「店主……、この剣はもう打ち直せないのか?」
先のダナン攻防戦で、昨年のイリハ会戦に続いて欧州最強と名高いヴァルファバラハリアン八騎将の一人を討ち取るという大手柄を立てた東洋人の傭兵、ソウシ・サガラ。彼は今鍛冶屋の店先で、小柄ながらも筋骨逞しく、炉の火に焼けた肌を持つ初老の鍛冶屋と話し込んでいた。
彼らの視線の先には二振りの剣があった。
一振りはソウシが故郷から携えてきた無銘の刀、そしてもう一振りは彼がイリハ会戦の時に、敬愛していた上官であったヤング・マジョラム大尉から今際の際に譲り受けた剣「グラム」であった。
「難しいな、こりゃ。まず第一に、東洋の剣の方は俺は打ち方すら知らないから論外だ。それからこっちの方は……」
鍛冶屋はグラムを手に取った。そして、その半ばから折れて二つになった刀身をしげしげと眺める。
「良い剣だが、こいつはもう寿命だったんだな。細かいヒビや刃こぼれは数知れず。今でなくても、いずれぽっきりいっちまってただろうな」
あっさりとそう言う鍛冶屋に、ソウシは残念そうにため息を付いた。
「そうか……」
俯いたソウシの表情を、ドルファンに来てから伸ばし始めた前髪が覆い隠した。常に口元をむっつりとへの字に堅く引き締め、鋭い目つきで眉を寄せているような彼だったが、今回ばかりは衝撃が大きかったのだろうか、僅かに肩を落としているように見える。
折れた二振りの剣はどちらも彼にとっては大事なものであった。刀は名刀と言えるようなものでないにせよ、彼がもう五年以上使い続けていたいわば愛刀であり、グラムは今なお彼にとって大きな存在であり続けるヤングから譲り受けた一振りである、衝撃が小さかろうはずがない。
「ただ、な」
「……何だ?」
鍛冶屋がまた口を開いた。その手にはまだグラムの刀身を持ち、しげしげと見つめている。
「これを繋げることはできん。やっても強度がまるでない、一度撃ち合わせたら折れるような物にしかならん。
……だが、一度完全に融かして新しい剣を作ることは出来る」
「それでは意味がない。それは新しい剣であって、グラムではない……」
ソウシの言葉からは、彼が如何にグラムを大事に思っていたかがよくわかる。友人を、或いは家族を亡くしたかのような痛みを、彼は今感じているのだろう。それは彼のような戦士だけが抱く感情であり、余人には伺い知れないものだろう。彼の一房の後ろ髪とそれをくくった空色のリボンが、その心の内を映したように力無く垂れ下がっていた。
「いや、そうとも言えんぞ」
鍛冶屋は俯くソウシを無視するように言う。
「剣はな、例えどんな名剣でもいずれ折れるもんだ。だが、ようく使い込まれた良い剣ってのは、ぼろぼろの刀身の中に良い鉄を宿す。こいつだってそうだ。一度融かして綺麗にしてやって、改めて打てば前以上に良い剣が出来上がる。そうして出来上がった剣は、いわば生まれ変わった剣だ。それまでの剣の良いところだけを受け継いだ、な」
「……そうなのだろうか」
「ああ、そうだ」
ソウシの問いかけに、鍛冶屋は力強く頷いた。
「第一、こんな良い剣をこのままにしておくなんてことは俺にはできん。いずれその気になったらまた持ってこい、格安で打ち直してやる」
そう言って鍛冶屋はグラムを鞘に戻してソウシに手渡した。それから、脇にどけてあった刀を手にする。
「こっちの方は済まないが手の施しようがない。何と言っても東洋の剣だ、何もかも違うから俺にはどうしようもない」
「店主、こちらが無理を言ったのだ、気にすることはない」
ソウシはそう言って微かに笑うと、鍔元で折れた刀を、やはり鞘に戻して受け取った。
「では、今日はこれで失礼する。続きはまたいずれ……」
「おお、ちょっと待て」
「何だ?」
鍛冶屋は出ていこうとするソウシを呼び止めると、足下の箱の中から一振りの剣をとりだした。
グラムより短く、刀ほどの長さながら幅と厚みはバスタードソードに近いその剣は、いわゆるブロードソードと呼ばれる種類の剣だった。
「剣士が剣無しじゃ格好がつかないだろう。そいつを貸してやる」
「……感謝する」
ソウシは剣を受け取ると、刀身を鞘から半分ほど抜き出して、その作りを眺めた。
「結構業物だ。必ず返せよ」
「ああ、出来るだけ早く返しに来る」
扉に向かって歩きながら答えたその一言に鍛冶屋はにやりと笑うと、すぐにソウシに興味を無くしたように、奥の工房へと入っていった。
五月も後数日で終わりというこの時期、ドルファンの空はどこまでも晴れ渡っている。からりとした心地の良い風が吹き、木々は夏に向かって一層その緑を鮮やかに茂らせる。
だが、海の向こうのソウシの故郷では、この時期は雨の季節の始まりである。しとしとと雨が静かに降り続き、晴れ間を見ることも少ないその時期は戦いも少なく、ソウシも自宅で過ごすことが多かった。
―――こう雨が多いと、洗濯物が乾かなくって困ります―――
