ドルファン歴D.二十六年三月三十一日。隣国プロキアとの戦争のために外国人傭兵を募集したトルキア諸国の一つ、ドルファン王国の港に、二十代前半の一人の東洋人の傭兵が降り立とうとしていた。
船の上からドルファンの町並みを見渡す彼の目は鋭く、何かの獣を思わせる。
その黒い髪は適当に切りそろえられたかのように洒落っけはないが、後ろ髪だけが一房長くのばされ、首の後ろでくくられて背中に流れていた。
気難しげな口元はへの字に堅く結ばれ、その表情からは特に何も伺うことが出来ない。
甲板上、周りにたむろする多くの同様に集められたの傭兵達は、“例え外国人の傭兵でも騎士になることが出来る国”であるドルファンに対する希望をその表情のどこかに浮かべていたが、彼だけはそれを伺わせることなく、じっと間近に迫りつつある陸地を見つめていた。
その彼の雰囲気のせいか周りによる者はなく、一人静かにたたずんでいた彼だったが、その耳に突然に彼にしか聞こえない、にぎやかな声が聞こえてきた。
『国を出てから半年の船旅、ようやっとドルファンに着いたねぇ〜!』
「五月蠅い(うるさい)ぞ、ピコ」
『五月蠅いは無いでしょ?もう十年来の相棒なんだから、慣れっこになってるんじゃない♪』
「五月蠅いものは五月蠅いのだ」
『相変わらずだねぇ〜、ソウシは♪』
「ソウシ」と呼ばれた彼は、彼にしか見えない相棒、まるでおとぎ話の妖精にしか見えない小さな相棒を頭に乗せつつ、無愛想な口調でそう言った。
ちなみにソウシは周りにはほとんど聞こえないような小声で会話をしている。
ピコに会った頃は人前で虚空に向かって会話しているように見られていたので、こういう話し方をする癖を付けたのだ。
『とにかく、これからしばらくこの国で過ごすんだよね?この国じゃ傭兵でも活躍次第で騎士になれるんだから、君ももう少し気合い入れたら?』
「俺の目的はそんなことではない。結果としてそうなるかもしれないが、俺の目的はこの国で戦って金を稼ぐこと、それだけだ」
『あ、そうだったね…。ごめん、私、ちょっと浮かれてたみたい…。君の目的は…』
ピコはしゅんと項垂れると、ふわりとソウシの肩に座り直した。
「分かればいい。そう気にするな、相棒。お前が大人しいとこっちまで調子が狂う」
ソウシは相変わらず無愛想な声で呟くと、また真っ直ぐに陸地を見つめた。
ピコはその一言に少し意表をつかれたような顔をすると、微かに微笑んでソウシの頬に寄り添い、
じっとソウシの視線と同じ方向を見つめた。
『相良惣士』、ドルファン風に記すと『ソウシ・サガラ』。
彼はこの日、ドルファンに傭兵として入国した。
この後、彼はドルファンの歴史に残る華々しい活躍と、幾人かの記憶にのみ残る、当人達にとっては忘れがたい活躍をすることになる。
夕暮れの迫る中接岸作業が終わり、船から騎士へとタラップが渡されると乗客達は一斉に久しぶりの陸へと下りていった。
ソウシはその客達の流れに乗らず、他の乗客がほぼ降りきって空き始めたタラップをゆっくりと下りていく。
その彼の頭の上を飛び回っているピコが、突然“くいくい”と彼の髪を引っ張った。
『ねぇ、ソウシ、君さっき入国管理官の人から、外国人傭兵用宿舎までの地図をもらってたよね?』
「ああ」
『私にも見せてよぉ』
「必要ない。既に道順は覚えた」
『いーから見せてってばぁ!』
そのままピコはだだをこねるようにソウシの髪を引っ張り回す。
