三人→一人
藤花は不機嫌の絶頂にあった。
憧れの先輩と二人きりの旅のはずだったのに、気がついたら同行者が一人増えていたのである。
しかも、とびきりかわいい女の子が。
織機綺と名乗った少女は、今は憧れの先輩であるところの竹田啓司の背中にいる。泣きつかれて眠ってしまったのだ。
名前以外のことは何も覚えていないらしい。一緒にいた少女は謎の集団に銃で撃たれて死んだ、と啓司に聞かされた時はショックだったし、彼女に同情もした。
しかし。しかしである。
それはそれ、これはこれだ。
本来ならば藤花が
「先輩……、もう歩けません……」
とかなんとか言って独占できるものとばかり思っていたが。
「先輩……」
「なんだい?」
藤花はできる限り哀れっぽくなるよう、自分の持てる演技力の全てを費やして、渾身の一言を放った。
「私……、もう、歩けません……」
「そうだね、俺も疲れたし。あ、ちょうどいい。あそこの洞窟で一休みしよう」
背後で本当に疲れきってがくーっ、となっている藤花に気づかず、啓司は綺を抱え直すと発見した洞窟に向かった。「先輩……、私たち、どうなっちゃうんでしょうね?」
綺を床に降ろしたあと(その時啓司が自分の上着を敷布替わりにしたのがちょっと気に食わない)、やっと二人で一息ついて、藤花は啓司にそっと寄り添った。
「き、君らしくないな。そんなに弱気になるなんて」
少しドギマギしながらも、啓司は自分の肩に頭を預ける藤花をそのままにしておいた。
「最初は、二人きりで旅ができて、とても楽しかったんです。でも、なんだか大変な事に巻き込まれちゃって……」
まったくその通りだ、と啓司は思った。しかも、自分を巻き込んだ張本人はそのことをまったく覚えていないときている。
しかし、ここで彼女を見捨てるわけにはいかなかった。彼女は自分を頼ってくれているのだ。それは啓司の人生において例のないことであり、こんな状況下で不謹慎かもしれないが、嬉しかった。
男の子って大変だなぁ
「……まだ、お返事聞いてませんでしたね」
「え?」
「私と、おつきあいしてもらえますか?」
「お、俺は……」
そこまで言って、気がついた。藤花も「ぎぎぎ」という風に寝ている綺の方に首をめぐらす。
「うぅっ」
藤花の視線が痛い。
「あ、あの……、盗み聞きするつもりは無かったんです……けど……」
記憶がなくてもやっぱり女の子。
ごめんなさいっ、そう言って綺は洞窟から出ていった。
直後に彼女の悲鳴があがる。洞窟の中に強いスポットライトが放たれた。
「逃げてっ、逃げてくださいっ!」
綺の声が聞こえなくなる。
「くそっ、どうすればいいんだ!?」
「君は逃げろ」
驚いて振り返った啓司の前で、藤花がゆっくりと立ち上がる。
「ここでじっとしているといい。奴らは僕が引き付けておく」
「そんなこと、できる訳無いだろっ」
「これは、君には関係の無い戦いだ」
諭すようにやさしく、しかしきっぱりと、藤花は啓司を拒絶した。
「悪かったね、巻き込んでしまって」
そう言って洞窟から飛び出していく藤花を止められなかったのは、決して保身のためではない。
そう、思いたかった。
遠ざかっていく人の気配を感じながら、啓司はこの旅で初めて泣いた。