幕間其の四 Here Comes a New Charactor!


 ドルファンの夏はからりと晴れた日が続く。雨が少なく乾燥した季節ではあるが、上下水道が整備されたドルファン首都城塞内では水不足に悩ませられるということも少ない。

 ソウシはこの故郷と比べて過ごしやすい夏を歓迎していたのだが、今年も去年と同様にのんびりすることはかなわなかった。ダナン攻防戦以後、ますます素行が悪化の一途を辿る第二中隊と、それを取り締まろうとする第一中隊の衝突の後始末が増えたためである。第二中隊隊長のゴステロに再三抗議しているのだが一向に効果は上がらず、傭兵隊監督官のエンリケも『隊同士のもめ事はそちらで解決せよ』と全く取り合おうとせず、自然とソウシの仕事が増えるのである。

 また、たまの休日も夏休みに入ったロリィ達、及び城を抜け出す頻度が増えたプリシラに連れ出され、ゆっくり休むこともできなかったのであった。

 昨日も海水浴に連れて行かれ、一日中ソフィア達と、それに群がるナンパ男の相手に明け暮れ、今日はすっかりベッドの上でへたりこんでいるソウシであった。顔を枕に埋めているのでその表情は判然としないが、程良く日焼けした手足は脱力しきって投げ出され、常の緊張感は微塵も感じられない。部屋の中にはピコの姿もなく、彼はようやく訪れた平穏な一日を急用に当てることが出来たようであった。

 しかし、その平穏は日が南の空に達する前に破られた。このところ朝から外出していることの多かったピコが、けたたましい声と共に開け放した窓から帰ってきたのである。

『ソウシーっ、ほら起きて起きて! 船が来たよぉっ!』

 ピコは何の遠慮もせずに寝ているソウシの頭に飛び降りると、そこを足場に飛び跳ねた。ピコが着地する度に彼の頭は枕に埋まり、数度繰り返す内に、枕の下から呻き声が漏れ始めた。

「……なぜ船が来ただけで起こされねばならんのだ?」

『君の故郷から来た船だからだよっ!』

「別に珍しくもないだろうが……」

『もう! 君が頼んだ荷物を積んでるはずの船だよ! ほらほら着替えて! 新しい刀の材料、取りに行かなきゃ!』

 ピコは顔を赤くして、か細い腕でソウシの太い腕を引っ張る。ベッドに転がっていたい誘惑に屈しそうな彼だったが、頼んでいた物が来たとなれば話は別だ。ダナン攻防戦で折れた「グラム」を修理するためにも、それは必要なのだから。

 眠気を無視して起きあがり、手早く身支度をして出かけようとクローゼットに向かう。だが、いつも外出着に使っている少々くたびれた服を手に取ったところで、ピコがその手をはたいた。

『ダメダメ! もっとちゃんとした服を着る!』

「……何故だ? 荷物を受け取りに行くだけではないか」

『いいから!』

 そう言うなりピコは自分でクローゼットに入り込み、次々と服を取り出してくる。彼女がよこしたものは、曰く、『デートの時のために』と揃えさせられた、いわゆる一張羅であった。

「……だから何故、港に行くだけでこれを着なければならないのだ?」

 心底不思議そうな表情を浮かべるソウシ。但し、つきあいの浅い人間には僅かに顔をしかめているようにしか見えないだろうが。むっつりといつものへの字に引き締められた口元が、微かに歪められている。これを見分けられるのは、今目の前にいるピコと、だいぶつきあいも長くなったソフィア達、傭兵隊のごく一部、そして故郷の身内達だけだろう。

 とにかくも納得してはいないようだが、大人しくピコが選んだ服を着る。服にはこだわりが無い分、反対する理由がなければ素直なソウシだった。そして数分後、一張羅に身を包んだ、どこから見ても隙のない精悍な青年が傭兵隊の兵舎から港に向かっていった。
 

 

「ふう……、疲れたな……」

 夏期休暇の一日、太陽が南の空へと移動した頃、ソフィア・ロベリンゲはシーエアーの漁港でのアルバイトを追え、帰宅しようとしていた。年中酒を飲んではふらふらとして、ろくに働こうとしない父親に変わって一家を支えるため、ソフィアは払いの良いこの漁港でのアルバイトによく顔を出していた。今日は早朝からの水揚げ作業と、その水揚げした魚を市場に並べる作業に加わり早朝から働いていたため、眠い目を擦りながらの帰宅であった。

