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The Secret of Boogiepop
月光


 その広間には大勢の人間が集まっていた。皆、きらびやかな衣装を身にまとい仮面をつけている。さながら仮面舞踏会のようだ。
 彼らは拍手とともにこのパーティーの主催者を迎えた。
 寺月恭一朗は周囲に手をあげて応えると、一番奥の、一段高くなった壇上へあがった。
 そこには二人の少女がすでに立っている。宮下藤花と織機綺。二人とも周囲に負けないようなドレスを着てはいたが、両手は縛られている。
 恭一朗が人々に向き直ると、それまでざわついていた会場が静まり返る。
「諸君、我々はついにこの日を迎えることができた。プロジェクトの開始から12年。ついにムーンテンプルは復活した。これはすべて、諸君等の惜しみない協力の賜である」
 歓声が起こる。
「今日、ムーンテンプルの試射を諸君等と迎えることができたのは、私の最大の喜びである。世界は、我々統和機構の支配のもと、統一される日が来たのだ!」
 再び沸き起こる歓声の中、恭一朗は控えていた兵士に実験の開始を告げた。
「さぁお嬢さん方、とくと見るがいい。世界をひざまづかせる神の光を」

「船長!二時の方向に高エネルギー反応!……信じられない強さです」
 功志の声で、パンドラのブリッジに緊張が走る。黒田慎平は目深に被った帽子をあげると、だれともなく一人ごちた。
「寺月恭一朗……、まさかムーンテンプルを復活させたのか?」

「全電力、ムーンテンプルに接続」
 会場の照明が消え、非常灯がともる。それとは対象的に窓の外のムーンテンプルは淡い、さながら月光のような光を放ちはじめる。
 美しい光景ではあった。だが、その美しさが冷たいものであると、藤花の本能が告げる。
「先輩……助けて……」
 アナウンスが実験が順調に進んでいることを告げた。
「人造オリハルコンにランダムデータ入力開始。……人造オリハルコン、正常に稼働しています」
 聞き慣れない言葉だった。いぶかしげな表情の藤花の恭一朗が得意げに説明する。彼もまた、この実験に興奮しているようだった。
「オリハルコンというのは、いわば「考える結晶」だ。外部からの刺激を内部の分子配列を変化させて記憶、処理を行う。現在のノイマン型コンピュータなど足元にも及ばないしろものさ。こを人の手で再現するのにどれだけの時間を費やしたことか」
「歪曲場空間展開。空間収束及び形状維持、問題ありません」
「目標地設定。地球自転による誤差、修正完了」
「エネルギー充填率、107パーセント。現状を維持します」
「発射準備、完了しました」
 会場に軽いどよめきが起こる。
「発射30秒前」

「歪曲場展開、最大出力!急速潜行急げ!」
「歪曲場、展開」
「パンドラ、急速潜行します」
 真平の指示にピジョンと優が応える。
「もしあれが本当に復活していたら、余波だけでもとんでもないものになるぞ……!」

「発射20秒前。総員対閃光防御」
 恭一朗の指示で藤花と綺にもサングラスがかけられた。会場の巨大スクリーンに、夜景が映し出される。
 ありふれた街並み。
「あれが目標だ」
「発射10秒前。5、4、3、2、1」
 閃光。
 次の瞬間、スクリーンに映し出された街は光を失った。そして、次々と爆発が起こる。街は炎の明かりで再び光を取り戻す。
 会場に歓声が沸き上がった。
「何が起こったかわかったかな?人造オリハルコンに記憶させたランダムデータをあの街のすべての電子機器に送り込んであげたのさ。そして、その全てが発狂した。結果はごらんの通りさ」
 全てが、まさに全てが発狂した。緊急用のシャッターも、消火の為のスプリンクラーも、消防車を呼ぶための回線も、そして、消防車そのものも。
 何も頼ることのできない人間は無力だった。あの一瞬の光のために、一体何人の人間が傷つき倒れたのだろう。
「すばらしい……。まさに人類を支配する神の光だ」

「……人類を滅ぼす悪魔の光だ」
 ムーンテンプルの余波による電波障害からようやく立ち直ったパンドラのブリッジで、黒田慎平はそうつぶやいた。


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