D二十七年五月六日、戦場へと向かうドルファン傭兵隊第一中隊。
先頭には、漆黒の軍馬にまたがったソウシの姿があった。
ドルファン傭兵部隊制式の鎧を、特別あつらえで仕立て直して軽量化した板金鎧、背中にはバスタード・ソードと盾を背負い、腰には故郷から持ってきた大小の刀。
季節は春、野を渡る風がソウシの後ろ髪と、それを結んでいる空色のリボンを揺らしている。
そのソウシに、周囲の誰にも気づかれないままに近づいていく小さな姿があった。
ソウシ以外の誰にも見えない彼の相棒、妖精のピコである。
「ピコ…、どうだった?」
『キミの言ってた通り!あいつら、途中の村を襲うつもりだよ!』
「…監督官殿は?」
『ダメダメ!一緒になって準備してるよ、あのダルマ親父!』
「わかった…。ご苦労だったな。帰ってゆっくり休んでくれ」
誰にも聞き取れない、微かに唇を動かす程度の小声でソウシはピコにねぎらいの言葉をかけた。
『気にしない気にしない!…それじゃ、私は帰るけど…、ソウシ、わかってるよね?』
「ああ、必ず帰る」
ピコの言葉に、ソウシは口元を微かに動かして微笑んだ。
『よし!』
満面に笑みを浮かべ、ピコは一つ頷くと身を翻してドルファンの街へと飛び去っていった。
ソウシは、その姿を黙って見送る。
その表情は、既にいつもの無愛想なものに戻っている。
口元を堅くへの字に結び、眉根が何か考え込んでいるように、いつも以上に寄せられている。
「どうした、ソウシ?また難しい顔してよ?」
隣で馬を歩かせていたアルベルトが、そんなソウシの表情に気づいて声をかける。
この金髪の美青年は、ソウシが自分の上官になってからも以前のスタイルを崩さない。
「アルベルトさん、サガラさんは中隊長なんですから、ちゃんとそう呼ばないと…」
対して栗色の髪をした、まだ十代のカールは、以前からソウシに憧れの目を向けていたが、今ではそれが崇拝とも言えるものにまでなっている。
「いーじゃねーか、ソウシも気にして無いみたいだし」
「ですけど、規律というものが…」
いざという時は大抵ソウシの側にいる二人のいつもの会話を聞きながら、ソウシはまだ難しい顔をしていた。
やがて虚空を見つめていたその視線が、カールをからかっているアルベルトの方に向けられる。
「アル、カール。宿営地に着き次第、乗馬の上手い者を十騎ばかり選んでくれ」
「…どうしてだよ?」
アルベルトは、ソウシのセリフを聞いてもにやけた表情を崩さない。
だが、その目は鋭い光を湛えていた。
「ゴステロ達のことだ。…奴ら、何かやらかすつもりだ」
「………!」
「わかりました!」
そのソウシの一言でアルはにやけ顔をおさめ、カールは一気に真剣な顔つきになった。
「後は宿営地に着いてからだ。…今回は、戦以外が忙しくなるぞ」
D二十七年五月初頭、昨年ヴァルファバラハリアンに占領され、未だにヴァルファの手の中にあるダナンの奪回を今度こそ成功させるべく、北へと向かうドルファン軍の陣列の中での一幕。
「それはいいんだけどよ…。お前、いつも妙な情報持ってるよな?どこから仕入れてるんだ?」
「…問題ない。気にするな」
ソウシの表情は変わらない、が、そのこめかみを汗が一筋流れていた。
ソウシがドルファンに来て以来、二度目の戦いが始まろうとしていた。
宿営地に到着すると、ソウシはアルベルトとカールの二人を引き連れてテントに籠もった。
ここから戦場になるはずのダナン近郊まではほぼ二日、よって三日後には戦端が開かれるだろう。
最新の情報では、ヴァルファはその戦力のほとんどをほぼ同時期に北から侵攻しているプロキア・シンラギ軍に向けており、ただでさえあった戦力差が、更に圧倒的に開いている。
戦闘そのものに不安材料はない、ドルファン側は傭兵隊を含めて七個大隊、ヴァルファ側は一個大隊、これでは負けろと言う方が難しい。
だが、ソウシの不安は敵よりも、味方の傭兵隊第二中隊の行動にあり、その対策を二人と共に練ろうとしているのである。
今回のダナン奪回作戦において、傭兵隊はその先鋒を任されている。
これは昨年行われたイリハ会戦での活躍が認められた結果であり、その有用性を認識したドルファンは、昨年の内に傭兵の再徴募を行い、傭兵隊を二個中隊にまで増員していた。
さらに、組織としては以前のようにドルファンの将校が隊長を務めるのではなく、傭兵隊の中から二人の隊長を選んでそれぞれの部隊を統率させ、その上にドルファン軍の監督官が存在する、という形になっている。
この体制は、傭兵隊をより柔軟に運用するという目的で決定された。
古来、欧州の戦場ではヴァルファバラハリアンのような例外を除いて捨て駒扱いされ、もっとも危険な最前線に放り込まれる事の多い傭兵をこのように積極的に運用しようと言う意図は、閉鎖的なドルファンにおいては画期的なことと言えるだろう。
しかも、上に監督官を置いたとはいえ、現場の指揮そのものを傭兵自身に任せたことは、成功すれば非常に有効に働いただろう。
頭の固いドルファン正規軍の騎士達よりも、傭兵達の方が素晴らしい働きをすることは、昨年のイリハ会戦で既に明らかになっているのだから。
しかし、それも傭兵隊内の統率が取れていればの話である。
