その日、ソウシは手に白い花束を持ち、とある場所へと向かっていた。
その花の名前がなんなのか、ソウシは知らない。
ただ、今日という日に相応しそうな花束を、花屋の店先で適当に選んできただけなのだ。
その足取りはゆっくりとだが確かなものであり、口元はいつも以上に堅く、への字に結ばれている。
「あれ?ソウシさんじゃないですか」
「いよぉ、どうした、花束なんか持って?さては噂の女子高生達へのプレゼントか?
…ってお前、久しぶりに会ったってのに、まだそのリボン付けてたのかよ?」
道すがら、偶然ここしばらく会っていなかったカールとアルに出会う。
ソウシは夏中集中講義に出払っていたが、この二人は休暇を満喫していたため顔を合わせる機会がなかったのである。
「…この間、また新しいリボンをプレゼントされてな。付けていないと泣かれてしまうのだ」
もちろんロリィに、である。
まだ日も高い時間だが、二人はこれから酒場へでも行くところなのだろうか、一緒に行かないかとの誘いがかかるが、ソウシはそれを断った。
「今日は四十九日だからな、教官殿の墓参りだ」
「…教官のですか」
「何だよ、四十九日って?」
神妙な顔つきをするカール、対してアルはいつも通りだった。
「俺の国の風習でな、死者の魂は死んでからも四十九日の間地上にとどまるとされている。だから、その最後の日に墓に詣でて、死者を送るのだ」
再び歩き出すソウシの横に、カールが並んだ。
アルも、一つ首を振ってから二人の後ろをついていく。
「ご一緒します」
「いいのか?」
「ええ、酒ならこの後でも良いですから。ですよね、アルベルトさん?」
「ま、いいさ。墓参りをしてやる義理くらいはあるしな」
共同墓地。
そこにヤングは葬られている。
先の戦いで死んだ傭兵達もここに埋葬される。
もっとも、遺品が収められるだけの場合が多いのだが。
三人は無言でヤングの墓を目指す。
墓地の中は清潔に保たれ、厳粛な静寂に満たされている。
そして彼らも、死者の眠りを妨げないようにという思いからか、皆口をきこうとしない。
目指す墓はすぐに見つかったが、そこには先客が来ていた。
緑の髪を腰まで伸ばした二十代後半の整った顔立ちをした女性。
ソウシだけはその女性を知っていた。
ヤングの妻、クレア。彼は一度だけ街で彼女と出会ったことがあったのだった。
クレアは墓の前に跪き、目を閉じてじっと祈っている。
三人はその祈りの邪魔にならないように離れて立ち、クレアが立ち上がるのを待った。
そして、長い祈りが終わるとクレアは立ち上がり、後ろで待っていたソウシ達に気づくと、優雅な動作で頭を下げた。
「サガラさん、主人のお墓に? ありがとうございます、主人も喜びますわ…」
クレアはそっと微笑みを浮かべた。
「教官殿をお助けすることが出来ず、申し訳ありませんでした。あの時教官殿のことを頼まれていながら、自分が力不足だったばかりに…」
ソウシの言葉にクレアは意表をつかれた表情を浮かべたが、すぐにまた微笑んだ。
「ふふっ、そんなことを気になさらないで下さい。…相変わらず、生真面目ですね。ところで、後ろの方々も…」
「はい、カール・リヒターです。教官には大変お世話になりました…」
「アルベルト・エルランゲンです。ヤング教官は良い上官でした。あの人以上の上官には巡り会ったことがありません」
クレアの問いかけにカールが、そしてアルも彼にしては神妙に挨拶をする。
「…お二人の名前にも憶えがありますわ。あなた方三人のことを、主人はよく話題にしていました…」
そしてその間にソウシは墓の前に跪き、花束を供えるとしばし祈りを捧げた。
祈りを終えて立ち上がると、ソウシはおもむろに腰に差していた剣を外してクレアに差し出す。
「教官殿の剣です。あの時、教官殿から預かったままになっていました。お返しします」
「まあ…、一体どうして?」
「ああ、それはですね…」
クレアの疑問にはアルが答えた。
そしてその説明を聞いたクレアは、剣を差し出すソウシの手をそっと押し戻した。
「その剣は、貴方が持っていて下さい」
「しかしこれは教官殿の…」
なおも差し出すソウシに、クレアはそっと微笑んで答える。
「私の所に置いてしまい込んでおくより、貴方が持っている方が剣にとっても、そしてあの人にとっても良いことだと思います。
…その剣の銘は『グラム』です。大事に使ってあげて下さい。主人が、剣の師匠から授かった剣だそうですから。
何でも、古の英雄が悪龍退治に使った剣、だそうです」
「本当に良いんですか、クレアさん?」
カールが、それでもクレアに食い下がる。
だが、クレアはやはり微笑んでそっと頷いた。
「私も、本当はその剣を手元に置いておきたいと思います。ですが、いつまでもヤングの遺品を眺めてヤングの思い出にすがっていても、あの人は喜びません。
『過去よりも未来を見て生きろ』。それがあの人の口癖でしたから。
…今日ここに来たのも、その事をあの人に言いに来たからなんです。すぐには無理だけど、過去は思い出にして、未来を見ることにしました、って」
三人はクレアに何も言うことは出来なかった。
クレアが居る場所は、今の三人には近づくことも、理解することもできない場所だったから。
「…皆さん、私、働きに出ることにしたんです。サウスドルファン駅の北側にある小さな酒場で働いていますから、機会があったら是非いらして下さいね」
「…それも、『未来を見る』事なんでしょうか?」
カールがどこか辛そうな声でそう問いかける。
「ええ、その一つだと思っています」
「…わかりました。三人で是非、行かせてもらいます!」
「おいおい」
カールはクレアにそう言った。
アルが苦笑を浮かべているが、拒否の色は感じられない。
「ええ、是非。…それでは、私はそろそろ失礼しますね。今日からもうお仕事なんです」
それでは、とまた優雅に一礼して、クレアは静かに去っていった。
後に残ったのは、ソウシ達の三人のみ。
三人の間を風が吹き抜けていく、その風は、あくまで優しく、死者の眠る場所を通り過ぎて行った。
やがて、三人とも墓に祈りを捧げた後、無言のままだったアルが二人に誘いをかけた。
「それじゃ、早速クレアさんのいる酒場とやらへ行くとするか!」
「ええ、そうしましょう!」
「…そうだな」
三人は静かに墓場から出ていくと、今度は目的の酒場へと向かっていった。
次回:第四幕 出会いは嵐の予感
コメント
クレアさん再登場でした。
本編に絡めにくくなりそうなので、一足先にここで吹っ切ってもらいました。
まだまだですけどね。
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