勝負は一瞬でついた。
確実にかわせたはずの一撃を、俺が受け止めたからだ。
左の脇腹を切り裂いた短剣を、ライズが信じられないといった表情で握っている。
───さすがに、痛い。
うめきながら身じろぎすると、小さく声をあげ、手を離す。
「なぜ避けなかったの!」
「……あんまり、矛盾したことばっか言うなよ……てて」
「あなたなら避けられたはずよ。この程度なら。待ってて、医者を呼んでくるから」
身を翻したその手をつかむ。やめろ、と言った。
「でも!」
「警備兵に不審に思われる。呼ぶならソフィアにしてくれ。……平気だ、大した傷じゃない」
───明らかに急所を外してあったから。
でも、とライズはいいつのる。とうに殺気は消え失せ、目の前にいるのは、年相応にうろたえる普通の少女だ。
「忘れるな。俺とお前は敵同士だ。助けるな」
彼女はききわけのない子供のように首をふる。
「あなたは、私を助けてくれたじゃない……」
「仲間だからだ。それに、俺は個人的にああいった連中は気にくわない。それだけだ」
「でも、こんな」
「君は、オルカディア近衛騎士団長から一本取ったんだ。まあ、止めを刺した訳ではないが……これで少しは狙いやすくなる訳だ、俺の命を」
「……嘘つき」
「理由が何であれ、傷は傷だろう。武勲は武勲。それが、戦争というものだ」
ようやく真意を理解したらしい。ライズは自分が斬られたような、急な痛みに我を忘れたように俺を見ると───平手で打った。
短く罵倒すると、宿に向かって走り去っていく。
俺は脇腹を押さえながら、彼女が消えていく先をみつめていた。温かな血があふれ、手をぬめらせる。
「バカ、だな…どうしようも、ない……」
どうしてか、声は寂しげに己の耳を打つ。
あの時。
俺も妹に向かって、手を伸ばそうとした。
えびぞりに縛られ転がされた俺を尻目に、男たちは妹を押さえつけた。叫び声と下卑た笑い声。よくは見えないものの、妹が男たちからひどい目にあわされていることは判る。ほこりっぽい軍舎には誰もいないのか、彼らは妹の口を塞ごうともしない。
妹を助けないと───
いましめから手を必死に動かそうとする。が、焦るばかりで縄は一向にほどけない。勢いあまってバランスを崩し、頭と肩をしたたかに打ちつける。
男のひとりが気づいた。軍支給の革靴が手を踏みにじる。酷い痛みにうめく俺を蹴り、唾を吐きかけ
『お前はそこで見てりゃいんだよ。後でじっくり調べてやるからさぁ……!』
目に入ったのだ。妹の目が。俺なら助けてくれるはずと、無条件に信じきっていたいとけない瞳が。伸ばされた手と、まだ7つでしかない体につけられた、無数の痣と傷を。
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、俺に必死に助けを求める、この世でたったひとりの愛しい存在を。
『おにいちゃん、おにいちゃん、助けて……!!』
───助けられなかった、無力な自分。
「ライズ……」
今の俺には、君を愛する資格などないんだ。
『違う。泣いてなんかいない。私は……』
心を引き裂く悲しい声が、決意をぐらつかせる。
もう、誰も。ライズもメリンダも、側にいて欲しくはない。いや、今の修羅と化した自分の側にいてはいけない。
祈るように拳を額にあてる。
「頼むから泣かないでくれ……」
こらえた言葉が、ため息とともにこぼれおちた。
後書き
いや、泣かしてんのあんただから(・・;)
叩かれるのも至極当然ですな。
「えびぞり」の状態が分からなかったので実践してみました。その状態で暴れてみました。頭を床に3回ぶつけました。痛いです(バカ)。
愛(かな)しい、という言葉は、「かわいい、いとけない、いじらしいさま」という意味らしいです。
この場合、「いじらしい」が適切かな…。いとけなくないしな、全然。
脇腹の傷、ダークプリンス戦で致命傷にならないといいね、マク助…。無茶するよあんたわ…。
次章は「第15章 月の光の下で(前編)」です。
第16章で第1部は終了です。