(……歌?)
私は剣を抱きしめると、ドアによりそう。隙間から光は洩れていなかった。暗闇の中、それでもかすかに声が聞こえる。ソフィアが小さな声で歌っているらしい。
戦闘のあと自分から剣の手ほどきをうけている。普通ならベッドに入れば朝まで起きられない筈だ。
血の匂いに興奮しているのかもしれない。
どこかで聴いた曲だ。単調でゆるやかな曲。
(研修かしら?)
記憶を探っても思い当たるふしがない。別に、音楽など、自分にとってはどうでもいい物…の、筈だが。
私は剣を握り直した。歯をくいしばると嫌な音がする。
(何故…)
足元がぐらつく。剣を握る手に力がこもらない。
私はその場に座り込んだ。膝を抱いてうずくまる。
───どこで聴いた?
自分の膝を抱く手に力をこめる。
安息日とは、オルカディア一の占い師ことマルキ神祇官が占出した、創世神話の聖母が子供たちをさずかった日の事だ。毎年日付が変わるのは謎としか言いようがないが、一言で表現するとコレである。
国民にデートさせる日。
(さまざまな事情で生まれた子供が捨てられる。その子たちは成長して、食べるためにオルカディアの兵士になる。あるいは徴兵される。死んではまた安息日に補充され……悪循環ね)
指先で本のページを弄ぶ。ベニアを壁に打ちつけただけの机の前に座って、私は延々と読みもせずにページをめくっていた。
(さすがは権力の犬ね。遊ぶのも職務の内ってわけ?……ソフィアも、あんな男につき合うことないのに)
ページをめくり続ける。いつのまにか、読める筈のないスピードになっていた。
クリストファー・マクラウド。オルカディアの近衛騎士団長。私が、いや私の所属する組織の、標的。
だが、今まで一度も強襲や暗殺が成功したためしがない。
眠っている時でさえも静かに部屋中に漂う緊張感。剣を手にしていながら、その鍛え上げられた腕を見ていると、一瞬後には己が殺されるような気がした。指一本、触れる事さえないまま。
(一般人に手を出す事は感心しないわ…)
手を止める。ページがもうない。本を音をたてて閉じる。
優しい笑顔をうかべながらも、時折ふと無表情になる男。おそらくあれが彼の本性なのだろう。
……とぎすまされた、剣のような男。
(そうよ。感心しないわ。ソフィアを騙すだなんて…)
騙す?
本当に?
…ソフィアと二人きりだったら、もしかしたら───違うのかもしれない。
私は机に頭をよせた。かびくさい匂いと、自分の服から漂うかすかな石けんの匂い。
目を強くつぶって開ける。
(やはり殺すべきだわ。あの男が死ねば、王国のダメージは計り知れない)
オルカディアに隙を作り、そこを突いて瓦解させる。革命の一歩たる大事な役目なのだ。
自分の赤い手袋をじっと見つめる。
もう一度目をつぶり、小さく呟いた。
「バカ……」
後書き
「ソング」といえばソフィア。「インフィニティ・ソング」これは最初考えていた題名です。ソフィアが主人公の話になる筈だったのに(笑)
次はこれの後編、その後からは2人称小説になります。