現在、ドルファンの傭兵隊は、内部に深刻な問題を抱えていた。
イリハ会戦前の第一次徴募で集まった者達が主体であり、ソウシが率いている第一中隊と、その後の第二次徴募で集められた者達で構成された、ゴステロ率いる第二中隊の間に対立があったのである。
隊長同士の反目(とは言っても、ゴステロが一方的にソウシを敵視しているのだが)が部下達に影響し、二つの部隊の間ではいざこざが絶えなかった。
また、傭兵達の素行から問題が起こることも多かった。
中隊長に就任した昨年の冬以来、ソウシは自分の指揮下の第一中隊を、文字通り自分流に叩き直した。
素行不良が多く、事件を起こすことも度々だった傭兵達の態度を改めさせるために、軍規を徹底したのである。
もちろん、頭を押さえつけられることに不満を持つ者がほとんどだったが、ソウシはアルベルトともにそうした輩を実力で押さえ込んだ。
主立った特に血の気の多い者達が軒並みソウシとアルベルトに叩きのめされ、服従するようになると、元々実力が全ての傭兵達は、皆ソウシの命令に大人しく従うようになった。
こうして、ソウシの薫陶が行き届いた第一中隊の傭兵達は、以前のように民間人に暴行を働くこともなくなり、徐々にドルファン人にも受け入れられつつあった。
ところが、第二中隊はそうはならなかった。
ゴステロ自身、粗暴で軍規などなんとも思わない男であるために幾度と無く問題を起こし、部下もそれに倣って好き放題であった。
このように性格の異なる部隊の間が上手くいくはずが無く、一方は他方をごろつきの群と軽蔑し、もう一方は相手を東洋人に尻尾を振る腰抜けと嘲って、顔を合わせる毎にもめ事を起こしていたのである。
ソウシはこうした現状を改めようと、幾度となくゴステロに談判を行ったのだが一向に効果はなく、本人は身に憶えのないゴステロの自分に対する敵意に戸惑うばかりであった。
出撃直前のその日、ソウシはゴステロと共に司令部に呼び出されていた。
「…それでは、サガラ隊長、ゴステロ隊長。司令部の命令により、貴公らの傭兵隊は今回のダナン奪回作戦において、先鋒を努めてもらう」
尊大な態度で命令書を読み上げているのは、傭兵隊の監督官を務めるエンリケ・アランテス少佐である。
肥満し、脂ぎった顔と、ゆるみきった中年太りの体からはとても彼が軍人だとは思えず、コネと賄賂だけで少佐になったという風評が真実だと確信させる。
「敵の軍勢は、現在判明している情報によると約五個大隊である。我々は七個大隊でこれに臨み、敵を上回る兵力をもってダナンを奪回する。
…先鋒の貴公らの役目は、二手に分かれて両側面から敵陣を突き、正面から侵攻する本隊の攻撃を援護することである。
サガラ隊長は敵の右側面、ゴステロ隊長は左側面とする。諸君らの働き、期待しておるぞ」
「…了解しました」
ソウシは簡潔に言って了解の意を表す。
一方のゴステロは、不満顔を露わにしていた。
「けっ、俺達はあくまで脇役かい。腕を振るう機会はなさそうだな」
「ゴステロ隊長、陽動とは言えこれも任務だ」
「へいへい…、流石はイリハの英雄、サガラ隊長は真面目だねぇ!まぁ、俺も傭兵だ、給料分は働くさ」
おどけたような口調だが、その視線はソウシに対する明白な敵意を露わにしている。
そして最後に、ゴステロはソウシをひと睨みすると、話を終えて退出していこうとしているエンリケを呼び止めた。
「何かね?ゴステロ隊長」
「へっへっへ…。監督官殿、ちょいと相談があるんですがね…」
ソウシは、その様子に妙な引っかかりを覚えたものの、自分には関係ないとわかると、一礼して退出していった。
「…ということがあったのだが、ふたを開けてみると、我々第一中隊が左側面、第二中隊が右側面にあたることになっていた。更に、監督官殿も第二中隊と行動を共にしている」
「それに何か問題があるんですか?」
「…あるから俺達がこうしてるんだろうが。カール、ソウシの言うことをよく聞くのもいいがな、自分でも考えなきゃあ意味がないぞ」
「はい…」
「…続けるぞ」
ソウシは目の前に広げた地図を指さした。
「敵が布陣すると思われるのは、山と沼沢地の間に存在する街道沿いのこの一点。大軍を展開するには不適だが、ここを押さえればダナンへの侵入は難しいという点だ」
「それで、本来は僕らが右側の沼沢地から行くはずだったんですね?」
「そうだ。こちらの方が進軍が難しく、出来れば通りたくないルートだ。だが…」
「ゴステロは自分からそっちを選んだ、と。その理由は?」
アルベルトの質問に答えて、ソウシは地図上の一点を差す。
地図のゴステロ隊の侵攻ルートの上に、小さな書き込みがあった。
そこに記されたものを見て、アルベルトは納得したような表情を浮かべ、カールは嫌悪の表情で、小さくうめいた。
「リッツの村…。人口五百人ほどの、なんの特徴もない村だ。ヴァルファもこの村は無視しているし、それ故にダナンに近いというのに守備隊もいない」
「奴らが襲うには絶好の場所…って訳か」
それでどうする?と視線で問いかけるアルベルトにソウシが答える前に、カールが立ち上がった。
「すぐに止めさせましょう!監督官に連絡して…!」
「無駄だ。おそらく監督官殿はゴステロの行動を黙認するつもりだろう。…それどころか尻馬に乗って略奪に荷担しかねない」
