エス・エル・ジー
今週最後の授業が終わり、クラスメート達は休日の予定など、たわいない話に花を咲かせながら帰り支度をしている。
そんな中、俊輝と藤花は連れ立って学園の中庭に向かった。
そこは、普段は人の出入りがほとんどないのだが、今日のように晴れた日は日光が心地よく降り注ぎ、外で昼食をとる時の穴場として生徒に知られている。今日も俊輝達の前に何人かの先客がいた。
本当は立入禁止の芝生の上に腰掛け、藤花が家から持参した二人分の弁当をひろげた。もちろん藤花のお手製である。
「うまくできなかったんだけど……」
照れながらそう言った藤花の言葉通りおかずが少々いびつではあったが、俊輝はもちろんそんなことは気にしない。
今までが朝見繕ってきた惣菜パンとパックのジュースだったこともあったのだが、なにより自分の好きな人が自分の為に作ってきてくれた弁当である。嬉しくないはずがない。
「そんなことないよ。いただきます」
タコやカニの形に切られたウインナーソーセージなんて久しぶりに見た。母さんはそんなことしないし。
そんな所に小さな感動を覚えながら、俊輝は弁当を頬張った。
少し急ぎすぎて俊輝が喉をつまらせると、藤花が苦笑しながら、魔法瓶に入れてあったお茶をさしだしてくれる。
「あ、ありがとう」
そんな俊輝を見ながら、藤花は自分の弁当を食べるでもなくにこにこしていた。
「どうしたの?」
俊輝の問に悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「食べさせてあげようか?あーんって」
とたんに俊輝の顔が紅潮した。
「いっ、いいよ……」
「ふふふ、冗談よ冗談。やっぱり恥ずかしいもんね」
ちょっと残念だったが、そう言うのも恥ずかしくて、俊輝はそれ以上なにも言わずに黙々と藤花が作ってくれた弁当を胃袋に収めていった。藤花は相変わらずにこにこしたまま。藤花が不意に顔をあげた。それにつられて俊輝が箸を止めると、微かな音色が聞こえてくる。
周囲の喧騒にまぎれてほとんど聞き取れないが、どうやら口笛であるらしかった。曲自体は明るめであったが、口笛独特の寂しげな雰囲気がただよう。
「……誰が吹いてるんだろう」
「ブギーポップね」
俊輝の独り言に藤花が答える。辺りを見回していた俊輝は気がつかなかったが、その時藤花が浮かべた笑みはひどく人の悪そうな、不敵なものだった。
「え?」
そう俊輝が聞き返した時にはもう、藤花の表情は元に戻っていた。
「ないしょ」
「あ、ひどいなぁ」
言うほど俊輝も気にせず、二人して笑いあった。
本当に幸せだった。夢のようだ。
夢なら覚めなければいい。俊輝は心の底からそう思った。一点の曇りもない青空の下、口笛は響き続けている。