冬は来たりて
ある、冬の晴れた日のことだった。風もなく雲もない、なにかの冗談みたいにびっくりするほど暖かい、そんな日の放課後。
深陽学園の校舎の陰に二人は立っていた。
遠くでクラブ活動をしている生徒たちの声が聞こえる。だが、今の二人にはそんなものは聞こえていなかった。
二人とも緊張でがちがちに固まっていた。
「み、宮下さんっ」
少年の方、倉田俊輝(くらたとしき)は、ひきつったような声をあげて、自分と向かい合って恥ずかしそうに目を逸らしている少女、宮下藤花を見つめる。
ひょろりと背の高い、おとなしそうな少年。その静かな雰囲気のおかげで藤花のクラスの中でも目立たない存在だった。
「……はい」
消え入りそうな声で、藤花がやっと応えた。いつもの明るい雰囲気はそこにはない。
ごくりと唾を飲み込み、俊輝はやっとの思いで先を続けた。
「あなたが、好きです」
長い沈黙だった。
二人とも耳まで真っ赤にして、相手の次の言葉をうかがう。
「……はい」
先に沈黙に耐えられなくなったのは藤花の方だった。先ほどとまったく同じことを、さらに小さい声で藤花はやっと、口にする。
また、沈黙。
俊輝も次の言葉を出すのにかなりの勇気を振り絞った。
「僕と、つき合ってください」
一言一言の重みを、これほど痛感したことはなかった。自分の言葉の重みに、自分自身が圧し潰されそうになる。
藤花がゆっくりと口を開く。
「……はい」
小さな、しかしはっきりとした肯定の言葉。
固まっていた俊輝の顔に笑顔が戻った。そして、藤花の顔にも。
「……よろしくお願いします……」
どちらからともなくそんな言葉を口にして、二人はぎこちない握手を交わした。「これは、どういうことなんだろうな?」
そんな二人を二人の死角から覗いていた人物は、誰ともなしにそうつぶやいた。もともと、『彼』のほかにはその場所には誰もいない。『彼』にしても、好きで出歯亀のまねをしているわけでもない。
『彼』にしては珍しく、こんな状況に置かれた自分に混乱していた。真っ白い顔に、笑っているような困っているような、そんな表情を浮かべる。
「どういうことだ……?」
もう一度そう繰り返し、『彼』……ブギーポップは途方にくれたように空を見上げた。
そこには雲一つない、水色の絵の具をこぼしたような空が広がっているだけだった。ある、冬の晴れた日のことだった。