D27年、9月22日。
カタギリはソフィアをデートに誘っていた。場所はビーチ。
カタギリは時間通りに待ち合わせ場所のシーエアー駅に着いていた。ソフィアも時間通りに来ていた。
「あ…よかった…私、遅れたんじゃなかったんですね…」
ビーチは夏のにぎやかさを残してはいなかった。
9月も終わりで、水はかなり冷たくなっていた。
2人は無人の砂浜に腰掛けた。
「海って…広いですよね…」
ソフィアが急に口を開いた。
「この海の向こうには…私なんかが想像もつかないような世界があるんでしょうね…」
「ああ…とても寒いと言われる北の国、とても暑いと言われる南の国、そして新大陸と言われていた西洋…どれもどんな国なのか、さっぱりだ…」
「カタギリさんの故郷って…どんな国なんですか?東洋と言っても、いろんな国があるんでしょう?」
そう聞かれて、カタギリは言葉に詰まった。
(俺の故郷…か…)
「おーいっ…カタギリーっ!」
「こんなとこで何をしているんだ?」
遠くの方からシンとレンの声が聞こえてきた。
双子は近付いてきて、カタギリの隣に座った。
カタギリは2人に聞いた。
「何でここにお前らがいるんだ?」
「シーエアー地区の見回りだよ。自警団だけじゃ不安だってね。カイティの奴が、さ。」
カイティとは、ヤングの代わりに入った主任教官である。
本名、カイティ・レンツォートはとにかく権力に固執する奴で、この見回りも軍上層部に対し得点アップのためにやった、という割と信憑性を持った噂が流れている。
父が元騎士だったらしい。名声におぼれ、訓練を怠ったので騎士の資格を剥奪されたそうだ。
そしてその息子、カイティは「どんなことをしてでも騎士に」と考えているのであった。
「はは、そりゃ災難だな…」
「あの…こんにちは…」
タイミングを逃し、ちょっと遅れてしまったソフィアの挨拶に、双子はほぼ同時に挨拶した。
「んで…?ソフィアさんと何を話してたんだ?」
「ああ…話したというか質問された…」
一呼吸おいて、カタギリは言った。
「俺らの、故郷について…」
「へえ…」
シンはソフィアの方を見て、言った。
「何で、知りたいと思ったの?ふつう、俺らみたいのの過去を聞きたがる人って、あんまり見たことないけど。」
「…カタギリさんのこと、もっとよく知りたいからです…それじゃ、だめですか?」
「いや…別に…」
レンの言葉にシンは頷いた。
「さてと。んじゃ、話そうか。」
一呼吸おいてカタギリはソフィアに話し始めた。
「俺が育ったのは…スィーズランドなんだよ。」
「えっ…?」
ソフィアは目をまん丸にした。口半開きで固まってたりしている。
「俺はさ、両親(おや)は東洋人なんだけど、生まれたのがスィーズランドなんだ。6歳ぐらいまでスィーズランドで育った。」
「…それで?」
「東洋の、両親の国に帰ろうとしたんだ。家族三人で、な。俺が5歳の時だ。」
「…」
「けど、両親の国は両親がスィーズランドにいた7年で変わってしまったらしくて、外国への旅行は禁止、外国人は一部の人しか入れないようになっていた。…スィーズランドは『行けない、入れない国』のリストの中にあったらしい。両親は一応入国できたが、俺は外国で生まれたから『スィーズランド人』にされた。」
「そんな…」
「そして、スィーズランドに強制送還。一人で生きていくことになった。…船の上で年取ったから…6歳でな。両親は東洋に帰るつもりで俺を育てていたから、俺はトルキア語が出来なくてね…苦労したなあ、あのとき…」
「そう…だったんですか…」
「両親の家は借家だったからな…本当、犯罪ぎりぎりのことをする毎日だった。1ヶ月位して、こいつらの親に拾われたんだ。…と言っても、こいつらも養子だったんだけどな…」
カタギリはシンとレンに視線を移して、すぐにまたソフィアの方を見た。
「いい義両親(ひとたち)だった…最初の頃はなかなか馴染めなくて迷惑かけたけどな…」
「その時ぐらいからだっけ?お前に独り言の癖がついたのは。」
「あ、ははは…」
シンの言葉にカタギリは苦笑いで返した。
「トルキア語はそのときに?」
ソフィアが新しく質問した。
「ああ、猛勉強した。でも、ずっと東洋の言葉を喋っていたからな…。けど、違う言語は完璧には覚えられないように俺の頭は作られているのか、21の今でも、マスターはしていない。」
