第10章「記憶は悲鳴をあげる(後編)」


「剣の心得はあるようですが…剣術の基本をご存じなかったのがまずかったみたいですね」

「3対1ではね、勇敢なお嬢さん」

「くっ…」

ライズは左腕で己の身をかばい、男を睨みすえる。逃げようにも、手を伸ばせばすぐ捕らえられるように男たちは周りを取り囲んでいた。金髪の男が、にやつきながらライズに手を伸ばす。

「お嬢さん、恐がることはない。ただちょっと、つき合ってもらいますよ。君が逃がしたおもちゃの代わりにね───さあ皆さん、宿舎に戻りますよ!」

その手がライズの肩にふれようとした時。

冷えたものが一気に熱くなる。

剣を構えて飛び出してしまいそうな自分を抑え込み、声をあげた。

「待て。その娘は俺の仲間だ。置いていってもらおうか」

男たちが一斉に振り向く。ライズは安堵したような、何かが心に引っかかっているような、複雑な表情で俺を見る。

俺は歩み寄りながら、彼らを睨みすえた。

「お前たちの楽しみの邪魔をする気はないが、こっちも仕事なんでね」

もともとの美醜は関係なしに、品性は顔に現れる。赤毛で小さな目の男も、金髪の顔立ちのよい男も、どこか情けない8の字眉の男も、悪事でしか笑ったことのない醜悪な顔をしていた。

…誰から殺られたい?

鈍いのか、きょとんとしていた彼らは…互いの顔を見合わすと、「馬鹿はしょうがねえな」と言いたげに目配せした。

「んだよ、何ならまぜてやっても構わないぜ?」

「置いていけと言っている…!」

たまらず剣を抜く。彼らは鼻で笑うと、それぞれに剣を構えた。

「…なあおい、あの鎧…もしかして近衛騎士団長か?」

「やべえぞ、おい」

「構うものですか。…オルカディア軍は完全実力主義、勝てば私たちの位があがるまでのこと。それに、3対1では負ける道理がありません。昇進のいいチャンスですよ…」

金髪の男がささやくと、仲間のふたりが色めきたつ。どやらこの男がリーダーらしい。頭の悪いふたりを操っているのだろう。

「話はまとまったか?」

3人はいっせいに斬りつけることで返事とした。

一撃をかわし、二撃をかわし、赤毛の男の足を払う。転んだ彼の胸を踏んだ勢いで、リーダー格の男を真正面から斬りつけ、かえす剣で8の字眉の男の肩を叩き潰す。およそ3息。仕上げに、起き上がろうとした赤毛の顔に拳を叩き込んだ。

「ぐぶうっ」

「た、助けてくれぇ…」

肩を押さえてうずくまっている男。両手で顔を覆い、「目が、目が」とわめきながらのたうち回っている男。唯一斬ったリーダー格の男は痙攣している。体が上下に動くたびに、激しく血が吹き出す。これはおそらく、助かりはしない。

