第二十八章 「A foppish casual bar "Orphan"」


カジュアルバー『オルファン』

ドルファン首都城塞ドルファン地区城下通り、サウスドルファン駅に近い場所にあるシックな佇まいが評判の小さな酒場である。

内装の割には値段も良心的で、奥にはカードゲームやルーレット等のカジノスペースも設けられている。

その為か開店時間の午後六時になると、オルファンはすぐに賑わいを見せ始めるのだ。

客が早い時間からこのバーに訪れるのは、他にも理由がある。

それは、ちょっとした人気のあるバーテンダー二人がここで働いている為だ。

一人は現在も続いている戦争で夫を亡くした未亡人クレア・マジョラム。

大人びた雰囲気を持っているがその割には童顔で、男性ファンの多い女性バーテンダーである。

もう一人は、ドルファン王国が戦力を増強する為に雇った東洋人の戦士ケイゴ・シンドウ。

目が鋭く切れ長でアジア系にしてははっきりした顔立ちと、二十代前半とは思えない落ち着き様と態度が特徴だ。

彼は女性客に人気がある。

二人供、パート・アルバイト店員でありながら客の支持は大きい。

 

今日も、常連客で店内は満席状態だった。

その客の中には、スーとキャロルの二人組の姿もあった。

カウンターの、しかもケイゴの正面の席に陣取って、酒を飲みながら彼と会話している。

スー「ケイゴ君ってやっぱり黒い服が似合うわよね」

カクテルをシェイクしている彼の姿を見て、スーは溜め息混じりでそんな感想を漏らした。

元々素材がいいだけに、彼のバーテンダー姿は実に様になっていた。

キャロル「うんうん、普段は真っ黒で気持ち悪いと思うけどね。キャハハハ」

キャロルもスーの意見に賛成するが、どうみても半分はけなしている様にしか聞こえない。

ケイゴ「人の趣味について意見するよりは、自分の悪癖を直すべきだと思うが?」

キャロル「いーのいーの。あたしは自分のこの性格気に入ってるんだから」

悪びれた様子もなく、キャロルは自信いっぱいに言ってカルーアミルクを一口飲んだ。

人にはどうのこうの言って自分は何もしないのは矛盾しているとは思うのだが、言及しても無駄である事は一目瞭然である。

呆れた表情を見せず、ケイゴはシェイクしたカクテルをグラスに注いだ。

ジンの香り漂うギムレットだ。

何も言わずに、それをスーの前に置く。

スー「ありがと」

ケイゴ「仕事だからな」

ぶっきらぼうな返事をケイゴは返した。

彼のシャープな雰囲気に、その返事の返し方がひどく合っていた。

女性客「オレンジブロッサムのステアお願いします」

ケイゴ「了解」

すぐに別の客の注文を受けて、新たにカクテルを作り始める。

その彼の姿を見ながら、スーはギムレットのグラスに唇をつけた。

心地好いライムの酸味が口の中に広がった。

 

一方のクレアはというと、ブラックジャックで客の相手をしていた。

男性客1「クレアさん、俺の勝ちだな」

一人の男性客が余裕たっぷりの表情でクローバーのQ、ハートの9、ダイヤの2を見せびらかせた。

クレアは残念そうな顔をして、二枚のカードを投げ出した。

男性客「なっ!?」

途端に、勝負をしていた男の表情が豹変する。

彼女が投げ出したカードはスペードのエースとK、つまりは完全なるブラックジャックである。

クレア「悪く思わないで」

真っ白に燃え尽きてしまった男性客に、クレアは申し訳なさそうに言う。

持ち金全てを賭けて敗北してしまった彼は、夢遊病患者の如くふらふらと店を出ていった。

相当ショックだった様だ。

が、ディーラーの仕事はそんな彼に同情する間も与えてはくれない。

すぐさまカードゲームの腕に覚えのあるギャンブラーがクレアに挑む。

七、八人程相手をした所で店長がクレアに声をかけた。

店長「クレアさん、カウンターの方に回ってくれます?」

クレア「わかりました。じゃ、ブラックジャックの方お願いしますね」

そう言ってクレアがカウンターにやってくると、そこにはカウンター席で酔いつぶれたスーとそれを介抱しているキャロルとケイゴの姿があった。

クレア「どうしたの?」

ケイゴ「飲み過ぎた上に泥酔してしまってな。俺が注意しようにも物凄い剣幕で彼女は言う隙すら与えてくれなかった」

バツが悪そうな顔で、ケイゴが言う。

少々彼の顔色が悪い。

酔いに任せて、スーが彼に対する不満をぶちまけたせいだ。

キャロル「ケイゴが気にする事ないって。スーが自分の勝手でやったんだから自業自得だよ。全く、昔っから手が焼けるんだから……」

愚痴をこぼしつつも、キャロルはスーを背中に負ぶる。

その仕草はできの悪い娘の世話をする母親の様で、微笑ましいものがあった。

キャロル「今度来る時はちゃんと飲みすぎない様に注意しとくから。じゃね」

ケイゴ「ああ。よろしくな」

キャロルの背中を見送った後、ケイゴはスーのいた席に転がっているグラスを片付け始めた。

ケイゴ(キャロル殿も苦労しているのだな……)

