一人暮らしの利点:誰に気兼ねすることもない。You make me cool
一人暮らしの欠点:誰も世話をしてくれない。燃えないゴミの分別をしながら坂崎敬一はそんなことを考えていた。
親に頼み込んで高校入学と同時に一人暮らしをはじめたのだが、理想と現実のギャップに気づくのに一週間とかからなかった。
あの、不精な両親でさえ、いろいろな事をしていたのだと、関心したりもした。離れてわかる親の有り難みという奴か。だが、敬一の方も意地になって親元に帰ろうとはしなかった。
それから一年と半年。もはや日課となっているゴミの分別は、何度やっても何の面白みも発見できない作業だった。
もとはといえば自分が出したゴミなのだが。
半透明のビニール袋の口を縛って、玄関を開ける。外は季節外れの雨だった。安っぽいビニール傘をさして、「行ってきます」と返事のない挨拶をして自分の家に別れを告げる。
一人暮らしをするようになって、雨の日が嫌いになった。これも、ゴミ出しのせいである。雨の日は臭うのだ。生ゴミの日と重なったりすると特にひどい。
ぶつくさ文句を言いながら集積場の前まで来る。そこにはすでに早起きのおばさんたちが(その旦那さんだろうか)置いていったビニール袋がうずたかく積んであった。そして、別の物も。
その集積場を見ながら、敬一は呆然と立ち尽くした。今日は燃えるゴミの日ではなかったか。生ゴミの日ではなかったはずだが。
彼の手からゴミの入った袋がどさりと落ちる。
そこには、生ゴミで、しかも粗大ゴミが捨ててあった。
人間。
少女のようだった。敬一より1〜2歳年下か。ぼろぼろの服、というよりはただの布切れを身にまとっている。肌は真っ白で、髪の毛も色素が抜けたような薄い茶色だった。
天使のようだ。現実感のないこの状況で、敬一はそんなことを考えていた。
ぴくり、と少女の瞼が動いたような気がした。まだ生きている。敬一はあわてて彼女のもとに駆け寄った。
「おい、しっかりしろっ」
体を揺さぶったり、頬を軽く叩いたりしている内に、少女はうっすらと目を開けた。虚ろな赤みがかった瞳が敬一を捕らえる。
「……おはようございまぁす」
敬一の体からがくり、と力が抜ける。必死になっていた自分が馬鹿みたいに思えた。
「お前、何やってんの?」
「見てわからない?」
少女は悪戯っ子の表情で敬一を見つめる。
「……捨てられている」
「あったりぃ」
ぱちぱちと手を叩く少女を見てさらに脱力するする敬一。
「……何で?」
「うーんと、失敗作だからかなぁ?」
頬に指をあてながら、のんびりとした口調でとんでもないことを口走っている。
変なのにかかわっちまったなぁ。敬一はため息をついた。
「あ、信じてない上にあきれてるでしょ」
「よくわかったな」
そう言って敬一は立ち上がる。もうかかわりあいになるのはよそう。
「もう、お話してくれないの?」
急に捨てられる犬みたいな表情になって、少女は敬一の服のすそを掴んだ。
「……家は?」
「帰れないの」
「じゃ、警察だな」
「警察も、多分駄目だと思う」
そう言って、少女は立ち上がる。
敬一は自分の目を疑った。
少女の背中から生えているものを見たから。
それは、純白の翼だった。
「なんだかね、最低人間に見えないと失敗らしいんだ」
少女の言葉は耳に入ってこなかった。