 昨日ソウシを誘って、仲の良い友人のレズリー、ハンナ、ロリィと共に(ライズは都合が付かない、と誘いを断った)海水浴場で一日中遊んでいたはずだが、真面目な彼女は今日もここでのバイトにやってきていたのだった。

 しかし、いくら慣れているとは言え、少女のみに漁港での労働は厳しいものがあった。今日はゆっくり休もう、と寄り道など考えつくこともなく家路を辿る彼女だったが、その時、視界の端に見知った姿が現れた。彼女もまれにしか見たことのない、嫌みにならない程度に上等な彼にしてはセンスのいい服装をしているが、むっつりとした表情とへの字に引き締められた口元、そしてまた少々伸びた一房の後ろ髪をまとめている空色のリボンは、間違いなく彼のものだった。

 東洋からはるばるドルファンにやってきた傭兵、ソウシ・サガラ。彼は、その戦功と荒くれ者の傭兵隊を規律正しい集団に買えた活躍から、気の早い人々に『ヴァルファとの戦いが終われば騎士叙勲されるだろう』と囁かれている。そしてその彼と、ソフィアは昨年から親しく付き合ってきた。大貴族のエリータス気の三男坊と婚約済み、という事情から、男性とはあまりつきあいのない彼女だったが、彼は別だった。この一年のつきあいの深さは、同じドルファン学園の男子生徒達より遙かに深い。

「(どうしようかしら……?)」

 声をかけようとして、ソフィアは思いとどまった。今の自分は仕事帰りで疲れたひどい顔をしているだろうし、服は色気の全くない、丈夫なだけが取り柄の代物、しかも魚市場で働いていた生で魚の匂いが映ってしまっている。ソウシがそんなことを気にする性格ではないということを、その朴念仁ぶりと共にこの一年間でソフィアは理解していた。しかしそこは年頃の少女のこと、気恥ずかしさが上回り、この場で声をかけることは渋々諦める。どうせここで話し込まずとも、また数日中にはロリィに引っぱり出されて遊びに行くことになるのだから、そう自分に言い聞かせて、ソフィアは彼の後ろ姿を眺めるだけに留めた、次に会うときには、もう少しお洒落をしようか、などと考えながら自宅に帰ろうと身を翻す。

 ところが、最後に見たソウシの姿がソフィアの足を止めた。彼は、波止場の桟橋の向こうを見つめて立っていた。その先には、先程港に入ってきたばかりの東洋からの定期船が止まっている。既にタラップは下ろされ、乗客達の下船が始まっているのだが、その降りてくる乗客達の中に周囲の目を引く少女の姿があった。

 遠目から見ていたソフィアにはその顔まではわからなかったが、小柄な姿から自分とそう変わらない年齢だと思えた。しかし、その濡れたように艶やかな黒い髪は明らかに東洋人の特徴であり、何より少女の身につけている奇妙な服装が周囲の目を引いていた。

 ソフィアが見ている前で、その少女は真っ直ぐにソウシの元へと小走りに駆け寄って目の前で立ち止まり、二言三言と言葉を交わす。そして少女は、彼の胸にすがりつくように、真っ直ぐに飛び込んだ。ソウシもその少女の体を柔らかく受け止め、優しくあやすように抱きしめる。

「……!?」

 その光景に、ソフィアは自分でも不思議なことに、少なからぬ衝撃を受けていた。自分の知り合いの青年と、自分の知らない少女が抱き合っている、その姿に微かな嫉妬を覚えたのである。ソフィアはソウシが自分にとって『特別な異性だ』とはっきりと意識したことは、多分、無い。しかし、春先の父ロバートと彼が衝突した一件以来、彼女は彼をレズリー達と同じ、『特別な友人』と思っていた。……それが、非常に曖昧で不安定な定義だとも気付かずに。

 そして衝撃から立ち直った彼女が気付いたときには、二人は並んで波止場から去って行くところだった。いつ荷物を受け取ったのか、ソウシは大きな荷物を背負い、少女は小さな手荷物を下げて歩いていく。ソフィアはただそれを見送ると、足早にその場から立ち去った。

「あの娘、一体誰……? ソウシさんの、何…なの……?」

 自分がそう呟いていたことに、ソフィアは気付いていなかった。
 

 