いつもケラケラしている印象がある彼女に、ケイゴは同情した。

彼自身、悪友ギャリックに振り回される事がしばしばある。

その苦労をキャロルも持っているのかと思うと、共感を抱かずにはいられなかった。

カランと、エントランスの鐘が客が来た事を告げる。

レズリー「よ、ケイゴ、クレアさん」

キャロルと入れ替わるようにレズリーがオルファンに入ってきた。

彼女もこの店の常連客だが、ちょっと違っていた。

ケイゴがここで勤める様になってからだろうか、彼女はその頃からよくこの店に、自分の描いた絵を持ち込んでいた。

店長も彼女の絵を気に入っており、オルファンで飾られている絵の大半は彼女の物だった。

画廊で仕入れた絵と一緒に並べても少しも見劣りしていない。

今日も彼女はキャンパスの包みを手にしていた。

クレア「新しい絵、持ってきてくれたの?」

レズリー「ああ。こんな感じのなんだけど……どうだい?」

包みを取り払って彼女が取り出したのは、セリナリバーの遊歩道の風景画だった。

手前にセリナ運河が流れていて、奥の対岸で人々がゆったりとした様子が伺える。

街路樹の下のベンチで休みを取っている者、犬を連れて散歩する者、運河に身を任せるゴンドラの上ではしゃいでいる子供の姿が、その絵から見受けられる。

クレア「素敵な絵ね」

ケイゴ「ああ。ここに飾るには丁度いい」

レズリー「そうか?こんなガキの描いた絵を飾る所なんてここしかないと思うけど?」

ケイゴ「そういう物好きもいるという事だ」

ちらりとカードゲームのテーブルでディーラーをしている店長に目を向けるケイゴ。

レズリーも店長を一瞥すると、「なるほどね」と頷いた。

ケイゴ「何か飲むか……とはいってもミルクしか注文できんが?」

受け取った絵をカウンターの裏にしまうと、ケイゴはレズリーに訊いた。

レズリー「アンタのおごりだったらいいよ」

ケイゴ「……まぁ、いいだろう」

苦笑しつつ、ケイゴはグラスを取り出してミルクを注いだ。

 

時計の針は午後十時を過ぎていた。

客の数も多少減ったので、本来の落ち着いた雰囲気をオルファンは取り戻している。

忙しいピークの時間が過ぎた為、今日の遅番であるケイゴとクレア、責任者である店長と他の従業員二名以外は仕事が終わって既に帰っている。

クレアは今日預かったレズリーの絵をしまいに物置におり、店長含め他の遅番組は相変わらずカジノスペースで挑戦者の相手をしている。

その為、現在カウンターにいるのはケイゴだけだった。

カランとエントランスの鐘が鳴る。

店に現れたのは、ロバートだった。

ケイゴ「ロバート殿か。早い内に帰らないと、ソフィアが心配するのではないか?」

ロバートが入ってくるなり、ケイゴは感心せんなという表情で言った。

彼の厳しい意見に、ロバートは苦笑いをしながらカウンター席に座った。

ロバート「まぁ、ここには君とクレアさんが居るからな。それなら娘も心配しないだろうし、万一飲み過ぎて酔っぱらう事もないだろうしな」

ケイゴ「当たり前だ。ソフィアに『お父さんにお酒を飲ませ過ぎないでくださいね』と釘を刺されているんだからな」

ロバート「出来のいい娘で困るよ」

ケイゴ「そうだろうな」

二人は揃って、一しきり笑った。

ケイゴは慣れた手つきをテキーラ・サンライズを作り、それをロバートに差し出した。

ロバート「悪いな」

ケイゴ「おごりではないからな」

ロバート「わかってるさ」

独特のサンライズカラーに染まったグラスを手にし、ロバートはカクテルを流し込む様に飲む。

???「隣、いいか?」

そう言って、彼のいるすぐ隣の席に腰を下ろしたのはジーンだった。

革製のジャケットにジーンズという服装は、男勝りの気がある彼女に酷く似合っている。

彼女もこの店の常連だった。

ジーン「いつもの頼む」

ケイゴ「ああ」

ジーンに頼まれ、ケイゴはグラスと、ウォッカとオレンジジュースの瓶を取り出した。

二つをグラスに注いで、軽くステアしたカクテルが彼女の前に差し出される。

そのカクテル、スクリュードライバーをジーンは臆することもなく一口でいった。

その飲みっぷりに、隣にいたロバートは圧倒されてしまったのと同時に天晴れな気分になった。

ロバート「いける口かい?」

ジーン「まあな」

含み笑いを浮かべながら、続けて出されたモスコミュールを煽るジーン。

ケイゴ「ロバート殿、控え目にな」

これから何が始まるのかを察したケイゴが釘を刺す。

ソフィアが心配するだろうと思っての忠告だったが、ロバートはそれを気にも止めずジーンに酒飲み勝負を申し込んでしまった。

ケイゴ(ロバート殿の性格上、止めるだけ無駄だな……しかし、ソフィアに何を言われようと俺は知らんからな)

と、諦めて知らんぷりを決め込んだケイゴの前では、互いに負けまいと何杯もグラスを空にするロバートとジーンの姿があった。

いつの間にかこの勝負を見届けようと人だかりができ、異様な熱気に包まれていた。

観客がエールを送る度に、グラスが空になり、『おかわり』の声が店の中で木霊する。

まるで祭の様な盛り上がりを向かえつつ、オルファンの夜は更けていくのであった。


後書き

 

昨年内に送るつもりだったのが、年明けになってしまいました。

伸び悩んだ末にそのまま終了なんて事ならないようにと努力はしているのですが、まだまだ自分は甘いようです。

目下の目標!!

 

『THE GOD HAND』を無事完結させる事!!

ソフィアファンの増加!!

単位取得!!(ってこっちの方が大事っす)

 

以上を目指して頑張り抜いてやるっ!!


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