第3章「インフィニティ・ソング(前編)」


(……歌?)

私は剣を抱きしめると、ドアによりそう。隙間から光は洩れていなかった。暗闇の中、それでもかすかに声が聞こえる。ソフィアが小さな声で歌っているらしい。

戦闘のあと自分から剣の手ほどきをうけている。普通ならベッドに入れば朝まで起きられない筈だ。

血の匂いに興奮しているのかもしれない。

どこかで聴いた曲だ。単調でゆるやかな曲。

(研修かしら?)

記憶を探っても思い当たるふしがない。別に、音楽など、自分にとってはどうでもいい物…の、筈だが。

私は剣を握り直した。歯をくいしばると嫌な音がする。

(何故…)

足元がぐらつく。剣を握る手に力がこもらない。

私はその場に座り込んだ。膝を抱いてうずくまる。

───どこで聴いた?

自分の膝を抱く手に力をこめる。

 

安息日とは、オルカディア一の占い師ことマルキ神祇官が占出した、創世神話の聖母が子供たちをさずかった日の事だ。毎年日付が変わるのは謎としか言いようがないが、一言で表現するとコレである。

国民にデートさせる日。

(さまざまな事情で生まれた子供が捨てられる。その子たちは成長して、食べるためにオルカディアの兵士になる。あるいは徴兵される。死んではまた安息日に補充され……悪循環ね)

指先で本のページを弄ぶ。ベニアを壁に打ちつけただけの机の前に座って、私は延々と読みもせずにページをめくっていた。

(さすがは権力の犬ね。遊ぶのも職務の内ってわけ?……ソフィアも、あんな男につき合うことないのに)

ページをめくり続ける。いつのまにか、読める筈のないスピードになっていた。

クリストファー・マクラウド。オルカディアの近衛騎士団長。私が、いや私の所属する組織の、標的。

だが、今まで一度も強襲や暗殺が成功したためしがない。

眠っている時でさえも静かに部屋中に漂う緊張感。剣を手にしていながら、その鍛え上げられた腕を見ていると、一瞬後には己が殺されるような気がした。指一本、触れる事さえないまま。

(一般人に手を出す事は感心しないわ…)

手を止める。ページがもうない。本を音をたてて閉じる。

優しい笑顔をうかべながらも、時折ふと無表情になる男。おそらくあれが彼の本性なのだろう。

……とぎすまされた、剣のような男。

(そうよ。感心しないわ。ソフィアを騙すだなんて…)

騙す?

本当に?

…ソフィアと二人きりだったら、もしかしたら───違うのかもしれない。

私は机に頭をよせた。かびくさい匂いと、自分の服から漂うかすかな石けんの匂い。

目を強くつぶって開ける。

(やはり殺すべきだわ。あの男が死ねば、王国のダメージは計り知れない)

オルカディアに隙を作り、そこを突いて瓦解させる。革命の一歩たる大事な役目なのだ。

自分の赤い手袋をじっと見つめる。

もう一度目をつぶり、小さく呟いた。

「バカ……」


後書き

 

「ソング」といえばソフィア。「インフィニティ・ソング」これは最初考えていた題名です。ソフィアが主人公の話になる筈だったのに(笑)

次はこれの後編、その後からは2人称小説になります。


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