「……しかし、お前が来るとは思っていなかったぞ。……久しぶりだな、咲(さき)」

『ね、ちゃんと良い服を着ていって正解だったでしょう? 久しぶりの兄妹の再会だもん、それに相応しい服を着なくちゃね♪』

 ソウシの故郷の言葉、久しぶりに使うので最初こそぎこちなかったが、二言三言とかわす間に語彙を全て思い出していた。彼の肩の上では、ピコが自慢げに胸を張っている。彼女は、どういう手段を使ったのか、全てを知った上でソウシにこの格好をさせたらしい。

「ええ、お久しぶりです。……ピコさんも、お久しぶりです。お気遣いいただいて、ありがとうございました」

 シーエアー地区から馬車でドルファン地区へ、そしてドルファン地区でそこそこの宿の一室を押さえ、ソウシは東洋からはるばるやってきた少女と向かい合っていた。テーブルを挟んで向かい合い、二人と一人はひとしきり再会を喜び合う。だがそれは、どこか奇妙な光景だった。少女は、ソウシ以外の誰にも見えないはずの彼の相棒ピコの姿を見て会話しているのである。どうやら、少女にとってピコは見えない存在ではなく、非常に親しい家族のようである。

「わたしもお手紙を預けるだけのつもりだったのですが……。これ以上親方さんの所にやっかいになっていられない事情が出来ましたので、来てしまったのです。……兄さま、わたし、迷惑でしたか?」

 少女は暖かな桜色の小袖にえんじ色の袴を身に纏い、艶やかな黒髪をショートボブに切りそろえ、後ろ髪を一房だけソウシと同様に長く伸ばして飾り紐で結んでいる。少々つり目がちだが、穏やかな目の光は無邪気な小動物を連想させる。「絶世の」というわけではないが、将来が楽しみな顔立ちをしている。ぱっと見にはまったく想像も付かないが、この少女はソウシのただ一人の肉親である妹の咲、相良咲であった。

『迷惑だなんて、そーんなわけないじゃない! ソウシだって、ずっと咲ちゃんのこと心配してたんだから』

「余計なことは言わなくていいぞ、ピコ」

 咲とピコは微笑みを浮かべながらソウシを見つめている。照れくさかったのか、口元を歪めて彼は二人を制した。それも僅かな間のことで、次に口を開いたときにはもういつもの無愛想な表情に戻っていた。

「しかし……、事情だと? 一体何があったのだ? もしや、山で何か……」

「いえ、そうではありませんわ」

『……何があったの?』

 彼女は彼の故郷の知人、とある鉄鉱山の支配役、通称「榊(さかき)の親方」の元に預けられているはずだった。その親方は、彼らの父の代からの付き合いであり、家族を失ったソウシ達兄妹が身を寄せ、彼が傭兵となるまで養ってもらっていた人物でもある。咲がそこにいられなくなったということは、親方か、山に何かあったということだとソウシは想像したのだが。

「実は、お山の視察に見えられた領主様の縁者の方が、わたしを妾として引き取りたい、と申されまして」

 ソウシの目に、一瞬殺気が宿る。

「……許さん」

 ちなみに、彼女は現在十三歳である。彼らの故郷ではこの年齢で嫁ぐこともそう珍しいことではないが、彼が常に気にかけていた、たった一人の妹が見たこともない男の、それも妾にされかけたということは腹に据えかねることなのだろう。

『くすくす……』

 ソウシの様子に、ピコが思わず苦笑を漏らす。

「ええ、兄さまならそう仰るかと思いまして……」

 柔らかく微笑む咲。その表情からは、とてもこの少女が愛想を親の胎内に置き忘れたようなソウシの妹とは思えない。

「当然だ」

「親方さんに相談したのですが、そうしたら、『これをヤツに届けてやってくれ』と、兄さまに頼まれていた鋼を渡されたのです。旅費は、今まで兄さまが送ってこられたお金で十分足りましたから……結局、逃げてきてしまいました」

「……」

『……大した娘だね、君……』

 あっけらかんとした物言いだが、その内容は十三歳の少女があっさりと成し遂げるようなことではない。ピコは呆然とした口調で呟いた。咲の空恐ろしいまでの行動力と決断力は、間違いなく彼女がソウシの妹だ、という証だろう。さすがの彼も呆気にとられたのか、しばし無言で彼女の入れた茶――彼女が故郷から持ってきたらしい――を啜っていたのだが、カップの中が空になると、思い切ったようにため息を付いた。

