンまで逃げ延びた。

そしてこの敗戦に追い討ちをかけるかのように、首都城塞が奪還されたのを見たハンガリア、ゲルタニア、ヴァン・トルキア各国は、プロキアに対し経済封鎖を実施。

これにより港湾都市を全て奪還され、かつ領土全てを包囲された状態のプロキアは戦争の継続が不可能であることを悟り、ドルファンに対し講和条約の締結を申し入れる。

ドルファン側も、資源の枯渇から戦争続行は極めて難しい状態であったため、この申し入れを受諾。

そして11月13日、国境都市ダナンにおいて両国に講和が成立する。

都市名からダナン条約と呼ばれるこの条約では、プロキアは全占領地域の放棄、ドルファンは外国人排斥法の撤廃を明記。

さらに両国間の相互不可侵とを約束した。

ここに、約2ヶ月に渡ったドルファン解放戦争は、ドルファン側の勝利によって幕を閉じたのである……

「久しぶりだなぁ、この空気も」

そして俺は今日、1年ぶりとなるドルファンの地を踏む。

あの戦争からさらに3年。プリシラは正式に女王に復位し、自身の圧倒的な支持を背景に次々と改革を断行、

さらに外国人排斥法の撤廃により再び始まった各国との通商により、猛烈な勢いでドルファンは復興しつつあった。

さらにこの通商の一環として、朱い月は軍事交流の名目で頻繁にドルファンを訪れていた。

俺たちが逢瀬を楽しめるのはこの短い期間だけだったが、プリシラはそれでも嬉しそうに微笑んでくれていた。

……だが残念ながら、俺のほうはここまでお預けを喰らって我慢できるような人間ではなかった。

そのために俺は、あるとんでもない作戦を思いつく。そしてそれ以降、ドルファンには顔を出していなかったのだ。

朱い月の軍団長として、俺は猛烈な勢いで各地を転戦し、目覚しい戦果を上げた。

そして折を見てスイーズランドの要人と接触し、俺の願いを叶えるための布石を打っていった。

今日はそれがようやく成就する日、朱い月のドルファンへの売却の日なのだ。

「ようこそドルファンへ、アサクラ将軍閣下。女王陛下がお待ちですので、どうぞこちらへ」

丁寧な口調とは裏腹に苦りきった表情で挨拶をするのは、ミラカリオ・メッセニ大将。救国の英雄として軍の総司令官にと強く推薦され、今では軍でもトップクラスの実力者だ。

「ご苦労。では案内を頼む」

一方の俺も、威厳たっぷりに返答し、メッセニの顔を見、一瞬にやりと笑ってやった。これも、3年前から俺たちの間での定番の挨拶だ。

「相変わらず仲が良いわね」

そんな俺たちのやり取りに苦笑しつつ、メッセニの後ろから顔を出したのはライズ。1年前まで、俺と共に各地の戦場を駆け抜けた最高の 相棒パートナーだ。

「スイーズランドに行かなくて、よかったのか」

1年前、すでに何度も繰り返した質問を、何の気なしに再び問うてみる。以前はその度ごとにはぐらかされていたのだが……

「そうね。私は貴方とよく似ているから……」

今度はそう言って、ライズは悪戯っぽく笑った。

1年前、ライズは唐突に朱い月を辞めた。そしてあろうことか、プリシラの近衛隊長の地位に納まってしまったのだ。

俺としては安心なのだが、逆に少し寂しくもあった。

「でも不思議ね。カタチの上では従姉妹ということもあるかもしれないけど、私、彼女のこと好きみたい」

その言葉に、俺はぎくりとしてライズを見る。すると当人は半眼でこちらを見やり、

「……何となく、貴方が考えていることが分かるわ。でもまあ、今のところは彼女をるつもりはないから安心ね?」

そう妙にいい笑顔で言い放ってくれた。それで何となく、彼女がこの1年どう過ごしてきたのかが理解できてしまった。

おそらく地のプリシラの相手を何度も務めたのだろう、性格的にもかなり汚染されているような気がする。

だが、変わっていたのはそれだけではなかった。いつも三つ編みにしていた髪は解かれ、漆黒のストレートが流れるように肩にかかっている。

さらに近衛隊用の特注の軍服。それだけで、もともと美人な彼女はよりいっそうその魅力に磨きがかかっていた。

