私立青翔高校は、ここ数年で出来たばかりの新しい学校だ。蝉ヶ沢卓という一流のデザイナーに依頼した校章や制服のデザインは、それだけを目当てに入学してくる輩もいるくらいで、雑誌にも何度か紹介されたこともある。運命はこうして扉を叩く
レベルとしては近くの深陽学園に一歩劣るが、その分校風は自由でおおらかだというのは、これはまぁ深陽の受験に失敗した人間の負け惜しみだろう。
どこの学校だって、授業中のおしゃべりぐらいはしているのではないか。ほかの学校の授業を受けたことはないが。
「ちょっと、聞いてるの?」
「あー、はいはい。聞いてるわよタニシ」
「……。ちょっと、そのあだ名やめてって言ってるでしょ。あたしは多西よ、た・ざ・い。やめてよね、アサシン」
「そっちこそ、留学生の前でそのあだ名で呼ばれた時の、私を見るあの娘の目を忘れたわけじゃないしょうね?」
私の名前は朝臣 さやかと言う。私の隣で人を暗殺者呼ばわりしたのは多西薫。この学校に入って一番最初に出来た友達で、それから一年とちょっと。何かの縁か、クラスが分かれることもなく、今は私の席の隣に陣取っている。
「で?何なの、そのブギーポップって」
「それがさぁ……てっ!?」
薫の頭にチョークがぶつかった。今時古典的なことをする教師だ。
「わたしの授業って、そんなにつまらないかしら? 多西さん」
「い、いえっ! 決してそのようなことは……」
くすくすと笑い声がして、薫は真っ赤になった。
「じゃぁ、今やってる所も当然わかるわよね? 音読して」
「え、ええっ?」
「……26ページ」
私に感謝の視線を送りながら、薫はぱらぱらと全然使っていない教科書を慌ててめくる。
「あっ、ええと、はぅ、くっどぜいびあー」
「それじゃビールでしょ。そこはベア」
「べ、べあ。おーのー、とぅきゃりーあらうんど……」
薫の下手クソな英文を聞きながら、私は次に指名される事を予想し、その次の文の予習を始めた。「……ひどい目にあったわ」
「あなたのは自業自得でしょ」
薫の栗色の髪は、一部が白くなっている。あの後さらに私に話しかけようとして、今度は黒板消しを投げつけられたのだ。
「それにしたって黒板消しは」
「しょうがないでしょ。私達が悪いんだから」
私の黒髪も一部白くなっていた。連帯責任というのは誰が考え出したのだろう?
もともと、こうして休み時間に話せばいいのだ。授業中に話すことはない。
……まぁ、そういってもやめられるものでもないのだが。
「で、何なの?そのブギーポップって」
「それがね、何でも人が一番美しい時に現れて、その人がそれ以上醜くならない内に殺しちゃうんですって」
しかも、すごい美少年。と話す薫の瞳は輝いていた。
「……殺人鬼?」
「そんなんじゃないって。つまんない大人になる前に、人生終わりにしてくれるのよ。すごいと思わない?」
「あなたがそんな厭世家だとは知らなかったわ」
ため息まじりの私に薫は信じられないといった風で続ける。
「そうかなぁ?さやかは想像出来る? 自分が就職して、結婚して、おばあちゃんになって……。あたし考えただけでもぞっとするわ」
「まぁ、想像は出来ないけど」
「知ってる? 近頃ここら辺で起きてる連続殺人事件って、ブギーポップの仕業らしいわよ。あーあ、あたしも殺してくれないかなぁ」
「冗談でもそんなこと言うものじゃないわ」
薫は時々こうやって投げやりになることがある。友人として、少し心配だ。
自分がいらないと感じた時、人は本当にいらない存在になってしまうから。
「やだ、何真面目な顔してるのよ」
薫は笑って、手をひらひらとさせた。もう、いつもの薫に戻っている。
そして、何気なく壁にかかっていた時計を見て、がたんと椅子から立ち上がった。
「いっけない! 忘れてたっ!」
「どうしたの?」
「予約取ってたんだ、C組の成瀬って娘の人生相談。よく当たるって有名なんだよ。知らない?」
「知らないけど。あなたって本当にそういうの好きよね」
私の応えを聞く前に、薫は走り出していた。あまり急いでいたものだから、入り口の所で他のクラスの男子とぶつかったりしている。
「邪魔っ」
「ご、ごめん……」
可哀そうに、悪いのは薫の方なのだが。私は呆れながらどたばたと走っていく薫を見送った。その時は、まさか薫が次の朝惨殺死体で発見されるとは思っても見なかった。
殺されたのだ、死神に。
名前は確か、ブギーポップ。