なんら大きな変化はなく、それでも一日は終わっていく。
 今日のデートは完全に失敗だったと認めざるをえない。
 金髪の少女は結局あの後、何カ所か連れていった場所全てに同じ反応を返してきた。楽しんでいるのだとこちらに示すためだけに浮かべられる曖昧な笑顔とあたりさわりのない感想。
 ……これならぬいぐるみ屋のように、ここはいやだとはっきり言われた方がいくぶんマシだったかもしれない。拒絶されるのは悲しいけど、彼女に無理をさせているのだという罪悪感はなかったんだから。


 しかし。
 無理をせず、素直に嫌な感情を出すことと。
 無理することもできず、感情がこぼれ落ちてしまうぐらい辛いこと。
 この両者には大きな違いがあることを、この時の俺はすっかり失念していた。










「あ…………――――」

 赤い赤い夕焼けの世界の中の帰路。
 赤い橋の上で、少女が突然なにかに気付いたのか、川の方を見て声をあげた。
「どうかしたのか?」
「いえ……あれは何なのでしょう。ほら、川の中央に、何か流れを歪めるものが――」
 彼女が指さす方向に目をやる。未遠川の真ん中には、十年前からずっと残り続ける瓦礫の山があった。
 停泊していた船が壊れ、残骸が水面よりわずかに低い小山を作っている。
 その原因は十年前に放たれたセイバーのエクスカリバーだと。
 あの寒い冬の日に教えてくれたのは、他ならぬセイバーだった。
「……………………」
 少女の顔を見やる。あんなものがなぜ気になったのか。少女は不思議そうにその瓦礫を眺めている。
 小首をかしげる様子からして、本当に心当たりはないようだ。

 ――イリヤの言っていた言葉を思い出す。

”もしかすると記憶だって全部はっきりしてるか怪しいものよ”

 覚えていないのだろうか。十年前、ここでセイバーの宝具が使われたことも。それを俺へ話してくれたことも。
 こんな姿を見せられると、船のことを話すべきなのか迷う。
 結局、今日のデートは完全に失敗と認めざるをえない。彼女は途中から悲しい笑顔しか見せてくれなくなってしまい、こんな雰囲気じゃセイバーのことも聞けやしなかった。
 いつかの戦いのときみたいに、家へ帰ればなんとかなるのではないかと根拠のない希望だけを抱いて、後はせめて夕飯に誘うことぐらいしかできず。
 今日は遠坂が腕によりをかけて作ると言ってたのでたぶん中華でくると思うと告げると、ほんの少しだけ相好を崩して、楽しみですと答えた彼女。
 その顔が、あんまり自然な、久しぶりの笑顔だったから。
 あと数カ所寄って行くつもりだった予定をキャンセルして、早く帰ろうと家路についてしまうくらい。

 なんら手掛かりを掴めない無力感。今日の目的を果たせず、ましてなぜか彼女を悲しませる結果になってしまった。
 彼女がセイバーなのだと信じている。信じたい。けれどあの日と同じ場所を訪ねても何も言わず、ただ虚しい笑顔だけを見せる少女。十年前、ここで起きたことを知らない――覚えていない少女。
 ふと、弱気が頭をもたげてくる。
 もしかして俺達の勘違いなのではないか。
 彼女は本当に、セイバーと無関係なのではないか――

「……………………」
 ぐっと拳を握る。そうであってもなくても、全ては彼女から聞き出さねばならない。
 何かを思い出そうとしているのか。少女は橋の上から、じっと船の残骸を見つめ続ける。
 その横顔へ、覚悟を決めて言葉を紡いだ。

