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Boogiepop in another future or meet and farewell

「さいかい」と「わかれ」
 彼が入ってきた時、あたしは今日23個目の人形をサンドイッチを頬張りながら仕上げているところだった。人気が出たのは嬉しいが、食事の暇もないとは、我ながら忙しい身分になったものだ。
「あら、久しぶり」
 ちょっと顔だけあげて、彼の姿を確認するとあたしは笑いかけて、彼に椅子を勧めた。彼が以外と素直にそれに応じたので、あたしはちょっとびっくりする。
 黒い帽子に黒いマントの彼は、じっとこちらを見ている。 彼の名はブギーポップ。世界の敵を殺しにやってくる死神だと、昔自分で言っていた。
 つまり、あたしを殺しにきたのだ。
「久しぶりだな、道元咲子」
「あれ? あたし、前に名乗ったかしら?」
「いや。でも君は今、有名人だぜ?」
「それもそうね」
 あたしは人形を作る手を休めず、少しだけ笑った。最初はそんなつもりはなかったのだが、今ではこの人形のおかげですっかり有名人だ。インタビューにも何回か答えたこともある。
「サンドイッチ、いる? あたしのお手製だけど」
「いただこう」
 あたしの差し出したハムサンドをブギーポップがひょい、と一つ取り上げた。
「おいしい?」
「少し塩分が多めだね」
「こんな時はお世辞でもおいしいって言うものじゃない?」
 あたしは堪え切れなくて、笑い出してしまった。どうも、彼といると死神のイメージがくるってしまう。
 彼と前にあったのは何年か前、ムーンテンプルという、なんとかって所の社長さんがつくった建物の中だった。
 あのときのことはよく覚えている。なにしろ、あたしの一生はあの事件で大きく変わってしまったのだから。
 彼と、もう一人のあの人のおかげで……
「ねぇ、歪曲王元気にしてる?」
「さぁね。しばらくあっていない」
「そうなんだ……。じゃあ、今度あったら伝えておいて。道元咲子がありがとうって言ってたって」
「会ったら伝えておくよ」
「お願いね。でも、あたしのことなんか忘れてるかな?」
「そんなことはないさ。君は黄金を手に入れたのだから」
 なんであたしは自分を殺しにきた死神にお願いしてるんだろう?願いを聞いてくれる彼の方もどうかしているとは思うが。
「それが例の人形かい?」
「そうよ。あ、でも勘違いしないでね。「しずめてくん」なんてアレな名前はあたしがつけたんじゃないんだから」
 あたしは出来たばかりの23個目の人形をブギーポップに渡した。
 彼はその人形をじっと見つめてから、静かに言った。
「この人形は人の怒りや憎しみといった負の感情を吸い取るのか。……根本から」
「そうよ」
 あたしはちょっとだけ得意げに言った。
「その人形は、悪い感情を食べてしまうの。食べられた人はもう悪いことなんかしない。今は手作りだけどね、どうにかして大量生産するつもり」
「確かに、負の感情は社会を維持していく上で抑制されなければならないものだ。だがそれは、一人一人の人間が選択し、自分の力で乗り越えて行くものだ」
「そうかもしれない。でも、みんなが乗り越えるのを待ていたら、いつまでもこの世界は変わらないわ。だったら、あたしが世界を変える」
「……世界の危機だ」
 そう言ったときの彼の顔が、少しだけ苦しそうに歪んだ、と感じたのは、あたしの都合のいい妄想だろうか。
「言うと思った」
 あたしは死神にむけて、にっこりと微笑んだ。
「やめるつもりはないのかい?」
「やめる気があるならあなたが来る前にやめてるわ。あたし、動機が不純だったから、この力を知った頃はどうしようかなって思ったけど。でもね、この力を使っていくうちに、これがあたしの使命なんだって思うようになったの」
 彼は黙って聞いてくれている。
「あなたに殺されると思った時は恐かったけど、でもやめようとは思わなかった。たとえあたしが死んでも、それが正しい道ならきっとほかのだれかがあとを継いでくれるから」
「……前にも同じようなことを言っていた少女がいたよ」「その娘って、世界の敵?」
 ブギーポップは黙ってうなずいた。
「でね、あたしこう思うの。あたしや、その娘みたいな人達が現れて、そしてあなたに殺されて。でもいつか……、いつかきっとあなたを越えることが出来る人が現れて、その時世界は変われるんだって」
「……そうなることを願っているよ」
 そう言って、あたしを殺しに来た死神は立ち上がった。どうやら、足ががたがた震えていたのは最後までごまかせそうだ。
 ……もしかしたら知っていて黙っていてくれていたのかもしれないが。
「前に言ったわよね。今度会う時は容赦しないって」
「そうだったね」
 タケシに悪いことしたなぁ。プロポーズなんて受けるんじゃなかった。
 あたしは最後にそんなことを考えていた。



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