ソフィアは双子の方に視線を移した。
「シンさんとレンさんは何で養子に?」
レンが口を開いた。
「本当の両親は東洋人。親父は、スィーズランドで建設業をしていたんだけど、俺らが4歳ぐらいの時、事故で死んじゃったんだよ…母も、後を追うように病気にかかって…途方に暮れているところに親父の親友だって来て…それで養子になったんだ」
「カタギリさん達のお義父さんは何をしていたんです?」
「外交官…義父(おやじ)は外交官をしてた。」
「すごいですね…外交官だなんて…」
シンが「本当の親父との関係は」と言った。
「本当の親父はさ、外交官邸を建てたらしいんだよ。そんときに知り合いになった…って言ってた。」
「…あれ、でもそうしたら何で傭兵に?」
ソフィアが三人に疑問を投げると、カタギリが三人を代表して喋り始めた。
「15の時かな…いつまでも親のすねをかじり続けるわけにはいかないって、三人で話し合って、なるべく早く就くことが出来て、自立しても困らないくらいの給料っていう条件は傭兵しかなかったんだ…」
「あ…!」
「どうした?ソフィア。」
「スィーズランドの傭兵部隊って…」
「そう、ヴァルファバラハリアン…俺達は、ヴァルファバラハリアンに「いた」んだ。19歳まで…な。」
「…」
「信じるかい?ソフィア。」
今もヴァルファバラハリアンで、そのスパイかもしれない。
けれど、ソフィアはきっぱりと言った。
「はい。信じます。カタギリさんの言うことなら」
「…ありがとう」
カタギリは一瞬だけ優しい微笑みを見せて、すぐ真剣な目つきに戻った。
「一応、八騎将の地位までいったこともあるんだ。と言っても、他の八騎将と比べれば弱かったんだろうから、異名みたいなのはなかったんだけどね。まあつまり、そのときだけ、ヴァルファは十一騎将だったんだ。」
(確か、その時はまだネクセラリアとコーキルネィファは八騎将じゃなかったんだっけ…。「短剣」使いのゼックに、「拳」使いのウェリオ。あの2人は戦死したのかな…?)
「そこまでいったのに、どうして辞めちゃったんですか?」
19の時までなら、ドルファンに来るまで一年ある。ここに来るまでずっとやっていてもよかったのでは、とソフィアは聞いた。
「義父がさ、スィーズランド政府にやめようって言ったんだ。傭兵団を派遣するから戦いが起こって、南欧に平和が来ない。傭兵団の派遣なんかやめようって。」
「そうですね…そうかもしれません…」
「義父に迷惑はかけたくなかったんだ。『傭兵団を否定する奴の養子がなぜ傭兵団にいる』なんて言われたら義父は多分、反論できないからね。だから辞めたんだ。それからの一年ですっかり戦いの腕はなまっちゃったけど。」
「じゃあ、何で今になって傭兵になったんですか?」
ソフィアの言葉が終わる少し前に教会の鐘が鳴った。夕日も海の中に消えようとしている。
「あっ!そろそろ帰らなくちゃ…カタギリさん、また聞かせてくださいね。」
「ああ。また今度、な」
シンとレンが立ち上がった。
「さてと、俺達は報告に戻るからな。」
「大変だな。」
「他人事みたいに言うな。お前だって来週カミツレ地区の当番だろう。」
「そう…だっけ?」
「「そうそう。」」
双子の声がハモった。
カタギリは昔、いつもこの双子のコンビネーションに驚かされた。
双子が去っていき、カタギリは帰路の中で昔のことを思い返していた。
(ソフィア…俺の義父はな…)
(殺されたんだ…)
カタギリ達の義父は義母と共に殺されていた。
カタギリの脳裏に当時、親父の側近だった人が言った言葉がよみがえった。
「スィーズランドにとって、他国がヴァルファバラハリアンを雇う費用での収入は無視できない。誰がやったのか知らないが、これは国が犯した殺人だ。」
新しい外交官は、義父とは逆の活動をした。
(だから…)
ヴァルファの軍団長がドルファンに対して恨みを持っているのは知っていた。だから、プロキアとドルファンが戦争しそうだと言うことを聞いたとき、ドルファンにいこうと3人で決めた。
政治的に消せない存在なら、そしてそれが傭兵なら、 戦場で消せばいい。
そう考えて、3人は義父の遺志を継ぐためにドルファンに来た。
「あと五人、か…」
ネクセラリアはシン、ボランキオとライナノールはカタギリが討ち取った。
(やってやる…)
その思いで戦ってきた。
(やってやるぞ…!)