「……あの船は、十年前にここで事件があったとき、壊されたものなんだそうだ。壊した張本人がそう教えてくれた」

 ぴくり、と。
 少女が小さく身を震わせる。

「十年前、この町は大きな事件があってさ。たくさん人が犠牲になった。特にそこの公園はひどくて、何百人っていう人が死んだんだ。
 今では平地になっているけど、あそこは――――」
 悲しい怨念が今も染み付いている。
 整地されず、ベンチがぽつりとあるだけの公園。今でも草の生えが悪く、過去にあそこであった惨事を忘れられないと土地自体が嘆いているような。
 あの火事で、一番被害のひどかった地域のたった一人きりの生き証人も、それは同じだ。この胸にはあの土地と同じぐらい、深く地獄が刻み込まれている。

「だから、貴方は――――」

 ふいに、眼下から聞こえる少女の声。
 彼女は俺を、どこか眩しく、どこか寂しく見つめながら、

「貴方は誰をも助ける正義の味方になりたいのですね。
 そんな悲しい出来事が二度と起こらないように。彼らの死を無駄にしないため、失われた物を永遠に焼き付けておくために」

 しっとりと落ち着いた、くるみこむように優しい口調。同時にどこか切なげな。
 彼女の胸に去来している想いはどういったものなのだろう。
 しかし彼女の想いも気になるが、言っていることそのものも気になった。
 前々から聞きたくてたまらなかった疑問。
「なんで知ってるんだ?」
「……………………」
「俺が正義の味方になりたいなんて、言った覚えはない」
 以前、この少女の前で将来の夢の話をしたことはあった。でもあの時、『正義の味方』なんて具体的な単語は出さなかったはずだ。
「……凛から聞いた、ではいけませんか」
「正義の味方、ってところだけならな。
 でも失われた物を覚えておくなんて話は、遠坂も藤ねえも知らない」

 どんなに辛い過去でも、その記憶が今の自分を作ってきたと知っている。悲しい思いや苦しい思いを乗り越えて進んできた今がある。だから置き去りにしてきた物のためにも、自分を曲げるなんてできない。それはあの日、教会の地下で死にかけた子供たちに見つめられながら、死にかけた俺がつかんだ答え。
 あれ以来、後にも先にも口に出したことはない。セイバーの過ちを正すことができた、たったひとつ、彼女のマスターとして俺がしてやれたこと。

 それを知っている――――否、覚えていることができるのは――――

 ……心臓が静かに高鳴りを増していく。徐々に上がる心拍数は、興奮ではなく緊張なのだと気付いた。
 おそらく今を逃して、他に聞く機会はないだろう。
 からからに乾く口を懸命に動かして、慎重に、けれどはっきり問いかける。

「セイバー…………なんだろ?」
「………………………………」

 いつしかうつむいていた少女は。
 じっとそのまま動かない。
 風が一度だけ強く吹いた。おそらく数秒もなかっただろうが、やけにうるさい心臓の音だけが時を急く。
 そして。

「……………………、」


 小さく、ほんの少しだけ。
 彼女は――首を縦に振った。


「――――――――!!」
 やっぱり。
 やっぱり、彼女は――――!!
「セイバー…………!!」
 嬉しさのあまり細い両肩を抱くと、突然の行動に驚いたと大きく見開かれる緑色の双眼。ああもう、でも気遣ってやれる余裕なんてない。今の今まで焦らしたおまえが悪いんだぞ。
「セイバー、やっぱりセイバーだったんだな……! なんで最初っから言ってくれなかったんだよ。あ、いや、責めてるわけじゃないんだ。あんまり嬉しくて、つい。
 けどやっぱり言ってくれれば良かったのに。すごく驚いたんだからな」
 つい、とわずかにそらされる視線。ずっと黙っていたことが後ろめたいのか。申し訳なさそうな表情を浮かべている彼女。
 いい、そんなのかまわない。おまえが帰ってきてくれただけですごく嬉しいから、謝らなくたっていい。
「ずっとセイバーかどうか気になっててさ。半信半疑だったけど、セイバーだったらいいって思ってた。
 おまえがなんにも言ってくれないし、しかも最初っから逃げ出すし、でもセイバーとしか思えないし、どうしたらいいかわからなくって……くそ、駄目だな、どうしてもグチっぽくなっちまう」
 感情の抑えがきかない。言いたいことはもっと他にあるはずなのに。
 言いたいこと。彼女に再会したら、まずまっさきに言いたいこと。
「ええっと、そうだ。これを言わなきゃいけなかったんだ」
 前に彼女が言ってくれたこと。返事をする間もなく去られてしまったこと。
 あの日。セイバーが黄金の朝焼けの中で、最後の最後に伝えてくれた気持ち。
「あの最後に言ってくれたこと、まだ返事してなかったよな。
 ずっとこの二週間おまえを見てきてわかったんだ。
 俺、やっぱり今でも、おまえのこと――――」


