「おーい! 看板の色塗り終わったぞー!」
「よし、じゃあ次はこっちを手伝ってくれ。誰かおさえといてくれよー!」
「待った、こっちが先だ! 今手が離せないからハサミ持ってきてくれ!」
「ちょっと誰よ!? カンバンつける前に飾りつけちゃったの!?」
あちこちで賑々しい悲鳴や怒号が飛び交う。
全校生徒が待ちに待った文化祭は、いよいよ明日に迫っている。そのため今日は授業を行わず、全員で文化祭の準備を進める前夜祭となるのだ。
もちろん学生である以上徹夜は禁止だが、
「待て後藤。貴様なにを所持している」
「で、刑事長! これは犯人の行動を張り込むための、つまり事件解決に必要な寝袋で」
「バカもん。生徒会長として見過ごすわけにはいかん。没収だ」
「で、刑事長ーー!!」
こういう生徒もいる。
生徒たちの活気はいつもの授業時間を過ぎ、夕方になっても衰えることはない。皆が祭り前の活気の中、楽しげに準備を進めていた。
そしてここでも。
「はい、リハーサルを始めます。皆さん集まってくださーい!」
パン、と両手を大きく鳴らした間桐桜の声に、弓道部関係者たちはそちらへ注目した。
本来の部活動とは無縁の練習をすること数週間。演劇という慣れない演目を披露する彼らの舞台も、明日が本番だ。
その中で、本番と同じ体育館の舞台でリハーサルを行える機会が今日この時間にしかないというのはちょっと厳しいのだが、ここしか空いていなかったのだからしょうがない。
わらわらと集まってくる生徒たちを一瞥し、すっかり部長として貫禄の出てきた桜が宣言する。
「いよいよ本番も明日になりました。でも、いつも通り練習すればきっとうまくいきます。頑張りましょう」
応、とあちこちから応える声がする。それに桜は満足そうに、嬉しそうに微笑んだ。
そんな彼女をアルトリアは何とはなしに眺める。
セイバーとしてこの地にいた頃、彼女はそれほど間桐桜をよく知っていたわけではない。初めて会った日は大河にかかりきりで話す機会などなかったし、その翌日に朝食を一度、夕食を一度、一緒に摂っただけの時間しか一緒にはいなかった。さらに翌日には凛が婉曲的に、聖杯戦争が終わるまで衛宮邸に近寄るなと追い返して、それ以来もう会うこともなかったのだ。
ただ、当時はここまで闊達な少女ではなかったように思う。どちらかといえば消極的で、いつも何かに遠慮するように二歩か三歩引いている雰囲気の少女。本当はセイバーの”下宿”にも言いたいことがあったはずなのに、彼女は大河が言い負かされてからずっと黙り込んでいた。
桜は変わった、とアルトリアは思う。たった一年足らずの間にずいぶんと。
弓道部の部長となったことが彼女を変えたのか。男子三日逢わずんば刮目して見よ、と言うが、この年頃ならば少女でも当てはまるらしい。
それがアルトリアには少し眩く、そして羨ましかった。
間桐桜は変わった。とてもいい方向に。
それがちょっとだけ羨ましかったのだ。
――今の自分を後悔しているわけではないけれど――
そしてそんな桜の変化は、彼女の先達も感じ取っていたらしい。
「いやあ、間桐も一人前の顔になってきたでしょ。どうよ衛宮」
すぐ隣から上がった、誇らしげに友へ語りかける前弓道部部長・綾子の声に、アルトリアは内心驚いて身を竦ませた。
彼女の言葉に驚いたのではない。その言葉で、近くにいるであろう綾子が話しかけた相手に気づき驚いたのだ。
はたして名を呼ばれた少年は、そんなアルトリアの気持ちに気づかぬまま返事をする。
「ああ。うちではせいぜい、ちょっとしっかりしてきたかな、ぐらいに思ってたから知らなかった。もう立派な部長じゃないか」
「まだ一人で任せるには不安なところもあるけどね。それも周りがちゃんとフォローしてくれそうだし。
あーあ、この文化祭が終わったらいよいよあたしも引退かあ。寂しくなるなあ」
