望まぬ(或いは望んでいた)再会/朝臣さやか・1
真新しい墓石の前で私、朝臣(あそみ)さやかは一人手を合わせていた。この下には、私の友人であった多西薫(たざいかおる)が眠っている。
彼女は、1ヶ月程前に起きた通り魔連続殺人事件の被害者の一人だ。発見された時には目も当てられないような惨状だったという。被害はもう出なくなったが、警察は犯人をまだ捕まえることが出来ないでいる。
多分、この先ずっと捕まえられないだろう。犯人は、自分の事をブギーポップと名乗ったあの少年は、もうこの世に存在していないのだから。
……私が『消して』しまったのだから。
私には、自分の存在を見失った者を本当にこの世界から消してしまう力がある。あの、人を傷つけることでしか自分を確かめることのできなかった哀れな少年は、結局最後まで自分という存在を信じることが出来なかった。
私の中には、友人の仇を討ったなどという晴れやかな気持ちはない。
あるのはただ、虚しさだけ。
昔ほど、人の命は軽くはないのだ。それでも、人を一人殺したという事実に押し潰されないでいられるのは、私の力がその存在のすべてを消し去ってしまうからなのだろう。もしも死体が残っていたとしたら。もしも相手が苦悶の表情を残していったら。もしも辺り一面が血で紅く染まっていたら。もしも。もしも……。
そして思い出す、もう一人の少年。
真人直也(まひとなおや)。
私の好きだった人。
死体を残して死んだ人。
私の目の前で殺された人。
「世界を変える」
彼はそう言った。
「世界の敵だ」
あいつはそう言った。
そして、彼はあいつに殺された。
直也は本物のブギーポップに殺されたのだ。
悪かったのは……、世界に受け入れられなかったのは、直也の方だった。彼の持つ力は、人の心を歪ませてしまう。その力があの少年の心に黒い死神を創り出し、そのせいで何人もの人が死んだ。直也は殺されて当然のことをしたのだ。
でも、私は彼のことが好きだったのだ。
騙されていた、とは思わないようにしている。彼は彼なりに私のことを好きでいてくれたのだし、たとえ彼に私自身の心を歪ませられそうになったとしても、私が彼のことを好きだったという事実は消えない。
だが、それももう過ぎた事だ。
真人直也は死んだ。次の日、彼の死体はなくなっていたが、「実は生きていた」などという考えは浮かんでこなかった。
ブギーポップも、
「放っておいて大丈夫。今のところ世界は『そういうふう』に出来ているのさ。君が知らないだけでね」
と言っていた。
だから、もうすべて終わったことなのだ。
目を開けると、線香が半分ほどの長さになっていた。体の方もかなり冷えている。
「じゃあ、またね」
私は立ち上がり、ビルの隙間に申し分けなさそうにぽつんと置かれたその霊園を後にした。
あと何回この場所にくるのか、それはわからない。一生通い続けるほどロマンチストではない、と思う。
だが、このもやもやした気持ちがある限り、この場所にまた足を運ぶだろうという、そんな確信もあった。薄暗い路地裏は、女の子が一人歩きするには少々危険な場所だったが、大通りへの近道であることもまた事実だ。
少し、自棄になっていたのかも知れない。好きな人と友人を同時に失った事は、私の心に少なからぬ影響を与えていたのだろう。
それでも、その少年が横道から現れた時は心臓が止まるかと思った。擦り傷だらけのその少年は、それでも大した傷は負っていないらしくしっかりした足取りで、いかにも喧嘩慣れしているといった風だった。
そして、私と同じ青翔高校の制服を着ていた。
向こうもそれに気づいたらしく、私を見て少しだけ笑った。
「こんな所に一人でいると危ないぞ?俺みたいのがいるからな」
それっきり、なにも話そうとしないですたすたと歩いていく。
間の悪いことに、私と一緒の方向に。
彼に言われたからではないが、私は少しだけ不安になって、早足で彼に追い付いた。
ちらり、と私を見ただけでやっぱり何も言わない。悪い人ではなさそうだった。真人間とも思えないが。
二人とも話すことなんか何もなかったので、そのまま無言で歩いていく。
大通りのネオンが見えたところで、なんとなく彼にお礼が言いたくなって、彼の方を向いて、そしてその先の路地に信じられないものを見た。
私の表情の変化に気づいて、彼も私の視線を追って、そして凍り付いた。
「直也!?」
「つばさ!!」
二人が同時に叫ぶ。
お互いに驚いたようにお互いを見て、そしてまた目を戻す。
確かにそこに直也がいた。
脅えたような表情をして、その次の瞬間に悲しそうにふっと笑う。
そして、走り出した。
私たちから逃げるように。
「待って!」
「おい、つばさ!」
もう一度お互いを見て、二人で走り出す。直也の足取りは重い。運動はそれほど得意な方ではないが、それでも追い付ける速さだった。
だが、曲がり角を曲がった所で見失った。
慌てて辺りを見回す私の横で少年が上を見上げる。
「つばさ……なんでだ」
彼の見つめる方向に、直也がいた。直也がいるだけでも信じられないのに、
彼は空を飛んでいたのだ。そしてそのまま暗闇に消える。「あなた、何が見えたの?」
そう聞いた時の少年の顔は、ひどく悲しそうだった。
「……死んだはずの恋人。で、あんたは?」
それを聞いた私の顔もきっと、同じようだっただろう。
「……。死んだはずの恋人、よ」
「で、あんたの恋人には羽根が生えてたのか?」
首を横に振る。
彼が何を言いたいのかはわかった。
「違う奴が見えてたってことか」
「あなたの恋人には羽根が生えていたの?」
「まぁな」
信じられないような話だったが、今ならどんなことでも信じてしまいそうだった。
「こういう事に心当たりは?」
「ない。でも、常識なんてものが実は結構脆いもんだってのは知ってる」
何が起こっているのか、確かめなければならない。彼に同じ事を繰り返させてはいけない。
少年に手を差し出す。
「2年A組の朝臣さやかよ」
「C組の坂崎敬一だ。お互い考えてる事は一緒か」
そう言って、坂崎君は私の手を握り帰した。