カタギリは、あらためて気持ちを引き締めた。
レンの見回り報告にて
「あれ…ライズ…?」
養成所に行く途中の市街地にて、シンはそれらしき影を見た。遠く、建物の影の所に。今はその姿は無い。
(でも、なんか気になる…殺気、みたいなモノがかすかに感じられたような…それに「監視」って言う感じでこっちを見ていた…)
思ったらすぐ行動。と言うのがシンの信条だった。
「レン。あいつの、カイティの相手頼むわ。ちょっと用事があるから。」
「はっ?お、おい!」
レンの言葉にひるむことなく、シンは影のあった方に走っていった。
そして、影のあったところからそう遠くない場所で、声が聞こえてきた。
「ええ、これがそれよ。…頼むわ。」
(ライズ…?)
声はライズのものだった。誰かと話しているようだが、見ようとするとその「誰か」にバレる。
「誰か」が走る音が聞こえた後、ふう…と言うライズのため息がかすかに聞こえた。
シンは音を出さないようにその場を離れ、宿舎の方に向かった。
(…?)
なんの会話なのか、じっくり推測してみようと思った。その時。
レンは養成所で。カイティに愚痴られていた。
「ああもう!これだから傭兵どもは!!少しぐらいこの国に貢献しろってんだ!どいつもこいつもサボりやがって!!報告に来たのはたった3人!報告に来た奴も罰ゲームだなんだでここに来てる!本当にお前ら騎士になるつもりか!!?」
(息つぎなしでここまで喋るか…?)
延々2時間。カイティは真っ赤である。血管はもちろん浮き出ている。
(はあ…)
心でため息をついている間もカイティは怒鳴り続けている。
他の2人からはうっすらと殺気が出始めている。
と、養成所のドアが開いて、誰かがカイティを説得した。
「その辺りでよろしいのではないですか?カイティ?」
「ひ、姫!?」
入ってきたのはプリシラだった。さすがにカイティも怒鳴り続けるわけにはいかず、今日はここで解散ということになった。「ふうぅ…」
レンはプリシラにありがとう、と言った。プリシラから帰ってきた言葉は、
「じゃあ、今度アイスおごってもらうから。…ああ、あとは、あのブリキ細工と云々…」というものだった。
レンはさらに疲労感が増した。
そして、D27年12月1日、テラ河にて戦争が始まる。
あとがき
O2 星輪です。
やばいです。だんだん一作品ごとに長くなっていってます。
次回の場面はテラ河にて「コーキルネィファ、宣誓」です。
追加です。7話「真実の時」を追加です。この作品のエンディングをややこしくしないために必要になりました。
一応、みつナイのものとは内容がちょっとだけ変わります。8話に「2つの決着」がきます。
↓三話「ネクセラリア、驚愕」でのネクセラリアのセリフはこちらです。↓
シンの日記 「D26年7月22日」から
今回の戦いで、ヤング教官が亡くなった。あの人は久しぶりにいた、尊敬できる人だった。そして、教官の命を奪ったのは、八騎将になったネクセラリアだった。
勝った。なんとか…
「今度は勝ってみせる!同じ槍使いとして!」
オチ無い…