「それじゃあ……!」
「だから、我々は勝手に行動する。アル」
興奮するカールを遮り、ソウシはアルベルトに視線を向けた。
視線を向けられたアルベルトは、待ってましたとばかりににやりと笑う。
「今夜中に十人ほど連れて先発して、リッツの村へ行ってくれ」
「…で、奴らが来る前に村の住人を一時村の外へ非難させる、と」
「その通りだ。方法は任せる。いざとなったら、俺と近衛のメッセニ中佐の名前を使っても構わない。
中佐殿には迷惑をかけることになるかも知れないが」
「その必要はないと思うがね…。じゃ、行って来るわ」
気楽な様子でそう言って席を立つと、アルベルトは手をひらひらと振りながらテントを出ていった。
急な展開に呆気にとられているカールの耳に、すぐに騎馬の一団が宿営地から走り去る音が聞こえてきた。
「…カール」
「あ、はい!」
背後からかけられた声に、彼は弾かれたように振り向いた。
「そういうわけだからアルは戦闘に参加できないかもしれん。明後日の戦闘では、俺の補佐をしてもらうぞ」
「…はい!」
カールは勢い良く頷いた。
自分がまだまだソウシ達に及ばないことを痛感しつつも、彼らの下で戦えることを満足に思いながら。
そして、五月八日。
その主力を北方に移動させたヴァルファ本隊から離れ、ダナンを守備する「不動」のボランキオ率いるヴァルファ第四大隊と、その戦力の大部分を今回の作戦のために出撃させたドルファン軍は、ソウシの予想通り、山と沼沢地に挟まれた狭い平野で激突しようとしていた。
その戦力差はヴァルファの一個大隊に対してドルファンは七個大隊。
一対七という、有利不利を論じるだけ馬鹿馬鹿しくなる状況だった。
それをわかりすぎるほどわかっているボランキオは、本陣から敵軍を眺めて、部下達に聞こえないようにぼそりと呟いた。
「(…参謀殿の言ったとおり、圧倒的不利を通り越して、まさに絶望的としか言いようがないな)」
四角い、いかつい顔には不似合いなほど知性的な目で、ボランキオは冷静に目の前の状況を判断していた。
勝てるなどとは微塵も思っていなかったが、それを部下に悟られるわけには行かない。
司令官がそう考えていると知れたら、部隊は戦うまでもなくバラバラになるだろう。
虚勢だろうと何だろうと、とにかく司令官が落ち着いてさえいれば軍というものはそう簡単に負けたりはしないのだ。
いざとなれば自分だけでも脱出せよ、ボランキオは参謀のミーヒルビスからそのような指示を受けていたが、彼は部下を見捨てて自分だけが助かろうとは思わなかった。
…第一、彼が今日まで生きてきたのは、死に場所を探すためだったのだから。
自分を置いて逝ってしまった妻と子供の顔が頭をよぎる。
「(これだけの大軍を相手に正面から戦って死ぬ、か。これ以上の死に場所はないかもしれんな)」
ボランキオの内心はともかく、防衛戦においてはその手腕を謳われた「不動」のボランキオがどっしりと構えている姿は、見る者に不思議な安心感を与えていた。
その安心が、これからの戦いに向けての士気の高まりへと変わっていく。
その様子を微かな慚愧の念に捕らわれながら眺めていたボランキオの耳に、その時、ここにいるはずのない人間の声が聞こえてきた。
部下達をかき分けてやってきたその姿は、既に本隊に従ってダナンを離脱したはずの、ヴァルファの紅一点、「氷炎」のライナノールであった。
戦傷で失った片目を緩やかに波打った髪で隠しているがその容姿が損なわれることはなく、残ったもう一方の目に宿った強い光が、彼女に毅然とした美しさを与えていた。
「バルドー!」
だが、今の彼女の目にはいつもの強い光はなく、弱々しい、心細げな光が揺れていた。
「!?まだ残っていたのか、ライナノール!命令違反だぞ!」
咎め立てるボランキオの声に悲しげな表情を浮かべたライナーノールだったが、すぐに表情を毅然としたものに変えると、ボランキオに近づき、周りの兵士達に聞こえないように、だが強い口調で語りかけた。
「…バルドー、任務とは言え、これでは犬死にだわ!私の部隊も一緒に戦う。そうすれば、生き残る確率はかなり高くなるわよ」
ライナノールは強い口調で、だがどこか懇願するような響きを伴った声でボランキオに詰め寄る。
しかし、彼はその申し出に対して、首を横に振った。
「ライナノール!任務は絶対だ。お前といえども、これ以上命令違反を犯すようならば…斬る!」
毅然とした声でボランキオは言った。
ライナノールは、そこにボランキオの拒絶の意志を感じ取り、唇を噛んだ。
「わかったわ…。でもバルドー、約束して。必ず、生きて帰ると」
それだけ言って、ライナノールは身を翻し、後方の自分の部隊へと帰っていった。
これ以上ここにいても、ボランキオが決して自分の望む答えを返してくれないことがわかっているからだろう。
そして、その場に残ったボランキオは、しばらくの間目を閉じていたが、
「敵軍、接近!正面に大軍、右側面に中隊規模の部隊!先に側面の部隊が接触します!」
伝令声を聞くやいなや、目を見開いて矢継ぎ早に指示を出した。
「側面の中隊は囮だ、気にする必要はない!手を出してくるようならばその場の判断で応戦せよ!但し、深追いはするな!
