『あれ?ソウシ、キミ、何書いてるの?』
ドルファン学園も夏休みが明けた九月のある日、朝から机に向かっているソウシの手元をピコが覗き込んでいる。
そのソウシは、ドルファンに来てから使っている羽根ペンではなく、なんと故国から持ち込んだ筆と墨で書き物をしていた。
「手紙だ」
『手紙?ははぁ〜ん、誰かにラブレター?ソフィアかな、それとも意表をついてロリィ?』
「どれも違う、故郷への便りだ。」
『…そっか、もうドルファンに来て半年近く経つんだもんね。今から手紙を出してもあっちに付くのは半年後だから、そろそろ出さなきゃみんな心配するもんね』
僅かに声のトーンを落とすピコ。
だが、彼女がソウシを見る目はいつになく優しい。
そしてソウシは、どうやら書き終えたらしい手紙を畳み、封筒に収める。
宛名書きは二つ、故郷の言葉と欧州の言葉で同じ物を書く。
「ああ。近況の報告と送金、それに刀の材料を送ってもらおうと思ってな」
突然妙なことを口にするソウシ、ピコはその予想外の言葉にきょとんとした顔をする。
『前の二つはわかるけど、なんで刀の材料なわけ?良い剣が欲しいんなら、ヤングさんの剣をもらったじゃない?』
「亡き教官殿の剣は良い剣だが、やはり刀とは勝手が違う。雑魚ならともかく、先だってのネクセラリアのような一流の敵を相手にするにはやはり剣では心もとない。
かといって今の刀では、板金鎧にはなまくらで歯が立たない。だから材料を送ってもらって、自分で刀を打つのだ」
『そんなこと出来るの?』
「まだ二十歳になる前に鍛冶屋で働いていたことがある。数打ちの刀なら打ったことがあるし、一通りのやり方は体で覚えた。問題ない」
そしてヤングから譲り受けた剣を腰に差し、手紙を片手に戸口へと向かうソウシ。
一応の身だしなみなのか、少し伸びた髪を片手で撫で付け、ロリィに事ある毎にプレゼントされているリボンを締め直す。
「…ピコには、向こうにいて欲しかったのだがな」
『何言ってんの、そうしたら君が一人きりになっちゃうじゃない♪
それに、思い違いしないでよ。あの娘は好きだけど、私はあくまで君のパートナーなんだからね?』
「そうだったな」
足を止めたソウシにピコが微笑む。
ソウシはピコの微笑みにほんの少し口元を歪めて(本人は微笑んだつもりらしい)改めて扉に向かった。
「では、行って来る」
『行ってらっしゃぁ〜い♪』
再び口元を堅くへの字に引き締め、ソウシは部屋を出た。
ピコはいつも通り部屋に残る。今日は天気がいいから後から中央公園にでも出掛けるのかもしれない。
そして部屋を出たソウシは、再開された養成所ではなく港の方角へを足を向けた。
夏の間の努力の甲斐あって、ソウシは通常の過程ではなく士官過程を受けている。出席は昼からで良いのだ。
その空いている時間で港へ向かい、故郷へと向かう船か商人を見付けて手紙を託すのだろう。
まだ強い日差しに目を細めながら、しっかりとした足取りでソウシは歩いて行った。
時間は昼を過ぎ、ソウシは養成所への道をひた走っていた。
この時代、国と国との間の遠距離郵便制度などはもちろん存在しない。だから手紙を送る場合は個人でその手紙を預ける相手を捜さねばならない。
また、ソウシのようにどこかに送金しようとするならば、余程信用できる人間に預ける他はない。
だが、ソウシはドルファンに来る前、欧州に貿易船を出している商人と知り合う機会があった。
ドルファンに来る際にもその商人の船を使ったのだが、どうやらソウシは彼に気に入られたらしく、故郷に便りを出すならば預かろう、という約束を取り付けていたのである。
さらに、貿易船を出す商人には、冒険的な、あまりまっとうでない博打打ちのような者も多いのだが、彼はその点信用のおける相手である、金を預けるのにも不安はない。
現在彼の船がドルファンに来ている時期であり、もう数日後には出航するはずだ、頼むならば急がなければならない。
