――――そして朝になってしまった。
「〜〜〜〜〜〜っっ、なんて、マヌケ」
金髪の少女の正体。それがセイバーだったというのは、想定していても望外の喜びだ。
しかし残った問題がひとつ。今度は彼女の口を重く閉ざしているものの正体をつきとめなくてはならない。
どうすれば本当のことを言ってくれるのか。その方法を考えて、土蔵でゆっくり考えようとして――――
「一晩中考えて、ひとつも思い付かないっていうのもなあ……」
いつかもあったな、こんなこと。一晩中考えて結局ぜんぜん思い付かなくって……そうだ、あの時は当たって砕けろとばかりに、出たトコ勝負に決めたんだっけ、セイバーとのデート。
……なんかこういうのばっかりだな。
「ええい仕方ない、今回も思い付くままに行くしかないか」
俺はあまり権謀術数というか、複雑な計画を立てるのにむいてないのだ。だったら体当たりで行った方がいいだろう。というより、体当たりで行くしか方法がないんだけど。
――――よし。
グッ、と拳をにぎりしめ、気合だけはしっかりみなぎらせ、今日の”戦い”の舞台を整える準備に向かった。
「シロウ? どうかしましたか」
昼休み、急いで二年B組の教室へ行くと、金髪の少女は幸いまだ教室に残っていた。
まるで昨夜のことなど忘れてしまったかのごとく平常心で迎えてくれる。
その落ち着きっぷりにこっちの方が焦ってしまうのはなんとも不思議だ。
「あー……うん。実はな、えっと……」
「?」
小さく首をかしげる彼女。そのしぐさが可愛いな、なんて思っていると、
「アルトリア。お昼一緒に食べましょ」
「凛? 貴女まで」
俺の背後からさっさと用件を言ってしまったヤツがいた。
遠坂は話の主導権を握ると同時に前へ出て、
「今日は三人で食べない? ちょっと寒くなってきたけど、屋上で食べるのは気持ちいいわよ」
「そうですか、構いません。では私は購買でなにか――」
「あ、いいわよ。衛宮くんがお弁当作ってきてくれたから」
そう言って遠坂が指し示した俺の手元を見て、彼女は目を輝かせる。
「なるほど、納得しました。購買のパンとシロウのお弁当ならば比べるべくもない、ぜひご相伴にあずかります」
……驚くより先にまずそっちなんだな。この三段重箱弁当には一成ですら驚いたというのに。
もちろんこれだけ大量の弁当を一人で食べようなんて思ってはいなかった。これは彼女を誘うための弁当なのだ。
昼休みに弁当を一緒に食べないかと言って誘い、誰もいない場所で話をする。何を話すかは決まってないけど、まずは話をするところから始める。それが最初の第一歩だった。
――本当はその、何を話すかというのを決めるために昨晩は徹夜していたのだが。
途中で遠坂に見つかったのは誤算だったが、ピンチのときは助けてあげると言われ同行を承諾した。俺の行動などわかっていたのか、教室の外に出たときにはもうC組の扉の前で待っていたのはちょっと悔しかったけど。……足りるよな? 弁当。
「じゃ、行きましょうか」
さっそくピンチの場面を助けてくれた遠坂は、俺たちを引き連れ意気揚々と屋上へ向かう。
言葉に詰まっていたところを助けてくれたのはいいんだが。
「…………」
「シロウ? 行かないのですか?」
「すまん。今行く」
遠坂と少女の後を慌てて追った。
食べる場所まで遠坂に決められてしまったっていうのは、情けないと反省すべきなのか、遠坂の積極性に呆れるべきなのか迷いながら。
もうすぐ十一月という時季のおかげだろう。冷たい風の吹きはじめた屋上に人の気配はいっさいなかった。
これがもう少しして完全な冬になると、確かめるまでもなくそんなとこで昼食をとる物好きは、俺たちぐらいになってしまうのだが。
まだこの季節は物影に隠れるようにして縮こまる必要はない。適当なところに腰を下ろして、自信作の弁当を広げる。
「おぉ――」
少女からもれる感嘆の声。今回は彩りを考慮して、ちょっと詰めかたを工夫してみた。