我々は全力を持って正面の敵本隊を抑える!この場から一歩も引くな!だが突出もするな!この場にいる限り、包囲されることはない!」
彼の読みと命令はことごとく正解だった。
側面を突くと見せかけて相手の動揺を誘い、正面からの大兵力での攻勢をもくろんでいたドルファン軍の思惑を、完璧に見切って見せたのである。
ボランキオの命令が実行されれば、大兵力を擁するとはいえ、大軍を展開するのに不向きなこの場では、ドルファン軍は苦戦するだろう。
目論見を外されたドルファン軍の幹部達は、ボランキオが望んだ通りの戦いをするしかなかった。
この場で正面に展開するのは戦域の狭さから二個大隊が限度であり、ボランキオとその部下達は二倍の敵ならばどうにかあしらえる自信がある。
ましてや、正面には堀と柵を巡らした堅固な防御陣地まで築いてあるのだ。
だが、ボランキオにも誤算があった。
囮と見て兵力を差し向けなかった右側面の中隊、それが、現在のドルファン軍の中では抜きん出た戦闘能力を持つ、ソウシ率いる傭兵隊第一中隊だったことである。
「膠着しているな…」
「一進一退、ですね…」
第一中隊は、ヴァルファの陣地の側面から散発的な攻撃を仕掛けていた。
今回の戦いでは、イリハ会戦のように傭兵隊が無理をして突破口を開く必要など無い、はずであった。
敵の六倍以上の戦力を備えているのだから、ソウシは戦いは本隊に任せて自分は部隊の損害を避けることに専念していた。
それに加えて、彼は本来部隊の指揮を執るよりも、前線に自分で切り込んでいくタイプである、指揮を任せられるアルベルトがいない現在、自分が前線に出られるはずがない。
カールに補佐をさせてはいるが、彼はまだまだ未熟で、とても代理まではさせられない、せいぜい一部隊の指揮を任せられる程度だろう。
剣の腕だけは、ここ半年でソウシ自ら叩き込んだ為にかなり上がってきているのだが。
「アルベルトさんも、ゴステロの隊もまだ来ませんしね…」
その言葉の通り、ゴステロの暴挙からリッツの村を救うために行かせたアルベルトはまだ戻ってこない。
おまけに、開戦前に戦場に来ているはずのゴステロ隊までやってこない。
おかげで両側面を叩くという本来の作戦も片手落ちになっている。
仕方なしに、ソウシは敵陣からある程度の距離をとって弓を射かけて挑発しているのだが、そんなことではろくな損害は与えられないし、敵もわかっているのか警戒するだけで動かない。
「もっと良く狙え!…斉射!」
「(…アルがいればな)」
カールの声を聞きながらソウシはそう考えるが、口には出さない。
カールでは弓を得意とするアルベルトのような効果的な攻撃が出来ないことはわかっているし、何よりそれを口にした時、彼がどう思うか位の気遣いは出来る。
そして、ドルファン軍本隊とヴァルファは激烈にぶつかり合い、傭兵隊第一中隊とヴァルファは申し訳程度に小競り合いを繰り返している間に、太陽はすっかり昇りきって天頂にその姿を移していた。
ゴステロ隊はまだ来ない、どうやら道を見失うかどうかしたらしい。
素行はともかく、この状況ではその戦闘能力が惜しい。
街道沿いを通れば迷うはずもないドルファンも、街道をはずれた沼沢地では道に迷うこともあるのだろう、とソウシは思うことにした。
「…そろそろ小休止をとらせる。カール、一旦引くぞ」
「あ、はい!」
戦闘中だからといって、一日中休み無しで戦えるわけではない、敵の注意があまりこちらに向いていないことを利用して、ソウシは部隊を休息させることにした。
見れば、主戦場でもそれまで前面に出てヴァルファの陣を攻め立てていた二つの大隊(旗印からして第三と第五だろう)が後ろに控えていた第六と第七に交代していた。
大軍の強みがここにある、部隊を回転させて疲労を蓄積させず、逆に相手を休み無く攻め立てて疲労させることでより確実に勝利できるのだ。
小休止の最中、ソウシは膠着した戦況を動かす方法を考えていた。
無理をする必要はないのだが、今のソウシには故ヤング大尉の最期の言葉を守るという意識がある。
だがこの少ない兵力で、如何に相手の陣を崩すかを考えてみても、方法は一つしかない。
「(強行突破しかないのだが…)」
敵陣に切り込んで機動力でかき回す、これしかないのだが、この場合切り込む部隊の指揮はソウシ以外では不可能である。
だがそうすると全体の指揮を執る者が居なくなってしまう、個々の力量は確かだが、部隊の中に指揮官に向いた人間が自分とアルベルト以外にいないのが彼の悩みだった。
そして地面に戦場の地図を広げ、カールに部隊を任せて一人携帯食を囓りながら考え込む彼の背後から、その時ようやく待っていた男の声が聞こえてきた。
「いよう、悩んでるじゃねーか?」
