第4話「大君主」


あたりは、すでに夕闇に包まれていた。ライズから書類を受け取ったあと、俺はカフェで適当に時間を潰し、日が傾くのを待って書類に示された住所へ向かい、今その前に立っている。

このターゲットは、俺が知っている限りではゼールビス並の破壊工作の腕を持った男である。ゲルタニア・プロキア戦争でのプロキアの動きを見てドルファン侵攻を予期した俺が、計画を思いついた時真っ先に浮かんだ人物だった。

(果たして、うまくいくかな)

不安半分で、俺は目の前の門をくぐった。

「失礼します。入国管理局の者ですが」

我ながらマヌケな台詞である。だがこれならとりあえず居れば顔を見せるだろう。

「はい…何か?」

とりあえず帰っていたらしいターゲットは、不審がった声でランプを持って階段を下りてくる。そして、俺の顔を見た瞬間奴は顔色を変えた。

「貴様…東洋人!」

「の、リョウ・アサクラ大佐だ。久しいな、カルノー・ピクシス!」

ターゲット、カルノーがダガーを取り出そうとした腕を抑え、三流悪役のような再会の挨拶の後、そのまま俺は早口で事態を説明した。

「フ…一度は僕の計画を潰した貴様が、今度はプリシラを奪うために僕に協力しろだと?ふざけるなっ!」

俺の腕を振りほどき、数歩後ろに下がったカルノーはそのダガーをすばやく引き抜き、俺の喉下に当てる。しかし俺の刀の切っ先もすでにカルノーの喉下を捉えていた。

「そうか…まあ当然の返答だな。だがカルノー、お前は絶対に俺に協力することになる」

俺はあえて余裕のある笑みを浮かべて言った。彼の綺麗な顔に怪訝な表情が見て取れる。

「今度のプロキアの先鋒は、シンラギククルフォンだ。奴等については、俺よりもお前のほうが詳しいだろう…残虐といわれているが政治結社でもある奴等は、民間人は殺さない。が、支配階級は別だ。ドルファンの場合、王家を筆頭に旧家の両翼、ピクシスとエリータスは間違いなく皆殺しになる…当然君の妹、セーラ・ピクシスもだ」

セーラの名を口にした瞬間、カルノーの表情には明らかに焦りが表れた。この瞬間を逃すまいと、俺は畳み掛ける。

「お前が1人で動いたところで、救出は不可能だろう。だが俺達ならやれる。上手くすればスイーズ国軍の一部も使える…やってみる価値はあろう?」

「…いいだろう」

観念したというようにカルノーは返事をし、ダガーをしまった。俺も刀を納める。

「とりあえず、今からでも打ち合わせを始めたい。頼めるか」

「ああ、正直僕も早いほうがいい…」

俺の言葉にカルノーがうなずいたのを確認し、俺達は外に出た。

 

「どうやら役者は揃った様ね」

いつの間にそこにいたのか、宵闇の中からライズが声をかけた。隣にはフィオナもいる。

「…東洋人」

カルノーの声に、彼らが初対面だったことを思い出した俺は簡単にお互いを紹介した。カルノーは、サリシュアンの名にさすがに驚いていたが、すぐに笑顔を浮かべて握手を求めていた。こういうところは腐っても鯛、さすがはドルファン随一の名門出身である。

一方彼女らのほうは、彼についてはとっくに調べがついているので簡単に自らを名乗った後、俺に向き直り事務的に報告を始めた。

「つい先ほど、政府から正式に承認がおりたわ。オペレーション大君主(オーバーロード)、本作戦のコードよ。指揮官はリョウ、貴方に全て委ねられたわ」

ライズが俺の目をまっすぐ見据えて話す。

「なお、本作戦発動と同時に、貴方に関するデータは全て抹消されます。一応辞表を預かってこいとの指令を受けていますが」

今度はフィオナが説明をした。どうやら、作戦が失敗した時のためにスイーズランドは俺との関連を断ちたいらしい。だが、これも俺には予測の範囲内だった。前もって俺の部隊には根回しもしてあるし、辞表もすでに書き終えあとは提出するのみだった。つまり手間が省けるわけだ。

「ではフィオナ君、これをよろしく頼む。…それと中将に、今までありがとうと、伝えてくれ」

「了解しました。あ、それと」

俺が渡した辞表を受け取ったあと、何か思い出したらしくフィオナは人懐っこい笑顔になって俺とカルノー2人に向き直った。

「この作戦、私とライズ様も参加します。だからこれからしばらく運命共同体、私のことはフィーって呼んで下さいね。ではよろしく、アサクラ大佐、カルノーさん☆」

そう言い残して、フィーは夜の闇に紛れていった。

「可愛い娘だね。これはこの作戦、なかなか面白くなりそうだ」

「…手は出さないでよ、一応私の部下では一番の有望株なんだから」

カルノーのつぶやきに、ライズが釘をさす。俺は、そのやり取りを笑いながら眺めていた。彼女達も参加すると聞いて、能力は全員折り紙付きだが何分アクの強い人間ばかりでどうなるかと一抹の不安を感じたが、どうやらうまくいきそうだ。

「それじゃあライズ、カルノー」

俺はまだ何か言い合っている彼らに声をかけた。2人同時にこちらを向く。2人とも、俺が何を言うか分かっているような顔つきだった。俺は刀を抜き、すでに高く上り始めていた月にかざした。

「これより、オペレーション大君主第一作戦を発動する!」


キャラクタ紹介

 

カルノー・ピクシス

プリシラ誘拐が未遂に終わったあと、単身ドルファンを脱出し、スイーズランドへ逃げ込んでいた。一応スイーズランドでは偽名を使っていたが、入国時にブラックリストに記載されていたため、諜報部にあっさり見つかることになる。今回のSSでは、妹思いのいい奴として描きたいと思っています。


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