季節はますます冬へ向けて駆け足を始めたのか。
いつもより肌寒い夕暮れの北風は身にしみる。そろそろコートの恋しい季節になってきた。
実際にちらほらと道ゆく人の中にもコートを羽織っている人たちがいる。そんな人波をぼんやりと眺めながら、アルトリアはゆっくりと商店街の中を歩いていた。
流れゆく人波は皆どこかへ意欲的に向かっている。ただ寒くて早く帰りたいだけかもしれないが、家に帰りたいと思えることは良いことだ。
……ほんの数日前まで、彼女も夕飯の時間が楽しみだった。あのあたたかい家での食事に比べると、誰もいないマンションの一室はあまりにも冷たい。
「でも…………」
あの家には、もういられない。昨日今日と剣舞の練習をするためだけに足を運ぶのが、唯一彼女に許された理由だ。昨日は士郎が、今日は加えて大河も夕飯を誘ってきたけれど、用事があると偽り断った。
――――なあ。今日は晩飯食べていかないか?
そう言って誘ってきた士郎の顔を思い出す。
あれだけ酷いことを言ったのに、気にかけてくれる士郎の言葉は嬉しかった。でも、その真剣な瞳を見れば彼が単に夕飯へ誘っているだけではないとわかってしまい、それが辛かった。
おそらくは。アルトリアとまだ話したい事があるということなのだ。
それがわかってしまうから、いつも逃げるようにあの家を後にする。
――――はぁ。
ここのところすっかりクセになってしまったためいきをひとつ。自身の不甲斐なさは冷たい北風よりなお染みる。
反射で息を吸い込むと、ほんわりあったかい美味しそうな匂いが鼻をくすぐった。
匂いの元へ顔を向ける。そこには一軒の店。ほかほかと沸き立つ湯気は寒さに震える人々の心をなごませ、これからの季節はなお繁盛するだろう。
カウンターの上には『江戸前屋』と書いてある。たしかここはたい焼きとかどらやきとか、そういうのを売る和菓子屋だったはず。
「…………」
なんとなく、気を引かれてぼうっと眺めた。
こういった和菓子は郷里になく、自分で買って食べることもあまりなかった。あの家で、ほとんど時間を過ごしていなくとも懐かしいあの家で、お茶菓子として出されることがほとんどだ。
だからここのお菓子は、あの家の思い出と直結している。
口の中に思い出される甘い味。士郎と一緒にお茶を飲みながら食べた甘いお菓子。それがあたたかい湯気の向こうに見え隠れして。
手を伸ばせばすぐ届く距離にあるお菓子。甘い思い出はしかし、今は手を伸ばすことすら許されない。
「…………」
胸に迫る思いは、郷愁とも切望ともまた違った。
そう、これはたぶん――――
「セイバーっ♪」
どしん、といきなり後ろから下半身へ重い一撃。
しかし攻撃というほど乱暴ではない。むしろ突撃と言った方が近い。
正体を確かめるまでもなかった。もとより今現在、その名で彼女を呼ぶ人物は一人きりである。
首をひねって後ろを見ると、見覚えのある紫色のコートに身を包んだ銀髪の少女。
「い、イリヤスフィール」
「なに見てたの? ……あ、エドマエさん? やあね、セイバーってば食いしんぼなんだから。
そんな物欲しげに見てるなんてレディ失格よ。欲しいならさっさと買えばいいのに」
「む……そこまで物欲しげに見ていた覚えはありません」
ただちょっとぼーっと眺めていただけなのだ。そこまでたしなめられる謂われはない。
「自覚ないの? しょうがないなあ」
にまにまと笑うしろいこあくまに、アルトリアは不機嫌な顔をした。
この少女がこんな意地の悪い顔で笑っているときは、事実がどうあれこちらをからかっていると決まってるのだから。
「それよりも。貴女こそ、こんなところでどうしたのですか」
「わたしはおつかいに来たのよ」
ほら、と手に持ったビニール袋を掲げて見せる。近所のスーパートヨエツのロゴが入ったそれは、今日の彼女の戦果だろう。
「しかし珍しいですね。貴女が一人でおつかいなんて」
