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Boogiepop "The Lost"

道化師はかく語りき
 その顔は真っ黒な帽子に阻まれて見えなかったが、少しだけ見える肌の白さは異状だった。まるで血が通っていないように見える。その唇もまた、赤味を失いどす黒く変色している。
「ブギーポップ……」
「その通り」
 そいつはマントをひらめかせ、音もなく私の目の前に舞い降りた。
「僕はブギーポップ。死神さ」
 そう言ってブギーポップはまた笑う。自分の言っている事が可笑しくてたまらないように。
「君を殺しにきたんだ。光栄だろう?」
 そいつの笑い声は、一生かかっても好きになれそうもなかった。
 弱者を笑う弱者の声だ。
「私は死なんて望んでいない」
「そうかい? でも、君の意志なんて関係無い。僕が君を殺そうと思った。それで充分さ」
 ブギーポップの顔から笑いは消えない。
「……そうやって、薫も殺したの?」
「薫? ああ、この前の彼女か。そうだよ。無様だったな、自分で殺されたいと言ったくせに、いざ僕に会うと逃げだすんだ」
「なぜ、殺したの?」
「なぜ?彼女がその程度の人間だったからさ。安易に死に逃げたがり、いざ死と直面するとそれからも逃げ出す。なんなゴミみたいなのは、いわば世界の敵だ。この世にいない方がいいんだよ」
 笑うブギーポップを見ていると、こっちまで可笑しくなってきた。
 薫は、こんなのに殺されてしまったのか。
「……なにが可笑しい。恐怖でおかしくなったのか?」
 その上、笑われる理由がわからないときている。
「やめろ」
 ブギーポップの顔から笑いが消えた。かわりに浮かぶのは苛立ちと不安。
 そうだ。こいつはこの程度の人間なのだ。
「やめろっ」
 ブギーポップの手が私の胸倉を掴む。そこでやっと私は笑うのをやめた。
「哀れね」
「な、に……?」
 手に力が込められ、私は宙に浮いた。
「僕が、哀れだと?」
「哀れでなければ滑稽だわ」
 視線が重なる。私の瞳から何を感じとったのか、ブギーポップは手を放し、距離をとった。
「私が恐がらないんで、混乱しているんでしょう?どうしていいかわからない」
 図星だったようだ。ブギーポップの顔が怒りに歪む。
「他人を傷つけることでしか自分を確立できない。あなたは……、そう、あなたはその程度の人間だわ」
「黙れっ」
 ブギーポップが吠える。だが、近寄ろうとはしない。自分がそうだったから、余裕があるのは何か強い力を持っているからと警戒しているのだ。
 たとえ私にそんな力がなくても、あいつはもう私を襲うことができない。
 だが、この程度であいつを許そうとは思わない。
「あなたこそ、この世界に必要なのかしら?」
「何?」
 その時、たぶん私はあいつと同じ表情をしていたのだろう。
 からかうような、さげずむような笑み。
「あなたはこんなことでしか自分を確かめることが出来ない。でもそれも今日で終わり。そしたら、明日からあなたはどうするの?」
 場が凍り付く。もっとも、その気配がわかるのは私ぐらいだろうが。
「お、わり?」
「そう、終わりよ。あなたはもう自分を確かめる手段を失ってしまった。あなたに、まだこの世界に居続ける価値はあるの?」
「僕に……価値がない?」
「そうよ。……あなたに価値はないわ」
 ブギーポップがびくりと震える。その顔からは表情が消えた。
 消える。
「そこの君っ! 大丈夫か!?」
 その声で場が崩れた。舌打ちをしながら振りかえると、青翔の制服をきた少年が駆け寄ってくる。
 その隙を見逃さず、ブギーポップは逃げ出した。闇に紛れてあっという間に見えなくなる。
「大丈夫?」
 ため息をつく私をどう勘違いしたのか、彼は私の顔を心配そうにのぞき込んだ。
「大丈夫よ。……ありがとう」
 そうとしか言えなかった。
 内心の悔しさを隠すのは苦労したが。
「女の子がこんな時間に一人で歩いているから。さしでがましいようだけど、家まで送ろうか?」
「いい。近くだから」
「そう。ならいいけど。あぁ、僕はA組の真人直也(まひとなおや)。君は?」
「D組の朝臣さやか。本当にありがとう、真人君。じゃぁ、さようなら」
 今日はもうブギーポップは現れないだろう。ひょっとしたらもう二度と現れないかも知れない。
 悔しいが、それはそれでいいのかもしれない。これ以上被害が増えないのなら。
 だが、その思いは脆くも崩れることになった。
 次の朝、また死体が発見されたのだ。

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