「シロウ」


 突然彼女が俺の名を呼び、言葉を遮る。
 彼女の声は――――ひどく冷たかった。


「そこから先は言わないでほしい。……今だけではなく、これからもずっと」
「な――――」


 唐突に突きつけられた宣言が、言葉を喉で詰まらせる。
 告白を断られた、のではない。
 遮られたということは。
 聞いてさえもらえない、ということだ。

「……貴方が何を言いたいのかはわかります。わかる、つもりです。
 けれどそれは、口に出してはいけない事だ」

 再会の喜びで興奮していた躰が、急速に冷えていく。全身が氷の彫像になってゆく。
 ……これはあの時の焼き直しだ。
 『セイバー』は同じ橋の上で、固く俺を拒絶する。
「…………なん、で」
 何も。思いつく理由なんて何も。
 ――何も、思いつかない。
 彼女は、キッ、と俺を睨み付ける。
 その瞳には、憎悪にも似た敵意――――

「まだわからないのですか? 貴方の想いを受け取るべきなのは、私じゃない」
「え…………?」
「それを受け取るのは『セイバー』です。…………『私』では、ありません」
「……………………」

 今度は、彼女が何を言っているのか、よくわからなかった。
 彼女は一瞬、悲しげに視線をそらす。けれどまた目に力をこめて、俺を見据えてきた。

「――――シロウ。思い返してください。
 私と剣を交えた時。貴方は私の剣筋を見て、どう思いましたか」
「どう思ったって、そりゃ――」

 まず、懐かしいと思った。
 構え自体はセイバーとほとんど同じ。剣の繰り出し方にクセがないのも、同じだった。
 ただ、スピードが違う。パワーが違う。技術が違いすぎる。
 その結果、彼女の剣は、あの剣の英霊の物と比べると――――

「貴方も気付いていたはずです。今の私の剣筋は、『セイバー』の物に比べると、劣ったというのもふさわしくないほど未熟なものだと。
 それも当然です。なぜなら、」

 言うな。
 その先を言わないでくれ。



「私は、セイバーではないのですから」



 何がそんなに悲しいのか。
 彼女は泣きそうな瞳で、それでも俺を睨みつけながら、その言葉を口にした。
「……………………」
 声が出せない。
 言わなくてはいけないことがあるはずなのに、声が出せない。
 いや、出せないのは声ではなく。

「たしかにシロウの言う通り、私はかつて『セイバー』と呼ばれた存在だった。
 でも、それだけです。『セイバー』の記憶があるだけで、私は普通の人間にすぎない」
「……………………」
「おわかりでしょう。私には『セイバー』の記憶があっても、経験がない。その証拠が両者の剣の腕の決定的な違いです。
 私の中にある記憶は、単なる記憶。しかも完全なものではない欠陥品です。『私』が経験してきた事ではありません。それを決して間違えないで欲しい」

「……それは、そうかもしれない。けど」
 なんとか声を絞り出す。
 でも、それと今の告白と、どう関係が、

「そしてこれも間違えないで欲しい。
 …………シロウ。貴方のその想いは、『私』に対しての物ではない。貴方は私に、『セイバー』の面影を重ねているだけです」
「――――――!」

