今日こそ告白してやる。
羽原健太郎はそんな決意を胸に(ちなみに三日に一回くらいの割合でそんな決意をしています)、凪の家のベルを鳴らした。
たった三文字「好きだ」と言えばいいのだ。
野良猫には言えたじゃないか。なぜ昨日までの俺はそんなことも言えなかったのか。
だが今日の俺は違う。言うなればグレート羽原健太郎なのだ。
「あれ、健太郎じゃんか。なんか用?」
凪は淡い色のタンクトップにフレアスカートという、まるで女の子のような格好をしていた。
(いけないいけないなにをかたまっている)
「いや、暇だからちょっと寄ってみたんだけど、どっか出かけんのか?」
(ちがうそうじゃないだろう)
「ああ、ちょっと友達が映画にさそってくれてさ」
「へぇ、炎の魔女に映画に誘ってくれるような友達がいたなんて、初耳だな」
(だめだだめだそんなことをいったらちがでるまでぶたれる)
だが、凪は照れたようにはんかんで、「まぁな」と言っただけだった。
かわいい、というのは霧間凪を表現するのに不適切な言葉だが、この時ばかりは違った。
ああ、自分の目の前にいるのはまだ高校生の女の子なのだ、と健太郎は再認識した。
「そんな訳で、今日はわりいな」
「いいって、めったにない機会なんだから、楽しんでこいよ」
なんて、物分かりのいい友人として凪を見送ってがくーっと落ち込む。
そして、こういう時は発想も後ろ向きになるものだ。
あんなに浮かれるってことは、ひょっとして男か!?
確かめなければなるまい。
なにしろ今日は、凪に告白する以外の予定など入っていないのだから(※ストーカー行為は犯罪です)。
だが、凪と待ち合わせしていたのは女の子だった。
ほっと一安心。
眼鏡に三つ編みのあの少女は確か末真和子と言ったか。凪と楽しそうにおしゃべりしている。
こうやって見ていると、やっぱり女の子なんだなぁ、と思う。
ちゃんと女の子の幸せをつかんでほしい。願わくば、そのとき隣には俺がいますように。
健太郎がほのぼのと見ていると、二人に男が声をかけてきた。
相手も二人。
どうやらナンパらしい。
助けよう、そう思ったのは、凪にいいところを見せようという下心ではなく(本当はちょっとあります)、純粋に女の子に対する男の義務みたいなものだった。
しかし、それが必要ないと思い出すまでわずか0.5秒。
振り向きざまに凪が男の一人に裏拳をぶちかます。ひるんだところで鳩尾に膝蹴りを一発。たまらず屈んだところに強烈なアッパーカット。
まるで格ゲーのフィニッシュシーンを見ているかのように、きれいな弧を描いて吹っ飛ぶ男。そして、気絶しているであろうそいつに向けて容赦無いスタンピングの嵐。嵐。嵐。
それを和子が必死に止めようとしている。
「急いで、最寄りの交番の距離を考えると、そろそろ警官が来るわ」ってあんたらはプロの強盗かなにかか。
凪は呆然としているもう一人の男を延髄切りで沈黙させると、そこから逃げ出した。
和子も後を追う。
今日はもう帰ろう。
なにやらさわやかにそんなこと考えて、健太郎は二人とは正反対の方向に歩き出した。
背後では和子の予言から一分とたたずに警官がやってきて、いたずらに騒ぎを拡大している。
今日もだめだったな。
でも、ま、いいか。そう、これから先もずっと自分は凪のそばにいるつもりなのだから。
誰にも聞こえないような小声でぼそっとつぶやく。
「凪、好きだぜ」
ちなみに二人が観たのは『納涼!夏のサスペンス映画特集』だった。