「美綴は受験だっけ。息抜きに遊びに行けばいいじゃないか。射を見せてやれば後輩も喜ぶと思うぞ」
「引退した先輩がそうホイホイ遊びに行くのもね。間桐の威厳に関わるし。
そうだ、アンタこそあたしがまだ弓道部にいるうちにさっさと来い。あたしゃアンタとの決着が着かない限り、卒業してもしきれん」
「ああ、うん、そのうちな」
後輩の成長を見てしみじみ語る、縁側の年寄りを思わせる会話を繰り広げる士郎と綾子を、アルトリアは横目でちらちらと見る。鼻息荒く勝負をもちかける綾子を軽くいなす士郎はいつも通りで、昨日のことなど気にしていないようにも見えた。彼の負担にならなかったことに、少し安堵の念がわく。
しかし。
「わかってるって。ちゃんと気が向いたら、…………」
会話の途中で、士郎がアルトリアの視線に気づく。
途端、彼も金髪の少女へと視線を返してきた。
挑むような、強い視線。彼女が憧れた不屈の瞳が、今、彼女へと向けられている。
――――どきん
大きくひとつ脈打つ心臓。見る間にあがる体温。緊張が焦りを呼び、焦りが緊張を呼んだ。
なぜ、こんなに動揺しているのか。自分で自分の心がわからない。
「では皆さん、準備をお願いします」
間桐桜の号令で、皆がちりぢりに持ち場へと散ってゆく。士郎もアルトリアの方へと近づいてくる。アルトリアは士郎の目に射竦められたまま動けない。
そしてすれ違いざま、
「俺、諦めないからな」
改めてはっきりと、彼女の耳元で士郎は囁いた。
舞台前日ということで、舞台装置や小道具はすでにほとんど揃っている。
とはいっても衣装や大道具をわざわざ用意するのは大変なので、リハーサルは必要最低限の環境で行われた。背景の絵もなく、役者たちも制服か体育用のジャージ姿だ。それでもこれはほとんど最初で最後の通し稽古、演技する方も裏方役も懸命である。本番で失敗して舞台をだいなしにすれば、おそらく来年の文化祭まで恨まれることとなるだろう。
舞台袖で自分の出番を待ちながら、アルトリアは手の中の竹刀を握り締めた。
諦めない、と。さっき、士郎はそう言った。それが何を指しているのか、考えるまでもない。
士郎が頑固なことはよく知っている。それはもう呆れるほどに。
しかし、今回ばかりはそれでは困る。
『セイバー』の少女の面など、彼にとっては無用なのだ。それを見れば、きっと彼は幻滅してしまう。その前に離れなければならない。
一生懸命、線を引いて。『セイバー』と『アルトリア』の間に線を引いて、両者は別物なのだと言い聞かせて。士郎の中の『セイバー』は、ここにいる『アルトリア』とは別人なのだと。
……けど、本当に言い聞かせていたのは、誰に対してだったのだろう。
最初は、たしかに別人だった。『セイバー』の記憶がない以上、『アルトリア』というのは新たに作られた人格だ。その十七年間、たしかに『アルトリア』というのはセイバーと無縁の少女だった。
それがどんなにセイバーの頃と似通った人格であろうとも、セイバーの記憶を取り戻しても違和感なく受け入れられるほど性格が類似していようとも。
だけど、今は。
「『私』は…………」
ぎゅっ、と竹刀を握る手に力が入る。
『アルトリア』と『セイバー』。二人の人間。
それが、言葉遊びでしかないことは。
あるいは、いつしかわかっていたのかもしれない。
必死に否定してきた『セイバー』。否定しなければ線引きもできなかった過去。
別人だとわかってもらうだけではなく、離れなければならないとまで判断したのは、いったいなぜだったのか。
もしも彼女が全くセイバーと違う性格、違う人格であれば、士郎たちもアルトリアが言い張るまでもなく、別人だと思っていたのかもしれない。
それが逆に何度説明してもわかってもらえないのは、つまりは――――
「アルトリア、そろそろ出番よ」
びびくんっ!