だが、相手は色々と忙しく動き回っているのようで、見つけるまでが一苦労だった。
そんなわけで、思いのほか手続きに時間がかかり、ようやく用を終えたときには遅刻寸前だったのである。
更に間の悪いことに、駅馬車も昼時でほとんど走っておらず、こうして自分の足で走る羽目になってしまった。
ドルファン地区を抜けて養成所のあるフェンネル地区へはドルファン学園の前を通る、これが朝なら登校中の生徒で大層な人混みなのだが、今の時間ならその心配もない、ソウシは更に足を早め、学園の前を通り過ぎ、フェンネル地区を向かう曲がり角を曲がった。
「きゃっ!」
だがその時、曲がったとたんにソウシはそこをこちらに向かって歩いていた通行人を跳ね飛ばしてしまった。
声からして女性だったのだろう、体重差と勢いで為す術もなく跳ね飛ばされる…はずだった。
「(いかん!)」
だが、慌てるソウシの視線の先で、その相手の少女は体をひねって受け身をとり、腰から地面へと着地した。
「すまない、大丈夫だったか?」
少女にしては見事な体捌きが気になったが、とりあえず無事な様子に安堵を覚えつつ、ソウシは手を貸そうと近寄っていく。
だが、その少女は差し出された手を気にすることもなく立ち上がり、服に付いた汚れを払うと、ようやく顔を上げて彼を見た。
そしてソウシがようやく見ることが出来たその顔は、長い黒髪を三つ編みに束ねて横に垂らした、硬質の、表情は硬いがなかなか映える顔立ちをした少女だった。
そして、自分を観察するような、その紅い視線の少女らしからぬ鋭さに戸惑いつつも、ソウシはまず頭を下げた。
「申し訳ない、こちらの不注意だった」
「…気にすることはないわ、私も留学してきたばかりで周囲に気を取られてたから、不注意は同じよ」
少女はそう言うと、改めてソウシを見た。
そして腰の剣に目を留めると、おもむろにソウシに問いかけた。
「貴方、もしかして傭兵…?」
「その通りだが」
「やっぱりね…。そんな雰囲気だわ。剣を差していても、ドルファンの騎士はそんな雰囲気は出せない。貴方のような、どこか張りつめた雰囲気はね…」
呟くような少女の物言いに気を引かれたものの、自分が急いでいたことを思い出したソウシは、ひとまずこの場を離れることにした。
だが、これも騎士を目指し始めたためだろうか、その前に一言言っておくのは忘れない。
「自分はソウシ・サガラという。もし身体に異常があるようならば、養成所か宿舎を尋ねてくれ、相応のことはする」
「…そう、貴方があの…。あまり気にすることはないわ、大丈夫だから。
私の名はライズ・ハイマー。…そのうち、また会いましょう」
「そうか…?では、失礼する」
その少女、ライズのどこか謎めいた物言いが引っかかったが、ソウシはまた一礼すると養成所へと急いだ。
もう会うこともないだろうと思いながら。
だから、ソウシは自分の背中を見つめるライズの呟きは聞こえなかった。
「…あれがネクセラリアを倒した男、ね。こんなに早く出会えるとは思っていなかったわ」
そしてライズは、静かな足取りで周囲を観察しつつ、ドルファン学園へと向かって去っていった。
ソフィア、レズリー、ハンナの三人は、ドルファン学園高等部の一年に在籍している。
たまたま同じクラスだったことが縁となって、またソウシと知り合い、勉強会を開くようになったこともあり、かなり親しいつきあいをしていた。
同じクラスとは言え、人が集まればいくつかのグループが出来るのは当然である。
ソフィア達は、そんなグループの一つだった。
姉御肌のレズリー、明朗快活なハンナ、面倒見の良いソフィアの三人が集まったこのグループは、自然と周りに人が集まるグループでもある。
おまけに三人が三人とも水準以上の美少女であったため、女子のみならず男子もその周りに何かと理由を付けて集まってくる。
いつも人に囲まれているその三人を、彼女、ライズは数日前から観察していた。