休みなしに馬を飛ばしたのだろうか、その陽気な顔には疲れが見える。
待ち望んでいたその顔に、珍しくソウシは喜色を露わにしていた。
「やっと戻ったか!…首尾はどうだった?リッツの村は?」
「おいおい落ち着け。ばっちりだったぜ」
アルベルトは事の顛末を語った。
ゴステロ隊の先回りをして村に辿り着き、どうにか村人を説き伏せてゴステロ達が辿り着く直前に避難させたという。
「んで、その後ちょっと悪戯してから大急ぎで戻って来たって訳だ。いや、疲れた疲れた」
「悪戯?」
「ゴステロ達の進路の先の橋を落としてきた」
「…それで奴らはまだ来ないのか」
「今日中にたどり着ければいい方じゃないか?」
アルベルトはくくく、と人の悪い笑いを浮かべた。
その反対に、ソウシは一転して渋面になる。
「おかげでこっちは戦況が膠着してしまった。ゴステロ達が来れば状況はまた違ったのだが……。
仕方がない。どうやら強行突破しかなさそうだ。アル、疲れているだろうがお前には部隊の指揮を執ってもらうぞ」
むっつりとしたへの字口でソウシはアルベルトに告げた。
単独行動をして疲れ切ったところのこの言葉にはさすがに反論しかけたアルベルトだったが、責任の一端を自分が担っていることに思い至ったのか、諦めたように大人しく首を縦に振った。
「人遣いが荒い隊長さんだねぇ…。それじゃ、編成はどうするんだ?」
諦めた顔で聞いてくるアルベルトに、ソウシは手早く説明した。
「部隊を前衛と援護に分ける。前衛の歩兵と騎馬兵は俺とカール、援護の弓兵はお前に任せる。
…援護射撃で隙間を作り、そこに騎馬と歩兵で切り込んでいく。相手が万全の状態なら危険すぎてとても出来ない作戦だが、朝から休み無く攻め立てられ、今では敵は疲労しているだろうから、充分な成果が見込はずだ。
最終的に敵将にまで迫れれば理想だが、最低でも敵を混乱させることは出来るだろう」
「相変わらずお前の作戦はシンプルだな…。まあ、効果はありそうだ。早速準備を始めるけどよ…」
疲れた体に鞭打つように、大儀そうに弓兵隊の所へと向かおうとしたアルベルトだったが、ふと立ち止まって振り向いた。
「何だ?」
「…昼飯くらい食わせてくれや」
「…三十分だ」
きっぱりとしたソウシの返事を聞くと、アルベルトは何も言わずに、改めて弓兵隊の所へと歩き去っていった。
ヴァルファの防御陣地を巡る攻防戦は、未だ膠着していた。
圧倒的な大軍を前によく防いでいる。が、それも時間の問題だろう。
だがそれでも、自分の部下達のために、ボランキオはほとんど望みのない勝利を得るために、能力の全てを上げて指揮を執っていた。
「…側面の敵の動きが変わったな」
ボランキオは本陣にどっしりと構えて戦況を見渡していたのだが、ふと目に入った光景に注目した。
それまでは遠距離から散発的な射撃を仕掛けてくるだけだった相手が、あと一息で白兵戦になる距離まで踏み込んできたのである。
或いはこれもまた挑発行動か?と思い、警戒を強めるように指示を出しかけたボランキオだったが、それは一歩遅かった。
そして、この戦いにおける最初で最後の読み違いだった。
第一撃は、先刻までと同様の射撃だった。
だが、それまでとは狙いの正確さがまるで違った。
ただ漫然と矢を撃ち込むのではなく、的確に、陣列を崩すことの出来るポイントに撃ち込んできたのだ。
対陣している最中の軍隊というものは、敵の動きに対応して常に動き続け、止ったままということはほとんどない。
その行動を如何に効果的に、敵に隙を見せずに行うかが指揮官の技量なのだが、側面から攻めかけてきた部隊は、今まで全く破綻を見せなかったボランキオ隊の行動に、見事にくさびを打ったのである。
そして効果的な射撃によって動きを制限された側面の部隊は陣列の粗密を生じ、次の瞬間、その密度の薄い部分に騎兵が、遅れて歩兵がなだれ込んできた。
「…やってくれる!」
ボランキオは呻き、そして即座に判断を下した。
側に控える部下達に怒鳴りながらも、最善と思える指示を出していく。
「俺はあの部隊を叩きに行く!お前達はこれまで通り正面の部隊を防げ!良いな!」
そうして向かう視線の先では、既に陣の中に入り込んだ騎兵隊が縦横に動き回り、混乱を広げている。
どうやら戦うことよりも混乱を引き起こすことを目的としているらしい、この敵部隊の指揮官は、かなりの知恵者のようだ。
そして兵士達は敵の思惑通り、突然隊列の中に飛び込んできた敵部隊に効果的な対応をすることが出来ず、混乱を広げることを許してしまっている。
平凡な指揮官ならば、対応に困って右往左往するばかりだったろうが、戦場経験の豊富なボランキオは、迷わず最善の手を選んだ。
(混乱がこれ以上広がる前に、一息に叩き潰すのみ!)