 ガヂリ、と心臓を冷たい手でわし掴みにされた。
 ……心が凍りついてゆく。

「…………違う」

 それでも。
 ほとんど意地で首を横に振り、言葉を吐き出した。

「違う。そうじゃない。俺は、本当にお前を、」
「では、何故貴方は私にあそこまで執着したのですか?」

 ――――彼女は。
 俺から顔をそらし、川の方へと向き直る。

「初対面の時、逃げ出した私を追ってきたのは何故ですか? 次に弓道場で会った時、あんなに泣きそうな顔をしていたのは? 今日一日、ずっとあの日と同じ場所ばかり訪れていたのは?
 私が、なぜ私をセイバーだと思うのか聞いた時。何も言わなかったのは何故です?」
「っ………………」

 だってあの時は、まだ彼女が『セイバー』であるという確信など、持っていなかった。
 だから魔術や聖杯戦争の事なんて、口にできなかった。
 他に理由なんてない。
 ないのだが――――
「………………」
 彼女の目に浮かぶ悲哀の色を見て、気づいた。
 そんな事は関係ない。
 他にどんな理由があろうとも。
 俺は、質問に答えなかった。それが彼女にとって全てである事を。

「……その想いは『セイバー』に与えられるものです。私に押し付けないで欲しい。私はセイバーの身代わりではありません」

 そうして彼女は、俺の方を見ないまま、



「貴方の愛した『セイバー』は、もう、この世のどこにもいないのです」



「………………っ、……………………!」

 おまえが言うのか。
 おまえが言うのか、それを。
 よりにもよって、おまえが……!

 奥歯を噛み締める。歯の形が歪んでしまうぐらい、強く、強く。手を上げたくなる激情をなんとか押さえ込んで、代わりに爪が折れそうなほど強く拳を握りしめる。それだけで精一杯。
 もう、言い返せることなんて、ありはしなかった。

「っっ――――――!」

 あとは歯を食いしばったまま、無言で負け犬のように、この場を立ち去るだけ。
 ――――いつかの日と同じく。
 足が、ただがむしゃらに走り出す。
「………………………………」
 でも。
 ひとつだけ、思い返して足を止め、後ろを振り向いた。
 ――――金髪の少女は、その全身に夕陽を浴びて金色に染まりながら、欄干に手をかけ俯いていた。
 ここからでは俯いた彼女の表情は見えない。
 たったひとつわかるのは、その横顔は。
 俺からの全ての接触を、拒絶してるということだけ。
「………………………………」
 その姿を見たとたん、総身を駆け巡る激情は消えていたが。
 やはり声はかけられず、一人とぼとぼと橋を後にすることしかできなかった。










 やたらと風が冷たかった。
 ふつふつと煮えそうな頭のせいか。風だけでなく、周りの空気がいつもより冷たい。
 それでも寒さは気にならない。
 頭の中は、さっきのあいつの言葉で一杯になっていた。

”貴方は私に、『セイバー』の面影を重ねているだけです”

 まるで断罪するように。
 真っ直ぐ見据えられた瞳が、俺の心の一番底にその言葉で斬りつける。

「…………くそっ」

 あんな事を言うなんて、反則だ。
 彼女にそう言われちゃ、反論なんてできっこない。
 足を止めて、すぐ傍の電信柱に頭を打ち付けてみる。ゴン、という鈍い音と鈍い痛み。
 混乱した頭が、少しだけハッキリするような気がした。

「………………くそ」

 もう一度悪態をつく。
 つき離すような、言い聞かせるような、諦めるような彼女の言葉。

”貴方は私に、『セイバー』の面影を重ねているだけです”

 ――――それは。
 それは、心の中でたしかに一度だけ聞こえた、自分自身の声でもあった。
 『彼女』を好きになったと気づいた後。
 俺が本当に好きなのは誰なのだろうと。