内容だけ聞けば不満を言っているだけのそんなセリフを、どこか嬉しそうな声で呟いていた家族のことを、ソウシは不意に思い出していた。戦場に出ていたことの多い彼が家に帰ることなどこの時期と正月くらいのものだったから、自然と思い出の中に刻み込まれていたのだろう。そして、その家族とももう二年近く会っていない。
ドルファンで傭兵をすることを決めた自分の選択の結果とは言え、一度考え出すと思考は止むことがなかった。
―――便りは送ったが、元気にしているだろうか?―――
―――あれももう十三になっているはず、いや十四だっただろうか?―――
ソウシは、今までどんなに長く戦場にいてもそんなことを考えたこともなかった。やはりドルファンでの生活は自分を変えていたらしい。しかし、その認識は彼にとって決して不快な事ではなかった。
戦うための目的は今でも変わっていない。だが、今では少し前にはなかったものもまた感じるのだ。
ソウシは珍しく口元を微かに緩めながら、懐かしい記憶に思いを馳せつつ、シーエアー地区の商店街への道を歩いて行った。
―――手間がかかっても、きちんと食べなくては体をこわしてしまいますよ―――
そして彼は、たびたびそう言われていたことを思い出していた。
「あっれー? サガラじゃない! 偶然ねぇ、こんなところで会うなんて!」
人気の少ない商店街への抜け道を通ろうとした矢先、背後から驚いたような少女の声が聞こえてきた。この年頃の少女に幾人か知り合いはいるが、ソウシにこんな口調で話しかける心当たりは一人しかいない。そう思いつつ振り返ると、そこには彼の予想通りの少女が、満面に笑みを浮かべて立っていた。
「プリシラ……。何故こんな所にいる? ここは君のような年頃の娘が来るところではないぞ」
その少女、ドルファン王国第一王女のプリシラ・ドルファンは、ソウシのセリフを気にした様子もなく、屈託のない様子で立っていた。
「気にしない気にしない! せっかくのお忍びなんだから、遠出していろんな所を見なくちゃ! 第一、いっつもお城の近所じゃ飽きちゃうじゃない!」
「そういう意味ではない。この辺りは……」
「はい、そこまで! わかってるって。この辺は危ない、って言いたいんでしょう? 大丈夫よ、危険なところはちゃんと避けてるから♪」
なおも言い立てようとするソウシを、プリシラは手をひらひらと振って遮った。
プリシラの言う通り、表通りはまだしも、この辺りの裏通りはドルファン市街といってもあまり治安がよくない。シーエアー地区の中心である波止場には荒くれ者の水夫が集い、一時よりは遙かに態度が良くなったが、水夫以上に無頼の徒に近い傭兵達の宿舎も近い。
しかも、第二中隊の傭兵達はソウシの手の上になく、去年の今頃のように方々で問題を起こしているのだ。そんな連中がこの場所でプリシラに出会ったりしたら、彼女の身の安全は絶望的になる。何と言っても、プリシラはほとんど木石のソウシにもわかるほど魅力的な少女なのだ。このあたりは彼女のような少女が何も知らずにふらふらと歩けるような場所ではない。
だがしかし、そうした彼の心配はどうやら杞憂だったらしい。彼女はここがどういう場所か理解して、その上で来ている。一人で城を抜け出すような無茶なところのある娘だが、彼女はそれ以上にしっかりとした判断力を持っている。自分の身の安全には十分に注意しているのだろう。
わかっている以上、ソウシに追求する必要はない。
「……そこまでわかっているのなら、俺は何も言わないが」
「それに、サガラにも会えたんだから、もう心配ないでしょう?」
そう言って、プリシラは悪戯っぽい微笑みを浮かべる。自己中心的で我が侭だが、プリシラにはそれを気にさせないような天性がある。今もまた、微笑みながらソウシの顔を覗き込んでいた彼女だったが、その時、彼の持つ包みに目を留めた。
「……何、その荷物?」
「ああ、この前の戦いで折れた剣だ。直せないかと思って鍛冶屋に持って行ったのだが」
「……ダメだったの?」
「長年使い続けたものだったからな。寿命だったのだろう」
淡々としたソウシの口調に何かを感じ取ったのか、プリシラは僅かに表情を曇らせた。
「大切な剣、だったのね……。残念だったわね」
プリシラには他人の痛みを感じられるという、王族として得難い天性があった。ソウシはこうしてそれを感じる度に、彼女はいずれ良い王になるだろう、そう思うのだった。
そのまま二人は、連れ立って歩いていった。プリシラとの一時は、ソウシにとってもいつも楽しい一時である。
親しいとは言っても、どこか傭兵である自分に対する壁を感じるソフィア達(無邪気すぎるロリィを除く)と違い、プリシラには壁を感じない。それは、窮屈な日常から抜け出してきた王族が、気に入った遊び相手に見せる態度だからかもしれないが。それでも、ソウシにとってプリシラは、ソフィアやライズ達同様、大切な友人だった。