そのきっかけはごくごく些細なことだった。漏れ聞こえてきた彼女たちの会話に、『ソウシ』という名前が出てきたからである。
話の内容からするに、彼女たちは相当『ソウシ』と親しいらしく、その上、定期的に会っているらしいのだ。
いくつかの目的を持ってドルファンに留学してきたライズだったが、その東洋人の傭兵、ソウシ・サガラと接触することは優先順位の高い目的の一つである。
ライズは、機会を探って彼女たちの線から接触することを決めた。
それは彼女にとって至極簡単なことだった。まだドルファンに不慣れな留学生という態度をとっていれば、三人の内の一人、ソフィアと必然的に接触する機会が増える。
そしてそこから三人のグループに入り込み、早くクラスに溶け込もうと努力する転校生を演じる。
ライズがソフィア達とうち解けるまで、そう時間はかからなかった。
「…あなた達の言うサガラという傭兵には、前に会ったことがあるわ」
「え?どこで会ったの?ライズはまだこっちに来たばっかりだよね?」
ハンナが不思議そうな顔で尋ねる。
「初めて学園に来る途中で、お互いに急いでいたせいでぶつかってしまったの」
「ふぅん、それも何かの縁かもな」
「…彼、傭兵でしょう?あなた達、そんなに親しく付き合って大丈夫なの?傭兵には犯罪者と変わらないような人も多いというけど」
ライズがレズリーに問いかけた、が、それに答えたのはソフィアだった。
「そんなことはありません!確かに、外国人の傭兵の人が起こす事件は増えましたけど、ソウシさんはそんな人達とは違います!」
「そうだよ?ソフィアも、ボクも、レズリーも、それにここにはいないけどロリィっていう娘もみんなソウシに助けてもらったんだ」
「あいつはあたし以上に愛想のない奴だけど、よくいる犯罪者崩れじゃないよ。騎士団の連中よりよっぽど騎士らしいね」
「そうなの…?」
ライズは三人の話を聞きながら作り上げたソウシという人間の人物像に興味を持った。
ソフィア達のような女子高生に話を聞いた限りでは、そしてソフィア達の様子を見た限りでは、恋愛感情を持たせるでもなく金品をばらまいたのでもなく、純粋に好意を抱かせるような男というのが想像し難かったのだ。
無論、同年代の友人ならば不思議ではない。それが年の離れた、しかも傭兵という正道とは無縁の男だというのが意外だった。
「(…やはり、接触してみようかしら…?)」
「それにソウシさん、今度昇進して傭兵隊の隊長になったから、何かあったら来るように、って言ってたし…」
「第二次徴募で新しく入った連中は管轄外だから無理だけど、自分の隊の傭兵には軍規を徹底させるって気合い入れてたしね〜」
「この間、あたしのバイト先で喧嘩した奴も、次の日にソウシがそいつを連れて謝りに来たよ?」
「………」
本来ならば苦労して収集するはずの情報が、この三人と会話しているだけでどんどん手に入る。
ライズとしては有り難いことなのだが、こんな一般人に軍のことをペラペラ話すとは。
「(…何を考えてるの?傭兵なら情報漏れには気を遣うでしょうに…)」
とにかく、この段階では大したことは出来ない。やはりライズは直接ソウシと接触することを考えた。
「…サガラという人、随分といい人みたいね?流石はイリハの英雄といったところかしら」
「あれ?ライズってば、その事知ってるんだ?」
「ええ、東洋人の傭兵の噂を小耳に挟んだことがあったから。ヴァルファの八騎将を倒した、って。名前まではわからなかったけど…」
「そーなんだよねー。普段ソフィアに勉強教わってるところからは想像も付かないんだけど」
くすくすと笑うハンナとレズリー。ソフィアも、
「みんな、笑っちゃかわいそうよ。ソウシさんも慣れない勉強を頑張ってるんだから」
といいつつも口元には笑みが浮かんでいる。
そんな様子に、ライズもつい微かに笑ってしまう、ソフィアに何事か教わっているソウシの様子を思い浮かべてしまったのだ。
「ふふ…、一度、ゆっくり会ってみたいわね?その彼に」