無視を決め込もうかと思ったソウシだったが、諦める様子がないピコに耳元で騒がれるよりはと思い直し、懐から地図を取り出し、傍らの船積みを待つに持つのはこの上に広げた。
『ありがと、ソウシ♪』
ピコはそれを見てさっさと機嫌を直し、地図を覗き込む。
『ふぅん、結構街の中心から離れてるんだ?』
「だが側に駅馬車の駅がある。港からも近い、今日の所はかえって便利だ」
『それじゃ、場所も確認したし、早速行こうか♪』
「俺は既に記憶していると言ったはずだが?」
『人の揚げ足とらないの!』
「俺はそんなつもりはないぞ」
『少しは愛想ってものを身につけた方がいいよ、君…』
「必要ない」
本人は至って真面目な、だが端から見ると漫才のようにしか見えない掛け合いをしているソウシ達の耳に、その時、荷物の山の向こうからか細い悲鳴が聞こえてきた。
「いやっ、やめて!放してください!」
「そう邪険にするなよ?俺たちゃ、ちょいと一緒にお茶でも飲もうって言っただけだぜぇ?」
見れば線の細い、まだ十代半ばにしか見えない少女が、見るからに柄の悪い、
一目でごろつきとわかる三人の男達に囲まれている。
『ああいうのって、どこにでもいるんだね…。で、どうするの?』
ピコがソウシに問いかけたときには、既に彼は動き出した後だった。
早足で荷物の山を回り、彼らに近寄っていく。
『やれやれ…。ソウシってば相変わらずなんだから。普段は他人のことなんか目もくれないくせに』
彼を慌てて追いかけるピコの目は、どこか誇らしげに自分の相棒を見つめていた。
当のソウシは、頭の上で呟くピコのセリフに反応もせず、ごろつき達へと真っ直ぐに向かっていった。
「なんだぁ、てめぇ?東洋人だな?」
そのソウシにごろつき達の一人が気づいた。
不健康そうな顔を引きつらせて(多分凄んででいるのだろう)、ソウシを睨み付けた。
いわゆる“ガンを付けた”状態だが、ソウシはそれに全く怯んだ様子もなく、つかつかと寄っていく。
「俺たちゃ忙しいんだ、さっさと消えやがれ!言葉がわからねぇんなら腕づくでわからせてやるぜ!」
「問題ない。言葉は学習済みだ」
そのセリフと同時に、ソウシは目の前ごろつきの顔面に拳を叩き込んだ。
強烈な一撃に、心なしか顔面を陥没させたごろつきはうめき声も立てずに沈没する。
「てめぇ!ビリーに何しやがる!」
「どんな国にもゴロツキはいる。そして貴様らのような輩は言葉が通じないのはよくわかっている。だが一応忠告してやる。二度は言わん、その少女を解放してどこへなりとさっさと消えろ」
「うっせえ!ダチをやられて黙ってられるか!」
「語彙が貧困だな…。やはりどこの国でもチンピラは同じ、か」
激高して殴りかかってくる二人のごろつきが叩きのめされて地面に転がるまで、それから三分とかからなかった。
「覚えてやがれ〜!」
「貴様らなぞ覚える価値もないが、一度見た顔は忘れないから安心しろ」
決まり切った捨てゼリフに珍妙な答えを返すソウシに、乱闘(と言うより、一方的な殴打)を逃げ出すでもなく見ていた少女がおずおずと声をかけた。
「あ、あの…、ありがとうございました…」
「気にすることはない、自分が勝手にやったことだ」
「いえ、本当に助かりました…。今は急いでますので何もできませんが、後で改めてお礼に伺いますので、せめてお名前だけでも教えていただけませんか?