「……そういう事情ならば仕方がない。お前も、しばらくは帰るわけにもいくまいな」

「ええ。ですから、兄さまのお世話をしながらこちらで暮らそうかと……。だめですか?」

 問いかけの形は取っているが、咲は断られるとは微塵も考えていなかった。そしてその予想通り、ソウシはいつもの無愛想な顔に一段と気難しげな表情を浮かべながらも、一つ頷いて彼女を受け入れた。

「仕方がないな。だが……」

『どーするの? 兵舎じゃちょっと、ねえ……』

 ピコに言われるまでもなかった。一人部屋には咲を住まわせる余地はなく、また自分の教育が行き届いてきたとは言っても、むさ苦しい男所帯の兵舎に彼女を近づける気はなかった。

「咲、お前、ルーマン語は覚えてきたか?」

「はい。『こちらに渡る手引きをしていただいた井筒屋さんという方に、船の中で日常会話程度は教わりました』」

 一旦言葉を切ると、咲はその後をルーマン語で続けて言ってみせた。馬鹿丁寧なところがあるが、日常生活程度どころか、完璧なルーマン語である。

「……これなら問題はないな。よし、お前はしばらく宿屋住まいを続けてくれ。近い内に二人で入れる適当な部屋を見付ける」

「はい、しばらくここでお待ちします。二人で過ごしたのは二年前が最後ですから……、楽しみです」

『よかったねぇ、咲ちゃん』

「ピコさんも、以前のようにまたよろしくお願いしますね」

「……」

 少女達?は親しげな笑みを交わし合う。三人の間に流れる柔らかい空気は、紛れもなく心を許し合った「家族」の間のそれだった。ソウシもまた、以前と比較して浮かべることの多くなった、柔らかい表情を浮かべて二人を眺めている。

 だがその表情の奥、家族との再会を喜ぶ心の片隅で、ソウシはもう一つのことを考えていた。

「(……これで、グラムも蘇る……)」

 彼の目は、咲の携えてきた荷物、正確に言えば、その中に収められているはずの鋼、に向けられていた。不器用だが妹思いの兄、それと同時に、彼は「傭兵」なのだった。
 

 

 カミツレ地区の一角に、奇妙な植物が生い茂る一帯がある。まともな感性を持った人間なら近づくことすら躊躇しそうなその森を、深い緑に染め上げられたローブを纏った人影が俯きがちな姿勢で歩いている。頭までフードですっぽりと覆った小柄なその人影は、不自然に張り出した木の根や、明らかに異常体とわかる草花を気にした様子もなく、通い慣れた道を通るがごとく歩いている。

 一般人から「魔女の森」と呼ばれるその一角には、一人の女性が住み着いていた。その女性の名はメネシス。一般人にはその名はほとんど知られていないが、ドルファンにはほとんど存在しない、そして全欧州でも指折りの科学者である。今森の中を歩いて彼女の住処――通称、メネシス・ラボ――へ向かう人影こそが、そのメネシス当人である。

「はあ、全く……。いっくら条件がいいからって、炉を貸したのは失敗だったかねぇ……? 喧しくってこっちの研究が進みやしない」

 よく見れば彼女は、途切れることなく何事か呟き続けている。どうやら不機嫌の原因は、普段は静かなその一角にここ数日響き続けている、金属同士をぶつけ合うような鋭い音のようだった。その音をよく知る者なら、即座にそれが何の音だか言い当てただろう。剣を鍛える鎚の音に似ている、と。

「ま、傭兵隊の隊長さんだけあって金払いはいいし、良い金属標本は貰えたし、もう少しだけ我慢してやるかね」

 諦めたようにそう言うと、メネシスは一息つくように立ち止まる。顔を上げた拍子に顔を隠していたフードがはだけ、眼鏡をつけた顔が明らかになる。大きな度の強い眼鏡のために表情はよくわからないが、口元が微妙に引きつっている。……どうやら本人は苦笑しているつもりらしい。

 そして彼女は再びフードを被り直すと、半日ほど所用で空けていた彼女のラボへと戻っていった。近づくにつれて木々の間から徐々に姿を現して来るその建物の裏手からは一筋の煙とが立ち上っており、その下から二つの鎚の音が辺りに響きわたっていた。
  