「それなら、あんたも今度の勉強会に来るかい?確実に会えるよ」
「お邪魔していいの?」
「もちろんさ。ロリィも嫌がりはしないだろうしね。ソフィアもハンナもいいだろ?」
「ええ」
「ボクもいいよ。ライズは頭良さそうだし、教えてもらえる人が増えるともっと楽になるしね」
(…楽なものね)
明るく笑う三人を余所に、ライズは一人ほくそ笑んでいた。
その数日後の土曜日の午後、ライズはソフィア達に連れられてロリィの自宅へと向かっていた。
ロリィの家はかなりの資産家である。フェンネル地区の自宅は手入れの行き届いた、華美ではないが広壮な屋敷だった。
レズリーがその扉に備え付けられた呼び鈴を鳴らすと、元気な返事と共に扉が開けられる。
「いらっしゃい、お姉ちゃん達!お兄ちゃんもう来てるよ!」
「そっか、あいつ、今日は早いな?そうそう、こっちがこの間話した留学生のライズ。今日から勉強会に参加することになったからな」
「よろしく」
「うん!よろしくね、ライズお姉ちゃん!」
レズリーに紹介されて、表情を変えずに挨拶するライズ。
その彼女に、ロリィはいつも通り物怖じしない態度で元気いっぱいに挨拶する。
「お姉ちゃん」と呼ばれたことが意外だったのか、ライズは呆けた表情を浮かべてしまったが、ロリィは全く気にせず先に立って一同を案内する。
「今日は、天気がいいし、風が気持ちいいからベランダでお勉強しよーね!」
一度振り返ってそう言うと、ロリィはまたどんどんと早足で歩いていく。
だが、それでも物腰に下品なところはなく、幼いながらも作法を身につけているところを伺わせる。
「元気な娘ね…」
「ええ、明るくて良い娘なんですよ、ロリィちゃんって。ソウシさんともすぐに仲良くなったんです」
ぽつりと漏らしたライズの呟きにソフィアが答えた。
彼女は微笑ましそうにロリィを見ている。
「サガラという傭兵、子供の扱いも上手いのかしら?」
「クスッ、子供なんて言ったら、ロリィちゃんが怒りますよ?あの娘、もう十三歳なんですから」
「(…めああ子供っぽいと、とてもそうは見えないわね)」
口に出さずにそう呟くと、ライズはまたロリィの後ろ姿を見た。
もう随分と先に行っている彼女は、やがて一つの扉を開けてその中に入って行く。
「ここだよ!…お兄ちゃん、お姉ちゃん達が来たよ!それで、今日からは新しいお友達の人が一緒にお勉強するんだって!」
「そうなのか?」
扉の向こうから落ち着いた男性の声が聞こえてくる、それは、ソフィア達にとっては聞き慣れた声であり、ライズにも聞き覚えのある、ソウシの声だった。
「やあ、ソウシ、今日は早いんだな?」
「や、こんにちは!」
「こんにちは、ソウシさん」
レズリー達が部屋に入り際に明るく声をかける。
それに答えて、ソウシも今まで座っていた部屋のソファーから立ち上がり、一人一人に挨拶を返している。
「みんなも元気そうで何よりだ…。む?君は、ライズ・ハイマーと言ったか?君が今日から加わるという娘だったのか?」
「…一度会っただけなのに、思えていてくれたとは光栄だわ」
「一度見た顔と名前は忘れない特技があってな。しかし、また会えるとは思わなかった」
「前に私が言ったとおりになったわね?」
一瞬驚いたようだったが、すぐに平然として会話するソウシ、そしてまともに会話するのはほとんど初めてのはずなのに落ち着いた様子でソウシと会話するライズ。
レズリー、ハンナ、ソフィアの三人はそれぞれの表情でどこか妙な二人の会話を横で聞いていた。
しかし、そこにベランダのテーブルからロリィの声が掛かる。
「ねー、早くはじめようよー!」
「ん、ああ、そうだな」
「そうね、ごめんなさい、今行くわ」
そう言うと、二人は揃って振り返ってベランダへと出て行く。
「(…どこか似てるわね、この二人)」
そしてその後を、ふとそんなことを考えたソフィアと、レズリーとハンナが追いかけた。
その日の勉強会は、今までの中心だったソフィアに加えて、ライズも中心になって進められた。
