彼女は,深く沈み込んだ風で考え込んでいたが,顔を持ち上げて「3日後に」と答えた.2人はしばらく駆け引きを続けたが,お互いにそれ以上譲歩する余地は見つかりそうになかった.沈黙の後,私は言った.「分かった.次の日は決めないことにしよう.その代り,僕はあなたを,この街でもう一度探すよ.」

彼女は大きく眼を開いて私を見据えた.そして,そのことをつまり,ゲームがすでに開始されていることを了解した.彼女は両手で顔を覆うと,向きを変え,前のめりに頭を振りながら,路地の奥に走り込んだ.私は,彼女が曲がるのを見届ける前に路地が見通せる位置から移動した.私たちが別れた時刻はほぼ,真夜中の12時である.

彼女の住まいを知ってしまったのでは,ゲームにならないと私は考えた.私は彼女と歩いてきた道を少し戻り,古ぼけた大きな建物の玄関を見付けてその表札を読んだ.そこには,「ユースホステル △△△荘」と書いてあった.もし,私の記憶に誤りがなければ,彼女の住まいは連坊小路の辺りであったように思われる.連坊小路から家までは歩いて戻るのにさほど遠い距離ではなかった.

私に与えられた課題は,限られた時間内にこの街のどこかで彼女ともう一度巡り合いを果たすというものだった.街は広かったが,彼女の立ち回りそうな行き付けの店はほとんど見当がついていたし,主要なスポットは徒歩で10分内外で到達できる圏内に含まれていた.仮にそのような場所が10個所あり,任意の時刻に(移動に要する時間=0)自由度1で移動できるものとしたとき,2人が出会える確率はおよそ1%と見積もることができる.

通常確率1%を切る事象は現実界では成立困難とみなされることが多い.10個所のうちの1個所に彼女がいなかったとき,残る9個所のいずれかに彼女が必ずいるとして,もし,彼女が移動しないということが分かっている場合には,残る9個所を順繰りに訪問することによって容易に彼女の居場所を突き止めることができる.そうでない場合には,おそらく至る地点で「すれちがい」の発生する可能性があるだろう.