驚いて跳ね上がる。目の前にはいつの間にか黒髪の少女の顔。
リハーサルを見学に来ていた遠坂凛は、あまりにもアルトリアが驚きすぎたため、逆に彼女の方がびっくりしているようだった。
「な、なによ。どうしたの? ぼーっとしちゃって」
「ぁ……いえ。なんでも、ありません……」
我に返って舞台を見る。ちょうど綾子と桜が前のシーンを終えて戻ってくるところだった。もしも凛が声をかけてくれなかったら、このまま出番を逸していただろう。
「ありがとうございます、凛。行ってきます」
「あ、ちょっと、アルトリア?」
呼ばれて振り向く。凛は喉に何か詰まったような顔で彼女を見ていた。
「なにか?」
「……大丈夫? 無理してない?」
「なにがです?」
つい最近、聞いた気がする質問。だから反射的に答えが出た。
凛はアルトリアの顔をほんの数秒眺め、
「――なんでもないわ。行ってらっしゃい」
「はい。では」
竹刀を握り直し、アルトリアは地を蹴る。
そう、今は舞台のリハーサル中。そちらに集中するのが何より大切だった。
やがて敵役の士郎の登場。そして護衛役のアルトリアは、台本通りのセリフを叫ぶ。
「我が主の行く手を遮る者は蹴散らしてくれる!」
白々しいそのセリフ。今の彼女は騎士でもなんでもないというのに。
このセリフを叫ぶと、『セイバー』を否定している今の自分が認めてはいけない、何かを思い出してしまいそうになる。
自己嫌悪に顔をしかめながら、腰の竹刀を引き抜いた。士郎も離れて竹刀を構える。
だんっっ!
道場と舞台という多少の差違はあれ、二人はいつもと同じ間合いから剣舞を始める。
肉薄して、振り付けどおりアルトリアが振り下ろした大上段の一撃を、士郎が正面から受け止めた。
いつもどおりだ。彼女の剣の冴えも、士郎の力強さも。
いつもどおり――
「――っ!?」
ぞくり、と背中を走る何か。一瞬アルトリアは身を震わせる。
いつもどおり。
士郎が、真っ直ぐ彼女を見ている。
さっき彼女の耳元で囁いたのと同じ――――あの、諦めない眼差しで。
「……………………」
士郎は、諦めない。この目を見ているとそれがわかってしまう。
きっと諦めてはくれない。彼はいつまでも彼女を追いかける。
奇しくも、昨日と今日、それぞれ士郎と凛から聞かれたことが脳裏をよぎった。
――――おまえ、無理してるだろ。
――――……大丈夫? 無理してない?