あの家ではいつも、士郎か桜が買い物をしているはずだ。最低でも士郎と大河とイリヤが毎日朝晩の食事をとり、半分以上の確率で桜がそれに加わる衛宮邸では、この小さな少女が持ちきれないほどの買い物を日々必要としている。イリヤがおつかいについて来る事はあっても、彼女一人での買い出しなどないはずだ。
小首をかしげたアルトリアに、イリヤは苦笑して、
「シロウが買い忘れたニンジンとジャガイモを買いに来たの。今日はカレーだっていうのに、ニンジンとジャガイモなしでどうやって作るつもりだったのかしら。
最近のシロウ、ずっとぼんやりしてるから、ちょっとタイヘンなのよ」
「それは……なんと言いますか」
言葉がない。あの士郎がカレーを作るのにニンジンとジャガイモを忘れるなんて。
やれやれと首を左右に振るイリヤ。
「ここのとこいやに浮かれてると思ってたら、おとといからはいつも何か考えてて、いろいろ失敗しちゃうのよね。様子がおかしくなったの、セイバーに『セイバーのことならシロウに聞いて』って言ったあの日からよ。
まさかこういう展開になるとは思わなかったけど。早く元のシロウに戻ってくれないかしら」
「………………………………」
言葉が出ない。
少女が言っているのはあの日のことだろう。
もう何日も前、けれどまだ週が一巡りもしていないあの日の話。
――――イリヤスフィール。貴女はなぜ私を『セイバー』と呼ぶのですか。
アルトリアは意を決して聞いてみた。
その晩、藤村大河の持ってきたおはぎから、故人への墓参りへと話が転がってゆき。
あの深く暗い森の中で、鋼色の巨人と戦ったことを、当たり前のように『セイバー』として会話していたイリヤスフィール。
士郎は我に返ってばつが悪そうにしていたが、イリヤはまったく平然としていた。
それはつまり、イリヤにはアルトリアをセイバーとして扱うのが当然だということだ。
固い顔をして聞いた金髪の少女に、銀髪の少女はにっこり笑い、
――――そんなの、貴女が一番わかってるんじゃない?
――――……………………。
――――わたしにとって、『セイバー』は『セイバー』だもの。だからそう呼ぶだけよ。
はっきりと言い切るイリヤに、アルトリアは若干困惑した。
彼女がどこまで今のアルトリアを知っているかはわからない。
けれど全ては知らないというのなら、まだ知らない部分がありながらなぜそんなことが言い切れるかわからなかったし、全部知っているならなおさら不思議だった。アルトリア自身でさえ、今の自分を判断しかねているのに。
――――もう、そんな顔して。セイバーってば相変わらず難しいこと考えるのが好きなのね。
――――別に好きで考えてるわけではありません。
――――そんなに『セイバー』のことが知りたいなら、シロウに聞いてみれば?
ほんとはシロウに一番聞きたいんでしょ。
別に彼女の口車に乗せられたわけではない。前々からそれは、アルトリアにとっても聞いてみたかった話。
だから土蔵で二人きりになったとき、思い切って彼に聞いてみて、そして――――
「…………………………」
黙り込んでしまったアルトリアを、イリヤはじっと見つめている。
やがて、おもむろに持っていた荷物を下におろすと、
「あーあ、荷物が重くて疲れちゃった。ねえセイバー、ちょっと運ぶの手伝ってくれない?」
自分の肩をトントン、と叩く。アルトリアは少しだけ迷った。
今のは肩がこった、というポーズだろうが、そこまで重い荷物には見えなかったし、ましてこの荷物を運ぶということは、またも衛宮邸の近くまで歩いていくということだ。今のアルトリアにはどこよりも近寄りがたいあの場所に。
しかしここで、それがどうした、とつっぱねていけるほど彼女は厳しい性格ではない。相手が小さい子供ならなおさらである。
「……仕方ありませんね」
「うん、ありがとう。じゃあこっちから行きましょ」
「ってどこへ行くのですかイリヤスフィール! そっちは家ではありませんよ!」
ビニール袋を掴み、先に立って駆け出してしまった少女を慌てて追いかける。
イリヤは弾むようなステップで、つったかたーと先導しながら走っていった。