動きが良いと行っても、所詮相手は中隊規模の部隊であり、落ち着いて包囲すれば恐れることはない。
周囲の兵士達に指示を飛ばし、まずは混乱を落ち着かせて敵を包囲できる体勢を整える。
そしてボランキオは、ドルファン本隊との、己の最後に相応しい華々しい戦いをこれ以上邪魔されないためにも、敵の小部隊を殲滅すべく、敵部隊の進路の前に立ちはだかった。
「我はヴァルファバラハリアン八騎将が一人、「不動」のボランキオ!我が死戦の邪魔をするのは何者か!?これ以上戦いに横槍を入れたいのならば、まず我を倒せ!」
ボランキオは、優に数十キロはあると思われる、二メートルに達する自分の身長ほどもある巨大な戦斧を両手に構え、周囲を、敵も味方も圧倒しつつゆっくりと前進していく。
「さあ!我が斧の錆になりたいものから、かかってくるがいい!」
ボランキオがその大音声を放ったとき、ソウシは歩兵部隊の先頭に立ち、目前に立つボランキオを見ていた。
離れた場所では、騎兵隊が敵の混乱を煽る役を充分に果たしている。
ソウシは元々乗馬はそれほど得意ではないので、騎兵隊をカールに任せて自分は歩兵隊の指揮に回っていたのだが、目の前に立つ大男の放つ圧力さえ感じさせる気迫は、この男を倒さずにはこれ以上一歩も進めないと感じさせるものがあった。
事実、その迫力と、八騎将という名乗りに押されて、彼の部下達の足取りは鈍っている。
「…おい、お前達」
「へい、隊長」
「俺はヤツを抑える。お前達は、予定通りに周りを引っかき回せ。決して立ち止まるなよ、いいな!」
ソウシは手近な部下を捕まえると、短く指示を出して自分はボランキオに向かって進み出た。
その後ろでは、今伝えた指示を部下が他へと伝達している。
「…命令をどんどん伝えろ!それから、五人来い!隊長の護衛に回る!」
自分が思う理想の形に鍛えた部下達の行動に、ソウシはこんな状況下で満足を覚えていた。
そして、斧を構えたボランキオの前まで出ると、左手の盾を捨て、「グラム」(ヤングから譲られたバスタード・ソード)を両手で構えなおした。
「ドルファン傭兵部隊第一中隊隊長、ソウシ・サガラ少尉だ。貴様の相手は自分がする」
「サガラ…?聞き覚えがあるぞ、ネクセラリアを倒した傭兵か!」
ソウシの名乗りを聞いたボランキオは、一瞬怪訝な表情を浮かべたかと思うと、どこか満足したような、獰猛な笑みを浮かべた。
「いいだろう…。相手にとって不足はない!ヴァルファバラハリアン八騎将が一人、「不動」のボランキオが参る!