一の段には肉や魚を中心としたたんぱく質のおかず。二の段には緑黄色野菜を多めに使った野菜料理。三の段はもちろん主食、いろんな具のおにぎり――――いや、考えてみれば特別な詰めかたでもないか。ただいつもは同じ弁当箱の中にごはんとおかずという詰めかたをするので、こういうのはちょっと新鮮だ。花見弁当かおせちを作ってる気分だった。
遠坂も弁当をのぞきこんで驚きの声をあげる。
「うわ、すご。士郎ってばアルトリアと二人でこんなに食べるつもりだったの?」
「う……ちょっと多いか」
どうせ誰かのために作るなら、と気合を入れすぎたのがまずかった。気がつけばいつも自分が食べている弁当の三人前ぐらいの品数を作っていたというのは、あまり言いたくない。バカにされるし。
「当たり前でしょ。まあ三人ならなんとかなりそうだけど」
「いいえ、凛。シロウの作った料理ならば私は残さずいただきます」
真面目な顔で断言する少女。そう言ってくれるのは嬉しいが、改めて見るとやっぱり多すぎだ。これを二人で食べるとなるといつもの夕飯より多くなってしまう。なら遠坂がついて来てくれたのは、これだけでもムダではなかった。
――――と、
「? シロウ、これはもしや」
少女が弁当の一角を指して、首をかしげる。やっぱり気づいたか。
「それはかき揚げの煮浸し。昨日の余りを再利用してみました」
「なんと……驚きました、昨日のかき揚げがまるで違う料理になってしまっている」
感嘆しきりの様子で見つめる彼女。てんぷらは揚げて時間がたつと、命とも言える衣のサクサク感がなくなってしまう。だから翌日以降に食べるなら甘辛く煮て、いっそサクサクではなくしっとりとした衣を楽しむ、という手があるのだ。
さっそく少女はひとつを取り、一口かじる。
「……ふむ……なるほど、シロウの料理は奥が深い」
こくこく、といつもの頷きを見せて何事か納得した。また一口食べてはこくこく。
と、今度は遠坂がおにぎりを示して、
「ねえ衛宮くん。これ、中の具は?」
「右からこんぶ、おかか、しゃけ。最後の一つがうめぼし」
「えー、うめぼし? 言っとくけど、わたし食べないわよ」
はいはい、わかってるよ。どうせ俺しか食べないだろうと思って一つしか作らなかったんだから。
しかしその一つきりのおにぎりに、やたら強い視線が注がれているのに気づく。
「シロウ。そのおむすびをいただいてもよろしいでしょうか」
「へ? そのって、うめぼしのか?」
「はい。うめぼしは日本古来の有名な食べ物と聞きます。その味をぜひ体験してみたい」
「いや、それは……」
やめといた方がいいと思うけど。外人の好きな日本の食べ物といえばスシ、テンプラ、スキヤキで、嫌いな
食べ物といえばナットウ、ウメボシなのだ。単なるイメージでしかないけどそうなのだ。
納豆やうめぼしなんて日本人でも好き嫌いが多い。そりゃ外人でも気に入る人は気に入るだろうけど、わざわざリスクの高いのを選ばなくたって……
「いけませんか」
「いけなくないけど、やめとけって。すっぱいぞ」
「知っています。けれどどのくらいのものかはわかりません。私はそれを知りたい」
目から興味が津々とこぼれ落ちている。こりゃダメだ、もううめぼしおにぎりしか目に入ってない。
どうしたものかと迷っていると、隣から遠坂が口を、いや、おせっかいを出す。
「あら、衛宮くんってばそんなにうめぼしが好きだったの? わたしは好きじゃないけど、貴方がそんなに食べたいなら、きっとさぞおいしいうめぼしなんでしょうね」
ギン!
音すら聞こえるほど強烈に少女の視線が増した。
「シロウ。本当ですか」
「嘘だ、信じるなっ! これはあくまでただのうめぼし、スーパーで売ってる十個入り二百五十円だぞ!」
「では、なぜそれほど止めるのですか」
「だから言っただろ、これはすっぱいって――」
「では、なぜ人に勧められぬものを作ってきたのですか」
頑固一徹、彼女の頭の中にはすでに『うめぼし=美味いもの』という方程式ができあがっている模様。それもこれもみーんな、遠坂の一言が原因である。
「ああもう、勝手にしろっ! どうなっても知らないからなっ!」
「望むところです。――――では」
速っ!