「でもまあ、ブロンドの若く美しい女王と、常にそのそばに控える黒髪の流麗な剣士。絵になりすぎて俺は怖いが」

「そうですねぇ。確かにライズ様の人気も、一部で急上昇らしいですからねー」

そう言って会話に割り込んできたのはフィオナ。3週間ほど前から準備の為にドルファンに派遣していたのだ。

「やはりそうか。プリシラが悔しがってないか心配だな。で、首尾は?」

「全然問題ないですよ。アサクラ様も問題なし、ばっちりキメてらっしゃいますね!」

フィオナはそう言って俺を頭からつま先までしっかりチェックし、OKを出してくれた。なぜか妙に嬉しそうなのが気になるのだが……

「今日は俺が正式にドルファン軍の将軍として迎えられる式典なんだろう?だからスイーズランドの腕のいい仕立て屋に頼んで、最高の礼服を作らせたからな」

でもまあ、嬉しかったのでちょっと自慢してみる。

「さすがですね!これで私たちもやり易くなるもので……」

「ちょっとフィー……」

何か言いかけたフィオナを、かなりいいタイミングでライズが制する。この二人も師弟ということもあり抜群のコンビネーションだ。

「?……何かあるのか」

「特に何も。それよりできるなら急いで頂戴。あまり陛下を待たせたくないの」

あからさまに話題を逸らしたライズだが、彼女の気持ちが俺には痛いほど分かったのでそれ以上は何も言わなかった。

人を待っている間に、プリシラの怒りゲージはどんどん溜まり、基本的にそれは俺やライズといった信頼する人間に向けて発射される。

信頼してくれるのは嬉しいことだし、可愛いからいいのではあるが、さすがにマシンガンの如く喋られては精神的にけっこう疲れるものがある。

「東洋人、馬車の準備が完了した。来るがいい」

そうしているうちに今度は、フィオナの後ろからカルノーが姿を現した。セーラの病状が安定した後、カルノーは彼女と共にドルファンへと帰ってきていた。

今はピクシスの当主として、そしてドルファン軍のエリートとして過ごしている。

「カルノー、お疲れ様。でもいい加減その呼称は止めた方がいいと思うよ」

フィオナがたしなめる。この二人も少し前からどことなく仲がよさそうだ。

だがカルノーに、時たまプリシラをも超えるはっちゃけぶりを見せるフィオナの手綱を捌くことができるかは疑問だが。

「ふん、もう一度コイツの下で働かねばならぬと思うと気が滅入るだけさ」

随分失礼なことをほざいて、カルノーは俺を馬車まで連れてきた。早速乗り込む。

「今日は随分沿道に人が多いんだな」

しばらく走ったところで、俺はふとそう口にした。それに街が妙に沸き立っているように思える。

「かつての救国の英雄が、今度はドルファン軍に入るんですもの。みんな歓迎しているのよ」

一緒に乗り込んだライズがそう説明する。他の3人は別の馬車で俺たちの前後を走っていた。俺は少し照れ臭くなり、思わず下を向く。

だからだろう、馬車がドルファン城ではなく、なぜかシーエアー地区に向かっていたのに気が付かなかったのは。

「着いたわ」

ライズの声に、俺ははっとして目を覚ます。どうやら下を向いたときに少し眠ってしまったようだ。

「すまん、少し寝た」

言いながら俺は馬車を降りるが、そのとき目の前に広がっていた風景は、俺が考えていたものとは随分と違っていた。

まずここはどこだ。少なくともどうやらドルファン城ではないらしい。だが、見たことのある貴族たちが、それこそ全員正装をしてそこら辺を歩き回っている。

そんな彼らは、俺を見つけるや否や口々に「おめでとうございます」だの「これからこの国をよろしくお願いします」だのと言ってきた。

俺はこの事態を呑み込めずに例の4人に救いを求める視線を投げかけるが、

ライズとフィーはなんかすごくいい笑顔で、メッセニとカルノーは逆になんともいえない微妙な表情で、それぞれにそれを拒否していた。

「まあまあ、とにかく準備はできているんですから。あとはアサクラ様がこちらに来るだけです」

戸惑っている俺が哀れになったのか、フィオナが俺を引っ張っていく。

「ここは、教会……?」

