「こんにちは。今日は、どのような御用向きでいらっしゃったのですか?」
教会に入ると、シスターが挨拶とともに、ソフィアを迎えた。
「祈りに、来ました」
己のために祈る。その表現が正しいかはわからない。
それはわからないけど、後ろ向きではいられない。
前を向かなくてはいけない。
──それはわかっているけど…。
「そうですか。では、天にその事を申し上げて下さい」
──ソフィアは自分の為に天にすがった。
天と言う表現が正しいかどうかはわからない。
祈る相手、対象がはっきりしないけれども。
でも、心の中で、今の思いをまとめて行く。
天というものに祈りにのせて報告していく。
悩みを打ち明ける。
どうしていいかわからないこと、どこに向かえばいいかわからないこと。
ジョアンへの思い、あの人への想い。
洗いざらい、祈りにのせていく。
そして、声にして聞けるわけはないのに、答えを求めて…。
涙があふれてくる。
──強くなりたい、今の自分から変わりたい。
悲しいままの、弱いままの自分が、痛い。
ソフィアの祈りは長く長く続いていた。
涙が乾いた後がひりひりしていた。
アトが残ってないか、ごしごしと顔を手で拭う。
化粧っけのないソフィアにメイドがお化粧をさせたがっているのを思い出した。
しばらく、お化粧は出来そうにない…。
涙もろいソフィアであった。
すっと立ち上がって、服を整える。
足先のしびれが、長い時間を祈りに捧げていたことを教えてくれる。
ふと、耳に小さく声が届く。
懺悔室の方から。
シスターの声が聞こえていた。
静かな教会でなければ、聞こえなかっただろう。
シスターのよく通る声が、教会が静かなおかげで、わずかに耳にやっと届くくらいの音で伝わってきていた。懺悔している人の声は、ぼそぼそとしていて、内容はまるでわからかった。
シスターの声が届く。
「私どもも主に仕えておりますが、私も、そして、何年、何十年神に仕えた修道士でさえも、神の御姿を見たことはありません。主は、天におられ、主は、いつも私たちのおそばにいらっしゃいます。主は、この世界で一番大切なものは、“愛”だとおっしゃいました。あなたは、主を愛し、自分を愛して下さい。主は、私どもの心の内にいらっしゃいます。あなたの中で主が笑っていれば、きっとあなたも笑顔でいると思います。主は、様々な試練を与えて下さいます。辛いこと、悲しいこと、理不尽なこと…。私たちは辛いことや悲しいことから逃れることは出来ません。内なる声に耳を傾けて下さい。主は、きっとあなたを導いてくれます。あなたの中で主が微笑んでくれるその時を、私もお祈りします」
誰が、懺悔室にいるのだろう?
誰が入っているのかわかっても、それが誰かはわかることもないだろうけれど。
シスターの優しい声が、ソフィア自身にもしみていた。
「どうなりたいのか、すでに答えは見えてきていると思います」
ソフィアは続いたシスターの言葉に、自分自身に思い当たるものを感じた。
大きく見えているものがある。
──強くなりたい、今の自分から変わりたい。
そして、ふと思い出す舞台への夢。
でもそれは一瞬。
テロ事件で喉を痛めたことが、その夢をうち砕く。
ソフィアはもう一度、教会の最上段に向かい直して、もう一度、祈り始めた。
こうして…、ソフィアの『信仰』はあがっていくのであった。
自分のために祈っているのに…。
しばらくして。
もう祈ることはないと帰ろうとしたソフィアのところへ、シスターが歩み寄ってきた。
誰かはわからないけれど、ソフィアが祈っているうちに懺悔は終わったようだった。
「ソフィアさん」
さっきのクレアさんといいこの人といい、優しさの奥に見える強さはどこから来るのだろう…。
──これが、大人というものなのかな…。
「天は貴方を見守っておられます。困った時は、いつでもいらして下さい」
さっきも、似たようなことを言われたのに気付いた。
優しい人たち…。
少し、気持ちが軽くなったような気がした。
シスターはソフィアの手を両手で握手して、力づけるように、ぎゅっと握った。
「ソフィアさん、頑張って下さいね」
その手が妙に厚く固い気がしたが、その理由を解することはソフィアには出来ない。
ソフィアは小さく会釈をして、教会を後にした。