彼女の手は俊速でうめぼしおにぎりをかっさらい、すでにスタンバイOK状態。
最初の一口。当然ながらそれだけでうめぼしにたどりつけはしない。
どんなに気持ちがはやっても、少女はちゃんと噛んで飲み込む。そして運命の二口目――――
「っ、………………!!??」
…………あ。
彼女の動きが――止まった。
みるみる顔が歪んでゆく。眉が思いっきりしかめられて、口がむぎゅむぎゅと動いている。なんかこう、口の中に仕込まれた爆弾をどこへ回そうと必死で頭をフル回転しているような。
「だから言ったのに。ほら、出せって」
ぶんぶんぶんぶんっっ!
口の中のすっぱいものを出せという俺の言葉に、少女は力いっぱい首を横にふる。
「ヒホウほひょうひをはひはふほほはろ――――」
「んじゃ、お茶。これ飲んで」
さすがに飲み物までは家から持ってこれなかったので、購買で買っておいたウーロン茶を渡す。
渡されたお茶をぐいぐいと、ほとんど一気飲みの勢いで飲む少女。
――――ぷは。
小さく息をつき、同時にきりっとした表情に戻った。
「――シロウの料理を吐き出すことなどできません。
なるほど、たしかにすっぱい食べ物です。しかしレモンを丸かじりした時ほどではない」
レモンは普通丸かじりするもんじゃない。っていうのは言わない方が親切なんだろうな。
「心配にはおよびません。ちゃんと完食してみせます」
完食っていう時点で、ムリしてるの丸わかりなんだけど……まあいいか。
「まあ、うめぼしおにぎりだけで食べるのもなんだし。そこのニンジンとか甘いから、口直しにどうだ?」
「ありがとうシロウ。忠告どおりいただきます」
人参の甘煮をさしてやると、さっそく彼女は箸をつけた。そのまま口に入れて、今度は満足そうにこくこくとうなずく。
さっきまで声を殺して笑ってた、元凶を作ったあかいあくまも、その光景をほほえましく見守っている。
小動物みたいなしぐさが可愛くてつい見つめていると、少女が気づいて顔をあげた。
「どうかしましたか、シロウ」
「いや、別に。おいしそうに食べてくれるんで嬉しいなって」
「…………」
彼女は一瞬、思いもかけないものを見たという顔の後、
「はい。シロウのお弁当は大変おいしい」
花のような笑顔を浮かべる。
それがあんまり幸せそうだから。
……ふと。
このままでもいいのではないか、なんて意識が頭をかすめた。
彼女はセイバーだ。それを知っていて、こんな時間が続くなら、それもいいかと一瞬だけ思った。
ずっとこのまま、優しい時間が流れてゆくのなら、無理に彼女の隠してることを聞き出さなくても――――
「…………………………………………」
でも。
それは足を止めた考えだ。
こんな時間がいつまでも続くわけない。たとえどんなに続いても、俺たちの卒業と同時に彼女との縁は切れてしまう。もっと短ければ彼女の留学終了のときに、あるいはこの文化祭が終わった後に。
人は同じ場所に立ち止まっていることなどできない。それが良い方向であれ悪い方向であれ、進むことしかできないのだ。
まして、いくらこの時間が心地良いとはいえ、この状態を保つということは彼女がセイバーであると知っていながら他人として接するということでもある。
そんなの続くはずがない。いつか必ずボロが出る。
いや、そんな理詰めの誤魔化しなんかより、ずっとセイバーのことをセイバーではない人間として扱わなければいけないことにきっと耐えられなくなる。
ならばやるべきことはひとつだけ。
もたもたしてると昼休みも終わってしまうし。
「…………よし」
箸を置き、正面に座っている彼女へ姿勢を正して向かいなおす。
少女もこちらの空気を察知したようだ。顔をあげて俺へ目を向ける。
「シロウ? まだお弁当は残っていますよ」
「ああ、いや、弁当より――――ちょっと話があるんだけど、いいかな」
「改まってなんでしょう」
「うん。お前のことで、もうすこし突っ込んだ話がしたい」
「? おっしゃっている意味がよくわかりませんが……話ならば今しているではありませんか」
「あ、ちがう、そうじゃなくて」
まいった、さっそくつまづいてしまった。しかしイチかバチかで行くと決めたのだ、なんとか続けてみるしかない。
直接彼女の正体を訊ねてもおそらくダメだ。ならば婉曲的にいく。