しばらく歩いて見えてきた建物に、しかし俺は少し躊躇した。

ここは俺がミハイル・ぜールビス、通称血煙のぜールビスを打倒した場所である。あれ以来ここには全く足を運んでいなかったが……

だが今のこの風景はどうだ。なぜかそこかしこに装飾が施され、一種のパーティー会場のような雰囲気をかもし出している。

「さあ、中へ。今日は、貴方が主役よ」

続いてやってきたライズに背中を押され、俺は教会の扉を開けて……そのまま凍りついた。

「リョウ……」

祭壇の前、純白のドレスを身にまとった女性が、万感の思いをこめて、俺の名を呼ぶ。

ここに来て、さすがの俺にも理解できた。彼女がまとっているのは、まぎれもなくウェディングドレス。

その美しさに、その神々しさに、そして、湧き上がるどうしようもないほどの愛おしさに、俺は、俺の身体の器官全てが、その活動を停止したかに思えた。

後ろではライズたちが、それぞれの表情で祝福してくれているのだろう。

教会の中では、ドルファンでも名のある貴族、実業家、軍人などの面々が、既に着席してこちらを見ている。

後方には聖歌隊と思われる一団も見えたが……今の俺には、全てが飾りとしか見えなかった。

熱病にでも冒されたかのように、俺は1歩ずつ、バージンロードを歩いていく。

なぜか、普通逆だろうなんて突っ込む気にはなれなかった。ただ、目の前の女性しか見えていなかった。

俺は一言も発しない。黙って、しかし本当にゆっくりと彼女に近づいていく。その間に、一言だって喋ってなぞやるものか。

俺のこの言葉は、たった一つの言葉は、ただ彼女に捧げられるためだけに、その出番を待っているのだから。

……俺の脳裏には、初めて彼女に出会ったときのことが浮かんでいた。

もう9年も前になるのか、初めて会った彼女は、その当時から本当に天衣無縫な女だった。

それがこの国の姫だと知ったときには、現実の不条理と、これからのドルファンに頭を抱えたものだが、そのときから既に俺は、彼女から目が離せなくなっていたのか。

そして、彼女を選んだ俺が歩んだ道は、それこそ非常に長い茨の道だったと思う。

他の女を好きになれば、おそらくこんなにも苦労はしなかっただろう。現にここに辿り着くまでに、実に9年の歳月を要してしまった。

だが、俺はこの女性プリシラを選んだことを、露ほども後悔はしていない。なぜなら、

「おかえりなさい、リョウ……」

目の前でこうして、泣きそうで、それでいて心の底から嬉しそうな表情で微笑む彼女に対する愛おしさは、

俺がこの国を離れたあの日から、まったく色褪せてなどいないのだから。

だから俺も言おう。たった一つの言葉を。

そして誓おう。俺の全てを、俺を虜にしてくれた、このひとに捧げることを。

「ただいま、プリシラ……もう二度と、君を離さないから」

<了>

 


 

ようやく終了しました。処女作ということもあり荒っぽい作品となってしまいましたが、今まで読んでくださり本当にありがとうございました。

連載終了にあたり私個人の反省点としては、せっかくのキャラクターを描き切れなかった、ということがあります。

プリシラの奔放さと、女王としての気高さ。その二面性。かつての恋人を前にした、カルノーの揺れる心。

など、いずれも物語に厚みを持たせるためには、なくてはならない要素でした。

これらを描き切れなかったのは、ひとえに私の筆力不足と言えます。書きつつ修行の必要性を肌で感じる毎日でした。

ゲームが発売されてから既に6年。中古屋でたまたま手にとってから2年ほど。

私がハマッた時点で世間では既に過去のものでしたが、このゲームほど緻密な背景設定をしているギャルゲーはないでしょう。

だからこそこの「みつめてナイト」という作品は、これからも私の心に、名作として残るのだと思います。

最後になりましたが、このような拙い作品を掲載してくださった管理人様に、この場をお借りして心から感謝いたします。


 

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