私は,公園を離れて,中央通りのマイルスにちょっと立ち寄り,家に帰った.私はマイルスで容姿を説明してチャオのことを尋ね,背の高いウェイターは即座に「今日はお見えになっていません」と答えた.神は明らかに,私の意図する方向を支持していないように思われたが,いずれにしても私には全部のことをする以外にないのだということも分かっていた.

市内のすべてのジャズ喫茶は,重点捜査すべき対象地点だった.中央通りに並行する駅通りにもそのような店の一つがあった.いまこの店の名を思い出すことはできないが,仮にGスポットと名付けておく.この店は入口からレコード室に向かって細長く,トンネルの内部は闇に覆われ,その開口部を占める格子のガラス戸は(ろうそくの炎に近い)色温度2000ケルビンの矩形の発光体となって,教会の天窓から落ちる帯状の光に似たものを投射していた.

私は入口よりの席に座ったが,他に客は一人もいなかった.レコード室から出てきたのは,普段見る若いレコード係ではなく,今までまったく見たことのない中年過ぎの男だった.男は小柄なしかしがっしりした体躯を持ち,相貌にはある種の粗暴と威厳が相半ばしていた.この新しいレコード係からして,すでに異様だったが,その掛ける曲もまたまったく意表を突いたものであった.四周のスピーカーから突然のように吹き出してきたのはエレキギターのハイキーな(黒くない)サウンドであり,しかもそれには男女のボーカルが入り混じっていた.私が即座に「これはジャズじゃないよ」と感じたのも,当時の仙台のジャズシーンからすれば,当然のことではあったろう.

私は,「このこと」の意味を調べるためにレコード室の前に掲げてあったアルバム・ジャケットを取りに行った.それはクインシー・ジョーンズの新しいアルバムだった.クインシーはすでに名声を勝ち得たジャズ界の大御所であったが,このころ,長年連れ添った妻と別れてより若い新しい女と結婚していた.そのことが彼を新しい音楽に移転させる契機となったのか? あるいは,彼の音楽が新しいトーンを獲得するようになったことの結果として,そのようなことが随伴的に生じることになったのか?