第4章「インフィニティ・ソング(後編)」


夕刻に帰ってきたソフィアは上機嫌で、いつになくはしゃいでマクラウドと話をしていた。時折相槌をうつマクラウドも嬉しそうだ。

宿の食堂の前に立つ私に気づいて、ソフィアがかわいらしい笑顔をむける。

一瞬、胸を刺された気がした。

「何だ、食べててもよかったのに。腹へったろ?」

「もう食事は済ませたわ。私は通りがかっただけ。それじゃ」

「聞いて下さいっ。私、今日初めてあのインペリアル歌劇団の公演を見たんですよ。もう、本当に…ああっ!」

「な、何だ?」

「ごめんなさい、忘れない内に台詞全部ノートに書きつけておかないと…すみません失礼します!!」

ソフィアは慌てた様子で廊下の奥へと走り去っていく。どうも、舞台のこととなると周囲が見えなくなるようだ。

私はマクラウドから視線を逸らし、食堂のドアの向こうを眺めた。中はやや薄暗く、数人の男女がつまらなさそうに酒を交わしあっている。会話は聞こえない。

「…私も、失礼させてもらうわ」

立ち去ろうとすると、マクラウドが手を伸ばしてきた。反射的に身構える。

ぽふぽふ、と彼は軽く私の頭をたたく。

…手が大きい…

「…手負いの獣みたいな目をするな……」

細められた目が優しい。私は息をのむと、身をよじり、手を避けた。

「気安く触らないで」

彼は手をおろすと息をついた。明るく、

「次の安息日にどっかいこう。退屈だったろう?」

「結構よ」

ねめつける。目だけで殺せそうなくらい腹は立つのに、どうしてこの男はのほほんとしていられるのだろう。

私は目を逸らす。

……不公平だ。

「…相手は、別にいるでしょう」

「ソフィアは公演に連れていくことが冒険に出る時の条件だった。まあ、いわゆる約束だな」

「…約束……?」

こみあげてくる笑みを頬に力をいれて消す。

約束。ただの。

「そうね───いいわよ」

(お互いを知るのは重要なこと。

 休日なら…隙もできる筈)

頭の中で計算が出来上がる。高鳴る胸を拳でおさえつけながら、私は剣技や戦術を心の中で弄んでいた。

 

 

その日の夜、ソフィアは別の歌を歌っていた。

華やかで雄々しい歌。全く知らない歌。

近衛騎士団の祭典にでも使われそうな曲だったが、ハデすぎて彼にはそぐわない。

(むしろ…)

あの夜の曲の方が、彼を連想させる。

───何故か、もっと似合わないあの歌が。

 

あの歌を私に歌ってくれたのは、誰だったのだろうか。

 

 

(眠ってしまったの…)私は木の幹に頭をよせると、右側で安らかな寝息をたてている彼を見た。時折葉擦れの音とともに全身に踊る光は鮮やかで、初夏の森にいるような気分にさせる。

私は制服のポケットから手帳をとりだすと、上半身を彼の方へ向けて下から上へと全身を眺めた。

(胴は駄目ね…。この鎧では難しいわ。狙うとすればやはり首……)

首から上へ目をやると、マクラウドは明らかに寝こけていた。寝室で感じるような緊張感はかけらもない。私は頭をおさえた。

呑気な男。

ポケットの中の、銀のナイフに手を伸ばす。

……それでもなお、彼は寝ていた。まだ子供みたいな寝顔で。

おかしくなって吹き出す。

(いつも、私を子供扱いしてるくせに)

柄から手を離す。

かわりにペンを取り出すと、今日の日付が書かれた欄に×印をつけた。

「今日は…安息日だから」

言い訳とは知りつつも呟く。そしてもう一度寝顔をみつめると、小さく声をたてて笑った。


後書き

 

……女子高生のポケットからはなんでも出てくる、それは彼女とて例外ではない(笑)。

次の章からは2人称です。ちなみに急展開です。

次は「第5章『恋』」

題が恥ずかしい(*^^*)


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