だが、そうして談笑している彼らに横槍を入れる者達がいた。
「いよぉ、サガラ隊長。こんなところで会うなんて奇遇じゃないか」
「……サガラ、これ、貴方の知り合い?」
突然目の前に現れた筋骨隆々の大男に動じた様子もなく、プリシラは彼女たちの時間を邪魔した人物を見上げた。浅黒い肌、濁った目つき、牛でも殴り倒しそうな太い腕。
「……第二中隊のゴステロ隊長だ」
さりげなくプリシラを背後に庇うように移動しながら、ソウシは答えた。にやにやと嫌らしい笑いを浮かべるゴステロと、同じように薄笑いを浮かべているその取り巻き達の視線から彼女を隠す。
「ふぅん……。ま、いいわ、行きましょ」
だが庇われているプリシラはそれに気づいた様子もなく、さっさと歩きだそうとする。
「まあ、ちょっと待てよ、お嬢ちゃん」
だが、ゴステロ達をすり抜けていこうとする彼女の方を、ゴステロがその太い腕で捕まえた。
「せっかく知り合いになったんだからよぉ、一緒に酒でもどうだい?」
相変わらずゴステロとその取り巻き達は嫌らしい笑いを浮かべている。ソウシの知り合いと見たプリシラに手を出すことで、ソウシに因縁を付けようと言うつもりだったのだろう。
「……汚い手を放しなさいっ!」
だが、鋭い一喝と共にゴステロの手は振り払われ、その目論見はプリシラによってあっさりと崩された。ゴステロ達は、プリシラが彼らに怯えて口も利けなくなると思っていたのだろう、それがこの年頃の少女の彼らに対する自然な反応でもある。
だが、彼女はそんな玉ではなかった、町にいる間はただの少女に見えても、王族の誇りと威厳をごく自然に身につけた正真正銘の王女なのだ。プリシラは軽い身のこなしでソウシの隣に移動すると、ゴステロを睨み付ける。ここでソウシの背後に隠れようとしないところが、彼女の性格を如実に表していた。
「……このガキ……!」
そしてそのプリシラの挑戦的な視線とその前の振る舞いが、ゴステロの、元から乏しい分別を奪い去っていた。彼女の態度に歪んだプライドを傷付けられたのだろう。
だが、凶悪な視線をプリシラに投げつけ、拳を固めて進み出ようとしたところで、それまで手を出していなかったソウシがゴステロの前に立ちはだかった。
「止めておけ、ゴステロ隊長」
「サガラ……!邪魔する気か、テメエ……!」
「邪魔ではない、親切心からの警告だ。
……彼女に手を出せば、お前の首が落ちることになる。それでもいいのか?」
それだけ言うと、ソウシは腰の剣の柄頭に手をかけた。二人の間に一瞬だけ殺気が渦巻き、ソウシの背後のプリシラと、ゴステロの取り巻き達を緊張させる。
だが、すぐに二人は申し合わせたように一歩引いた。そしてゴステロは忌々しそうに、足音高くきびすを返してその場を去っていく。そのゴステロの後を取り巻き達が慌てて追いかけ、プリシラはソウシの背後で舌を出していた。
「いーっ、だ!」
「……これでわかっただろう、プリシラ。やはりこの辺りは君のような年頃の娘が一人で来るところではない、と」
「はぁい。……でも」
今回は大人しく頷いたプリシラだったが、顔を上げたときには殊勝な色はすでになく、目をきらきらさせながらソウシを見つめていた。
「私を守ってくれて、ありがとう。それに私を守るために決闘までしてくれようとするなんて、感激しちゃったわ!」
「……何のことだ?」
ソウシは不思議そうに首を傾けたが、プリシラはそれを気にした様子もなく、相変わらず目を輝かせていた。
「だって、『彼女に手を出せば、お前の首が落ちることになる』、なーんて言っちゃって! 貴方にはあんまり似合わないセリフだったけど、格好良かったわよ!」
「……事実を言ったまでだが。王女である君に手を出せば、すぐに捕まってギロチン台送りではないか」
「……は?」
さらりとそう答えたそうしに、プリシラは呆気にとられた表情を見せたが、やがて一つ大きくため息を付くと、肩を落としてしまった。
「そーよね……、貴方はそーゆー人だったわよね……。感激した私が馬鹿だったわ……」
「まあ、奴らがあっさりと引いてくれて助かった。こんなところでゴステロ相手に私闘に及んだりしては、部下達に行いを正せと注意する資格が無くなる」
うんうんと頷くソウシと、肩を落としてため息を付くプリシラ。その光景は端から見れば奇妙なものだっただろう。だが程なく、プリシラは落としていた肩を持ち上げて、気を取り直すように微笑んだ。
「とにかく、助けてくれたことは確かだし! きちんとお礼をしなくちゃね」
「別に気にするな、当然のことだ」
「いいから、他人の厚意は大人しく受けなさい。……今度の日曜日、空いてる?」
「特に予定はないが」
頭の中の予定表を思い出し、そこに何もないことを確かめるとソウシは頷いた。
「じゃあ、午前中に人をよこすから、その娘の言うところに来てちょうだい。今日のお礼をするわ」
「別に気にする必要は……」