灰色の空の下、いつもより肌寒い風が吹き抜けてゆく。
他の場所より風通しの良いこの場所に好んで滞在しようという物好きはいないらしく、小さな公園はベンチどころか丸ごと貸し切りだった。
「貴女が来たかったのはここですか? イリヤスフィール」
「ええ、そうよ。初めてシロウとデートした想い出の場所だから、お気に入りなの。どらやきおごってもらったり、おしゃべりしたり。わたしあんなの初めてだったからよく覚えてるわ」
ぴく、とアルトリアの眉が動く。
イリヤはそれを見て、にんまりと笑い、
「気になる?」
「いえ、別に。私にはシロウの行動を四六時中監視して良い権利などありませんから」
「ふふ。そう言うと思ったわ。じゃあそれがぁ、まだ聖杯戦争中でわたしがバーサーカーのマスターだった時の話だとしても、貴女が『セイバー』じゃないなら怒ったりしないわよねえ?」
「っっ…………!」
ぴききききっ! とアルトリアの額がひきつった。
何もかも忘れて、吐き捨てるようにこみ上げた怒りを口に出す。
「まったく……! 何を考えているのか、シロウは! ライダーのマスターに無断で会っただけでなく、バーサーカーの…………」
そこまで言ったところで。
彼女は自分の失言に気付いた。
「――――――――」
おそるおそる銀色の少女を見る。
少女の笑みはますます深くなっていた。
「……失礼しました。忘れてほしい」
「忘れてって言うなら、わたしは忘れてあげてもいいけど。セイバー本人が忘れられるって言うんならね」
チクリと言って、イリヤは先に公園のベンチへ腰掛ける。
視線だけで隣に座れと示され、アルトリアはその通り腰掛けた。
彼女が持っていた荷物をベンチにおろすと、イリヤはその中をガサゴソと漁り、中から小さな袋を取り出す。
アルトリアも見慣れたそれは。
「はい、食べる? 焼きたてだからまだあったかいよ」
魚のかたちをしたお菓子。中にたっぷりのあんこがつまっているであろうそれは、さっき見ていたたい焼きだった。
イリヤの言うとおり、ホクホクと湯気をたてるたい焼きは見るだけで食欲をそそる。
少しためらったが、礼を言って受け取る。イリヤは嬉しそうな顔で自分の分も取り出した。
二人並んでベンチに座る。一口噛めば、口の中に広がる優しい甘さ。この温かさと甘さは、なぜか気持ちを落ち着ける。
しばらくはたい焼きが口の中に入っていることを口実に、どちらも言葉を発しようとしなかった。
次に口を開いたのは、たい焼きのしっぽまでイリヤの口に入り、それを飲み込んだ後のこと。
「ごちそうさまー」
「おいしかったですか? イリヤスフィール」
子供のように言うイリヤに、アルトリアの問いかけもつい子供へ接するようなものになってしまった。そんな彼女にイリヤは眉をしかめ、
「おいしかったわ。だけどそれ、おごってもらった方が言うセリフじゃないわよね」
「あ……そうですね。すみません」
難しい少女だ。子供かと思えば大人びており、大人かと思えば子供っぽい。子供に対するつもりで話しかけると足元を掬われ、大人相手のつもりで話すと意表をつかれる。
はたして彼女にはどちらで接すれば良いのだろう。アルトリアはずっと以前から、それをはかりかねている。
まるで二人の人間が同居しているような、不思議な少女。
銀髪の少女は、残りのたい焼きを袋の中に戻し、
「どうしてシロウのことフッたの?」
明日の天気をたずねるような気軽さで、問い掛けた。
「……………………」
「聞こえなかった? なんでシロウのことフッたのか教えてって言ったのよ」
アルトリアの沈黙を、聞き逃しととったのか。
イリヤはもう一度、同じ質問を繰り返した。
「………………………………」
なぜ皆、一様に同じことを聞くのだろう。
そのたびに彼女の傷は痛みをぶりかえす。前よりも強く。今の方が強く。
傷口が疼く痛みを押し殺し、かろうじて一言だけ絞り出した。
「…………たいしたことではありません」
「そう? シロウの様子を見てると、とてもそうは思えないけど」
