Boogiepop and seedmaker 〜ごみ箱の中の天使〜
The singing air
風がつばさの髪を乱す。肌寒い冬の北風。だが、つばさはその風が心地よい。
つばさが敬一の家に転がり込んでから、しばらくの時間が過ぎた。そろそろ雪が降ってもおかしくない季節。はく息が白い。
敬一が学校に行っている間、つばさはこうしてマンションの屋上で時間を潰していた。彼女にとって、だれにも見つからないように移動するのはそれほど難しいことではなかった。
風に吹かれていると、空を感じることができる。つばさには時々、あの空こそが自分の住み家ではないかと思うことがある。それはとても寂しいことなので、深く考えないようにしていた。
しばらくの間風に吹かれてから、つばさはくるりと後ろを振り返った。
「そろそろ出てきたら?」
「ばれていたのか」
貯水層の陰から、すっと音もなく少年が現れた。声を聞かなかったら、少女と見間違えたかもしれない。きれいな顔の小年だった。
「こんな街中で気配を消している人がいたから、気になってたの」
肩をすくめる少年ににっこりと微笑みかけて、つばさは言葉を続ける。
「……あなた、知ってる。単式戦闘タイプ・B7級のユージン」
擦り込まれた知識から彼の名前を呼び出して、つばさはすっと目を細めた。
「わたしを殺しにきたの?」
ユージンと呼ばれた少年はそれには答えず、ゆっくりとつばさに近づいていく。
「君の感化能力はすごいな。その姿で、大した混乱もなく生活していけている。だが……」
次の瞬間、つばさの純白の羽が宙を舞った。ユージンの突きをつばさが寸前でかわしたのだ。
「統和機構は見逃してくれない」
休む間もなく次の攻撃がつばさを襲う。ぎりぎりでそれをかわしていく。彼女の翼は高速移動には向かなかったが、はばたかせることによって瞬間的な加速を得ることが出来た。彼の名前と共に、彼の能力も解った。かすりでもしたらそれでおしまいだ。
つばさの真っ白な頬に朱がさす。息も切れてきた。彼の手に捕まるのも時間の問題だ。
十何回目かの攻撃の後、つばさの体がぐらりと揺れた。その隙を逃さず、ユージンの突きがつばさの胸にめり込む。
寸前、彼女の腕がユージンの拳をからめとった。その勢いを殺さぬまま、彼をフェンスに向けて投げつける。盛大な激突音とともに、ユージンは右手からフェンスに突っ込んだ。
一瞬の賭だった。ユージンは舌打ちをしながら妙な方向に曲がった右手をおさえつつ振り返る。
そこには、賭に勝ったはずのつばさが倒れていた。
息は荒く、浅く。肌は病的なまでに青白い。背中の翼は彼女を守るようにその体を力なく被い隠している。
「君は……」
近づいてくるユージンを見上げる瞳は死んでいなかった。そんな彼女の目の前まできたユージンは、彼女の顔を抑え、唇を重ねた。
じたばたと抵抗するつばさをものともせず、強引に口内を物色する。
「やはり……」
そう言ってつばさを解放したユージンは、呆然とする彼女をそのままに、その場を離れた。
「アクシズには処理したと伝えておくよ」
「なんで……」
訳が解らないつばさにユージンは優しい笑みを浮かべた。
「今の生活、大切みたいだから。君も……僕も」
それから、とユージンは付け加える。
「君もわかってるんじゃないかな? もう長くないって」
その言葉に、つばさは静かに微笑むだけだった。
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