「日曜日の午前中! ちゃんと家にいなさいよ、いいわね!」
ソウシのセリフを遮ってプリシラはそう宣言すると、突然口調を変えてこう言った。
「ところで、そろそろお城に帰ろうと思うんだけど……、乗り合い馬車の駅まで送ってくれない?」
「おやすいご用だ」
あっさり承諾して、ソウシは先に立って歩き出す。
「助かるわ、この辺って、結構道が複雑なんだもん」
安心した口調でそう言うと、プリシラは彼の後を追って歩き出した。
そのまましばらく歩いていた二人だった、ソウシはふとあることを思いつき、背後のプリシラに尋ねてみた。
「プリシラ」
「何?」
「もしや、君は道に迷ってあんな裏通りにいたのか?」
「……」
プリシラは憮然として黙り込み、それから馬車に乗るまで、口をきこうとしなかった。
六月二日、日曜日。昨年城に奉公に上がったばかりの――本人曰く、転職したばかりの――その女性、キャロル・パレッキーは、突然王女に呼び出され、妙な仕事を頼まれ困惑していた。密かに自慢にしている高く結い上げたポニーテールを揺らし、彼女は律動的な足取りで王宮を出た。
「……こーいうのって、メッセンジャーの仕事じゃないのかなー? 何で傭兵隊の隊長さんの所へ、お城の侍女がメッセージを届けなきゃならないのよ?」
確かに彼女の言う通り、王宮から公式なメッセージが出される時には、専門のメッセンジャーがそれを運ぶのが常だった。しかし、これは彼女も知らないことだったが、今運んでいるメッセージは王女から傭兵隊長への『個人的な』メッセージなのである。もう少し王女に接した期間が長ければその可能性に気づいたかもしれなかったが、まだ彼女は奉公して一年に満たない新入りの身、王女がどういう人物かも把握しきっていなかったのである。
「ところでこの住所って、確かあいつも住んでる兵舎だよねぇ? ……だったら、お仕事終わったらあいつにご飯でもおごらせよっかなー? よし! そーしよ!」
何事か思いついたらしいキャロルは、足取りを軽くしてシーエアー地区を進んでいく。危なげない足取りから察するに、その若さに似合わず、このような場所にもかなり慣れているらしい。
まだ日も中天に昇りきっていないこの時間、空気は清涼感に満ち、キャロルも気分をよくしたのか、鼻歌混じりに歩みを進める。やがて歩いていくことしばし、彼女の目の前に目指す傭兵隊の兵舎と、半年ほど前に知り合った、気の合う友人が彼女と同じ所に向かっている姿が見えた。最初は彼女の元バイト先であったレストランの常連客だったのだが、いつからか気の置けない友人となっている。
キャロルは獲物を目の前にした猫科の獣のように目を輝かせると、小走りにその青年の隣へと近づいていった。
「やっほー、アル! 元気だったぁ?」
「うぐわっ……! でっかい声を出すんじゃないこの極楽娘……!」
親愛の印に軽く背中をはたいた行為に対する返事は、地の底から響いてくるような苦しみに満ちた声だった。これは彼女にも憶えがある口調だ、すなわち、二日酔いに苦しむ者の声。そうなった辛さはキャロルもよく知っているのが、それをネタに更にからかうのが彼女の常だった。
しかし、今は仕事の最中である。彼をからかって遊ぶのは後にすることにして、まずはその仕事を片づけるべく、未練たっぷりながらもその場を離れることにした。
「ねえねえ、あんたの所の隊長さん、サガラっていう名前だよね?」
「……」
やはり声を出すのも辛いらしい。普段の伊達男っぷりからは想像もつかないような崩れた様子で、傭兵隊副長アルベルト・エルランゲンは無言で頷いた。
「それなら、この兵舎に住んでるんだよね? わたしー、ちょぉっとその人に用事があるから、それ終わったらあそぼーねー! あんたの部屋に行くから、待ってなさいよー」
「……そのままどっかへ行っちまえこの極楽娘……」
なおも苦しげなアルベルトの返事を聞くことなく、その時にはキャロルは既に兵舎の中に姿を消していた。
「……それで、彼は至急の用事があって呼び出しには応じられない、と。そう言ったのですね?」
「はい。なんか鎧を着込んで腰に剣を下げて背中に盾を背負って、完全武装でどこかへ出かけて行っちゃいました」
不機嫌さを隠そうともしないプリシラ王女に気圧されることもなく、キャロルはとりあえず自分の役目を果たすために報告を終えた。キャロルがメッセージを届けた相手は、なんと王女のお誘いを蹴ってどこかへ出かけてしまったのである。
キャロルがメッセージを届けようと目的の扉をノックしたとき、その目的の傭兵隊長、今やドルファンの英雄とも呼ばれる彼、ソウシ・サガラは、ノックを待ちかまえていたように扉を開いた。そして完全武装で彼女の前に現れ、町中でそんな物を目にして呆気にとられる彼女に、淡々と急用が出来て王女のお誘いを受けられない旨伝えたのである。