それに、とイリヤは続ける。
「おとといみたいな料理はできれば二度と食べたくないし。シロウってばリンがお夕飯作るって言ってたのに、気分を変えたいからとか言って無理やり自分で作って、そのくせ魚こがしたり煮物作りすぎたり失敗だらけ。あげくのはてにはお味噌のないお味噌汁だもん。あそこまでいくと同情を通り越して情けなくなってくるわ。
大変だったのよ。まさかシロウの見てる前でお味噌入れるわけにもいかなくて、みんな我慢して飲んだんだから。シロウ、自分の分もしっかり飲み干してたくせに気付かないしね」
何をやっているのだろうか、とアルトリアは呆れた。
そういう彼女はおとといの晩、食後の紅茶に十六杯も砂糖を入れて飲み干したことを知らない。
「わからないわ。そんなに悩むようなコト?」
「――――ええ。悩むような事です。そして答えはもう出ている。
私にはシロウの気持ちを受け入れられない。…………彼が愛してくれた『セイバー』は、もういないのだから」
イリヤは呆れたように溜息を吐く。そして幾分目つきを鋭くしてアルトリアを見た。
「驚いたわ。前から頑固だとは思ってたけど、処置なしね」
「貴女にはわからなくていい。これは私の問題なのですから」
「そうね。さっきも言ったとおり、わからないわ。
わたしはシロウのこと大好きだもの。自分が何者だって、会ってしばらく過ごせばきっとシロウのこと好きになったに決まってる。
たとえわたしが、キリツグの娘じゃなかったとしても」
「え――――」
思わずアルトリアの思考が停止する。
彼女は、今、なんと言ったのか。
「貴女が…………切嗣の…………?」
イリヤはどこか寂しそうにアルトリアを見ている。雪のように美しい銀髪と透き通る紅玉の瞳。覚えのある、透明な色合いの。
その顔を見て彼女は悟った。
少女の言葉に嘘はない。彼女は、間違いなく衛宮切嗣とアイリスフィールの娘なのだと。
――アイリスフィール。彼女の笑顔を思い出す。
第四次聖杯戦争で、本当のマスターである切嗣よりも主従らしい関係を築けた間柄だった。人妻でありながら無邪気で、しかしたしかに母としての優しさをたたえていた女性。切嗣の妻であるという、アインツベルンのホムンクルス。そして戦いの中で命を落とした人。
イリヤスフィールも、その同形態だと思っていた。……今の今まで。
「わたしがシロウと出会ったきっかけは聖杯戦争で、わたしがキリツグの娘じゃなかったらたぶんわたしたちは出会わなかった。
それでも、もしも出会えていたら、わたしはきっと今もシロウのことが好きよ。シロウもわたしを妹と呼んでくれたと思うわ」
彼女の言葉に、アルトリアは聖杯戦争中のイリヤを回想した。
執拗に衛宮士郎を狙ってきたバーサーカーのマスター。彼の腹を切り裂いたとたん、興味を失くして去っていった気まぐれな少女。
あの中で最も未熟な衛宮士郎を殺して満足できるはずがない。ましてすぐ傍には、傷ついて戦闘力の落ちたセイバーと、自身のサーヴァントがいないアーチャーのマスターがいたのだ。
聖杯戦争を勝とうと思う普通のマスターならば、間違いなく他の二人にとどめをさす状況。なのに彼女はあっさり見逃した。
衛宮士郎が狙われていた事も合わせ、『セイバー』は懸命にその理由を考えていたのだが。
単純な話だ。銀色の少女の目的は、初めから『兄』にあっただけの話。戦いも聖杯も、彼女の目的ではなかった。
不可思議なイリヤの行動が、『切嗣の娘』というパーツひとつで全て繋がってゆく。
……しかし逆に、その大切なパーツがもし欠けたら。イリヤの行動は、何一つ起こらなかったことばかりだ。
それを知っているにもかかわらず、彼女はあえて同じ結果になっただろうと笑う。
思いもかけない事実に狼狽しながら、アルトリアは浮かんだ疑問を口にする。
「本当にそうでしょうか? もしも貴女が切嗣の娘でなかったら、貴女という存在自体が今と同じとはかぎらない。
今とは違う貴女なら、本当にシロウを好きになったでしょうか」