無理、している。
本当は、なんのしがらみもないのならば、士郎の胸に飛び込んでいきたい。
彼が両手を広げて待っていてくれるのなら、その胸に抱かれ、彼を抱き、ずっとずっと前から愛おしく思っていた存在を全身で感じたい。
つつみかくさず、理性を捨て、本心だけで物事を語ることができたならば。
彼女はもうずっと前から、士郎の想いに応えたかった。
けれど、それはしてはいけないことだと。
アルトリアの理性は、彼女の想いに枷をはめる。
「――ふっ!」
「っ!」
つい空気を吐き出す音がした。しかし音楽にまぎれ、その音は周囲に聞こえてはいない。
彼女の一打を士郎はがっしりと受け止める。
……やはり、決められた間合いより半歩ほど近い。
思えば昨日の練習でもそうだった。彼女が近づきがたいと遠慮して、いつもより遠ざかっているからか。はたまた逆に、士郎がこんなに近づいてくるから、迫力に圧されてアルトリアが一歩引いてしまうのか。
どちらが先かはわからねど、昨日も今日も、圧す士郎と圧されるアルトリアという構図ができあがってしまっている。
それはきっと、両者の想いの距離でもある。真っ直ぐ回りくどいこともせず、直球勝負でアルトリアの心に斬り込んでくる士郎。それを受け止めきれずに逃げる彼女。
――――なぜ、逃げるのか。拒めばいい。その場から動かず、拒めばいい。なのに、なぜ。
自問する――までもない。だって答えなんて、彼女はとうに知っている。
もう拒めない。士郎の想いが強すぎる。
自分の中で日に日に大きくなる欲求。士郎の想いに応えたい、彼を愛して愛されたいという欲望が、もう、抑え切れない。
すでに理性はギシギシと音を立て、今にも崩壊しそうだ。そんなことになってはいけない。守らなければ、彼の誇りを。
士郎に、『少女のセイバー』なんてものを見せて、幻滅させるわけにはいかないと、わかって、いるのに――――
「……っっ!」
強く睨みつけるような士郎の目。近い。すごく近い。
今度は打ち合わせより一歩近い。どんどんこっちへ近づいてくる。
駄目だ。
これ以上近づかれると、もう、保たない。
来るな。来ないでくれ、シロウ――――!!
どがっっっ!!
「先輩!?」「衛宮!」
悲鳴のような女生徒たちの声で我に返る。視界にはあおむけに倒れている少年の姿。
一目見てわかるほどはっきりと、彼は気絶していた。
容赦のない彼女の一撃が、彼の意識を刈り取ってしまったのだ。
「あ…………」
だらしなく声がもれる。しかも自分は今、どこを突いてしまったのだろう。
喉。彼の喉が驚くほど赤い。さっきまでそんな事、気付きもしなかった――否。これはたった今ついたもの。
あおむけに倒れているのは誰なのか。見ればわかる。見たそのままだ。
他の生徒たちが、倒れた彼へ駆け寄っていくのが見える。抱き起こされ、それでも士郎は動かない。
「…………違う」
遠い光景がフラッシュバックする。
鋼の巨人から彼女を守り、腹を斬り裂かれ、内臓を道路に飛び散らせた士郎。
英雄王から彼女を守ろうと立ち向かい、左の肩口から腰までばっさりと斬られた士郎。
敵の罠にはまり、心臓を呪いの槍で貫かれ、胸を真っ赤に染めた士郎。
アルトリアの血の気が一気に引いた。あの、強烈な死のイメージが、再び彼女の中に蘇る。
目の前の士郎は動かない。息をしているのかさえ不鮮明。何度も、何度もこの光景を見た。
ただひとつ、違うのは。
今の彼は、敵の攻撃を受けたのではなく、信じてくれていた彼女自身の手によって――――
「―――うそだ、シロウ」
嘘。嘘。嘘。嘘。
うそだなんてことが嘘。うそじゃない。これは、うそなんかじゃない。
そんなはずがない。士郎が、よりによって自分の手で倒れたなんて。
でも。この手には今も、彼を突き飛ばした竹刀の感触が――――
「シロウ!!」
口から飛び出したのは悲鳴だった。
ぐちゃぐちゃしていた頭の中が、叫ぶと同時に真っ白になる。とにかく士郎の元へと走り出した。
ほんの数メートルの距離はすぐに詰まり、アルトリアは士郎の周りにいる生徒たちの間をすり抜け、彼へと駆け寄る。