お気楽な外見に似合わず明敏ないつもの彼女ならば、メッセージの内容も聞かずにそれだけ伝えて去っていく彼に、何故内容を知っているのか問いただしたかもしれない。しかし、その時のソウシの纏っていた張りつめた雰囲気は、それを彼女に許さなかったのである。
「まあ、それなら構いません。ご苦労様でした」
「はぁい」
「これからも色々とお願いすると思いますが、その時はよろしくお願いしますね……。お下がりなさい」
報告を聞き終えたプリシラは、それ以上何もただすことなくキャロルを退出させた。キャロルは相変わらずのお気楽な返事でそのままプリシラに背を向けたのだったが、背後から聞こえてきた呟きに、王女に対する認識を新たにしたのだった。
「……いー根性してるじゃない……、せっかく楽しみにしてたのに……。これで納得する理由を聞かせてくれなかったら、本気でギロチンにかけてやろうかしら……」
「(……王女様って、結構楽しい人なのかも……)」
『ねぇ、ほんとによかったの? 王女様との約束をすっぽかしちゃって』
「……こちらの方が急用だ。決闘を申し込まれた以上、逃げ出すわけには行かない」
プリシラが物騒な決意を固めたその頃、ソウシは借り物のブロードソードと、ただ一本残った脇差しを腰に差し、ピコと二人でカミツレ地区の神殿跡に向かっている、はずだった。しかし、そこには予想外の三人目の姿があった。
「……何をぶつぶつ言っているの?」
ほとんど唇しか動いていないソウシの特殊な会話法を、なんと彼女、ライズは聞きつけたらしい。元々ソウシはピコ以外の人間を同行させるつもりはなかったのだが、乗り合い馬車で偶然カミツレ地区の神殿跡に行くというライズと乗り合わせ、不本意にも同道することになったのである。
「美術の授業の課題があって……、神殿跡のスケッチをしに行くのよ。貴方も昨日、ソフィア達に灯台に行かないかって誘われていたでしょう?」
確かに、ソウシは夕べの勉強会でそんなことを聞いた憶えがあった。しかし。
「……君もそちらへ行っていたのではなかったのか?」
「私は班が別だから……。同じ班の娘達とはあまり仲が良くないし、一人寂しく神殿跡へ向かっているのよ」
珍しく肩をすくめて冗談らしいことを口にするライズに不思議な感慨を覚えながらも、ソウシはこれからそこで決闘があることを告げ、ライズを引き返させようとした。
「女子供が見る物ではない」
「……私の父もスィーズランドの軍人なのよ? そのくらい、小さい頃から見慣れているわ。それに、決闘ならば立会人が必要でしょう?」
常の彼女には珍しく、ライズはソウシの忠告に従おうとはしなかった。きちんと理由を説明すれば、彼女は非常に聞き分けの良い少女だったのだが。
そして、彼女の言う『立会人』という存在は、確かに決闘には必要なしきたりの一つであったので、ソウシはそれ以上強く出ることは出来なかった。
「……しかし、初めて聞いたな」
「何が?」
「君の父上が、軍人だということだ」
「……別に、スィーズランドでは珍しい職業ではないわ。それに、軍人といっても、前線に出る人ばかりではないから」
どこか不自然に、ライズはそこで会話を打ち切った。ソウシは、顔を背けたライズからこれ以上の会話を拒むような気配を察して口を閉ざした。それは、常のソウシの他人への無関心からではなく、いつの間にか身につけた気配りからの行動だった。もっとも、そこまで気づいていたのは当人でもライズでもなく、ピコ一人だったが。
『うんうん、良い傾向だよ……』
「……何がだ?」
馬車は、彼らと他数人の乗客を乗せ、一路カミツレ地区へと向かっていった。
指定された時刻、指定された場所にその相手、ヴァルファバラハリアン八騎将の一人、「氷炎」のライナノールは一人たたずんでいた。一般的に美人といわれるであろうその顔の半分は前髪に隠されていたが、その野性的な美しさは全く損なわれていなかった。
しかし、戦場での炎のような戦いぶりと、氷のごとき冷たい鋭さは今の彼女からは微塵も感じられず、ただ空虚さだけがその影を満たしていた。だがそれはあくまで表面的なものであり、空虚さの奥には、坩堝の中の溶けた鉄のような、どろどろとした熱い物が溢れ返らんばかりにうごめいていた。
ソウシは、今の彼女のような目をした者を何度となく見てきた。何かに対する憎悪に、復讐に身を捧げた者の目を。
ライズを伴いその場に現れたソウシにライナノールは不審の目を向けたが、ライズをどうでもいいと言わんばかりに無視すると、ソウシを睨み付けながら名乗りを上げた。
「よく来たな、ドルファン王国傭兵隊第一中隊隊長、ソウシ・サガラ。我が名は……」
だが名乗りを上げる寸前、ライナノールはためらうように口を閉じた。
「いや……。私は軍も同胞も捨て、ただ愛する人のために、朋輩ボランキオの仇を討つためにここへ来た……。もはやヴァルファの八騎将たる私はいない。
私はただのライナノール。「氷炎」のルシア・ライナノールだ!」