「つまり、お前のこともっと知りたいんだ。何が好きで、何が嫌いか、とか。普段どんなことやって、どんなこと考えてるのかとか。あと、どうやって将来の目標決めたのかとか」
「……………………」
俺の言葉に押し黙る少女。彼女の表情からは、いつのまにか穏やかさが消えていた。
まるで昨日の土蔵の再現だ。彼女はただ静かに、俺の言葉を待っている。
――――貴方の知るセイバーという人はすでに亡くなっているのでしょう。
昨夜彼女の言った言葉。少女はセイバーという人間とは無関係を装っていた。
彼女にセイバーの記憶はあると思う。あると信じている。
だがそうだとしても、彼女は自分がセイバーである可能性をあえて隠しているのだ。
真っ直ぐに射抜く矢のような視線。かつて少女の威厳はセイバーのそれにかなわないと感じたが、あくまでかつての『セイバー』に比べればの話。俺と、ましてや普通の一般人と比べて、ひけをとるはずもなかった。
大きな緑色の目に全てを見抜かれている気がして、本当のことを話しそうになってしまう。しかしそれでは俺の負けだ。こちらのカードを全部さらした上で彼女の判断を仰ぐ形になっては、今までと同じ結果に落ち着くだけだろう。
”本人が言い逃れできない状況か証拠が手に入ったところで一気にたたく”
遠坂の言葉が頭に蘇る。
セイバーはかつて言った。好機の大小の読み分けをしっかりしろ、と。
相手が隙を見せても、そこにむやみやたらと突っ込んではいけない。自分のリスクと相手のリスクをちゃんと理解し、捨て身でしかけるのならばそれに相応しい好機を待つべきだと。
ならば、今は切り札を出すべき時じゃない。
彼女の視線に、受けて立ってやると、腹の下に力を入れて正面から見返した。彼女は無言で俺を見つめ続ける。
「……………………。
凛。なぜそんな顔をしているのです」
へ?
突然おかしなことを言って、視線をずらす少女。つられてそちらへ目をやると、遠坂がなんかヘンな顔をしてた。
今の一連のやりとりのどこが面白いのか、なぜかにまにまと笑っている。
「なんだよ、遠坂」
「――――たいしたことじゃないんだけど。
衛宮くんの言い方って、アルトリアを口説いてるみたいだなって」
「くっ……!?」「なっ……!」
絶句は二人分。むろん、口説いてると言われた人間と口説かれてると言われた人間である。
「いいじゃない、デートでもしてくれば? お互いのことを知り合って相手にアピールする絶好のチャンスよ」
「凛、なにを世迷い言を言っているのです。シロウはそんなことを話しているのではありません」
少女が呆れた顔で遠坂に注意をした。たしかにそんなつもりはな――――いや、待てよ。
言われてみれば、デートというのは意外にも良い考えのように思える。
最終的にはケンカで終わってしまったし、その後はあんな死ぬような目に遭ったけど、セイバーとのデートは思い出深いものだった。もしセイバーもあの時間を大切に思っていてくれたのなら、その時と同じことをすることで何か反応を見せるんじゃないだろうか。
「うん。そうだな」
「ですから――――シロウ?」
「行こうか。今度の日曜に、デート」
「シロウ……!?」
驚きの声を上げる少女。なぜかわたわたと慌てながら抗議してくる。
「ま、待ってくださいシロウ。それでは今私が言ったことは」
「イヤか?」
「な、嫌と言っているのではありません! あ、余りに突然すぎます。それにその、デートをする理由など私たちには――」
「理由がないとダメなのか?」
たしかに話としては唐突だ。彼女が驚くのも混乱するのもわかる。とはいえ俺だってかなり勇気のいることをしてるんだから、できれば察してほしいというか、なんというか。
形勢逆転。今度は俺が彼女の答えを待ち、じっと相手を見つめる。さっきとは違って目に力を入れて、審判を待つつもりで、彼女の口が動く瞬間を見逃すまいと視線を固定した。
やがて、少女の口が小さく動き。
「――――わかりました。シロウのお誘い、お受けします」
舞踏会で踊りに誘われたお姫様のように。
頬を染め、はにかんだ表情で彼女はデートの誘いを受け取ってくれた。
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