「シロウ――、シロウ、しっかりしてください、シロウ……!」
倒れた者を無闇にゆさぶらないという、いつかどこかで覚えた知識がかろうじて残っていた理性のかけらにひっかかり、彼女は士郎の手を握って必死に名を呼んだ。
士郎はまだ起きない。このまま起きなかったらどうすればいい。彼は何度も何度も命の危機から起き上がってきたけれど、もし、もしも、そうでない時が今ならば…………
「シロウっ……!!」
「落ち着いて、アルトリア」
ぽん、と肩に手を乗せられ、反射的に振り向く。そこには彼女を見つめる遠坂凛の冷静な瞳があった。
「大丈夫よ。士郎は気絶してるだけ。ちゃんと目を覚ますわ」
「凛…………」
こくん、と凛は頷く。その動作で余計な肩の力が抜けた。
まだ正常に戻らない頭で、けれど少しは落ち着いて士郎を見る。
士郎はまだ目覚めない。それでも、まつげが小刻みに震えている。小さく呼吸をする音が聞こえる。
――――生きている。
「………………………………」
ふぅぅううぅ、と風の吹き抜ける音がする。それが大きな大きな自分のもらす安堵のためいきだったと気づいたのは、肺の空気が全て出て、抜けた分の空気を吸い込むときだった。
思考の霧は全て晴れ、頭の混乱がおさまってゆく。
大丈夫。冷静に見ればたしかに失神しているだけだ。おそらくじきに目を覚ますだろう。
しかし彼をこのまま寝かせておくわけにもいかない。そういえば少し前、彼女が階段から落ちたとき、士郎が同じことをしたなと思い出す。
「シロウ。保健室まで運びますので失礼します」
そう言って、綾子が支えている士郎の身体に手を差入れ、持ち上げた。
――いや。持ち上げ、ようとした。
「ぐっ……!?」
ずっしりと手にかかる重み。思わぬ重量に身体が驚き、彼の身体を床から離すこともできないまま、逆に力が抜けてしまった。
人とはこんなに重いものだったろうか。
気合を入れてもう一度。今度は重いものと覚悟して力を入れる。
だが、士郎を持ち上げることは叶わなかった。
「く……これしきのことで……!」
「ちょっとアルトリアさん。いくらなんでもそりゃ無理よ」
悪戦苦闘するアルトリアを見かねて、側にいた綾子が声をかける。
「いくら小柄っていっても衛宮だって男なんだから。女の子が自分より大きな男を持ち上げようったって大変よ」
「女の……子……」
再び力が抜ける。
今度は精神的なもので。
「実典、アンタ衛宮を保健室に運んで。山崎くん、悪いけど手伝ってくれる?」
「えぇっ、俺かよ」
不平の声をもらす実典少年だったが、姉に一睨みされるとしぶしぶ士郎の身体に手をかける。
男子生徒二人に運ばれてゆく士郎をアルトリアは呆然と見送った。
綾子の言葉が徐々に染み込み、彼女の心がぼろぼろと崩れ落ちていく。
女の子。
その言葉はこんなに重いものだったろうか。
士郎を守ろうとしていたのに、不用意に彼を傷つけて。そのうえ運ぶこともできないなんて。
もしも、彼女が”セイバー”であったならば。
あの頃は魔力で筋力を補強すれば大抵の物は持てた。人一人など軽いもので、士郎よりもっと身体の大きな男性を持ち上げたことすらある。
なのに今の自分は、大切な人が意識を失っても、彼を連れて敵の前から逃げることすらままならない。
非力で、弱い――――女の子。
のろり、と視線を巡らせる。すぐ近くに間桐桜が立っているのが見えた。
本当はついていきたいのだろうが、弓道部の責任者としてリハーサルを放り出していくわけにもいかない。桜は心配そうに、綾子のつきそいで士郎が運ばれていった方角を見つめていた。
「…………桜。シロウのことを頼みます」
本当は自分も士郎が目を覚ますまでついていたい。そして起きたらすぐに謝らねばならない。
しかし彼が意識を回復させたとき。
こんな情けない顔など見せられようはずもないではないか。
「え?」
呼ばれた桜が聞き返したときには、もう、アルトリアの足は走り出している。
「ちょっとアルトリア!?」
後ろから呼び止める誰かの声。
けれどそれには耳をかさず、アルトリアはどことも目的地の知れぬまま全力で足を動かした。