名誉と地位と全てのしがらみを投げ捨て、ただ一つの思いのために戦う者がそこにいた。彼女がソウシに向ける憎悪の理由は彼にはわからない。しかし、その、暗くとも純粋な想いの塊に、ソウシは返す言葉を持たなかった。決着は、ただ剣でのみ。
「ドルファン王国傭兵隊第一中隊隊長、ソウシ・サガラ。決闘の申し入れを確かに受けた」
ソウシが一歩進み出る。申し合わせたようにライナノールも一歩踏み出し、同時にソウシを追い抜いて、両者の中間にライズが立って右手を挙げる。
「……? なんの真似だ、娘」
ライナノールは、再び不審の目をライズに向けた。
「ライズ・ハイマー、古式に則り、この決闘の立ち会いを務めます……。両者とも、異存はありませんか?」
まだ少女でしかないライズのこの言葉に、ライナノールは今度は驚きの目を向けた。しかしソウシがライズの言葉に頷いたことで、彼女もまた何も言わずに頷いた。
「それでは……、両名、いずれが勝者となっても、後に遺恨を残さぬ事を誓いますか?」
間髪入れずに二人は頷く。
完璧に古式に従い、ライズは続ける。
「決着は、流血か、降伏か、死か、いずれとしますか?」
決闘といえども全てが命がけというわけではない。事実、貴族の決闘などは、先に血を流した者が自動的に敗者とされる。だが、この場の決着は死以外にあり得ないことを、当事者達は理解していた。
『決着は、死をもって』
期せずして二人の声が唱和する。ライズはそれを承認した証に、小さく一つ頷いた。
「では……、両名、この決闘が正々堂々たる正式な決闘であることを、何にかけて誓いますか?」
この問いかけが終わった時点で、決闘は開始される。ソウシは、学んだ作法通りに応えた。
「我が剣に」
だが、ライナノールの答えは、作法とは違ったものだった。
「……我が命にかけて!」
叫ぶように宣言すると、ライナノールは腰の二本の剣を抜いた。その剣は、ライナノールに合わせたように細く、しなやかな刀身を冷たく輝かせていた。応えるようにソウシは腰の剣を抜き、背負っていた盾を左手に構える。
「それでは……、始め!」
ライズが挙げた右手を振り下ろし、二人の中間から脇へ退く。
二つの風が、ライズの目の前で激突した。
まるで別々の意志を持つ生き物のように、ライナノールの剣が複雑な軌跡を描いてソウシに襲いかかる。ソウシはその二本の剣を、一方は剣で逸らし、もう一方は盾で受け止める。そして、攻撃を受けきられた後の隙をついて、ソウシの剣がライナノールに襲いかかる。だが、その剣には常の鋭さはなく、たやすく受けきられる。慣れないブロードソードが、ソウシの最大の武器である速さと鋭さを僅かだが奪っているのだ。
「どうした! それがネクセラリアを……、ボランキオを、いやバルドーを屠った技か! そんなものであの人がやられるものか! 貴様の力、全て見せて見ろ!」
変幻自在の動きでライナノールの二刀がソウシを切り裂く。いずれもまだ浅い傷だが、血を流しすぎればいずれそれは敗北に繋がる。
「……ふっ!」
ソウシは自分から打ち込むことを諦め、カウンター狙いに切り替えた。これならば多少技が鈍っていても存分に効果は望める。彼は、かつてヤングに叩き込まれた剣での突き技を思い出し、絶妙のタイミングでライナノールの剣にカウンターを合わせる。
「甘いッ!」
だが、それはまたしても変幻自在に動く二刀によって阻まれた。一刀にカウンターを合わせても、もう一刀が蛇のように動いてソウシの剣を逸らし、突きを空に泳がせる。そして、かわしたはずの最初の一刀が、またもソウシの太股を浅く切り裂いた。
「(……これは、やっかいだ。技だけならばネクセラリアよりも、ボランキオよりも遙かに上だ。しかもこの技、まったく隙がない。我流ではなく、どこかの剣の正統か……)」
我流の戦場剣法というものは、一対一の戦いになるとどうしても消せない隙がある。それがあくまで一撃必殺を目指した、多対一を想定したものであり、常に動いて止まることのないものだからだ。戦場では細かい隙をうかがう暇など無い。防御の上から相手に一撃入れて、崩せなければ負けの世界なのだ。
だが、正式な剣術は違う。道場での一対一の戦いを基本とした剣術は、自分の隙を限りなく減らし、フェイントで相手を揺さぶり、隙を作ることが第一である。こうした技は、余程の達人でない限り戦場では通用しない。のんびりと隙をうかがっていては、後ろから切られるのが戦場なのだ。『道場剣法』と傭兵達に冷笑される所以である。
だが、それをものともしない達人がライナノールだった。彼女の剣は、例え乱戦の渦中であっても敵を切り、自らを守るだろう。並大抵の修行では辿り着けない剣の境地に、彼女は存在したのだった。そして、その技では、所詮我流のソウシでは彼女に及ばない。ソウシが対決した三人目の八騎将は、その名に相応しい実力でソウシを着々と追いつめつつあった。
