「ちょっといいかしら?」紛い物
夕闇が迫る帰り道、私はその声に振り返った。
ショートカットの、スーツ姿の女性が立っている。見覚えのない顔だ。
「引き留めてごめんなさい。私、こういう者だけど」
そう言って差し出された名刺には、被衣秋穂(かづきあきほ)という名前が書いてある。そして、
「ルポライター……」
「そう。それで、ちょっと最近の事件についてお話を聞きたいんだけど、ブギーポップって知ってる?」
「知ってますよ」
そう言った時の、私の顔はどんなだったろう。
「友達が殺されましたから」
それを聞くと、その人の顔が曇った。
「そう……。ごめんなさい、悪いこと聞いちゃったわね。失礼するわ」
悪い人ではなさそうだ。ルポライターという仕事には向かないかも知れないが
すまなそうに立ち去ろうとする彼女を、今度は私が引き留めた。
「何?」
「ブギーポップのこと、教えてもらえませんか」あくまで噂だけど、と被衣さんは前置きして話を始めた。立ち話もなんだからと、近くの喫茶店に入った。
ブギーポップというのは、元々深陽学園から広まったらしい。たいていの話では美少年で、全身を黒い服で覆っているという。
そして、人がもっとも美しい時に現れ、その人がそれ以上醜くならない内に殺してしまう。
「話自体はよくある、というのもあれだけど女の子の妄想みたいな物よね。自分がこれ以上歳をとらないうちに殺してくれるって」
だから、今回の一連の殺人事件もブギーポップとは無関係なのではないかと被衣さんは考えているそうだ。
もともと、殺人事件のことを調べているのではないらしい。
「でもね、話を聞いていると、ブギーポップは単なる噂ではなく、本当にいるらしいの。人がそれ以上醜くなる前に殺してしまう死神がね」
ブギーポップを見た、という人も何人かいたそうだ。もちろんそのほとんどは見間違いだろうが、中には本物としか思えないものもあった。
「『あんまりあいつにかかわると、たたられるぜ』そう言って笑った女の子がいたの。あれは、どう見ても知っている素振りだったわ」
被衣さんの話はそれで終わりだった。お役に立てたかしら、という彼女の問に、私は黙って頭を下げた。
「あなたが何を考えているかは知らないけれど、馬鹿な考えはおよしなさい。ミイラ取りがミイラになるわよ」
去り際にそう言った被衣さんの目はやさしかった。だが、私はその忠告を無視することになりそうだ。
辺りはすっかり暗くなっていた。校長の訓辞をいきなり破ることになってしまった。
薫もこんな闇の中で殺されたのだろうか。そう考えると、怒りとともに背筋が寒くなる。自然と歩調が速くなった。はじめは、風の悪戯かと思った。だが、それは確かにメロディを持っている。何の曲かはわからなかったが。
下手な口笛だと思った。
「やぁ、僕を探しているのかい?」
そいつは、ブロック塀の上に座って、こちらを見ていた。
真っ黒なマントが全体のシルエットをぼかして、まるで闇の中に浮かび上がっているようにも見える。
そいつは、どすぐろい唇を歪めて、からかうように、さげずむようにして笑った。