…いざ、尋常に勝負!」
二人は共に武器を目の高さに構え、まるで騎士同士の試合のように一礼する。
次の瞬間、二人は同時に疾った。
ソウシは風を切り裂くような鋭い身のこなしで、ボランキオは地を揺るがすかのような重厚な迫力と共に。
先手をとったのは、間合いの長い武器を持つボランキオだった。
唸りを上げて巨大な戦斧が振り下ろされる。
ソウシは頭上から落ちてくるそれを一瞬動きを止めてやり過ごし、中段に構えた剣の切っ先をボランキオの胴めがけて突き込む。
だが、まだ間合いが遠かった。
ボランキオはその体躯に相応しい膂力で戦斧を引き戻し、半歩下がってソウシの剣の切っ先から身を遠ざける。
剣の先端が届くには届いたが、打点を逸らされて力が乗らず、分厚いボランキオの鎧を貫くどころがかすり傷さえ付けられずに、跳ね返された。
そして突きを放ったために体が伸びたソウシの胴を薙ぎ払うように、ボランキオの戦斧が横薙ぎに振るわれる。
ソウシは、その刃から逃れるために、大きく後ろに飛んでかわすしかなかった。
「ほお…。ネクセラリアを倒したのはまぐれではないようだな。若いというのに、見事な身のこなしだ」
「…流石は八騎将、強いな…」
「弱くては八騎将は名乗れないのだよ…。行くぞ!」
ネクセラリアも強かったが、ボランキオも強い。
ソウシは暴風のごとく襲いかかってくるボランキオの戦斧を、どうにか剣で受け流しつつ考えた。
「(…相性が悪い。どうやって勝つ?)」
ソウシとボランキオの戦いは、数十合に渡って続いた。
ソウシは、完全に攻めあぐんでいた。
「(まるで山だ。…『不動』の名は、伊達ではないな)」
ボランキオはその豪放な見かけとは違い、非常に頭のいい、計算された戦い方をする。
通常、このような巨大な戦斧を使えば、その重さに体が流されてしまう。
それが重量武器を使う者の宿命であり、ソウシはこれまで、そうした相手は武器を振るった後に出来る隙をついて倒してきた。
だが、ボランキオにはそれがない。
人並みはずれた膂力で戦斧を自由自在に使いこなし、常に一手先を読み、ソウシを罠に追いつめるように自分の狙った先に追い込み、必殺の一撃を振るう。
ソウシはそれを身のこなしの速さと、意外なまでに頑丈なグラムで受け流すことでどうにか凌いできた。
これがただの剣だったら、最初の一撃で真っ二つに叩き折られていただろう。
このままならばソウシが負けることは無い、しかし、頑丈なグラムの刀身も、そろそろ限界に来ていることがソウシにはわかっていた。
そしてグラムが叩き折られたが最後、次はソウシがボランキオの戦斧に真っ二つにされるだろう。
「…いい勝負だったぞ、サガラ。これだけの勝負は久しぶりだ…。だが、これで最後だ!」
ボランキオは、爽快さすら感じさせる表情を浮かべると、頭上で戦斧を回転させ始めた。
回転によって速度と威力を増し、ソウシにかわしも受けもできない一撃を浴びせるつもりなのだろう。
ソウシはそれを直感した。
それをかわしきる方法がないことも同時に理解した。
だが、ソウシは諦めてはいなかった。
「(…考えろ、どうすればヤツを倒せる?次の一撃をどうすれば耐えきれる?
…次の戦斧の一撃は、かわすことも受け流すことも不可能…。
…それが、不可能ならば!)」
ソウシは心持ち前傾姿勢をとり、グラムを下段に、故郷の剣術の言う「八相の構え」と似た型に構えた。
そしてボランキオの振り回す、戦斧の切っ先に集中する。
息詰まる一瞬の後、ボランキオが吼えた。
「喰らえぃ!破砕閃斧!!」
「…はぁっ!」
落雷のような勢いで、戦斧が打ち下ろされた。
八双に構えたグラムが、それを迎え撃つように切り上げられる。
そしてその場に、鋼が断ち切られる、澄んだ音が響きわたった。
周囲の喧噪を切り裂いて、その音は響く。
ボランキオの戦斧はソウシの鎧の右肩の部分のみを吹き飛ばし、戦斧の斧頭を斬り飛ばそうと振り上げられたグラムは、狙いを果たせず、半ばから見事に斬り飛ばされていた。
くるくると光を反射して宙を舞っていた断ち切られたグラムの刀身が、軽い音を立てて地面に突き立った。
「狙いは良かったが…、その剣ではこの戦斧を切り飛ばすことは出来なかったようだな。だが、見事だった」
ボランキオは戦斧の斧頭を見つめた。
彼の戦斧には、刃の半ばにまで至る切れ込みが刻まれていた。
グラムの刃は、ここまで食い込んだ後に、ボランキオの技の威力に耐えかね、斬り飛ばされたのである。
「本当にいい勝負だった。最後の戦いの前に、これだけの勝負をさせてくれたことに感謝するぞ…。
サガラ、お前に敬意を表して、止めはこの技でくれてやろう」
武人の笑みを浮かべて、ボランキオは再び戦斧を頭上に構えた。
「…過去形で言うのはまだ早い」
ソウシは内心はともかく、見た目はグラムを折られた動揺を欠片ほども見せることなく、自然な動きでグラムを背中の鞘に収めると、腰の刀を抜いた。
故郷から持ってきたこの刀、銘こそ無いものの、ソウシが長年愛用している頑丈な一品である。
それを再び、ソウシは八相に構える。