「ええ、その可能性はありうるわね。……まあ第三魔法の系譜であるアインツベルンの娘として言わせてもらえば、人は魂を元に作られるのだけど。
でもね。今話してるのは、『我々の存在を形作っているのは何か』なんて話じゃないわ。
わたしは今の自分じゃない自分なんて想像できない。だから今のわたしがシロウの事を好きなら、きっとどこかの並行世界にいる、キリツグの娘じゃないわたしだってシロウが好きだと思う。
セイバーが何悩んでるのかわからないけど、好きって気持ちだけで何がいけないの?」
アルトリアは驚いて目を見開いた。
今まで『もしも今とは違う自分だったら』という難しい話をしていたのに、結局それは想像できないという無責任ともとれる結論。考えることを途中で放棄した、子供らしい気まぐれとも言える。
――しかし。判断基準が『好きか嫌いか』というただそれだけの、子供らしいシンプルさは。
「お互いに好きなんでしょ? なのになんで別れようとするのかしら」
つまらなさそうに呟いて。
イリヤはベンチからポン、と立ち上がった。
「イリヤスフィール。私は別に、シロウを好きだなどとは――――」
「そ? まあいいけどね。セイバーがシロウを捨てるなら、わたしが傷ついたシロウを慰めて恋人にしちゃうだけだから」
振り返りながら見せたのは、ついさっきも見た意地悪げな笑み。
「なっ……」
「ほら、『アルトリア』はシロウの恋人でもなんでもないんでしょ? だったらシロウはフリーだもの。リンもサクラもシロウのこと狙ってるみたいだけど、わたしが絶対貰ってくわね」
言うが早いか、銀色の少女はベンチに置いてあった荷物を掴み、駆け出してゆく。
そして公園の入り口でもう一度振り向いた。
「じゃあねー! 荷物運んでくれてありがとう!」
ロクに荷物を運んでもいないどころか、むしろこの公園に寄った分回り道になっているはずだが、イリヤはそれを別れの挨拶として走り去ってゆく。
一人取り残されたアルトリアは、ゆるゆると視線を前方に戻した。
誰もいない公園。静かになると、これまで耳に入らなかった音が意識に入り込む。
「………………?」
その中でも、とん、とん、と小さな音が意識に引っかかり、彼女は音の源を探した。
だが音は耳からではなく、もっと別の場所から彼女の中に入り込む。いや。
――――とくん とくん
「……………………」
心臓の鼓動が、わずかに乱れていた。
気持ちの落ち着かない証拠。その理由を、彼女はすでに察している。
「…………皆、シロウを狙っている、と…………」
どこまで本気かわからない。赤い魔術師の少女のように、あの白いこあくまは人をからかって遊ぶのが好きなタイプだ。
けれど逆に納得のいくところも多い。未熟どころか足手まといですらある士郎をわざわざ弟子にしている遠坂凛。毎日忙しい合間をぬって食事を作り世話を焼いている間桐桜。自称妹――いや、それが自称でないことは今証明されたばかりだが――として、遠慮なく彼に愛情をぶつけるイリヤスフィール。
皆魅力的な少女ばかりだ。彼女たちの中から誰が、いつ彼と恋愛関係に発展してもおかしくは――――
とくん とくん どくん どくん
「……………………っ」
心臓の鼓動が激しくなる。気持ちがどんどん乱れてゆく。
「何を……いまさらっ……」
士郎の気持ちには応えられない。今も、そしてこれからも。
ならばそうなるのは、むしろ喜ぶべきことだろう。
彼らが、士郎が幸せになるのは喜ぶべきこと――――なのに。
「……………………」
どくん どくん どくん どくん
心臓も気持ちも落ち着かない。胸が万力で押し潰されるほど痛い。今にも叫びだしてしまいたい。
「…………私は…………」
どうしてこんなに苦しいのだろう。
いや、わかっている。そんなことは充分すぎるほどわかっている。
ただ――その感情をなだめる術を、彼女は知らない。
「――――――――」
秋にしては冷たい北風の吹く公園の中で。
アルトリアは一人、じっと荒れ乱れる想いに耐えていた。