あらゆる事を一通り異常に叩き込まれて育ったライズには、ドルファン学園レベルの勉強はそれほど問題にはならない。
だが、他の三人にとってはそのレベルの問題は充分に困難な課題のようであり、頭を抱える三人にソフィアとライズが手分けをして解説して回ったのである。
そして、その席でライズは幾つかそれまでの印象を修正することになった。
まず、直接の彼女の目的には関係がないが、ロリィについてである。
その言動と行動から幼く見えた彼女だったが、彼女の知能は低くはない、それどころか明らかに高い。
頭の回転が速く観察力もある、自分の中等部の課題をさっさとこなし、高等部の課題を興味深げに聞き入っている。
もっとも、そうした能力を主にソウシとの会話をするために使っているのにはライズの苦笑を誘ったが。
そして次はソウシである。
ソフィア達が軍の、それほど重要でもないが一般人には普通知らされることもない情報を知っていたことから、口の軽い人物かと思っていたが、実際はそうではなく、寡黙といっても良い人物だった。
しかし、それ以上にロリィが聞き上手だったのである。
彼女はソウシ自身のことについて根ほり葉ほり聞きたがり、ソウシもたいていの質問には邪険にせずに答えようとするため、ちょっとした軍の情報をも話すことになってしまっていたのである。
「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは今度の王女様の誕生日の祝日ってお休みなの?」
休憩時間に、紅茶のカップを両手で包み込んでいたロリィが突然尋ねてきた。
「その日か?一応休日ではあるのだが、俺は…」
「お休みなら、みんなでお芝居に行かない?お母様が切符をくれたの!『ロメオとジュリエッタ』の切符!」
「わあ、素敵!本当に良いの、ロリィちゃん?」
「うん!みんなで行った方が楽しいもん!」
芝居好きで、本人が一度漏らしたことだが役者志望のソフィアが真っ先に賛成する。
レズリーとハンナも反対はないようだ、だが、ソウシとライズは違った。
「私は…」
「すまないが、俺は休日なのだがプリシラ王女の誕生パーティーに招待されているのだ。行きたかったわけではないが、招待された以上、すっぽかすわけにはいかないからな。
俺の代わりにライズを誘ってやればいい、切符もそれで多分丁度なのではないか?」
断ろうとしたライズを、意図的にか偶然にか遮ってソウシが言う。
「あ…そうだ、ライズお姉ちゃんの分、無いんだった。
でもお兄ちゃんすごいね!プリシラ王女様の誕生パーティーって、よっぽどの人しか招待されないんじゃなかった?」
「ええ。貴族か騎士、それも永代騎士(世襲の騎士)でなければ資格はないはずよ。…傭兵隊の隊長って、そんなに待遇がいいの?」
ライズの疑問には、一般人には知り得ない情報を彼女が知っていると言うことを表している。
しかも彼女は留学生である。普通ならば偶然にもそれを知りうる立場にはない。
しかし、ソウシはこのパーティーに招待されることがドルファンでどういう意味を持つかをまだ知らず、ロリィ達はソウシが招待されたと言うことに興奮してしまって、ライズの発言に含まれた不自然さには気づかなかった。
「少なくとも重宝はされているが、嫌われてもいる。自分たちの手柄を横取りする奴らだ、とな。給料は良いが居心地が良いとは言えないな」
「それじゃあさ、イリハ会戦で大手柄を立てたから、じゃないの?ヴァルファの八騎将って言えば、ボク達も知ってるくらい有名な騎士だもん。そのご褒美にパーティーに呼んでくれた、とかさ」
「その意見が一番妥当だな」
ハンナの意見でその場は一応の結論を見た。
しかし、ライズは盛り上がっている彼を見ながら一人考えていた。
プリシラ王女(彼女はライズの『目的』の一人でもある)の誕生パーティーにまで招待されるとは、このサガラという傭兵には一体何があるのだろうか?