「…東洋の剣か。だが、先程折れた剣より華奢なその剣で、どうやってこの戦斧を切り飛ばそうというのだ?それが無理だと言うことくらい、お前ならばよくわかっているだろうに。
悪あがきなら止めておけ、お前の名誉を汚すだけだ。最後は、潔く散るがいい」
「やってみればわかる。
…さっさとかかってこい。自分たちの役目は剣を振るうことで、口を動かすことではない」
「…いいだろう。さらばだ、サガラ!」
ボランキオの頭上で、戦斧が激しい勢いで回転を始める。
ソウシは、それを冷静に見つめていた。
「(…グラムは僅かに重すぎて拍子が狂った。この刀ならば、出来るはず。
…狙うは一点!)」
ボランキオが、がしゃり、と音を立てて一歩踏み出す。
ソウシはそれに応えるように、すり足でじりじりと半歩進む
周囲の喧噪が二人の感覚から消え去り、次の瞬間、ボランキオが動いた。
「砕けろ!破砕閃斧!!」
雪崩のように落ちかかってくる戦斧の切っ先の動きを、ソウシは全神経を集中させて捕らえていた。
タイミングを合わせ、前へと踏み出し、八相から刀を切り上げる。
前回よりも深い間合いで切り上げられた刀は、戦斧の斧頭をやり過ごし、ほんの少し遅れて落ちてくる戦斧の柄に食い込み、
「…ふっ!」
小さな気合いの声と共に、あっさりとそれを切断した。
ソウシの頭の脇を、凄まじい勢いで切断された斧頭が通り過ぎ、重い音を立てて地面に食い込んだ。
「何だと!狙いは、こっちか!」
ボランキオは驚きのあまりに状況を忘れた。
必殺の自信をこめてはなった技が、優美さすら感じさせる華奢な東洋の剣に破られたのだから、当然と言ってもいいだろう。
だが、ソウシはその隙を見逃しはしなかった。
手にした刀をそのまま前に突き出し、柄まで通れとばかりにボランキオの胴へと突き刺す。
「ぐふっ…!」
刀をひねったところで、ボランキオの技を受けた衝撃のせいか、刀身が半ばから折れ砕ける。
「…言い残すことはあるか?」
「…これで、やっと死ねるのだ…。もはや言うことは、何もない」
ボランキオと短い会話を交わしたその直後、最後に腰に残った小太刀を引き抜き、ソウシはボランキオの頸動脈を一息に切り裂いた。
「…これで、ようやく、妻と子の所へ行ける…」
傷口から血が噴水のごとく吹き出し、ソウシの全身を、後ろ髪をくくった空色のリボンさえも、暗い紅に染め上げる。
小さな呟きを漏らし、晴れ晴れとした死に顔を浮かべるボランキオを、ソウシはじっと見下ろしていた。
彼の表情は、どこか困惑しているようにも見えた。
やがてボランキオが完全に息を引き取ったことを確認すると、ソウシは小太刀を天に掲げ、叫んだ。
「…ヴァルファバラハリアン八騎将の一人、『不動』のボランキオは、このサガラが討ち取った!」
ソウシの叫びに部下達が呼応し、勝ち鬨を上げる。
「…これより敵軍の掃討を開始する!…蹂躙せよ!」
ソウシは手勢の陣頭に自ら立ち、休む間もなく再び行動を開始した。
指揮官を討ち取られたという動揺が、この場からヴァルファ全軍に速やかに広がっていく。
…この瞬間、ダナン攻防戦の勝敗は決した。
D二十七年五月八日、その序盤こそボランキオの奮戦によって苦戦したものの、最終的にダナン攻防戦は予想通り順当にドルファンの勝利に終わった。
この戦いにおいて、ソウシはイリハ会戦に続いて大きな戦功を上げた。
敵指揮官「不動」のボランキオを討ち、その後も全身を朱に染めたまま奮戦して敵軍を混乱させ、全軍の勝利に貢献したのである。
全身をボランキオの返り血で染め、その上から更に敵の返り血を浴びて戦うその姿に、味方と、僅かに生き残ったヴァルファの敗残兵は一様に呟いた。
左右に血風を巻き起こしながら走るその時のソウシは、恐ろしい、なにか人以外の「モノ」に見えた、と。
───「血風の」サガラ───
ダナン攻防戦以後、ソウシはこの二つ名で呼ばれることとなった。
次回:第七幕 護るべきもの
コメント
今回、自分が銀英伝ファンだと言うことを心の底から痛感しました。
…書いててすっげー楽しかったです(笑)
読者の皆さんが望む「みつめてナイト」SSから外れてしまったような…?
二年目はこのノリが結構続きます(苦笑)
ラブコメを書かないとまずいかなぁ…?
それでは今回のキャラ紹介。
エンリケ・アランテス 39歳 男 A型
無能で嫌な上司、コンセプトは以上です。元ネタにした名がもろに体を表しております(笑)
あんまり書けなかったな…。
そのうち活躍…させるのか?
外見は脂ぎったダルマ親父、数年前に掴まった某教祖のヒゲを剃ったような感じです(やべーな)
バルドー・ボランキオ 35歳 男 O型
八騎将はどうしても一発キャラですね…。
知性的なマッチョ親父を目指したんですが、全然書き切れませんでした(苦笑)
ルシア・ライナノール 25歳 女 AB型
この人の本格的な出番は次回です。
それではこの辺で。
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