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(おどろおどろしく)不気味なアワー

 
 誰もいない校舎の屋上で、燃え尽きる寸前の線香花火のように真っ赤になって沈んでいく太陽を見るのが、鹿宮詠利(かみやえいり)こと統和機構の合成人間シーカーの唯一と言っていい趣味だった。
 そろそろ肌寒い季節になってはきたが、こうして太陽と向かい合っているとその暖かさを実感できる。
 自分の知らない、家族の温もりというものは、ひょっとしたらこういうものなのかも知れない。目を閉じて、皮膚で太陽を感じながら、シーカーはそんなことを考えていた。
 この学校に潜入してから、もう数ヶ月になる。ここの校長でもある合成人間が独断で行動しているのを監視するのが『中枢』からの指令だったが、彼はその命令を無視している。確かに、この学校には故意に集められたとしか思えないほど、MPLSやその可能性を秘めた者が多い。この学校にいるもう一人の合成人間が自分と同じ特殊能力タイプの探索型だったから、おそらくそれは間違いないだろう。
 だが、彼らは普通の教師と変わらず生徒たちを導き、暖かく見守っている。
 まるで太陽のように。彼らが何をしようとしているのかはわからなかったが、少なくともシーカーにとって彼らは声しか聞いたことのない『中枢』の連中よりもよほど好感が持てる人物だった。
 この任務が終わるまで、普通の高校生の生活を楽しもう。ここには、今までの生活にはない歓びがあふれているのだから。
 太陽がビルの向こうの地平線に沈みきると、あたりは急に寒くなった。
 そろそろ帰ろう。閉じていた瞼を開いて立ち上がったシーカーは、そこで動きを止めた。
 口笛が聞こえる。どんなに明るい曲を演奏しても、どこか寂しげなその音色は、何処からともなくシーカーの耳に流れ込んできた。
 その曲に聞き覚えがある。確か、この曲は……
「……ゲゲゲの鬼太郎?」
 ゲッ、ゲッ、ゲゲゲのゲ〜、というアレだ。だが、曲名がわかっても何故ゲゲゲの鬼太郎なのか、皆目見当がつかない。
 シーカーは自らの探索能力を総動員して、その口笛の発信源を探した。
 そいつは、シーカーとちょうど反対側のフェンスの上に立っていた。今まさに世界を覆いつくそうとする夜の断片が、一足先にやってきたような、そんな黒ずくめの人影。筒のようなシルエットに浮かぶ顔は白粉を塗ったように真っ白で、夜の色に飾られた唇を際だたせている。
 例えて言うなら死神だ。
「……お前は誰だ?」
「ぼくが誰なのか」
 そいつは唇の片方をつりあげ、笑っているようなからかっているような、曰く言いがたい左右非対照の表情をして言った。
「君はもう知っているはずだ。統和機構の合成人間君」
 長い沈黙。外気はさらに温度を下げていくが、二人ともみじろぎもしない。
「……悪い。本当に知らないんだけど、誰?」
 空気が凍りついた。殺気が物理的な圧力となってシーカーに襲いかかる。シーカーの足が一歩後ろに下がった。いや、押し出された、と言った方が正しいか。
「……ぼくの名前はブギーポップと言う。君は今の台詞だけで世界の敵に大決定だが、今日は別の件で君を遮断しに来た」
「ブギーポップ?」
 その名前には聞き覚えがあった。『中枢』の中でも何度か話題にのぼった噂。
 その名前について、彼は頭に擦り込まれたデータベースをあわてて検索する。
→ブギーポップ
 ・深陽市付近に生息。
 ・亜種の存在も噂されるが未確認。
 ・黒い。
「役に立たねぇっ!」
 シーカーは一人じたんだを踏む。ようするに情報がほとんど無いのだ。だったらそう書けばいいものを、変にプライドが高いんだか、どっかネジがゆるんでるんだか、『中枢』の人間のやることはどうにも理解できない。 
 ブギーポップがこちらを睨んでいる。
「あ、あぁ、すまない。で、そのブギーポップが俺に何の用だ?」
「君を遮断する。わかり易く言うと殺す」
 再び沈黙。
「……なんで?」
「これを見たまえ」
 そう言ってブギーポップはマントの下から一枚の紙切れを取り出し、シーカーに向けて投げた。それは寸分違わずシーカーの胸もとに到達する。
「それは今朝ぼくがブギーポストで見つけたものだが、それを見ればい」
「ちょっと待て。さも何でもないかのように流したが、その『ぶぎーぽすと』って何だ」