あ、私ばかり勝手に喋って…。私、ソフィア=ロベリンゲと申します」
無視して立ち去ろうとしたソウシだったが、ソフィアと名乗った少女はそれでも食い下がった。
到底諦めそうもない彼女の様子に折れたのか、ソウシは振り返ると、ソフィアを真っ直ぐに見つめた。
「ソウシ・サガラ。傭兵だ」
「ソウシさん…。外国の方なのに、言葉がお上手なんですね…」
「覚えたからな」
「あ、あの、必ず、改めてお礼に伺います。今日は助けて頂いて、本当にありがとうございました!」
「それはいいが、もうこのような所を一人で通るのは控えるのだな。次は助けが入るとはかぎらん」
「は、はい、ありがとうございます」
ソウシの無遠慮な視線に恥ずかしげに頬を染め、急いでますので、と頭を下げ、ソフィアは急ぎ足に去っていった。
その姿を見送っていた彼だったが、彼女の姿が港の人混みの向こうに消えると、きびすを返して目的地だった傭兵用の宿舎へと向かった。
歩いている内に、先程まで離れていたピコがいつの間にかまた頭の上に座っていた。
『相変わらずだね、色男!颯爽と女の子を助けに入っちゃって!あの娘、真っ赤だったよ?惚れられたんじゃないの♪可愛い子だったし、君も結構気に入ったんじゃない?』
「…ああいう輩は好かない。それだけだ」
軽口を叩くピコに、ソウシは無愛想に、突き放すように答えた。
その彼の言葉に、ピコはすっと表情を変え、どこか悲しげな顔で呟いた。
『ねえ、まだあのことを気にしてるの?もう十年も前のことでしょ?いつまでも、気にすることはないと思うよ?』
「そうだな…。だがもうこれは性分だ」
『そ、ならいいよ。さあ!今日は君も疲れたろうから、早く宿舎に入って休も♪』
「ああ」
二人はそのまま、次第に薄暗くなりつつある道を宿舎へ向かって歩いていった。
『明日から養成所通いだよね。ここの国じゃ傭兵も騎士と同じ教育を受けなきゃならないらしいじゃない?
君の苦手な教養や礼儀、哲学なんかもあるらしいよ?』
「…問題ない、どうにかする」
『ほんとかなぁ♪』
ピコの声はソウシ以外の他人には聞こえない。
辺りに小さく響いたのは、痛いところをつかれたような響きを含んだソウシの声だけだった。
コメント
読んで頂いた方に幾千の感謝を。
如何でしたでしょうか?みつめてナイトの世界を借りたストーリーの第一幕です。
少しでも面白いと思った方、続きを読みたいと微かにでも思ってくれた方は、一言で良いですから是非メールをくださいね。
それではここからはキャラクターの紹介などを。新キャラが出る度にここで紹介することになると思います。
ソウシ・サガラ(相良惣士) 2?歳 男 B型
主人公、とある理由で傭兵をやっている東洋人。傭兵であることを「生きるための手段」、
すなわち「仕事」と割り切っています。
ソウシという名前ですが別に肺病を患ったりはしていません(笑)
また、サガラという名字ですが「悪一文字」を背負った喧嘩屋だったりはしません(爆笑)
生真面目で無愛想、人付き合いは苦手ですが、ある理由から冒頭のソフィアのように
危険にさらされている婦女子は何があっても助けるような人間です。
また、他人からの自分に対する悪意と好意にとことん鈍感だったりするので、
色々とトラブルを引き起こしやすい性格です。
顔は常にきりっとした厳しい表情を浮かべたちょっとハンサム、髪は常に目にかからないように切りそろえていますが、
後ろ髪だけは一房腰の辺りまで伸ばして、首の後ろで白絹の紐でくくっています。
ピコ 妖精
ソウシの相棒、ゲームをやって正体を知っている方が多いと思いますが、当然(?)ゲームそのままではありません。
三年目まで書き切れれば正体が明らかになるんではないでしょうか?(笑)
語尾に「♪」マークを多用するのは筆者の趣味です(爆笑)
ソフィア・ロベリンゲ 15歳 女 B型
「みつめてナイト」の公式ヒロイン(笑)に相応しく、最初にでてきたヒロイン候補。
ちなみに現在エンディングにはまだまだ変動の余地があります(笑)
最後に一言、「みつめてナイト」の内容を全て書く、なんてのは分量的にも筆者の筆力的にも当然無理です。
ですから、残念ながら筆者の考えているストーリーに絡まないキャラは削除される可能性がひっじょ〜に高いです。
強力なプッシュでもない限り(笑)
もしかしたら、メインキャラにはなれなくてもサブキャラにはなれるかもしれません。
それではこの辺で。
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