王女誕生日、その日はドルファンの祝日でもある。
国民達はプリシラ王女の誕生日を祝い、城からの振舞酒を飲んでまた祭りを盛り上げる。
そして、城の中では選ばれたごく一部の人間達が優雅なパーティ−を楽しんでいる。
この華やかな場で、ソウシは自分が強烈な違和感を放っていることを自覚していた。
貴族達と、またこの場にいるような騎士達と、傭兵である自分は根本的に匂いが違う、談笑の輪に溶け込むことなど出来はしない。
それ故、会場に入っても彼は壁際で一人たたずんでいたのだが、そんな彼を侍女の一人が別室へと連れだした。
メッセニ中佐の呼び出しと言うことで彼は大人しく付いていったのだが、そこに待っていたのはメッセニ中佐だけではなく、豪奢な金髪の上に王族のティアラを飾り、ドレスに身を包んだ、今日初めて目にするはずのプリシラ王女の姿があった。
しかし、その王女の顔は、彼の記憶にある少女の物だった。夏のある日突然目の前に現れ、そのまま一日中引っ張り回された名も知らない少女。
「…久しぶりですね、サガラ少尉。私のことを、覚えていますか?」
「はい、よく覚えています。…まさか王女様だとは思いもしませんでしたが」
型どおりの優雅な仕草で語りかけてきたプリシラ王女だったが、そのソウシの答えを聞くと、被っていた仮面を取り去ったようにがらりと表情が変わった。
あの日に出会った、快活な少女の顔に。
「よかった!覚えててくれたのね!貴方にはまた会ってみたいと思ってたんだけど、なかなか機会がなくって!それでね、今日のパーティーは、丁度いい機会だから貴方を呼んだのよ!」
「ぅおっほん!」
「あ、あら…、おほほほほ、私としたことが…」
メッセニ中佐の咳払いで我に返ったのだろう、はしゃいでいたプリシラ王女はまた表情を取り繕うと誤魔化すように微笑んだ。
その前に、こっそりとメッセニに向かって、見えないように舌を出すのを忘れなかったようだが。
「と、とにかく、サガラ。今日は私の誕生パーティー、どうかゆっくり楽しんで下さい」
「はっ…」
「では、私は後から参りますので…」
奥の間へと戻っていくプリシラ王女を、ソウシは頭を下げて見送った。
「東洋人…」
「はっ、中佐殿」
「つまらん問題を起こしたら、即刻軍法会議だからな。心しておけよ。…もっとも、貴様ではその心配もないだろうがな」
「は…?」
続いてメッセニがソウシに釘を差してから、プリシラの後を追う。
そしてその場には、メッセニの言葉の意味を考え込むソウシだけが残されたのだった。
…王女直々にパーティーに招待されたという理由で、ソウシはこの日を境に社交界でも一応注目されることとなった。
だがその後、それと引き替えのように、以後事ある毎にプリシラ王女に振り回されることになることを、ソウシはまだ知らない。
次回:第五幕 少女は冬空に踊る
コメント
やっと出せました。作者一押しの(笑)ライズ・ハイマー。
これを読んでいる皆さんの大多数がライズのシナリオをご存知でしょうが…、あー書くのが難しい(苦笑)
エヴァ系SSで某綾波嬢を書いている人達の苦労がわかる気がします。
その一方でプリシラの書きやすいこと書きやすいこと(笑)
とにかく、もう少し上手く書けるようになりたいですね。
それでは今日のキャラ紹介。
ライズ・ハイマー 15歳 女 B型
スィーズランドからの留学生。硬質な容貌を持つ美少女。
一説には「みつめてナイト」の「裏の」「影の」「真の」ヒロインとか何とか…(笑)
とにかく、本筋に絡みまくってくれるでしょう。これからに期待。
プリシラ・ドルファン 16歳 女 O型
やっと堂々と登場してくれました。ドルファンのおてんば姫様。
初登場時同様、勝手に喋ってくれるので楽です。
プリシラは作者の気に入ってるキャラの一人でもありますが、何より動かし易いキャラなので(笑)結構活躍してくれるんじゃないでしょうか。
ミラカリオ・メッセニ 45歳 男 A型
ゲームでは外国人にあまり良い感情を抱いていない固そーなおっさん…。
根本的にそれは変わりませんが、この話の主人公のソウシ君もかなりの堅物なので気は合いそうです(笑)
これから先も活躍…するのか?(笑)
それではこの辺で。
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