「……………………」

 あいつの顔を思い浮かべる。
 脳裏に浮かぶのは、『彼女』の顔。
 けれど、それが『セイバー』の顔なのか、『アルトリア』という少女のそれなのか、俺にはもう見分けがつかない。
 どこが違うのか、どこも違わないのか、それすらわからない。
 思い出はたしかに美しいし、他の物には代え難い。しかし思い出とは記憶であり、過去の事である。
 印象の強い現在の中にそれを塗り替える物があれば、忘れてしまう事もしばしばありえるのだ。

 ……俺はセイバーを覚えている。初めて会った夜の美しさも。俺を庇って傷ついた姿も。肌を重ね合った時の熱も。
 もしも今、俺が他の女の子を好きになっていたとしても、セイバーの事を忘れたりはしなかっただろう。
 だが、あんなにそっくりな子が傍にいては、セイバーの記憶が塗り替えられてしまう。
 剣の腕とか、明らかな差なら違いに気づく。しかし『セイバー』と『アルトリア』の顔は似すぎていて、どこが違うのかなどもうわからない。

 ――――それが、彼女の言う、両者を同じ人間に見ているということなのだろう。
 思い出と現実を結びつけ、思い出に恋をしているのだと――――

「そんな事、あるわけないだろうっっ……!」

 高ぶった感情のまま、叫ぶ。目の奥が熱くて、涙が出そうだった。
 そんなんじゃない。この想いは、そんな幻想なんかじゃない。
 確かに最初はセイバーかと思った。姿を見た時も、声を聞いた時も、剣を構えた時も、最初に連想したのはセイバーの事だった。
 だけど好きになったのは、『今』のあいつだ。
 セイバーでもアルトリアでも、そんなの関係ない。俺はあいつを好きになったんだ。
 それは間違いないのに。それじゃいけないんだろうか。

「…………いけない、んだろうな」

 自分で出した問いを、自分で結論づける。
 それで良ければ、あんな断り方はされなかったはずだ。俺が彼女にセイバーの面影を重ねてる、なんて。
 あんな言い方は卑怯だと思う。それじゃ俺にはどうする事もできない。
 俺がセイバーを知っている以上、彼女との思い出を大切にしている以上、『セイバー』と『アルトリア』を別人に見るなんて事、できるはずなかった。
 あの顔を見れば、あの声を聞けば、どうしたってセイバーを思い出す。今さら知らない人間だと思えるはずがない。まして、セイバーの生まれ変わりである事は、彼女自身も認めている。
 それなのに別人として見ろ、だなんて。

 ガン、とまた電信柱に頭をぶつける。
 頭の固い彼女と、何も言い返せない情けない自分に、ひたすら腹が立っていた。

「もう一度好きになっちゃいけないっていうのかよ……」

 たしかに『セイバー』と『アルトリア』は、同一人物ではないのだろう。
 本人が主張するように、セイバーの記憶はセイバーだけのもの。アルトリアはそれを『持って』いるだけにすぎない。
 けど。そんな事を言ったら、同一人物という考え方自体がわからなくなってくる。
 経験がなくても記憶のある人物を、別人だと見れるヤツがいるだろうか。

「……………………」

 ――昔、大きな火事があった。
 それまで平凡に暮らしていた子供が、火事の中で生き延びた代償として心を焼き尽くされる。
 空っぽの心に、新しい物を詰め込んで日々を生きてきた。埋められた物もあったし、埋められない物もあった。
 そうやって新しくできた俺を、火事の前の『俺』を知っているやつが見たらなんと言うだろう。
 それでも同じ人間だと思うのか。すでに別人だと思うのか。

「俺は…………あいつを…………」

 もう、別人として見る事はできない。
 なのに彼女は、それでは駄目だと言う。
 もう一度好きになるのは、思い出に縋っているだけなのだと。

「……………………」

 くそ、だったらどうしろってんだ。
 胸の中で問い掛けても、もちろん答えは返ってこない。
 答えを求めるように空を見上げた。赤い夕焼けが消え、闇に飲み込まれようとしている。今日の太陽が死のうとしている。
 ふと、突然気になった。
 あの時のように、彼女がまだあの橋の上に、立ち尽くしていたりしないだろうかと。





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