「……完成だ」

「ふう……」

「よーやくかい……。しかし、これはまた……」

 メネシス・ラボの裏手、そこにあるメネシス特製の炉の前で、ソウシと彼が頼み込んで引っ張ってきた鍛冶屋の老鍛冶師ヨハン、そしてラボの主のメネシスはようやく完成した二振りの刀と一振りの小太刀を眺めていた。刀の一本はソウシがかつて打ったものと同じ種類の刃渡り80センチあまりの打刀、そしてもう一本は、厚みも刃渡りも打刀とは明らかに違う、野太刀と呼ばれる種類ものだった。そのスケールは数ヶ月前に折れたグラムに近く刃渡り1メートルあまり、厚みも打刀の倍はある。

 そして何より彼らの目を引くのは、野太刀の刀身に浮かぶ模様――水面に落とした油のように複雑な曲線を描き、光を受けて淡い虹色に輝く縞模様――であった。メネシスも、長年鍛冶屋を続けてきた老鍛冶師もこれは初めて目にするのか、目を皿のようにしてその美しい刀身に見入っている。

「この模様は、隊長さんが言ってた方法で作ったから出たのかい?」

「……だろうな。俺らが知っている鍛え方じゃあ、こんな模様は絶対でねぇ。どうなんだ、サガラ?」

 興味津々という様子を隠そうともせず、メネシスは尋ねる。鍛冶師ヨハンもそれは同様らしい。黙ってソウシの返答を待っている。

「……その通りだ。これは自分が伝えられた方法の一つでな、性質の異なる二種類の鋼を使って一振りの刀を打つことで、その二つの鋼の性質を兼ね備えた刀を作ることが出来るのだ。そしてこの模様はそれが成功した証、『竜鱗刀』の印だ」

 狭い山がちの国土に多数の鉱山を抱える国、それがソウシの故郷である。無尽蔵とも思えるほど大量に産出される良質の鉄鉱石は、製鉄・鍛冶などの技術を育てる土台となった。そして、その国で産まれた刀剣の製法の一つの精華が、彼が今手にする竜鱗刀である。彼の故郷の神話において竜は水の神であり、最強の神獣のであり、虹色に輝く鱗を持つという。その名を冠した最高の刀を、ソウシは自ら作り出したのである。

「だが、竜鱗刀の出来は偶然の要素が大きく作用する。これも万に一つの幸運の結果だ」

「性質の異なる二種類の鋼を使う、ってことと関係があるのかい?」

 科学者の血が騒ぐのだろう、好奇心を隠そうともせずにメネシスが尋ねた。その視線はソウシの手の竜鱗刀に固定されている。

「そうだ。ヨハン殿に削り出してもらったグラムの一部と、自分の故郷から取り寄せた最上級の鋼、これを重ね合わせて鍛えたのだが、これがどれだけ鍛えたら良いのかは全くの勘だ。二十年以上経験を積んだ鍛冶屋でも失敗することが多いが、今回のように五年ほどしか経験のない自分でも成功することがある」

 グラムの欠片とソウシの故郷の鋼、それぞれをメネシス特製の炉で加熱し、柔らかくなったところでまず平たくなるまで打ち伸ばす。そして、刀の元となる形になったところで二枚を重ね合わせ、また打ち伸ばす。ある程度横幅が平たく伸びたところでそれを縦に折り曲げて、最初と同じ横幅の物を作り出す。そして、冷えてしまう前に再び加熱し、柔らかくなったところで同じ工程を幾度となく繰り返す。

 こうして互いに幾重にも重なった二種類の鋼は、融けて混じり合うことなく一振りの刀としてまとまり、竜鱗の模様を表す。虹色の光を放つ複雑な縞模様は、鋼が融け合うことなく重なり合った証なのだ。そして、竜鱗を現したこの刀は、グラムを形作っていた鋼材の堅いが脆い性質と、ソウシが取り寄せた鋼材の柔らかいがしなやかで粘り強い性質の長所のみを受け継ぎ、「堅くしなやかで、かつ粘り強い」性質を現すのである。