「ブギーポストも知らないのか」
 あからさまに馬鹿にした口調だった。
「ブギーポストというのは世界の敵を発見した時にぼくを呼ぶための手紙を入れるポストだ。橋の下や人気の無い雑木林、宮下藤花の家の玄関先などに点在している」
「最後のは……誰だ?」
「秘密だ。とにかく、ブギーポストにその手紙が入っていた。読んでみたまえ」
 言われてその紙きれをみてみると、確かに文字が書いてある。それも、血のような赤黒い色で。
 明かりは月と星しかなかったが、シーカーにはそれで充分だった。
「なになに……、『鹿宮君は私が恥ずかしい思いをして告白したのに断りやがりました。きっと世界に仇なす害虫かなにかです。私のようなめにあう人がこれ以上出ないように、さっさと殺してください』って、魔女裁判受けてる気分なんだが」
「馬鹿にしたものでもない。以前ポストに入っていた『いつもへらへら笑っていてムカつく女がいます。きっととんでもない悪事を企んでいるに違いありません。殺してください』という手紙に書いてあった少女は確かに世界の敵だった」
「本当かよ……?」
「と、いうわけで。先ほども言ったように君は世界の敵に大決定なので遮断する」
 ブギーポップが一歩前に踏み出す。
 シーカーはされに一歩後ろに下がった。がしゃん、と音がして、背中にフェンスがぶつかる。
 馬鹿な会話をしていても、生命の危機に変わりはなかった。シーカーは戦闘能力は備わっていない。
 ごくり、と喉をならす。
「君には新兵器の『リモコンスニーカー』の実験台になってもらう」
 あああ……、自分はそんなふざけた名前の武器で殺されるのか。
 ブギーポップは座り込むと、履いていたスニーカーの紐をゆるめはじめた。
 ところがこれが、へんな所で固結びになってしまって、なかなかうまくいかない。
 今の内に逃げようかと思ったシーカーだったが、ブギーポップにきっ、と睨まれて動きを止めた。
 その瞬間、ぶちっと音がして、靴紐がちぎれる。
 三度目の沈黙。
 ブギーポップが無言で立ち上がる。目が本気だった。
 大きく足を後ろに振って、
 目にも止まらぬスピードで空を蹴る。
 ごうっという音と共に、スニーカーがシーカー目掛けて飛んで行く。驚異的な動体視力のおかげで、すんでの所で避けろことができたシーカーだったが、衝撃波で頬が裂けた。
 靴はフェンスを突き破り、闇の彼方へ消えた。
「外したか」
「ちょっと待て!今のは靴の威力じゃ無かったぞ!?」
 ブギーポップは残った方の靴で床をたたいて見せた。
 ごん、ごん、と鈍い音がする。
「片方につき20kgの重りが入っている。足腰の鍛錬も同時にできる優れものだ」
 あまりの馬鹿々々しさにしばし脱力するシーカーだったが、ふとあることに気づく。
「……ところで、それのどこがリモコンなんだ?」
「これだ」
 そういってブギーポップは自分の足首を指さした。
 妙にかわいらしいワンポイントのついた靴下の上に、なにやら紐が結んである。
「このゴム紐によって飛ばした靴が帰ってくるとういう寸法……」
 ぷつん、と遠くの方でなにかが切れる音が聞こえたような気がした。
 しるしるとゴム紐が戻ってきて、ぺちり、とブギーポップの顔にあたる。
 靴はついていなかった。
「……そりゃ、20kgだからな。ゴム紐も切れるだろ」
 ブギーポップはひょこ、ひょこ、と片方の靴だけで歩いてきて、穴の開いたフェンスの向こう側をのぞき込んだ。
 暗くて何も見えない。
「……竹田君に買ってもらった靴だったのに」
 シーカーには訳のわからないことをつぶやいて、ブギーポップは肩を震わせた。
「おい、お前ひょっとして泣いて」
 突然ブギーポップは身をひるがえし、現れた時と同じフェンスの上に立った。
「今日のところは引き分けのようだ。……君とはまたあうような気がするよ、合成人間君」
 そういうと、ブギーポップは靴と同じく闇の彼方に消えた。
 ぽつんととり残されるシーカー。
「……何だったんだ?」

某月某日、シーカーの定時報告。
「本日、重要度レベルC、ブギーポップと接触」
「了解。引き続き追跡と調査を命じる」
「……断る」
 ガチャッ、ツー、ツー、ツー……


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