夕刻に帰ってきたソフィアは上機嫌で、いつになくはしゃいでマクラウドと話をしていた。時折相槌をうつマクラウドも嬉しそうだ。
宿の食堂の前に立つ私に気づいて、ソフィアがかわいらしい笑顔をむける。
一瞬、胸を刺された気がした。
「何だ、食べててもよかったのに。腹へったろ?」
「もう食事は済ませたわ。私は通りがかっただけ。それじゃ」
「聞いて下さいっ。私、今日初めてあのインペリアル歌劇団の公演を見たんですよ。もう、本当に…ああっ!」
「な、何だ?」
「ごめんなさい、忘れない内に台詞全部ノートに書きつけておかないと…すみません失礼します!!」
ソフィアは慌てた様子で廊下の奥へと走り去っていく。どうも、舞台のこととなると周囲が見えなくなるようだ。
私はマクラウドから視線を逸らし、食堂のドアの向こうを眺めた。中はやや薄暗く、数人の男女がつまらなさそうに酒を交わしあっている。会話は聞こえない。
「…私も、失礼させてもらうわ」
立ち去ろうとすると、マクラウドが手を伸ばしてきた。反射的に身構える。
ぽふぽふ、と彼は軽く私の頭をたたく。
…手が大きい…
「…手負いの獣みたいな目をするな……」
細められた目が優しい。私は息をのむと、身をよじり、手を避けた。
「気安く触らないで」
彼は手をおろすと息をついた。明るく、
「次の安息日にどっかいこう。退屈だったろう?」
「結構よ」
ねめつける。目だけで殺せそうなくらい腹は立つのに、どうしてこの男はのほほんとしていられるのだろう。
私は目を逸らす。
……不公平だ。
「…相手は、別にいるでしょう」
「ソフィアは公演に連れていくことが冒険に出る時の条件だった。まあ、いわゆる約束だな」
「…約束……?」
こみあげてくる笑みを頬に力をいれて消す。
約束。ただの。
「そうね───いいわよ」
(お互いを知るのは重要なこと。
休日なら…隙もできる筈)
頭の中で計算が出来上がる。高鳴る胸を拳でおさえつけながら、私は剣技や戦術を心の中で弄んでいた。
その日の夜、ソフィアは別の歌を歌っていた。
華やかで雄々しい歌。全く知らない歌。
近衛騎士団の祭典にでも使われそうな曲だったが、ハデすぎて彼にはそぐわない。
(むしろ…)
あの夜の曲の方が、彼を連想させる。
───何故か、もっと似合わないあの歌が。
あの歌を私に歌ってくれたのは、誰だったのだろうか。
(眠ってしまったの…)私は木の幹に頭をよせると、右側で安らかな寝息をたてている彼を見た。時折葉擦れの音とともに全身に踊る光は鮮やかで、初夏の森にいるような気分にさせる。
私は制服のポケットから手帳をとりだすと、上半身を彼の方へ向けて下から上へと全身を眺めた。
(胴は駄目ね…。この鎧では難しいわ。狙うとすればやはり首……)
首から上へ目をやると、マクラウドは明らかに寝こけていた。寝室で感じるような緊張感はかけらもない。私は頭をおさえた。
呑気な男。
ポケットの中の、銀のナイフに手を伸ばす。
……それでもなお、彼は寝ていた。まだ子供みたいな寝顔で。
おかしくなって吹き出す。
(いつも、私を子供扱いしてるくせに)
柄から手を離す。
かわりにペンを取り出すと、今日の日付が書かれた欄に×印をつけた。
「今日は…安息日だから」
言い訳とは知りつつも呟く。そしてもう一度寝顔をみつめると、小さく声をたてて笑った。
後書き
……女子高生のポケットからはなんでも出てくる、それは彼女とて例外ではない(笑)。
次の章からは2人称です。ちなみに急展開です。
次は「第5章『恋』」
題が恥ずかしい(*^^*)