ドルファン暦二十六年四月二日。
今日からはドルファン学園高等部の一年生だ。
真新しい制服に腕を通すと、なんだか昨日までとは違う自分になったような気がする。
「おや、よく似合ってるじゃないか」
今へ入ると、母親が目を細めてソフィアを見た。そう言われると、単純に嬉しい。
「ありがとう。…お父さんは?」
「帰ってないよ」
母親は途端に不機嫌になって弟のほうへ向いた。
「またどこかで夜通しでお酒飲んでるんだよ。まったく」
「…そう…」
ソフィアは、弟のシャツを直してやっている母親の背中に小さくため息をついた。
「早くしないと、遅刻するんじゃないのかい?初日から遅刻はまずいと思うけどね」
「…うん。行ってきます」
「いってらっしゃい」
母親は、振り向かなかった。
新しい制服を着たくらいじゃ、何も変わらない。
わかってた、ことだけど。
「…まあこの国の事情てのはそんなとこだ。で、俺ら傭兵をまとめてんのがヤングって長官で」
ドルファン学園の前の通り。にぎやかな男の声に目を上げてみれば、そこには昨日の青年がいた。隣には声の主らしい男が立っている。
「あ、あの…」
思い切って声をかけてみる。
「カイさん、ですよね?」
「ああ、君か」
カイはこちらを振り向くと、小さく微笑した。
「おはよう」
隣の男がはやし立てる様な調子で口笛を吹くのを、軽く無視して挨拶してくる。
「おはようございます。昨日は、ありがとうございました。それで、お礼といっては、なんですが…」
ふいに、ソフィアは向こうから長身で金髪の男が歩いてくるのに気づいた。
「あっ…」
思わず、身を反して学校の中へ逃げ込む。
見られたくないと、思ったのだ。誰に、何を見られたくないと思ったのかは自分でもよくわからなかったが。
「…何だ、今の」
「…さあ」
隣に立っていた男―――宿舎で隣り合った傭兵仲間で、ジルと呼べと言われた―――の問いに、カイは肩をすくめる。
「俺様なんかマズイことやったかね」
「そんなことは」
ないんじゃないか、と言おうとした言葉は、突如踊るような足どりで視界に飛び込んできた男に注意を奪われたことによって消えた。
「ボクの〜、いとしのソフィア〜」
赤いバラを片手にポーズを決めた男は、自己陶酔して歌っていた。
「ん、ここにいたはずなんだが」
やはり踊るような足どりで学校へ入って行った男に、カイとジルは顔を見合わせる。
「…何だ、今の」
「…さあ」
なんだか奇妙な疲労感に襲われて、カイは首を横に振った。
「ボクの、愛しの…ね…。…そりゃ、逃げるよな」
ジルは深くため息をついてうなずく。
「俺様なんかマズイことやったわけじゃないみたいだすね」
「…そうだな」
ジルの妙な言葉遣いに突っ込みを入れる気力も湧かなかった。
あとがき
そりゃ、逃げるよな。というのはジョアン登場シーンを見たときの自分の感想でもあるのですが。
今回はいつにも増して内容が薄くてやりきれないです。要修行。
後オリキャラはできれば出したくなかったんで、傭兵仲間は途中まで名無しだったのですが文章が冗長になるのでしかたなく。
そしてソフィア視点だったらピコ出せないんジャン!と大ショック(←ピコ好き)。