それでも、追いつめられつつあったソウシは、常人にはあり得ないほどの忍耐力で反撃の機会をうかがっていた。少年の頃から戦場を渡り歩いたソウシである、この程度の危機には何度と無く直面し、そして今までは運良くそれを生き抜いてきた。そしてその生き延びた経験は、彼にまだ勝利の可能性があることを告げていた。
「はぁぁぁっ! 二刀氷炎斬ッ!!」
氷のごとく鋭い一撃が、そして炎が襲い来る様な第二撃がソウシを襲う。初手をかわし、次手を受けきり反撃に出ようとするが、打ち降ろしの二撃目の勢いに押し戻され、間合いを外される。
「くッ……」
「無駄だ! 我が剣に隙はない!」
「(……焦るな、焦るな……!)」
ライナノールの剣には確かに隙がない。攻めにも守りにもソウシを上回る完璧な技を持っている。だが、ソウシはそこにつけ込む事を狙っていた。
彼女の一撃に、ネクセラリアほどの重さがあれば勝敗は既に決していただろう。しかし、ライナノールは完璧な技の代償か、女性故の筋力と体重の無さか、その剣には致命的に軽かった。ソウシの全身に傷を刻みつけているにもかかわらず、その全ては致命傷にはほど遠い浅手である事がそれを示唆している。
更に、彼女の剣は相手に隙を作り出すことにその神髄があるとソウシは見た。変幻自在の剣で相手に隙を作り出し、急所への一撃で勝負をつける、それが彼女の剣だと。ソウシは浅手は無数に負っていても、急所だけはしっかりと守り、一撃も入れさせないでいたのだ。
相手の狙いがはっきりすれば、対応策はいくらでもある。ソウシは、その策を行うべき瞬間を、じっと待っていた。
そして、果てしなく続くかと思われた忍耐の果てに、その機会はやってきた。ライナノールの剣を誘うかのようにガードが空けられた盾側の脇腹を横薙ぎにせんと、彼女の剣が襲いかかってきたのである。
剣がソウシの脇腹を切り裂くかに見えたその瞬間、ソウシは盾を捨て、一歩前に踏み込んだ。ライナノールの顔が驚愕の色に染まる。彼女の剣は確かにソウシの左脇腹に食い込んだ。が、その傷はそれまでと大差のない浅手であり、その傷と引き替えに、ソウシは彼女の右腕を、剣ごと抱え込んでいたのである。
「おぉぁぁぁ!」
そして、雄叫びと共にソウシは肩からライナノールに体当たりをかける。体重差が物を言い、彼女はなす術なく地面に倒れ込み、ソウシに取り押さえられた。左手の、まだ自由な剣でソウシを切り裂こうとするが、この態勢では長さが災いして思うようには剣を扱えない。対してソウシはあっさりと右手の剣を投げ捨て、素早く脇差しを抜いてそれをライナノールの首筋に当てる。
ソウシは、躊躇することなく脇差しをそのまま横に引いた。彼らが取り決めた決着は死をもってのみ。決闘の掟は、それ以外の決着を許さないのだ。
ボランキオと同じように頸動脈から血を噴き出し、痙攣を起こしながら、ライナーノールの目は光を失っていく。その最後の瞬間に、本当に小さな声が、その口から漏れ出てきた。
「……バルドー、私も、貴方の所へ……」
彼女の死に顔は、それまでの憎悪に染まった表情がまるで嘘のように、安らかなものだった。
だが、それとは対照的に、ソウシは複雑な表情をしていた。奇妙に歪んだ表情を。
「……勝者、ソウシ・サガラ……」
ライズの淡々とした声が、我を忘れかけていたソウシを現実へと引き戻した。
ライズは、乗り合い馬車に揺られながら先程の決闘を思い出していた。隣の座席には、その決闘の勝者であり、ヴァルファの八騎将の三人目を討ち取った戦士であるソウシが、何か思い悩んでいるかのような表情で座っている。
ソウシが追い込まれているかに見えたとき、ライズは自分が動揺していることに気づいた。ライズの「目的」からすれば、どちらが勝者になっても構わないはずだったのに、ライズは、ソウシが追い込まれていることに、感じるはずのない焦りを感じていたのである。それは彼女の命じていた「ソウシを助けに行け」と。
だが、そんなことが出来るはずはなかった。彼女は目立つ行動をしてはならなかった。それが使命のためだから。彼女は立会人であり、決闘を汚すことは出来なかった。そんなことをすれば、双方から排除されただろう。そして何より、ソウシを助けることは自らの仲間達を裏切ることに彼女には思えた……。
結果的に、彼女の心配は杞憂に終わった。ソウシはライナノールに勝った。彼女の遺体はカミツレ地区の警備隊に預けてきたから、明日には共同墓地に埋葬されるのだろう。そして、勝者となったソウシは今生きてこうして隣りに座っている。苦悩の表情を浮かべたままで。
「……気に病むことはないわ。勝者には生を、敗者には死を、それが戦いの常だもの」
傭兵とはいえ、女を手に掛けたことを悔やんでいるのだろか、何かに苦しんでいるように見えるソウシの姿に、ライズは声をかけずにいることが出来なかった。自分の心のどこかが、勝手に声を出しているようだった。
