その日の朝礼はいつもより長めだった。それはそうだろう。生徒に死人が出たのだから。悲しみは誰が為に頬を伝う
校長が沈痛なおももちで注意をびかけている。
生徒の名前やクラスは言わなかったが、私のクラスの半分以上が下を向いたり、泣いていれば一目瞭然だろう。
私は校長の言葉を虚ろな気分で聞き流していた。他の女子みたいに涙はでない。
何と言うか、あまりに唐突すぎて現実感がわかないのだ。まるですべてができの悪い冗談のように、私の心の横をすり抜けていく。
「……これからしばらくの間、放課後のクラブ活動の時間など、一部制限されると思います。みなさんの中には大げさなことだと思っている人がいるかも知れません。しかし、事件は現実に起こってしまいました。自分だけは大丈夫と思ってはいけません。授業が終わったら、速やかに帰るよう、お願いします」
校長が深々と頭を下げる。
それをぼうっっと見ていた私の視界に、何かが入った。何が、とはわからない。強烈な違和感というのが一番正しい。
あたりを見回す。そして見つけた。
それは、ほんの些細な事だった。どうして見つけてしまったのか、自分でもわからない。
他のクラスの男子がくすり、と笑った。その目は侮蔑に満ちている。
他人にとっては、結局大したことではないかも知れない。彼は別に、薫の死にたいして笑っている訳ではないかも知れない。
だが、その時の私には冷静な判断力なんてこれっぽっちも残っていなかった。
しんと静まり返った講堂に、わたしの靴音だけが響く。何が起こったのか、だれも理解できないまま、みんなが私に注目する。
そして、私はそいつを殴った。私は、担任の大森教諭と二人きりで向かい合っていた。薫にチョークをぶつけた、あの人だ。
あのあと私は先生達に取り抑えられて、講堂の外に連れ出された。講堂はもちろん騒然としていて、残った先生は生徒を静めるために大声を張り上げている。
私は何が起こったのか自分でもわからないまま進路指導室に閉じ込められ、そして今に至る。
「なぜ、あんあことしたの?」
「わかりません」
それが正直な感想だった。やっと落ち着きを取り戻した私は、自分のとった行動にたいして混乱していた。
「ただ」
「ただ?」
「彼は笑っていました。……それだけです」
そう。それだけ言って先生はかすかに微笑んだ。あいつの笑いみたいに、嫌な感じはしなかった。
そして、淡い香水の匂いに包まれる。先生が私を抱き締めていた。
「だったら、あなたは何も悪くないわ。彼の方も悪気はなかったかも知れないけど、少なくともあなたは悪くない」
「……せん、せい?」
先生は泣いていた。
なんで泣いているんだろう?
……ああ、そうか。自分の生徒が死んだのだ。
薫が、死んだのだ。
突然その事を理解してしまった私は、泣いた。