 さらに、野太刀として作られた竜鱗刀は、グラムに近い厚みと刃渡り、そして重量のために打刀とは比べ物にならない破壊力を持ち、刃の鋭さは刀のそれと同様である。その反面、長い刀身は扱いにかなりの熟練を必要とするが、本来刀が得意のソウシのこと、さして問題にもならないだろう。

「全く、大した技術だねぇ……。東洋の田舎と思ってたけど、隊長さんの国も結構侮れないねぇ」

 竜鱗刀の刀身を指先でなぞっては、メネシスは感心したようにため息を漏らす。

「本当にな。剣だけかと思っていたが、鍛冶の腕もいいとはなぁ。ま、いい勉強をさせてもらったわい」

 多少疲労の色を顔に浮かべながら、鍛冶師ヨハンも相づちを打つ。だが、ソウシはそんな二人を制した。

「……この刀が出来たのは、お二人のおかげだ。メネシス先生が炉を貸してくれなければそもそも調達した鋼を溶かすこともできなかった。ヨハン殿がグラムから無傷の芯を削りだしてくれねば竜鱗刀は決して打てなかった。本当に、感謝している」

 ソウシは深々と頭を下げた。が、二人はそれを気にした様子もなく、至極軽い口調で言った。

「あたしゃ、契約通りに炉を貸しただけだからね。感謝されるいわれはないさ。その分の料金はきちんともらったし、東洋産の上質の鋼を分けてもらったし、興味深い金属加工の方法まで教えてもらったからねぇ」

「先生の言うとおりだぜ。儂はこの仕事を受けたおかげで、十年に一本クラスの良い剣を作る作業に関われた。ついでに、今まで知らなかった刀の作り方まで見せてもらった。……改めて感謝される憶えはねぇな」

 ソウシは二人の言葉を受けると、無言で顔を上げ、竜鱗刀を日にかざした。まだ刀身のみでこしらえも出来ていないそれは、日の光を浴びて淡い光を放っていた。

「『竜殺し』の名を持つ剣が、『竜の鱗の刀』として生まれ変わる、か…。何とも皮肉なこった……」

 鍛冶師ヨハンは、己も製作に携わったその刀を、目を細めて満足そうに眺めていた。
 

 

次回第八幕 収穫祭は血に染まり(前編)

目次


コメント

 ……お久しぶりです、まだ忘れられていませんでしたか?(苦笑)

 二ヶ月も空けてしまって申し訳ありません。そう言うわけでとにかく出来ました。

 一応、「みつめてナイト」のゲーム中時間三年間の節目のつもりで書いたこの話、見ればわかる通りにかなりこの後の展開に影響が出るものを書きました。

 さー、これで本当にもう後には引けないぞ、っと(苦笑)
 

 今回登場させたソウシの新しい刀、『竜鱗刀』ですが、もちろんこれは作者の創作です(笑)

 元ネタはお気づきの方がいるかもしれませんが、シリアのダマスカス名産(笑)の『ダマスカス・ブレード』です。ですが、これはあくまで元ネタでして本物とはかなり違います。刀剣に詳しい方、厳しいつっこみはご遠慮下さい(苦笑)

 ああ、ちなみに刀の銘は今のところ未定です。今のところ決めかねてますので、良い案がある方はどしどしご応募下さい。作者が気に入ればそのまま作中で使わせていただきます(笑)
 

それでは今回のキャラ紹介

相良咲(サキ・サガラ) 13歳 女 B型

 ついに出してしまいましたこの娘、今までちょこちょこ伏線張ってたソウシ君の妹です。

 黒目黒髪の典型的な東洋人、ちょっとつり目の気味の美少女?です。

 基本的に兄とは似ても似つかないおっとりした娘ですが、それでも意外とハードな幼少期を送ってきたので、締めるべき所は締めています。

 イメージは……、天野聡子(久遠の絆)かクレア・コーレイン(悠久幻想曲 2nd Album)か……。

 そうそう、名前はあれですが、性格その他「オーバー・ザ・レインボー」な根性娘とは一切関係ありません(爆笑)

メネシス ?歳 女 AB型

 面白いキャラなんで出してやろうとは思っていたんですが……。

 結局こういう役に落ち着きました(苦笑)

 次の出番は、あるのか……?

鍛冶師ヨハン

 前回登場した鍛冶屋の親父と同一人物です(笑)
 

それではこの辺で。

御意見、ご感想はこちらへtanoji@jcom.home.ne.jp


SS一覧へ戻る