「敗者には、明日はないのよ……」
だが、言った瞬間そのあやふやな気持ちは後悔に姿を変え、自戒を込めて彼女は呟いた。
相手は、ドルファンの傭兵なのだから。
「違う……。悩んでいるわけではない。ただ、忘れていた物を思い出しただけだ……。
……恐怖を、恐れという感情を」
ソウシが返した言葉は、ライズには全く予想外の物だった。勝ったソウシが、しかも戦場を往来する傭兵たる彼が、何故今恐怖などという言葉を持ち出したのか、彼女にはわからなかった。
彼は、怪訝な表情を浮かべる彼女に構わず、独白するように言葉を続けた。
「死に対する恐怖などとうの昔に乗り越えた。死を受け入れられない者は、戦士として生き延びることなど出来ない。だが、俺は自分の死というものに対する恐怖と一緒に、誰かを失うという恐怖も忘れていた……」
ライズは応えない。ただ黙ってソウシの言葉を聞くだけだった。だが彼は構わず続けた。
「俺は、失うべからざるものを失ったとき、これ以上何も失わないために剣をとった。剣をとる以外の生き方もあったが、守るべきものを自分で守るために、剣をとったのだ。
……いつの頃からか、その頃の気持ちを忘れかけていた。俺はそれを守るために剣をとったはずなのに……。
何かを失う恐怖をもう二度と味わわないために、俺は剣士になったのだ」
ソウシは小さな鞘走りの音を立てて腰の脇差しを引き抜き、その刀身を覗き込む。それは、ライナーノールの、今までに斬った幾多の人間の血脂で曇っていた。しかし、刀身を見つめるソウシの目は、今まで以上に曇り無く澄み切っていた。
「俺は、ボランキオとライナノールに感謝しなければならない。彼ら二人が、その死に様が俺に大事なものを思い出させてくれた。これで、俺はもっと強くなれる」
「……何故?」
「生きるため、守るために戦えるからだ」
短い問いに、ソウシははっきりと答えた。ライズに自らの心の内を吐き出したことで、彼の苦悩の表情は綺麗に消え去ったようだった。
だが、ライズの心には小さな棘が引っかかっていた。
「貴方、何かを守るために戦う、といったわね」
「そうだ」
「……それは、貴方の故郷にあるのでしょう? ならば貴方はそれを守りに帰るの?」
「それはない」
ライズの微妙な、出会った頃から比べれば柔らかくなったとはいえ、固さの残る表情に浮かんだ僅かな寂しさを感じさせる表情を見ながら、ソウシはまたきっぱりと答えた。
「何故?」
先程と同じ問い。だが、今度の問いには僅かに弾むような気配があった。彼女と親しいつきあいをしているソウシやソフィア達以外には、到底感じ取れないような僅かな気配だったが。
「……傭兵としての契約は三年だ。それ以前に除隊することは出来ないし、無理にすれば契約違反と軍規違反で死罪だ。それに、俺に大事なものを教えてくれたこのドルファンという国と、それに君たちも、俺にとって守るべきもの、だからな」
ソウシは言って小さく笑う。他の人間が言ったら歯の浮くようなセリフかもしれなかったが、彼が口にするとどこか不思議な重みを感じる、とライズは思った。そして、同時に自分の鼓動が小さく跳ねたことを感じた。彼女はその理由を考えることはしなかったが、それは心地のいい感覚だった。
「そう……」
それだけ言うと、ライズはソウシから目を逸らした。彼女自身気づいていなかったが、そう言った彼女は目に柔らかな光を浮かべ、小さな、ほんの僅かな笑みを浮かべていた。
「(……綺麗な笑みだな……)」
ソウシはそれに気づいていた。気づいたことを、口に出すような気の利いたことはしなかったが。
『(何だかいー感じ……)』
ずっと黙って二人のやりとりを眺めていたピコが、こちらも口出すことなくそんなことを思っていた。
そしてそのまま無言になった三人を乗せ、馬車は一路、ドルファン首都城塞へと向かっていった。
次回:幕間其の四 Here Comes a New Charactor!
コメント
……お待たせしました(……待ってくれていた人がどれだけいるのやら)
とりあえず、難産でした。
その辺りの理由は内容から読みとってくれたらうれしーです。
ですが、今回のライズちゃんはなかなか満足のいく描写が出来ました(笑)
それでは今回のキャラ紹介
キャロル・パレッキー 20歳 女 O型
……いやなんだか私のイメージ的にアルベルトと絡めやすかったもので……。
以前にほんのちょびっと伏線を張っていましたが、それはこのためだったのです(笑)
これから先の出番は……完全に未定です(苦笑)
ちなみに、「侍女」と「メイド」は違うものなのであしからず。
詳しいことは辞典で調べるなりその道(笑)に詳しい人に聞いてください。
鍛冶屋の親父(爆笑) ?歳 男 ?型
別に気にする必要はありません(笑)
それではこの辺で。
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