「もういいわ…」

ライズは腕をかばいながらゆらりと立ち上がる。右腕からは血がしたたりおち、地面に赤黒いしみをつくっている。

「こいつらに同情する気は毛頭ないけれど、あなたがこいつらを斬ったところで、別に何の利益もないわ」

血の甘く生臭い匂いと、死に瀕した者があげる独特の匂いが周囲に満ちる。

俺はライズの青白い顔を見た。さすがに、戦場の地獄絵図にひどく心を動かされた様子はないが、彼女の行為は───。

「甘いな」

「え?」

───俺は地獄より酷いものを見たことがあるんだよ。ライズ。

愛する者の、無惨な屍を。

こいつらにはどうしてやるのが妥当か、俺はよく知っている。

「血は血でもって償わせなければいけない…」

「……?」

俺はライズを無視すると、3人の前に立ちはだかる。

「苦しませずに死なせるのは本意じゃないんだが、あいにく今日は多忙でね。お前たちは運がいい。───とりあえず、今すぐ死ね」

逃げられない相手の首筋に剣を叩き込む。3人とも倒れ、あるいは細かく痙攣し動かなくなった。

「無抵抗の人を殺すのに、顔色ひとつ変えないのね…」

責める口調でライズはつぶやく。俺は剣をならず者たちのマントで拭い、鞘に戻す。

「斬ることはただの作業に過ぎない」

俺は大きく息をついた。

「君も、オルカディア近衛騎士団長の命を狙う刺客にしては、ずいぶんと甘いことを言うんだな」

ライズは目を見開く。悲鳴じみた鋭い声。

「気づいていたの…!?」

「まあな」

「知っているなら…知っているなら何故、自分を殺そうとした人間を助けたりしたの!?」

逼迫した視線を、真正面から受け止める。

「言っただろう。冒険に必要な仲間だと。それに、君がいくら寝首をかこうとしても、うかうかと殺されてやるつもりなどない」

「…私程度では殺せない、と?」

「他の誰にもだ」

目的が、達せられるまでは。

そう、とつぶやき、ライズはうつむく。俺はハンカチを取り出し傷ついた右腕を手にとった。

大人しくされるがままになっている。きつく右腕の付け根を縛った。彼女は歯をくいしばる。傷は、やや深いようだ。

「傷口はこっちの布で押さえてろよ。ガーゼとか止血剤は、ソフィアが持っているから」

「言われてみれば、ソフィアは?」

「村の入り口で待っていると思う。彼女は勝手にうろついたりしないからな。行くぞ」

背中を向けて歩き出す。しばらくして、ぱたぱたと小さな足音が駆け寄ってきた。

「…おい、マントをつかむな。歩きにくい」

「ごめんなさい…」

「ん?」

かすかな声に振り返ると、ライズがうるんだ瞳で俺を見上げている。

───反則だ。

おい。それは反則技だ。卑怯だぞ。

ライズはつっかえつっかえ、ひどくもどかしげに言葉を紡ぐ。

「その…あなたが来てくれて、助かったわ。ありがとう。……それだけは、言っておきたいの…」

視線に耐えきれない、というかのように、赤くなって目を逸らす。

「……」

……負けた。

俺はマントからそっと手を外させると、返す手で優しく握った。女性にしてはやや堅いが細い手が、かすかに震えていることに、その時初めて気づいた。

「───大丈夫か?」

「平気よ、このくらい…」

まだ少し血の気のない顔に、はにかんだ笑みを浮かべる。

俺はうなずくと、その手をしっかりと握って歩きはじめた。


後書き

 

…ライズかわええ…(*ー▽ー)~

しかしマク助、ソフィアとライズでは随分と扱いに差がありますな。ソフィアに対しては優しいのに。気に入った女の子を苛めてしまうというアレか?それとも秘かに「生意気な子だ」とムカついているのか?

…あ、面白がってからかっているのか…。最悪。

 

背後に死体が転がっているのにもかかわらず、死臭がただよっていることにも構わず、しかもマクに至ってはちゃんと返り血を拭いていないのに、あっさり純愛小説に戻る。

なんて恐ろしい(ーー;)

それにしても、助けた村人はどこへ消えたのだろう(理由/…邪魔だったもので、つい)。

あ、ライズの怪我はそっこーで治しますんで。

本当は怪我させたくなかったんだけどね。3対1で闘って、怪我の一つもできないとおかしいし(マク助は…化けもんだなありゃ)。

作者としても辛いところよ。

 

それにしても。

「君が逃がしたおもちゃの代わりにね」

「んだよ。何ならまぜてやっても構わないぜ?」

この2つの台詞、なんだか18禁ですね…やばいなー。

というか、この章はそれっぽいですね。全体的に。まあでも、イベントの内容がアレだしなあ。仕方ないのかも(おっ、人のせいにしている)。 

「苦しませずに死なせるのは本意じゃないんだが(中略)とりあえず、今すぐ死ね」

一番やばいのはこいつだ(笑)

まあこのイベントに関しては同感だけどね。生かしておいたら被害者が増えるばかりでしょうし。ここはさくっといくべきでしょう。うんうん。

 

次は「第11章 幸せになる資格」です。


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