liar student/鹿宮詠利・1
『2年B組の鹿宮詠利(かみやえいり)君、進路相談室まで来てください。繰り返します。2年B組の……』鞄の中に授業中に読んでいた推理小説をぶち込んで、いざ帰ろうとした時にこれだ。
一緒に帰ろうとしていた悪友がニヤニヤ笑いを浮かべる。
「お、ついに先生にまで手を出したか。進路指導室で個人授業。いいねぇ」
「ンな訳あるか、バカ」
人を女癖が悪いみたいに言うな。
ち、と舌打ちをして、鞄を机の上に放り投げる。
鞄は机の上を滑り、反対側に落ちた。ついてない時はとことんついてない。
クラスメイトのくすくす笑いを聞きながら不機嫌ヅラで鞄を置き直した俺は、必要以上に扉を勢いよく開けて教室を後にした。
小説の続きが気になって仕方がないが、呼出とあらば仕方がない。なんといっても俺は高校生なのだから。
こういう「高校生っぽい事」にちょっと憧れていた俺としては、たとえこれからこってりしぼられるとしてもなんだか嬉しい。
もっとも本当にしぼられらとして、その後にも同じ感想を抱いているかは甚だ疑問だが。
「失礼しまーす」
だが、俺の楽しい時間は進路指導室のドアを開けるまでしか続かなかった。
「あら、早かったわね」
そう言って笑った顔をよく知っていたからだ。
大森幸子(おおもりさちこ)。この青翔高校の英語教師で、眼鏡のよく似合う知的な美人だ。気さくな性格で、生徒(特に男子)からの人気は高い。
その大森先生が、入り口の所で固まっている俺の横までくると、ドアの鍵をがちゃりと閉めた。
(「進路指導室で個人授業。いいねぇ」)
悪友の言葉が甦る。他の生徒なら緊張と期待で心臓が爆発していることだろう。
「で、俺に何の用ですか? 大森センセ」
「あら、用があるのは鹿宮君にじゃないの」
そう言った大森先生の笑顔の質が微妙に変わる。
「私が会いたかったのは、シーカーよ」
「……。何の用だよ、トーチカ」
彼女は俺の本当の名前を言い、そして俺は彼女の本当の名前を言った。
俺たちは人間ではない。
統和機構の合成人間。それが俺たちの種としての括りだ。「朝臣さんの事、ありがとう。真人君の処理をしてくれたのあなたでしょ?」
本題に入る前に、トーチカはそんな事を言った。朝臣も真人も、この学校にいたMPLSだ。もっとも、真人の方はもうこの世にはいないのだが。
「ま、自分のお気に入りの場所に死体が転がってるのもいい気がしないしな」
中枢には連絡していない。元々、俺はこの学校の調査の為に送りこまれたのだが、あいにく俺は中枢が大嫌いだった。職務怠慢がバレたら確実に殺されるが、本当は生まれてくるはずのない命だったのだと思えば、それほど恐怖もない。
「で?本題に入ろうじゃないか」
そう言った俺の前に差し出されたのは、一枚の写真だった。この学校の制服を着た、気の弱そうな少女が写っている。
「A組の御厨奈津美(みくりやなつみ)さん。昨日から行方不明なのよ。彼女を探して。……MPLSよ」
「それはつまり、俺に積極的に中枢を裏切れってことか?」
彼女は俺に命がけの仕事を頼んでいる。
トーチカは否定も肯定もしなかった。時間が流れる。
「……わかったよ。どうせ今までの事がバレたら殺されるんだ。俺の好きな方につくよ」
俺の言葉に、トーチカは大きく息を吐いた。彼女にとってもこれは大きな賭だったのだ。この事を俺が報告すれば、学校ごとなくなるのは目に見えている。
「でもいいのか?ムーンテンプルも無くなっちまったし、ここはあいつの最後の遺産になるんだろ?生徒の一人位放っておいてもいいんじゃないのか?」
俺の問にトーチカは「そういう訳にもいかないわよ」と苦笑した。その目は俺を見ているようで、どこか遠くを見ている。
「『彼らの可能性を守ってやってくれ』……私が聞いたあの人の最後の言葉だったわ。あなたが生徒の立場を気に入っているように、私も教師の仕事が好きなのよ。あの人が死んでも、あの人の意志は私たちが受け継ぐ。それが、私の選んだ生き方だから」
「……死んだ奴には想いは届かないぜ?」
「あら、愛がなければ合成人間なんてやってられないわよ?」
トーチカが笑う。
その笑顔があまりに痛々しかったので、俺はそれとなく話題を戻した。
「で、あんたの大事なこの娘は一体何をしでかしたんだ?」
「彼女ね、昨日おばあ様のお葬式だんたんだけど、斎場から急にいなくなったそうよ。それでね、その時……ちょっと信じられないんだけど、みんなが死んだおばあ様を見たって言っているの」
確かに信じられない話だ。
死人を元通りに復活させる技術なんて、統和機構でも聞いたことがない。中枢に知れたら一級の捕獲目標になるだろう。
「それで、おばあ様はすぐに消えたんだけど、それと一緒に御厨さんもいなくなってしまって。大騒ぎだったそうよ」
「能力の暴走か?」
「おそらく。第2次成長期は精神と肉体のバランスが崩れて能力の制御も不安定になるし」
「げ、変態博士の学説かよ。あんなの女子高生をかどわかすための嘘だ」
にがりきった顔の俺に、トーチカが苦笑をもらす。
「タルカスは性格はともかく優秀な学者よ。それはそれとして、能力の暴走が精神と肉体に変調を及ぼすかも知れない。事態は一刻を争うわ」
それで話は終わった。後は俺が仕事をするだけだ。人探しは俺の最も得意とする仕事である。
シーカーの名前は伊達ではないのだ。
「しかし、死人を生き返らすような能力だとしたら、もうあいつに殺されちまってるかもな」
「あいつ?」
「知らないか? 死神ブギーポップ。女の子だけの噂らしいけどな。本人が言うには世界の敵を殺して回ってるんだってさ」あんな事言わなければよかった、と後で悔やんだ。あの時は、まさか本当に再会するとは思っていなかったのだ。